八月の、暑くなりそうな日のさわやかな朝の息吹が聞こえるなか、  
糸色望は人を待っていた。  
「うーん、遅いですね。」  
望が腕時計を見やると時刻は八時時五十八分を回っていた。  
「おかしいですね。九時に新宿って言ったのに。」  
新宿駅西口の雑踏に混じって、そわそわ、もじもじ、そんな擬音が聞こえてきそうな中、  
糸色望は人を待っていた。  
『ああ、もう、早く来てください。もじもじ、九時集合なんていいながら六時から待ってる私も悪いんですがもう待ちきれません。珍しくお気に入りのゲバラTシャツなんて着て、そわそわ、目立たないように朝早く起きてきたんですよ。そわそわ、もじもじ。』  
「お待たせしました。」  
望の我慢が限界に達しそうだったとき、突如背後から声が聞こえた。  
振り向くとそこには望の待ち人、隣の女子大生が立っていた。  
「こんにちは。糸色さん。糸色さんったら遠くで見てたらキョロキョロそわそわしてるのが見えてとてもかわいかったですよ。あんまりかわいかったんでついつい意地悪しちゃいました。えへへ」  
女子大生の指摘に顔を真っ赤にそめながら望は反論する。  
「あ、赤木さん!いつからそこに!?いえこれはそにょ・・・違うんでふ!これは・・・」  
突然の登場に望はパニックに陥ったようだった。顔が赤くなる。  
「なにが違うんですか?顔真っ赤にしちゃって。ろれつもまわってませんよ。  
本当にかわいい人。まあいいです。行きましょう。」  
「・・・はい。」  
 
高校教師糸色望は二十四歳だった。  
教師をはじめて二年。都内に出てきてから六年といったところか。  
女っ気のない大学時代を過ごし、教師になってからも女縁のないまま  
過ごしてきたが、いくら死にたがりの絶望教師でも、もう都会の孤独に耐えるのは限界だった。  
そしてそんな望がひょんなきっかけから、今年から越してきた隣の女子大生、  
赤木杏と関係を深めていくのも当然の成り行きだった。  
今日は望の初デートの日だ。  
二人ともまだ正式に付き合ってるわけではなかったが。  
『隣の』女子大生と新宿で待ち合わせる必要もなさそうなものだが  
どういうわけか望は数多のストーカー被害を受けてるので、察知されないよう  
必死の思いで今回の計画を練り、ようやくストーカーを撒いて念願の初デートにこぎつけたのだった。  
 
ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン  
 
二人はいま小田急江ノ島線に乗り海に向かってる  
夏でもこの時間は混んでるが、幸い小田急線は新宿初なので二人とも座ることができたようだ。女子大生が望に振る。  
「私東京育ちなんであんまり海とかいったことがなくて、  
小さい頃名古屋に居たことがあるんでそのときはよくいったんですけど。」  
「そうですか。私も信州の山奥出身なんであまり海には縁がなくて。学生時代以来です。  
おや、もう町田ですか。ここを過ぎるとだんだん風景が鄙びてくるんですよね。  
しかし結構時間がかかりますね。ああ、こんなことなら快速急行なんて乗らずに  
ロマンスカーに乗ればよかった。絶望した!先見の明がない自分にぜつ・・」  
望の口が手でふさがれる。  
「糸色さん、せっかくのデートなのにそんなことで絶望しないでください。ロマンスカーはお金かかりますし、ストーカー対策もしずらいってこと  
で普通列車にしたんじゃないですか。すぐに絶望するのは糸色さんの悪い癖ですよ。女の子の前なんですからもっとしっかりしてください。」  
「・・・はい。」  
 
ガタンゴトンガタンゴトンガタンゴトン  
 
列車は神奈川の中央の住宅地の間を抜け、藤沢で降り、  
各駅停車片瀬江ノ島行きに乗り換える。  
そのままゆったりとした時間が流れ、アナウンスが流れる。  
「小田急をご利用いただき真にありがとうございました。  
まもなく、終点片瀬江ノ島です。」  
「ほら、そろそろ着きますよ。降りる準備してください!」  
 
駅から降りると、少し潮の匂いがした。  
二人は駅の前の弁天橋を渡り、江ノ島と本土の間に掛かる橋を渡っていた。  
カモメの鳴き声がする。  
「旅館がたくさん立ち並んでてさっすが観光地って感じですね。  
あら、ご休憩のできる旅館もあるんですね。」  
「あんまりはしゃがないでください。後で泳ぎますけど、  
今日の目的は関東一の不思議スポットこと  
龍の宿るといわれる岩屋に行くのが目的なんですから!  
ああ、前からなんとなく行きたいたいと思いつつも  
行く機会がなかった岩屋にいけると思うとドキドキしてきました。  
さあ、早く行きましょう!」  
「糸色さん、珍しく本当に楽しそうですね。そうですね。  
折角ですし早く行きましょう。それっ!」  
「あっ、ずるい!待ってください!」  
女子大生は走り出した。望も後を追い、子供のように海の間を駆けていった。  
 
 
夕暮れ時、潮の匂いと波の音が響く間とぼとぼと歩いている二人の姿が見えた。  
どうやら男の方が悪態をついているようだ。  
「・・・しかし、なんなんですかあのショボい岩屋は!  
あれじゃ子供騙しですよ、全く!いくら観光客だからってちょっと舐めすぎです!」  
「仕方ありませんよ。観光地なんて大抵そんなものです。私も少し残念でしたけど。  
でも糸色さんったら岩屋の奥の龍のところで悲鳴を上げてたじゃないですかぁ。」  
「・・・!あれは別にその・・・・・いきなり大きな音がしたら誰だってびっくりするでしょう?」  
「あら、私は全然驚きませんでしたけど?」  
岩屋の奥の龍が怖いのは本当だ。女子大生もあれは少し音が大きすぎると思っていた。  
だが、悲鳴を上げるほどのものでもない。望は恥ずかしさを必死の思いで取り繕う。  
「・・・洞窟付近の海辺はフナムシが多かったですね。気持ち悪かったです」  
「糸色さんずっと怖がってましたからね。怖がってる糸色さんはかわいかったですよぉ」  
「・・・・・・それにしても江ノ島の中にもあんなに土産物屋があって  
しかも人が住んでるとは思いませんでした。ネコもいましたし。  
案の定というかビーチは刺青が入ったお兄さんお姉さんばかりでしたね。さすが神奈川です。」  
「妙なところで感心しないでください。  
まあたっぷり海も満喫しましたし、細かいことはいいじゃないですか。」  
「二人とも泳げないんでビーチで遊んでただけでしたけどね。  
ところでいま私達はどこへ向かってるんですか?」  
「この先をまっすぐ歩いていくと江ノ電の駅があるんです。  
それに乗って藤沢まで行きたいと思って。いいでしょう?」  
「江ノ電ですか。いいですね。せっかくだし乗っていきましょう。」  
しばらく歩くと通りの先に江ノ島駅が見えてきた。  
小さな駅に着くと、路地裏を抜けて走る小さな電車に乗り込んだ。  
 
乗り換えを重ねて小田急の列車は新宿についた。  
二人とも一日が終わってしまうことを噛み締めながら改札の方へ歩いていった。  
「楽しい一日でしたね。」  
女子大生の言うとおり、いつだって楽しい時間は早く過ぎる。  
特にこういう日にはそれがとても激しい。  
そう、ここで何もしなければ後はもう家に帰るだけなのだ。何もしなければ。  
「糸色さん、私のつくったお弁当残さず食べてくれて嬉しかったんですよ。  
私・・・あんまり料理上手じゃないですから。」  
身体を悪くするほどではないけれど、決して美味しくもなかった昼食を思い出した。  
久しぶりに平穏な瞬間だった。  
時間は九時過ぎ。まだまだ、というよりもむしろこれからが騒がしい時間だ。  
幾ら遅くなっても都会の夜は暗くならない。ネオンが邪魔で星も見えない。  
こんなに明るい都会の真ん中で、今日も一人で寝るんだろうか。  
楽しい時間をこれで終わりにしたくはなかった。  
「あ、あ、あ、あの・・・」  
「なんですか?」  
意を決するまでには少し時間がかかる。ましてやそれが重大な決断なら尚更だ。  
ああ、惨めで情けない瞬間だ。でも言わなきゃ。  
「あ、あ、あ、杏さん」  
「・・・はい」  
舌がビクビク震える。ああ、なんて情けない時間なんだろう。今頃顔は真っ赤に違いない。  
ああ、言うぞ。言うぞ。言いますよ。言うんだ!言ってしまえ!  
「あ、あ、あ、あの、あ、あ、あ、杏さん、その、その、  
好きなんです!杏さんのことが本当に大好きなんです!付き合ってください!」  
言ってしまった。遂に言ってしまった。  
「ええ・・・いいですよ」  
 
 
 
「ええ、今なんて?」  
「そうしましょうって・・・こんなこと何度も言わせないで下さい。」  
そこまで聞いた後、緊張が解けて  
気が抜けそうになりながらも意を決して次の言葉を放つ。  
「それと・・・こ、こ、今晩一緒に過ごしませんか?」  
女子大生は少しきょとんとした後、くすくす笑って答えた。  
「そんなことまで声に出さなくてもいいのに」  
 
ホテルの部屋の中に望はいた。  
シャワーから出てくる杏を待っているところだった。  
朝から出てきて夜にはこんなところにいるなんて  
予想してなかったわけじゃないけれど不思議なものだな、と思う。  
杏が出てくる。どうやら何か言いたいことがあるようだ。  
 
 
「糸色さん、話があるんです。  
さっき糸色さんが言ってくれた分、私も言わなきゃいけないことがあるんで  
少し長い話ですけど聞いてください」  
 
杏の深刻な顔に、望は思わず息を飲んだ。  
 
「正直なことを言うと、私、最初は糸色さんのことが気に入らなかったんです。  
なんでこんな大金持ちの息子が絶望してるんだ。冗談だろって。  
普段は明るく振舞ってますけれど、  
糸色さんに会う前までは自分ばっかり不幸だと思ってたんです。  
私の父親は資産家だったんですけど、政敵との対立で干されて  
会社は倒産、資産はほとんどなくなって、幼い頃は自殺未遂を繰り返していました。  
一族の中には酷いやり方で逮捕された人もいました。  
家庭は不和で、私、愛されちゃいけない人間なのかなってずっと思ってて。  
でも糸色さんとの家にお邪魔したりしてるうちに、  
交ちゃんとか倫ちゃんと話してるうちにだんだん、  
どんな人にもいろいろ抱えてるものがあるんだってわかってきて。  
それで、私、本当に・・・」  
 
望は泣き出した杏の肩を抱き寄せる。  
そのまま暫く時間が過ぎる。  
「もう泣かないで下さい。別にいいんですよ。  
そんなことは気にしなくても。」  
「本当にこんな私で・・・」  
言い終わる前に望は唇を奪った。熱い吐息が漏れてきた。  
 
軟体動物のように舌が絡み合う。  
口の中を舐めまわし、濡れた歯をすすり、舌の付け根をつつき、ジュルジュルと唾液を吸い上げる。  
「うっむむむぅ・・・ちゅちゅ・・・」  
舌を追い回し、唇を軽く噛む。口付けをしたまま  
望は左手で弾力のある胸を揉み、右手でよく手入れされた女の部分を触る  
石鹸と女の匂いにあてられて、欲情が深くなってきた  
頭がとろけそうなほど熱く蒸した部屋の中で、二人の欲望は際限なく熱を帯びていった。  
「むふぁ・・・・・・、チュプ・・・」  
苦しそうな熱い息が杏の鼻腔から漏れ、望は口を離した。  
互いの唇の間には唾液が糸を引いてる  
「きれいですよ。杏さん」  
左手は柔らかい胸の先端をねぶり続け、舌は首筋を舐め、  
右手は女の堅く閉じた肉の割れ目に侵入しようと試みてる。  
「ひんっ!」  
指先の刺激で杏の奥から淫らな液が漏れてきた。  
割れ目をまさぐる二本の指に熱い汁であふれた肉襞が吸い付いてくる。  
「あぁん・・・・・・ダメぇ・・・・!」  
望の身体の下で杏が悶える。  
「どこがダメなんですか?」  
望が聞く。どうやら普段と立場が逆転しているようだ。  
「・・・いじわる・・・・胸・・・・熱いのぉ・・・・はぁん!」  
日頃絶対に適わない相手にかわいらしい声を出させたことと、  
蒸れたような女の匂いが望の胸を灼く。  
「杏さん・・・そろそろ・・・」  
「・・・優しくして・・・ください・・・」  
喘ぎながらも不安な声色で杏がせがむ。潤んだ瞳がかわいらしい。  
「・・・言われなくても」  
望は答え、凶悪な絶棒で杏の身体を正面から突いた。  
引き裂かれた開かれた身体の痛みは相当のものだったのか、  
苦悶の表情でのけぞり、痙攣し、声にならない叫び声で叫ぶ。  
「・・ぅぅ・・・ぁぁぁぁ・・・!」  
どちらにとっても初めてとなるこの侵入は、  
まるで二人を、互いに捉えた獲物を逃そうとしない獣のようにきつく組み合わせていた。  
杏の太股にそって一筋の血が流れる。  
その血の赤い色は小さな声で泣く杏を見て申し訳なく思う暇もないほどに  
男としての望を完全に昂ぶらせてしまっていた。  
凄まじい征服欲を感じながら、打つスピードを早めていった。  
突かれる速度に比例して締め付けが一層激しくなる。  
「ひぐぅ!・・・・もっと!やさしく!」  
杏の抗議を無視するかのように望の突き上げは激しさを増して行った  
そろそろ耐えられなくなってきた。  
溜まっていた熱くいやらしい液が杏の奥からあふれ出してくる。  
腰と腰がぶつかる音が小さな部屋に木霊する。  
痛みの底から快楽を感じてきたのだろうか。杏も次第に満足そうな顔になってきた。  
「杏さんっ!そろそろ・・っ!出ますっ・・・!」  
「中に…中にください。奥に…たくさん」  
その言葉が合図になり、腰を震わせて二度、三度とと熱い精を吐き出した。  
「ああ・・・熱い・・・」  
肉襞がうねり、精を飲み尽くそうとする。  
絶棒を引き抜くと、しばらくは茫然としていた様子でいた二人だったが、  
トロンとした目と目が合うと、  
くすくす笑いながら覚えたての快楽を貪っていった。  
 
 
夜が明けた後、二人は家に向かっていた。  
朝の日差しが眩しい。  
 
朝帰りかあ、何年ぶりだろう。杏が口を開く。  
「そういえば、糸色さん高校の先生をなさってられるんですよね?  
気になる娘とかはいないんですか?」  
「そんな、高校生の小娘なんかに興味はないですよ。  
・・・あ、でも、あの子は、いや、失礼。  
杏さんとは全然似ても似つかないんですけど、どこか似た雰囲気の、  
とっても変な娘が一人いて。  
誤解しないでください!小娘なんかに興味はありませんよ!本当ですからね!」  
「もう、変な娘ってどんな娘なんですか?  
今度じっくり聞かせてくださいね。と、着きましたね。」  
 
いつの間にか目の前に家が聳え立っていた。  
これで本当に終わりなのだと思うと少し名残が惜しくなってきた。  
 
「・・・そういえば今日は珍しく和服を着ないで外出したんですが  
「先生がゲバラフリークなんて意外でした。  
フフフ、意外な人が意外なことを知っているものなんですよ。  
意外な人の意外な素顔を見た気分です。」  
「意外な素顔ですか。杏さんにも何かあるんですか?  
っと変なこと聞いちゃいましたね。失礼しました。それではまた今度会いましょう。  
って言ってもどうせ隣同士ですけどね。おやすみなさい」  
 
 
そう言うと望は一足先に家の中に入っていった。  
 
 
望が家に入った後、しばらく立ち尽くしてから杏はウィッグを外した。  
ウィッグを見つめながら思う。  
――海に行くって聞いた時はどうしようかと思いましたけど、  
先生が泳げなかったお陰で結局変な感じでバレずに済みました。  
あれだけサインを出してても全然気づかないし、  
本当に鈍くて格好つけようとしても何をしても格好悪くてでもかわいい人で、  
それもこれも全部これが無ければわからなかったことです。  
それでも――  
愛しき、と杏はつぶやいた。  
「糸色望――本当に綺麗な名前ですね。  
私もいつか本当の名前を堂々と言おうと思ってます。  
でも、もう少し、もう少しだけこのままでいさせてください。」  
 
終  
 

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