ある日の放課後、図書館に先日のメンバーが再び集まりつつあった。
「先生はイーグルトンやノースロップ=フライなんか読みました?」木野が絶望先生に尋ねた。
「ええ」
「あれってどうなんですかねえ? オレはどうも…」
「ま、文学理論の本が実際の読書の役に立つかどうか、私には分かりませんね。『読者には誤読の自由がある』なんて書いてあったりもしますからね。あまたある『文章読本』の類と一緒ですよ」
木野が背伸びした議論を絶望先生にふっかけようとしたものの、そこは圧倒的な読書量の差で軽くあしらわれてしまった。
「待たせてゴメン」
と、そこへ久藤が現れた。今日もまた、木野と物語を作り合って、泣かされたら負け!で勝負するらしい。図書委員長をしているポニーテールの可愛いコも、ヤレヤレまたかといった表情である。
「遅いぞ久藤! 今日のテーマは乗り物だったな。じゃあオレからいくぞ!『愛と勇気の新快速、敦賀へGogo!』……」
「じゃあ、僕は『さらば、さんふらわあ』で…」
結局、木野はまたも久藤に泣かされることになった。「ううう…今日で退職するはずだった志布志フェリーの老船長が…すんすん…」
それにしても、こう何度もカワイイ女の子の前で泣かされたままでは引っ込みがつかないし、自分が可哀想だ。
そこで、木野は無謀にも、さらなる勝負を挑むことにした。今度はエロ話を作って、どちらがイヤラシいかを競おう、と申し入れたのである。
もちろん、麗しのポニテ娘は反対した。
「図書室でそんな汚らわしい勝負するなんて、ダメに決まってるじゃない」
だが、ここで絶望先生が口を挟んだ。
「まあ、そう言わないで。そういう話を作るのは、簡単なようでいて、なかなか難しいんですよ」
「ちょっと先生!」
「たしかに少し面白そうだねえ」
「ちょっとぉ! 久藤くんまで」
と言う訳で、エロ話勝負が始まった。
「じゃあ、言い出しっぺのオレから行くぜ!『診療人間ドッグマン!』」先攻は木野だ。
「…ドッグマンはターゲットの令嬢に迫っていった。『フフフ…俺はドッグマンだ。オマエを検査してやる!』……」
得意げに語り終えた木野は、ようやく皆の反応が皆無であることに気付いた。
「……あれ?」
皆を見渡した。一同シラけまくっている。伝説のシラ毛虫までが机の隅を這っている。
「…それ、一体何だったんですか?」絶望先生が呆れたように尋ねた。
「いえ、『人造人間』と『診療人間』を掛けて…」
「そんなのでエロチックになるはずないじゃありませんか」木野は一言もなく、うなだれてしまった。
後攻は久藤である。
「じゃあ、次は僕だね。『幼なじみで、人妻で。』」久藤はいつもの調子で淡々と語り始めた。
「…日本陸上界の若きホープ大和が、足の故障で入院することになった。おまけにハプニングで両肘にヒビが入ってしまい、両手までもがまともに使えない。
悶々とした日々が続いているところに、幼馴染みの美人人妻涼風がお見舞いに。
『大和、入院して…その…たまってるんでしょ? あたし、慰めてあげてもいいよ』
。やがて涼風は大和の……」
話が進むにつれ、先生は読んでいた新聞で前を隠したままになった。先生のそばにいたまといも先生の背中にしがみつき、赤らめた顔を押しつけている。
木野は気まずそうにかがみ腰になっている。ポニテ娘は耳まで真っ赤な顔をして俯いている。
二人の勝敗は明らかであった。
「ううう…ちきしょう…ちきしょう! 男としてはオレの方が上なんだぁ!」
木野は、スカートを押さえてもじもじしているポニテ嬢を、カウンター奥の図書準備室に連れ込んだ。
「え…ちょっと、ちょっとぉ!」
しばらく中から何やら物音がしていたが、やが全くて何も聞こえなくなり、辺りは静まり返った。
ガチャリ。
大方の予想に反し、スンスンと肩を震わせてすすり泣きながら出てきたのは、木野だった。その側で、どこかシラケ気味のポニテ娘が、それでも優しく木野を慰めている。
「初めての時にはよくあるんですって。気にしないで」
ポニテっ娘の話によると、事情はこうだ。
勢いで暗がりに連れ込んだはいいものの、木野は初めてで勝手が分からずに戸惑っていた。
見かねたポニテ嬢が手伝おうとしたが、「万願寺唐辛子みたいな」(ポニテ嬢の説明)アレだったので、うまく亀頭が露出しなかった。
そうこうするうちに、大きくならないまま固くなっていた木野自身がポニテ嬢の手に触れられた刺激で暴発し、濃口の毒液を大量に自分のブリーフ内にブチマケてしまったらしい。
「ま、初めての時って、後から考えたら笑えるような失敗があるものですよ」
望は気の毒そうに言った。
「それにしても、木野君…その、誠に申し上げにくいのですが」望は続けた。「真性のはきちんと手術した方がいいですよ。将来のためにも」
木野はいたたまれなくなったのか、
「はーーーーーん!」
泣きながら図書館から走り去っていった。
(でもあたし、正直欲求不満なのよねえ…)
身体に灯を点けられかけたままのポニテ嬢は、しばし思案していたが、やがて久藤に声を掛けた。
「久藤くん。ちょっと、いいかな」耳を引っ張ると、こしょこしょと何事か囁いた。
「え、僕でいいの?」久藤は特に嫌がるでもなく、ポニテ嬢に図書準備室に連行されていった。
やがて、準備室からくぐもった喘ぎ声と共にガタ…ゴト…と初期微動が絶望先生達のいる貸出カウンター前に伝わってきた。
おや始まったか、と思っていると、あれよあれよという間に喘ぎ声は耳をつんざく大音響となり、魂をも揺さぶる激震が館内を襲った。
「AAAAAAAAAAAAAAHHH!!」
「AAAAAAAAAAAAAAHHH!!」
「EEEEEEEEEEEEEEEEK!!」
「EEEEEEEEEEEEEEEEK!!」
「HUUUMMMMMMMMMMMMM!!」
「HUUUMMMMMMMMMMMMM!!」
「OH! OUH! OUH! OUH!!」
「OH! OUH! OUH! OUH!!」
「PAOOOOOOOOOOOOOON!!」
「PAOOOOOOOOOOOOOON!!」
図書館全体がガッタンゴットンと関東大震災もかくやと思われるごとく揺れ,蛍光灯がシパシパと点滅した。
壁にピピピッと亀裂が走り、ポスターが次々と剥がれ落ちた。本棚から蔵書がドドドドド、バサバサバサッと雪崩をうって床に落下し散乱した。
紙屑と埃がもうもうと立ちこめていた館内が、急に嘘のように静かになった。
やがて準備室のドアが開くと、奥から久藤がポニテ嬢をお姫様抱っこして現れた。
魂が抜けきって惚けた感のそのコは、カウンター前にあるソファーに横たえられたものの、完全に失神していた。
時折ピクピクッと手足が痙攣し、顔やら太腿やらが真っ赤にふやけきっている様は、湯から上げたての茹で蛸のよう。だらしなく開いた唇の端からは涎さえ垂らしている。
そんな彼女を見下ろしていた久藤は、汗もかいていない様子だったが、望の方に向き直った。
「じゃあ、先生、それと常月さん。今度は二人をまとめて面倒見るね」
こう言うが早いか、まといと望の襟をぐいっと掴み、図書準備室へ引っ張っていった。
「ちょ、ちょっと久藤くん!」
「大丈夫。常月さんには触らないから。常月さんは普段通り、先生とえっちしてていいんだよ」
「な、何てことを!」まといは赤くなりながらも、どこか安心した様子である。
「…あれ? と言うことは、もしかして…」望は久藤の顔を見つめた。
久藤は普段通り、柔和な垂れ目で微笑んでいるだけだったが、望の襟を掴んでいる手に力がこもった。ここで望は忽然と全てを理解した。
「いやあああああああああああああああ!!」
望の絶叫は、久藤が後ろ手に閉める図書準備室の扉で遮られた。
−−完−−