「いただきまーす」  
 望が出ていった宿直室で、交と霧が夕食を共にしていた。  
 
「味つけ、おかしくない?」  
「…モグモグ…ゴクン」目の前の皿に盛ってあった様々なおかずを黙々と平らげていた交は、ほおばっていたものを飲み込むと、そっけなく言った。  
「小森姉ちゃんのご飯、いつも美味しいよ」  
「まあ、ありがと」  
 
 自分でもそっけない返事だと思ったのか、交が言葉を続けた。  
「オレ、こんなに美味しいご飯食べると、なんだかかあ」  
 
 母ちゃんを思い出す、と言おうとした交は、ふと両親が揃っていたときのこと、そして母どころか父までもいなくなって途方に暮れていたときのことを思い出し、つい鼻の奥がツンとしてくるのを感じた。  
 
 涙を見せて霧を心配させたくなかったので、慌てて話を逸らせた。  
 
「なあ、小森姉ちゃん、本当にアイツを甘やかしちゃあダメだぜ」  
「はいはい。心配してくれてるのね。ありがとう。交君、優しいのね」  
「バ、バカだな。そんなんじゃないったら」   
 交の顔が見る見る赤くなった。  
 
 
 今でこそ交はややひねくれてはいるが、元々は素直で思いやりのある、優しい子なのである。  
 
 黒の長髪で千里に怖い思いをさせられたのにも関わらず、千里がくせっ毛に苦労しているのを知って、クリスマスプレゼントにカツラを贈ろうとしたくらいなのだ。  
 ーーもっとも、これは当時暴走していた千里の逆鱗に触れ、結局苦しみますツリーに吊されてしまったのだが。  
 
 
 夕食を終え、交が当番の家に行く時間になった。  
「じゃあ、オレ、当番の家に泊まってくるから」  
「うん。行ってらっしゃい。気をつけてね」  
 
 だが、今日は交は珍しく逡巡している。  
「なあ、小森姉ちゃん…」  
「なあに?」  
 
 なおモジモジしたまま、突っ立っている。気のせいか顔がほんのり赤い。  
「オレ…小森姉ちゃんなら…」  
「私なら?」  
 
「小森姉ちゃんなら、新しい母ちゃんになってもらってもいいな」  
 一気に言うと、校門に向かってだっと駆けだした。  
「じゃあ、行ってきまーす」駆けながら叫んだ。校門の所に当番が待っているらしい。  
 
 霧の顔も紅葉のように赤く染まっていた。  
「……もう、交君ったら」  
 霧はどこか嬉しそうに呟いた。  
 
 
 望は歓楽街に向かっていた。歓楽街の入り口にパチンコ屋があるのだ。  
 
 程なくパチンコ屋の前に着いた。派手な音楽と漫画の看板が望を出迎えた。   
 だが、ふと入り口の自動ドアに写る自分の顔が目に入った望は驚愕した。思いっきりやさぐれ、どこかあっちの世界に行ってしまっている人のようだ。まさに腐った魚のような目をしているではないか。  
 
 これはいけない、自分には何か悪いモノが取り憑いている、エエイそんなのはサーッと発散して清めてしまえ、とばかり、望は半ば自棄になり、歓楽街の奥にある風俗店を目指した。  
   
 だが、いざ店の近くに来ると、とたんに勇気が出なくなってしまった。ホワイトライの授業の時には気軽に入り込めた店なのに、いざ客として入ろうとすると足が竦んでしまう。  
 
 店の正面の派手な看板に載っている女のコの写真をそれとなく見ていると、髪の長いコの写真が目に留まった。  
 
(どことなく小森さんに似てますね…)  
こう思ったとたんに、  
 
「よっ、社長! そのコ、尽くすタイプのいいコっすよ。ひとついかがっすか?」と呼び込みの店員が下品に声を掛けてきた。  
 
「!!」とたんに霧の姿がくっきりと瞼に思い浮かんだ望は、無言でその場から遁走した。  
 
 
(ああ…なんて罰当たりなことを思ってしまったんでしょう!)  
 走りながら、望は自分の情けなさに死にたくなった。  
 
 だが、お金の他は手ぶらである。旅立ちパックは宿直室に置いてある。予備の縄は教室だ。  
 それならば、いざ川に飛び込まん!…と思っても、川端の通りは人の往来が結構多く、飛び込むのを躊躇してしまう。  
 
 それに、死のうとする度に、霧の眩しく、どこか切ない笑顔が瞼に浮かんでしまう。  
 そして、多分彼女にとっては虎の子だったであろうお札を、丁寧に両手で渡してくれたときの様子まで、まざまざとを思い起こされてしまうのである。  
 
 望は自殺を断念した。  
 
 
 結局、望は霧から貰った一万円を使わないまま帰宅の途に着いた。  
 
 帰り道、ふと花屋がまだ開いているのが目に付いた。もう夜なのに、色とりどりの花が綺麗だ。  
   
 「そうだ…」望は、自分のポケットマネーで花を買うことを思いついた。よく分からないまま、赤と白の薔薇を花束にしてもらった。  
 
 
 校門を潜った。宿直室の前まで戻ってくると、中の灯りが点いているのに気が付いた。おまけに、美味しそうな香りが中から漂ってきている。  
 
 出かけるときに夕食を作っていた霧が、まだ部屋で待ってくれていたのだ。嬉しさ半分、申し訳なさ半分で望は戸を開けた。  
 
 
「ただいまあ」  
「あ、お帰りなさい、先生」  
 霧がとびきりの笑顔で望を迎えてくれた。  
 
「あの、小森さん、…これ、花を…」  
「うわあ、きれい! 花瓶に活けるね。ごめんねー。ちょっと退いてくれるかなー」  
 花瓶の近くにいた皇帝ペンギンを退かせると、薔薇の花束を花瓶に活けた。宿直室の入り口がぱっと華やかになった。ふくよかな芳香も漂ってくるようだ。  
 
「ぶり大根、できてるよ。先生の好物だって交君が言ってたから、作ってみたの」  
「ありがとうございます。じゃあ、早速戴きますね」  
 
 
 霧の丹精込めた手作りのご飯を望は口にした。出来合いの物を暖めたのではなく、DSを見ながら一から作ったことは望も分かっていた。  
 素朴ながらも、ほっこりした暖かい味が口に拡がった。丁寧に心を込めて作ってくれた心遣いが何よりも嬉しかった。  
 
「味つけ、おかしくない?」  
 返事をしようとした望だったが、ふと夕方家を出てから帰宅するまでのことが頭をよぎってしまった。  
 にっこり笑って「美味しいですよ」と言ったつもりだったが、最後の方が涙声になってしまっていた。  
 
「…先生?」  
様子がおかしいことに気づいた霧が心配そうに尋ねたが、望は「何でもありません」と、涙をごまかすようにご飯をかき込んだ。  
 
 
 夕食の後、改めて望が切り出した。  
 
「今日は本当に済みませんでした。先生、つい甘えすぎてしまって、人として恥ずかしいところを見せてしまいました」  
「先生…先生が甘えてくれるなら、私嬉しいよ」  
 
「それでですね、あの…」先生が懐から一万円札を出した。霧が渡したものである。  
「これ、結局使わなかったんで、お返ししますね」  
 
「先生…いいのに…」望は霧を見た。不安そうな様子だ。自分のしたことが気に障ったんだろうか、と思っているのかもしれない。   
 それを打ち消すかのように、望は努めて明るく言葉を継いだ。  
 
「実は、先生パチンコ屋の前まで行ったんですけど、入る勇気がなくて戻って来ちゃいました」  
「そうだったの…」  
「やっぱり私はギャンブルには向いてませんね」  
 
「……私、先生が怒ってるのかと思っちゃった」  
「怒ってなんかいませんよ」望は優しく言うと、霧の頭をくしゃっと撫でた。  
 
「…じゃあ、これ見ても怒らない?」  
 そう言って霧が冷蔵庫から出してきたのは、小さなケーキだった。上にイチゴが二つ乗っている。  
 
「先生はお誕生日が嫌いだって知ってたんだけど、どうしてもお祝いしたくて…」  
「小森さん…」  
 
 ようやく、望は霧が自分の好物であるぶり大根を作って待っていてくれた理由を理解した。霧は自分の誕生祝いをしてくれるつもりだったのだ。  
 
 自分が誕生日にトラウマがあることを知っていたので、最初からはケーキを出さないでいたのだ。その細かな気配りに、望は心打たれた。  
 
「怒ってる?」  
「小森さん。……今、私の気持ちは…」  
「……」  
「目を瞑って下さい」  
「え?」  
「さ、早く目を瞑って」  
 
 霧は素直に目を瞑った。  
 やがて、望の手が霧の顎に触れると、ゆっくり接吻してきた。  
 唇を合わせていると、何かが霧の口の中に入ってきた。  
 
「?!」  
 びっくりして目を開けたが、望が優しい顔をしてこちらを見つめていた。だが唇を離さないままなので、尋ねることも出来ない。  
 
 口の中の物は甘く、柔らかそうだったので、恐る恐るもぐもぐと咀嚼してみた。  
 すると、それは口の中で柔らかく潰れ、甘酸っぱい果汁をほとばしらせた。ケーキに乗っていたイチゴを望が口移しで霧に食べさせたのだった。  
 
「そのイチゴの味が、今の私の気持ちですよ。  
 確かに私は誕生日には酸っぱい記憶があります。  
 ですが、あなたの心遣いがとっても嬉しいです。こんなに甘くて嬉しい誕生日を迎えたのは生まれて初めてです。小森さん、どうもありがとう」  
 
 ここまで言うと、望は霧を優しく抱きしめた。  
 
「先生…」  
 
 二人は再び唇を合わせた。  
 
 
 やがて望は舌を差し入れた。舌先にイチゴの甘酸っぱさを仄かに感じた。霧も最初はおずおずと、やがて懸命に望の舌の動きに舌で答えようとした。  
 
 霧の身体を抱いていた手に少しずつ力を込め、ゆっくり、ゆっくりと横たえていった。  
 毛布の上に霧が横たわり、その上に望が被さっていった。  
 
 まだ接吻している。  
 
 ようやくゆっくりと唇を離した。二人の唇は、つうっと透明な糸をひいている。  
 
 やがて、望は黙ったまま手をそろそろと霧の身体に這わせ始めた。  
「あ…」霧が微かに喘ぎ声を漏らした。  
 
 
 霧が身に纏っていた毛布が畳に拡がっている。その上に霧が白い裸身を晒している。  
 望の手が霧の全身を這っている。単に撫でているだけなのに、霧には無性に気持ちよく感じられた。  
 
 やがて、望の口が耳・首筋・鎖骨と降りてきた。そして胸に達したとき、  
「ああん…」今度は幾分はっきりと喘いだ。  
 
 
 望の指が、さっきからもう片方の胸の麓を撫でている。螺旋を描きつつ、だんだん頂を目指して登ってくる。  
 親指の腹がほんの微かに乳輪に触れた。それだけのことなのに、泣きたくなるほど気持ちいい。  
 
「あうぅ…」  
 
 やわやわっと手が胸を揉んできた。自分を気遣ってくれているように、どこまでも優しい揉み方が嬉しかった。じわりと快感が生まれ、波紋を描くように全身に伝わっていった。  
 
 ほんの時たま、ちょんっと頂を摘まれると、そこから甘い電流が全身に流れた。  
「はあん…」霧ははっきりと喘いだ。  
 
 一方、いったん胸に降りてきた口は、少し臍の辺りをさまよっていたが、また胸に戻ってきた。  
 舌先で乳首のわずかに外側をなぞる。優しく頂を左右にはじく。軽く吸いつく。  
「あ…はあっ……先生…」霧は胸から生じる快感の小波を漂った。  
 
 手と口で両胸を愛撫している間、残りの手はゆるやかに霧のボディラインをなぞっていた。指先が太腿や秘密の部分をかすめる度、霧はもじもじと身体を震わせた。  
 
(私、こんなに先生に愛されている…幸せ…)  
「あ…あはぁ……先生…こんどは私が先生を気持ちよくしてあげるね」  
 
 
 全身が薄い桜色に染まった霧は、望を横たえると、絶棒をそろそろと握ってきた。  
 
「こ…小森さん……」  
 霧の小さく柔らかな手に握られる感触に、絶棒がぴくっと震えた。  
 
 しばらくさわさわっと撫でられていたが、やがて暖かい感触が絶棒を包んだ。  
「はうぅっ…」望は思わず快感を訴える呻きを漏らした。  
 
 霧の口技には決して特別なテクニックなどはなかった。が、愛情溢れた舌の動きが何とも心地よく、秘密の袋やその奥を手で控えめに撫でられたりもしたので、絶棒は嬉しさに幾度も反り返った。  
 
「…先生、気持ちいい?」顔を上げた霧が上目遣いに尋ねた。  
「はうっ…とっても、気持ちいいです…」喘ぎながら望が答えると、  
「うふっ…嬉しい」こう呟いて、再び絶棒を含んだ。  
 
 霧の可愛い口が上下するたびに、長い黒髪がさらさらと望の腿に当たる。甘い痺れがそこかしこに発生し、互いに結びついて望を喘がせる。やがて望は高ぶってきた。  
 
「こ、小森さん…もう、もう……」  
「先生…」  
「うぅ…先生、小森さんの中でイきたいです」  
「先生……うん、いいよ…優しくしてね」  
 望は体を起こすと、霧に重なっていった。  
 
 
「ううっ…」霧の中は柔らかく、暖かい。絶棒の敏感な部分を、そして全体を霧自身がきゅっきゅっと締め付け、包み込んでくる。痺れるほどの気持ちよさにまみれながら、望はゆっくりと動いていった。  
 
 
「はあっ…」  
 一方、霧は、望が入って来たとき、悦びとも安堵ともとれる声を漏らした。絶棒を胎内に納めた時のいつもながらの充実感がたまらなく嬉しい。  
 
 それに、今日は望がいつになく優しく動いてくれている。  
 まるで絶棒の先端に、自分の悦びを探り当てる目が付いているかのように、気持ちいい所だけをノックしてくれる。いや、絶棒が訪れてくれる場所が、一つ残らず皆狂おしいほど気持ちいい。  
 
 突かれる度に、快感の火花が体中を駆け巡る。望の一挙一動が、霧にとって愉悦を生み出す原動力となっていた。  
 
(私…私…先生に愛されている…ずっと…ずっと先生のそばにいたい…)  
「はあぅ…先生……先生…ずっと…はあっ…ずっと一緒にいて…」熱い喘ぎ声の間に、途切れ途切れに自分の思いを伝えた。  
 
 望は、情熱的な接吻でそれに答えた。腰の動きが激しくなった。しばらく大きく律動していたかと思うと、霧の腰を抱え込み、再び躍動し始めた。  
「あっ…あん…あん…あっ…あぅ…」霧の喘ぎ声も断続的になってきた。  
 
 
 望のストロークが、ぐいっぐいっとラストスパートを予感させる大胆なものになった。  
「先生、私、もう……あぅ…あん…」霧が脚を絡めてきた。  
「私も、もうすぐですよ…」望もここぞとばかり、激しく絶棒をグラインドさせた。  
 
 霧が絶棒をぎゅうっと締め付け、甘い蜜を絡ませてきた。あらゆる襞が、奥へ、もっと奥へと絶棒を誘う。  
 望は痺れるほどの快感と、自分の空虚だった心が今満たされているという幸福感に包まれながら、ついに欲望を解き放った。  
 
「うぅっ…」どくっ…どく……  
 
 自身に望の熱い迸りを感じた霧も、自分を幸せにしてくれるのは望だけだという思いに満たされ、全身を反らせつつ歓喜の絶頂に駆け登っていった。  
 
「はあっ!!……先生、大好きぃ……」  
 
 はずんでいた息が段々穏やかになると、二人はどちらからともなく再び熱い接吻を交わした。  
 
 
 
 シャワーを浴びた後、二人は仲良くケーキを食べた。望のケーキの上のイチゴが在ったはずの場所には、その跡だけが残っている。  
 
 その跡を目にしながら、霧が望に優しく言った。  
「先生、お誕生日おめでとう」  
「ありがとうございます」望は満面の笑みで応えた。  
 
 
 秋の夜長である。虫の声ももう疎らだ。楽しげに過ごしている二人の姿はあたかも親密な恋人同士、あるいは新婚夫婦のようだ。  
 ただ、霧が毛布にくるまっているのだけが普通の恋人同士とは著しく異なっている。  
 
 霧が身に纏っている毛布が必要なくなる時は来るのだろうか。  
 もし来るとすれば、それは二人が幾多の−−本当に幾多の−−障害を乗り越え華燭の典を挙げるときなのかもしれない。  
 
 
 
 ちなみに、望が買ってきた紅白の薔薇だが、  
赤い薔薇の花言葉は「愛情」「貞節」、  
白い薔薇の花言葉は「尊敬」「私はあなたにふさわしい」  
である。  
 
 
 望はもちろん花言葉など知らない。だが、無意識のうちには、薔薇の花に託された花言葉の意味を知覚しているのかもしれない。  
 
 霧が花言葉を知っているかどうかは分からない。だが、薔薇に込められた望のメッセージは、確かに伝わったようである。  
 
−−完−−  
 
 

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