1 大草さんの場合  
 
 その日の夕方のことである。  
 
「先生、緊急事態です! 助けて下さい」  
 ポニーテールの人妻女子高生、その名も大草さんから、せっぱ詰まった声で電話が来た。  
 すわ家庭の一大事かDVか、と望は彼女の家に急行した。受け持ちの生徒にDVが発覚して世間から叩かれるのが死ぬほど怖いからだ。  
 
 夕食時だったらしい。食卓には海草サラダ、温野菜、豆腐ステーキ、こんにゃくゼリーなど、ずらりとダイエット食が並んでいる。  
 
「どうしたんです、これ?」  
「みんなに体重のこと知られちゃったからすぐダイエットしようとしたら、旦那が怒って出て行っちゃったんです」  
「はあ」  
「先生……私、淋しいんですぅ〜〜」  
 
 目に涙を浮かべたかと思うといきなり望の胸に飛び込んできた。  
 望は、彼女のポニーテールが揺れる度に漂うシャンプーの香りに内心ざわざわするものを感じながらも、必死にそれを押さえて言った。  
 
「いや、あなた、いけません。私は教師なんですよ。人妻がそんなこと」  
「先生……以外に肩幅広いんですね」  
「え?」  
「そうだ……ねえ先生」  
「?」  
 
 大草さんの目に異常な光が宿っている。  
 
「えっちをしても痩せることできますよね」  
「はあ?」  
 思わぬ展開に望は吃驚した。  
 
「それはそうですけど……って、だめですよ! あなたは私の生徒で」  
「私、淋しいの。緊急事態なんです。先生なら生徒の緊急事態の解消に協力して下さい」  
 
「ちょっと! 大草さん、待って下さい。待って」  
「痩せたら旦那がきっと戻ってくるんです。だから」  
 
 望はあれよあれよという間に夫婦の寝室に連行された。  
 
「ちょっと。そんな。バレたら旦那さんに」  
「さあ、私を抱いて下さい。先生…先生〜!」  
「ちょっとぉ! いやあああ…わむぅっ」  
 
 先生の声は接吻によって遮られた。唇をふさいだままぐいぐいと身体を押しつけて来る。とうとうベッドに押し倒された。  
 
 半ば熱に冒されたかのように、彼女は望の衣装を次々と剥いでいったかと思うと、するするっと望に馬乗りになった。そして絶棒を口に含んだ。  
 
「ちょ、ひやああ!」  
 他の女生徒とは一味違う絶妙の舌捌きに望は悶えた。  
 
「はぁっ! そ、そんな! いきなり人妻のテクニックを! はああああ!」  
 
 すっかり硬くなった絶棒からちゅぽんっっと音を立てて口を離し、熱に浮かされたように呟いた。  
 
「じゃあ、いただきます」  
「いただきって……ああ、ああああ」  
「うう、入って来るううううううう」  
 
 ポニテ嬢の中に絶棒がすっかり収まってしまった。  
 
「ああ、いいぃぃぃ……じゃあ、動きますね」  
 ぬちゃっ、ぬちゃっとゆっくり動き始めた。  
 
 彼女の中はきつかった。いくら人妻とは言え、年齢が年齢である。ジューシーな中にも若々しいきつさで絶棒を締め上げた。  
 
「あああ、生徒とまた……しかも人妻……ああ、スゴい。気持ちいい」  
 思わず本音が口をついて出てしまった。  
 
「そうですか? 嬉しいなあ」  
 彼女の動きが激しくなった。動く度にぷるぷるっと若々しい乳房が揺れている。  
 
 やがて望の胸に手を置くと、単なる上下運動から前後運動へとシフトした。時に悩ましく腰の回転を加えたりした。  
 
「! その角度は、はああっ」  
「先生、これが感じるんですね…じゃあ、これは?」  
 
 中をきゅうっと締めた。  
 
「ひああ、そ、そんなことされたら、もう」  
「ふふっ」  
 
 また律動が激しくなった。  
 
「はああぁぁっ! 大草さん、もう、もう」  
 
 望は追い込まれた。このままでは教え子でしかも人妻に中出ししてしまう。  
 
「私も、このままで。ああ。ああ……う、はぁあん、来て、来てええええ」  
「ちょっと、ダメですって! ああ、でも、はあああああああああっ」  
 
 望は為すすべもなく禁断の絶頂に追い込まれていった。  
 
「ああ、一緒にイきましょう、先生! ねえ、私嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しいいいいいいいイくううううううううぅ!」  
 
 腰も壊れんばかりに躍動していたが、人妻である教え子は一瞬大きくのけぞって達した。続いて望も思わず奥深くに絶射を放ってしまった。  
 
 どくどくっと胎内に注ぎ込まれる望の絶流を受けたポニテ嬢は、がくんと脱力すると望に倒れかかった。  
 
 しばらくすると彼女はするっと身を剥がし風呂場に向かった。やがて歓声が聞こえてきた。  
 
「やったァ!」寝室に駆け込んできた。  
「……ハア……ハア……どうしたんです?」  
「体重がだいぶ落ちたんです。今50.5キロ」  
「……ハア……へえ、それはよかった」  
「とすると、あと1回すれば、絶対50キロを割るわねえ……」  
 
 望の顔をじいっとねちっこく見つめてきた。望はイヤな予感がした。  
 
「ちょっとあなた。もういいでしょう。あっ、また上に乗らないで。ああ、そんな所いじらないで!ふあぁ、またまたああああああぁぁ」  
 
 
 望がようやく解放されたのは、大草さんの体重が晴れて50キロを切り、48.5キロになってからだった。  
 
「じゃあ、先生、どうもありがとうございました。……んー、ちゅっ」  
「……いえ、どういたしまして」  
 
 望が心なしかやつれているのに対して、ポニテ若妻は痩せたというのに肌がつやつやとして張りもあり、血色もよい。  
 
「そうそう。また今度……いえ、ちょくちょくお願いしますね」  
「大草さん!」  
「してくれないと、今日のこと緊急連絡網で流しちゃいますから」  
「ひいいいぃぃ! どうか! どうかそれだけはご勘弁をぉぉぉ!!」  
 
 
 
2 臼井くんの場合  
 
 その日の放課後のことである。  
 
「すっかり遅くなったな。さ、帰ろうっと」  
 
 図書館に籠っていた久藤が、鞄を取りに教室に戻ると、臼井が自分の机に突っ伏していた。見ると、時々肩を震わせている。泣いているようだ。  
 
「臼井、どうしたんだい?」  
 
 ただならぬ様子に久藤はつい声を掛けた。  
 
「ううう…久藤か……ううう……」  
 
 メソメソ泣きながら臼井が振り向いた。  
 
「ボクの頭髪が……頭髪が……」  
 
 最後まで言えず、また机に突っ伏した。  
 
「昼間の緊急事態の事かい? あまり気にしない方が」  
「それは自分が安全圏にいる奴のセリフだ!」  
 叫んでガバッと顔をあげた。そして久藤を睨みつけた。  
 
「臼井……」あまりの剣幕に久藤は掛ける声を失った。臼井は久藤の顔、いや頭を凝視している。  
 
 一転して小さな声で臼井が呟いた。  
 
「久藤……髪、ふさふさだなあ」  
「?」  
「少しぐらい無くても、きっと大丈夫だよなあ……」  
「臼井?」  
「同じ付けるなら、やっぱ同じ男子校生の髪だよなあ」  
「おい、何を言ってるんだい?」  
「なあ久藤、ボク達、友達だろう?」  
 
 臼井の目は血走っていた。  
 
「だから、ちょっと頭髪を分けてくれよ!」  
 
 急に大声で叫んだかと思うと、臼井はパッと久藤に襲いかかった。よもやの臼井の激情に、久藤は抵抗する間もなく押さえ込まれてしまった。  
 
「さあ久藤、おとなしくしろ」  
 久藤の胸に馬乗りになった臼井は、久藤の頭を見下ろした。  
 
「ちょっと! 何バカなことしてるんだよ! 離してくれよお」  
「久藤……お前いい髪してるなあ……つやつやサラサラしてる」  
 
 男の手で髪を撫でられ、手串で梳かれるおぞましさに、久藤は鳥肌が立った。  
 
「ちょ…止めろ! 止めろよお、臼井! い、いやだあああ」  
 
 だが臼井は止めるどころか、顔を久藤の頭に近づけた。  
 
「へ、へへへ……じゃあ、そろそろいただくとするかな。おとなしくしてろよ。なあに、ちょっと痛いだけさ」  
 
 こう久藤の耳元に囁くと、臼井は久藤の髪を両手でぎゅうっと握った。頭髪ごと頭皮が引っ張られる感覚に、久藤は絶叫した。  
 
「いやだあああああああああ」  
 
      ☆  
 
──パシャッ! パシャッ!  
 
 突然、教室の入り口でシャッター音が響いた。  
二人がハッとして音のした方を振り向くと、いつの間にか戸が細く開いていた。  
 
 やがて戸を開けて入ってきたのは芽留だった。  
 
「音無さん」   
 
 二人は呆然としたが、すぐに自分達がかなりマズい写真を撮られたことに気付いた。  
 
「音無さん、あの、あの」  
「違うんだ。何かの間違いなんだ。信じてく」  
 
 二人の必死の弁明を遮るように、二人に芽留からメールが届いた。ご丁寧に撮れたてほやほやの現場写真付きである。  
 
『忘れ物取りに戻ってきたら、いーもの見せてもらったぜ』  
「いや、だーかーら」  
『オレには緊急連絡が回ってこないからクサってたんだ。ちょうど良いネタができた。この写真を緊急連絡網に載せてオレの方から送ってやる』  
 
「いやあああ!」  
 
 そんなことをされたら二人は身の破滅である。二人とも芽留に飛びかかった。なんとしてもそのケータイを取り上げねば未来はない。  
 
 暴れる芽留を臼井と久藤の二人がかりで押さえつけ、ケータイを取り上げようと悪戦苦闘していると、開いたままの戸からあびるが入ってきた。やはり忘れ物を取りに戻ってきたのだ。  
 
「ちょっと! 何やってるの!!」  
 
 臼井は驚愕した。なぜあびるがここにいるのか理解できなかった。  
 
「あなたたち、二人で芽留ちゃんを襲ったりして! ものすごい緊急事態じゃない! さっそく連絡網で」  
 
 あびるがケータイを取り出したとき、臼井は悟った。  
 
――このままでは絶対に小節さんと両想いになれない! 連絡網に載ったらアウトだ。  
 
「ち……違うんだ! 小節さん、誤解だよ!!」  
 
 臼井は叫びながらあびるに突進した。だが、あびるの手前で何かにつまづいてバランスを崩し、逃げ遅れたあびるにまともに突っ込んでしまった。  
 
「あいたたたた……」  
「……ううう……う」  
 
 しばらくして、臼井は自分の現況に気付いた。  
よろけてぶつかったのは、逃げようとするあびるのお尻だったのだ。  
 
 二人とも床に倒れ込んでいたが、臼井の頭は依然としてあびるの充実したヒップに乗っかっていた。いや、知らずに密着していたと言っていいかもしれない。  
 
 おまけに、いつの間にか右手であびるの張りのある太腿を、そして左手で柔らかな巨乳をわし掴みにして抱え込んでいるではないか。  
 
 この至福の手触りに、一瞬手を離すのが遅れた。その刹那、芽留による非情なシャッター音が再び響いた。  
 
 ハッとした瞬間に――だが、まだあびるを抱きしめたままである――また開いたままの入り口から声がした。  
 
「あなたたち、もう下校時……っ!」  
 声の主は智恵先生だった。智恵先生の目からは、臼井があびるを獣欲の赴くままに襲っているのを、芽留と久藤が傍観しているように見えた。  
 
「ちょっと……あななたち! これは緊急事態ね。とりあえず、SC室へみんな来なさい」  
 
 智恵先生の宣告が下りた。このままではマズい。何か言い訳をせねばならない。  
 
「あの、あの」  
 
 だが不幸なことに、あいつぐ突発的事態に、臼井は呆然としたまま、まともに声も出せない。  
 
「言い訳無用! あちらでたっぷり事情を聞いてあげるから、覚悟するのね」  
「そ、そんなあああ!!」  
 
 かくて臼井を筆頭とする四人はSC室へ連行された。もちろん、事態を説明する決定的な証拠となるべき各人のケータイが真っ先に没収されたことは言うまでもない。  
 
──[完]──  
 
 

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