「絶望した!」
決まり文句とともに先生は教室を飛び出していってしまった。
・・・が先生をとがめるものもいないし、ましてや後を追う人もいない。
こんなのはいつものことだからだ。
考えてみれば一日一回は教室を飛び出して行っている。飛び出していかない日のほうが
どう考えても少ない。
教師としてはまさに絶望的な感じなのだが首にはならずにすんでいる。
これは別に先生が特別優秀だから、とか家の出が良いから(こっちは多少あるのかもしれないが)
とかいう理由からでは決してなく、ひとえに生徒のほうが気を使っているから。
首になって自殺でもされたら寝覚めが悪い。
−−−というわけで追い詰められてもそれなりにフォローはされるのだ。
ある意味では幸せな人かもしれない。もっとも「幸せ」というほうよりも「ある意味」っていう言葉のほうにかなり比重が
よってるけど。
そして最近は
「追いかけないの?」
ぼうっとそんなことを考えていると隣の席のあびるちゃんに声をかけられる。
いつも何かしら怪我をしている。彼女だが今日は比較的ましなほうらしく巻いている包帯の量が少ない。
見えているところは、だけど。
DVを受けている、と噂の彼女だけど学校で見ている限りではDVを受けるような子には見えない。
人の家庭のことなので詳しくはなんとも言えないが、私の受けた感じではむしろ逆。
先生に致命傷を与えているのも地味にこの子が多い。今日もそうだったし。
まあそれはいいとして、
「あのさ」
「なに?」
「何で最近飛び出しって行った先生追っかけるの私って決まってるんだろ?」
そう、ここ一月ほど、先生を連れ戻すのはなぜか私の仕事になっている。
前は誰かしら勢いに任せて追っていっていたんだけど。
私のその問いに対してあびるちゃんは少し首をかしげた。
「ほかの誰に行け、というの?」
「えと」
そういわれて考えてみる。
まずマリアは論外だろう。趣旨を理解させるだけでも一苦労しそうだ。
千里ちゃんは先生に止めを刺す可能性がある。事実数回さしかけている。
精神的に、では無く肉体的にだ。後最近なんか怖い。駄目だ。
芽留ちゃん、あびるちゃん、カエレちゃんはそもそも行く気が無いだろう。
藤吉さんは・・・適任といえば適任かも知れないが(実際以前は彼女が連れ戻しに行くことも多かった。)
今は何かの本に夢中だ。怖い。
そういえばその怖さはベクトルは違えど千里ちゃんの持っているそれと同じものがある。二人が仲が良いのも
頷けるというか。
残りはまといちゃんと霧ちゃんだがまといちゃんは先生の近くにいることが一番多い割にはまともに話しているところなんか
見たことないし霧ちゃんは座敷童の部屋から出てこない。却下。
以上消去法からいって
「私しかいないのかぁ・・・」
「でしょ」
あびるちゃんはさらっと言う。やっぱり自分が行く気は無いみたい。
「それに奈美ちゃんだって嫌じゃないんでしょ」
「それは、まあ、別に」
少し言いよどむ。
別に後ろ暗いことがあるわけじゃないし、嫌なわけはない。
そもそもわたしは、
「奈美ちゃん先生好きだものね」
「・・・えっと、まあ」
会話が成立しているのかよくわからない受け答えになってしまった。
まあ折に触れてそれとなく好意を先生に対してだしてはいるし、ホワイトデーのこととかもあるから
特別隠そうとは思っていないのだけれど、反対にそのことを前面に出せるほど開き直ってはいない。
特にあびるちゃんにはあまり触れてほしくない。
・・・からかわれるから。
この娘は頭が良いから致命的なところまでは絶対にからかわないけど、それがまたたちが悪い。
「あの、先生呼びにいってくるから」
それを避けるためにこの場をあとにしようと急ぐ。
「待って。少し言いたいことがあって」
「あー・・・後でも良い?」
「先生のことについてなんだけど」
「・・・」
言い方がきつかったり、無愛想だったりすることが多いけど彼女の言うことは結構鋭くて的を射ていることが多い。
このタイミングで先生のことについてわたしに何か言おうとするのも何か意味があってのことだろう。
基本的には良い子なのだ。
それはこのクラスの大体みんながそうなのだけど。良くも悪くも。
そう思って浮かしかけた腰を再び椅子に落ち着ける。
「先生好きなんだよね?」
「うー・・・あーっと」
何度も好き好きいわないで欲しい。
このクラスの人は余り人の話を聞かないから良いようなものの。
事実だとしても何度もいわれると恥ずかしい。
「でも先生が好きな人は他にもいる」
「・・・知ってる」
これも事実。
だから早く行かせて欲しいと思う。
せっかく先生と二人で話せる機会なのだから。
「早く行きたいのはわかるけどこのままだとよくない」
「このままって?」
「奈美ちゃんが先生を連れ戻すようになってずいぶん経つけどあんまり先生と関係が近くなってないよね」
「・・・」
確かに。
いって少し話して連れ戻す、という以上の積極的な行動を起こしてないので当たり前といえば当たり前なのだが。
「このままだと誰かに先を越されちゃうと思う」
「・・・そ、そうかな?」
うすうす感じていて意識的に考えるのを避けていたことをずばり指摘されてしまった。
少し考えてみる。
わたしの見立てで意識して好意を持っているのは千里ちゃん、霧ちゃん、まといちゃんあたりだと思う。
他にもちらほら怪しい人がいるけどこのクラスの人は好意のだし方、伝え方が普通じゃない上にわかりづらい場合が多いので
普通の感覚で疑っていったらきりがないので。
それにそれほど見当違いな推測ではないと思う。
3人とも多少というか結構問題があるからまだ決定的なところまでは至っていないけど
少し何かきっかけがあれば、先生の性格を考えると戻れないところまで行くのは
あっという間だろう。
この中でも一番危ないのは千里ちゃんか。
3人の中では1番先生との直接的な接触が多いし、積極的は積極的だし。
なんだか方向性がおかしいときも多いけど。
それに呪いとか争いごととかに詳しかったり少し怖いものの、基本的にはしっかりしてるし
意外にも教会での結婚式にあこがれていたりとかロマンティストな所があるので先生さえその気になれば案外自然にいきそう。
実は結構寂しがりな感じがするところが先生と似ているし、その辺の相性もいいような。
・・・考えれば考えるほど結局千里ちゃんあたりに落ち着くというような気がする。
「・・・確かにそうかも」
「でしょ?」
なんだか自分の普通っていう特性がいつも以上に悲しく思えてきた。
3人とも持っている問題に絡んでという形であれ好意を伝えるということには成功しているのに
わたしの場合はそれが伝わっているかどうかすら定かではない。
大体わたしが好意を伝えたときってなんかからかわれたり話題のねたにされてスルーされたりしていることが多いような気がする。
ホワイトデーの時とかそうだった。
「・・・学校では結構いつも先生の近くにいるんだけど」
「居過ぎて当たり前になっちゃってるんじゃない?」
「そっか・・・でもそれならそれで結構良いポジションで・・・」
「主につっこみ役とねた役としてだけどね」
「・・・」
なんだか悲しいのを通り越して自分がこっけいに思えてきた。
「だから今みたいな時はせっかく先生と二人になれる機会だし
ちょっと派手に動いてみたら、っていうのがわたしの言いたいことなんだけど」
落ち込むわたしにあびるちゃんからの提案。
・・・。
「派手にって?」
「それは後々『わたしが奈美ちゃんに言った』って言われたら面倒だから内容まではちょっと」
「そ、そんな後々ばれて大変なことになるようなことしちゃったら先生首になっちゃわない?」
「だからばれなければ大丈夫でしょ。首になっても先生のうち旧家みたいだし、生活には困らないんじゃない?」
「でも」
「あと先生意外と器用だから。繰り返すけどそもそもばれなければ問題はないわけだし」
「・・・」
だんだんやってみようかな、という気分になってくる。
自分の性格を考えてそんなに凄いことができるとは思えないけど。
決定的なことはできなくても好意が伝わっているかどうかの確認ぐらいはしてみようかな。
あびるちゃんのいうとおり行けるところまで行ってしまえばそれはそれでいいような気がするし。
・・・なんかうまいこと乗せられてるような感じもするけど。
決めた。
勢いよく席を立つ。
「・・・うん、じゃあ先生のところ行ってくるね」
「それに奈美ちゃんが多少派手に動いたところで結局普通になるだろうから」
「う、うるさいなあ」
人が一番心配に思っていることを突くあびるちゃんの言葉を背にわたしは教室をあとにした。