その年の、夏休み明けの始業式。
糸色先生は学校に来なかった。
でも、先生が行方をくらますなんていつものことだから、
新学期の初日のホームルームで、智恵先生から
「糸色先生は入院されていて、しばらくお休みされる予定です。」
と言われても、クラスの皆、うんざりした顔で
―――ああ、また先生のサボり癖がはじまった。
くらいにしか思ってなかった。
思えば、この夏休みの間ずっと、先生は不在だった。
けれど、先生のお兄さんの医院もずっと休業の札が出てたから、
「皆で帰省して家族水入らずで過ごしてるのかな」って思っていた。
9月も半ばになったけど、まだ、先生は姿を現さなかった。
そんなある日の昼休み。
「だいたい、生徒がまだ暑い中頑張って学校に来てるのに、教師がさぼりってどういうことよ!」
千里ちゃんがだんっと足を踏み鳴らすと、カエラちゃんも腕組みをしてうなずいた。
「入院たって、またどーせ人生に絶望したとか言ってゴロゴロしてるだけでしょ。
いいかげんに訴えるよ。」
「先生、一応、入院はしてるのよね。だったら、『お見舞い』に行かない?」
私のいつもながらの「普通」な提案に、珍しく誰も突っ込まずに賛成したのは、
本心では皆も先生に会いたかったからだろう。
さっそくあびるちゃんと2人で、智恵先生のところに、先生の入院先を尋ねに行った。
すると、智恵先生はちょっとためらうようなしぐさをした。
「お見舞い…そう…。」
そのまま、考え込んでいる。
私は、思わずあびるちゃんと顔を見合わせた。
智恵先生、先生から口止めでもされてるの?
しかし、ようやく顔を上げた智恵先生が漏らしたのは、不可解な呟き。
「……そうね…糸色先生も…皆さんに、会っておきたいでしょうから…。」
―――とくん。
何故か、胸が小さく鳴った。
私は、無意識にブラウスの胸元を握り締めていた。
結局、先生のお見舞いにはクラスのほぼ全員が参加することになった。
先生が入院している病院は、電車を何本も乗り継いだ、海の近くにあった。
「これまた『いかにも』な風景だわね〜。」
晴美ちゃんが手を目の上にかざして辺りを見回す。
まだ強い残暑の日差しの中、海辺に建つ白い建物は、
たしかに昔の映画に出てくる療養所のようだった。
―――とくん。
再び、胸が鳴った。
先生がいるその建物は、静かで、病院によくある忙しない気配が全然なくて、
治療よりも、患者の居心地を優先して作られているようで…なんだか、まるで…。
私はそこで頭を振ると、それ以上考えるのをやめた。
受付を済ませ、皆でリノリウムの床をぺたぺたと歩いていくと、
目指す部屋の前の廊下のベンチに、ぽつんと、はかま姿の少女が座っていた。
「まといちゃん…。」
そういえば、彼女もこの夏姿が見えなかったっけ。
まあ、常に先生につきまとっている彼女だから、
先生がいなければ彼女がいないのも不思議はないけれど。
それよりも、気になったのはまといちゃんの様子だった。
こちらに気付く様子もなく、ぼんやりと廊下の床を見つめている。
「常月さん?」
千里ちゃんが声をかけると、まといちゃんはビクッとこちらを向いた。
少しやせたみたいだ。
―――どくん。
心臓が、今まで以上に大きく跳ねた。
何だろう、何だろう、この間から感じているこの不安な感覚は。
「どうしたの?廊下なんかで。ここ、先生の部屋でしょ?」
千里ちゃんの問いに、まといちゃんは再びうつむくと、ぼそぼそと答えた。
「先生が疲れちゃうから…余り長い時間は一緒にいられなくて…。」
「え…?」
まといちゃんの言葉に、皆、黙り込んだ。
「先生、仮病じゃ、ないの…?」
千里ちゃんが、独り言のように呟いたそのとき、先生の部屋の扉が内側から開いた。
出てきたのは、先生とそっくりの顔をした、白衣のお医者さん。
「命先生…。」
夏の間中、医院を休んでいた先生のお兄さんが、何故、ここにいるの?
先生のお兄さんは、私たちに気付くと、「ああ、望の生徒さんたちだね。」と微笑んだ。
でも、その顔はどこか悲しそうで、まといちゃんと同じようにやつれていた。
―――どくん、どくん。
胸騒ぎがどんどん大きくなる。
何だろう、ここで一体、何が起こっているって言うんだろう。
「病人が疲れるから、余り長くは時間を取れないけど…入りなさい。」
お兄さんは、私たちに部屋に入るよう促した。
「これは、皆さん…お久しぶりですね。」
先生は、部屋の窓際にあるベッドに、枕を背にして座っていた。
私達は、目の前の先生の姿に、声も出せずにいた。
もとから、先生は色白で華奢な人ではあったけれど、
今の先生は、それこそ触ったら折れそうなくらいにやせてしまっていた。
顔色もさらに白く、静脈が透き通って見えるようだった。
もとから大きかった特徴のある目が、ますます大きく見える。
どう考えても、仮病じゃなかった。
「…先生、どうしちゃったんですか?」
千里ちゃんがようやく口を開いたが、その声はかすれていた。
先生は、私たちを見て、ふわりと微笑んだ。
そのまますぅっと消えてしまいそうな、きれいで、儚い笑みだった。
「ちょっとした、夏バテです。すいませんね、ご心配をおかけして。」
―――どくんどくんどくん。
もはや、心臓は早鐘を打っていた。
違う、こんなの先生じゃない。
先生は、こんなに儚げに微笑んだりしない。
夏バテなんて、見え透いた嘘をついたりしない。
心配をかけたことを謝ったりなんかしない。
先生は、いつも、何でもないことで勝手に大騒ぎして皆に迷惑かけて
でも懲りずに、しれっと同じことを繰り返す、そんな人だったのに。
―――ここにいるのは、一体、誰?
「そ、そうですよ、先生は、全くいつも生徒に心配かけてばっかりなんだから!」
あびるちゃんが不自然に明るい声を上げた。
「先生、こんなところにいると、なんだか少女マンガの主人公みたいですよ!」
晴美ちゃんも必死な感じで頓珍漢な相槌を打つ。
2人とも、どうにかして、これをいつもの先生の冗談にしたいんだろう。
でも、いつもの先生だったら、ここで何か辛らつなことを言うはずなのに、
今の先生は海が見える窓を背にして、微笑むだけだった。
海面に反射する陽の光がきらきらとまぶしくて、何だか、
そのまま先生がその光の中に溶けてしまいそうで、私は慌てて言葉を継いだ。
「先生、何だか、らしくないですよ。」
先生は、いたずらそうな顔でこちらを見た。
「…らしくないですか。あなたはいつもどおり、普通ですけどね。」
そして、くすりと笑った。
先生が、私に「普通って言うな!」っていう、いつもの突込みを期待しているのは分かったけど、
私は声を出すことができなかった。
だって、今、私が置かれている状況は、普通じゃないもの!
全然、普通じゃないもの!
私が黙り込んでいると、工藤君や臼井君たちが代わって先生に話しかけた。
他の生徒たちも、次々に先生を取り巻いていろいろ報告し始めた。
先生は、楽しそうに皆の話を聞いたり相槌を打ったりしていたが、
そのうちに、顔色が土気色になってきて、苦しそうな表情を見せるようになった。
「…望、そろそろ…。」
部屋の隅で心配そうに先生を見守っていた命先生が、先生に声をかけた。
「いや、命兄さん、今日は気分がいいので…。」
「だめだ。」
命先生の厳しい声に背中を押されるようにして、私達はしぶしぶ立ち上がった。
私達が名残惜しげに部屋を去ろうとしたとき、先生の声が後ろから聞こえてきた。
「皆さん、今日はありがとうございます。
…先生、あなたたちに会えて、嬉しかったですよ。」
「―――!」
私は、思わず振り向いた。
皆も足を止め、先生を振り返った。
先生は、またあの儚げな微笑を浮かべていた。
―――先生、あなたたちに会えて、嬉しかったですよ。
…今の言葉は、どういう意味だろう。
今日のお見舞いが、嬉しかったという意味?
それとも―――?
帰りの電車の中では、誰もが無口だった。
私の隣には可符香ちゃんが座っていたが、その表情は石のように固かった。
幼稚園の頃から彼女を知っているけど、彼女のこんな表情を見たのは初めてだった。
でも、それを見ても私の胸はもうさっきにのようには騒がなかった。
その代わりに、もう、騒ぎようのない、石のように重い何か―――ある確信が、
胸の中に納まってしまっていた。
―――そしてこれが、私が生きている先生に会った、最後だった。
「糸色先生は、昨日、お亡くなりになりました。」
先生を見舞った日から数日たったある日、
黒いワンピースを着た智恵先生が、沈痛な表情で私達に告げた。
皆、一言も発しなかった。
微動だにしなかった。
このまま待っていれば、教室の扉やあるいは窓から、先生が
「本当に殺す気ですか!!!」
と叫んで現れると信じているかのように、私達は、ただただ待っていた。
まだ、夏の暑さは去らず、窓の外の日差しは目を射るように強い。
蝉がうるさいくらいに鳴いていた。
なのに、何でこの教室はこんなに暗く、静かなんだろう。
すすり泣きさえ起きない。
皆、石像のように表情をなくし、ただ座り込んでいるだけだった。
私は、暗く静まり返った教室の中、最後の先生の顔と声を思い出していた。
―――先生、あなたたちに会えて、嬉しかったですよ―――
ああ、あれはやっぱり、そういう意味だったんだ…。
私は、体中の力が抜けたまま、いつまでもぼんやり考えていた。
先生の通夜は、先生の実家でいとなまれた。
まだ、信じられない気持ちで、どこかぼんやりしながら、
私達2年へ組の生徒達も長い葬列に沿って進む。
随分並んで、やっと屋敷の敷地に入ると、どこからか大声が聞こえてきた。
どこか先生に似たその声に、皆で、思わず顔を合わせると、一斉に声のする方に走って行った。
そこには、頭を木の幹に打ち付けている命先生、そしてそれを後ろから抱える景先生、
そして、その横で涙を流している倫ちゃんの姿があった。
「兄さん、僕は、結局、望を救えなかった…!
これじゃあ、何のために医者になったんだか分からないよ…!」
「やめろ、命!」
「命お兄様!」
両手を振り上げる命先生を景先生が木から引き離す。
「馬鹿なことを言うんじゃない!
望の病気が治らないものだってことは、お前だって分かってたはずだろう!
お前は良くやった!お前のおかげで、体が随分楽になったって、望は喜んでいたじゃないか!」
命先生は、景先生の言葉に動きを止めると、その場に崩れ折れて激しく泣き始めた。
倫ちゃんが涙をふきながら、しゃがみこむと、そっと命先生の肩に手をまわした。
そのとき、景先生が、初めて、呆然と立ちすくむ私達に気がついた。
「これは、望の…。申し訳ない、取り乱したところをお見せして。」
景先生は、私達に向かって頭を下げると、奥の離れを指し示した。
「皆さんには、私からもお礼を申し上げたいこともある。
是非、あちらの離れまでご一緒していただけませんか。」
離れ座敷は緑深い庭に面した、気持ちのいい場所だった。
残暑のさなかでも涼しい風が吹き渡り、部屋の畳も緑に染まっているかのようだった。
「望はこの離れが大好きでね…いつの間にか、自分の部屋のようにして使っていた。」
景先生は何かを思い出すように目を細めた。
そして、形を改めると両手をついて私達に頭を下げた。
「望の最後の願いに付き合ってくれて、本当にありがとう。」
大の大人に頭を下げられ、また景先生の言っていることの意味も分からず、
私達が戸惑っていると、可符香ちゃんが静かな口調で尋ねた。
「さっき、『望の病気』っておっしゃってましたね…。先生は、ご病気だったんですか?」
景先生の肩が揺れた。
景先生はゆっくりと体を起こすと、ため息をついた。
「今ならもうかまわないか…。
望は、生まれつき心臓に疾患を持っていてね…。
…子供の頃は、到底大人になるまでは生きられないと言われていた。」
「―――!」
私は、息を飲んだ。
「そんな、だって、先生はそんなこと一度も…!」
「それどころか、いつだって死ぬ死ぬって言いながら、いつも元気に帰ってきて…。」
皆がざわめく。
景先生は苦笑した。
「そうだね…。それがあいつのパフォーマンスだったんだ。
でも、そのおかげで望が具合悪そうにしたり、休んだりしても、誰も本気にしなかっただろう?」
「…。」
「いや、責めてるんじゃない、それでいいんだ。それがあいつの望んでいたことなんだから。
あいつは物心ついた頃から、周りの人間に心配されてばかりいた。
…そして、それを何よりも嫌っていたんだ。」
「…先生は…わざと、狼少年を、演じていたんですね…。」
あびるちゃんが、ぽつんと呟いた言葉は、私の心にゆっくりと沈んでいった。
今思えば、先生の、成年男性にしては余りに細すぎる体、ときに青白くさえ見える肌、
あれは全て病のせいだったのだと気がつく。
……気がつくのが、遅すぎたけれど…。
景先生の言葉は続いていた。
「望が高校に入った頃、一時自暴自棄になったことがあってね。
…自分を……非常に粗末に扱うような生活をしていた時期があったんだ。
そんな望に、私がある日強く説教すると、望はこういったんだ。」
景先生は遠い目をして言った。
―――どうせ、僕なんてすぐに死んでしまうんです、兄さん。そして、後には何も残らない。
せめて、今、自分がいる実感を求めたってバチは当たらないでしょう。
―――馬鹿やろう、何で何も残らないなんて思うんだ!
お前自身の考え、生き方を伝える相手がこの世には絶対いるはずだ。
今のお前は、ただ逃げてるだけだ!
景先生は、ふ、と息をもらした。
「…望が教師を目指したのは、もしかして私のあのときの言葉のせいかもしれない。
ただ、教師になると決めてからの望は、変わった。
生活態度も改まり、積極的に体に良いことを取り入れるようになった。
その頃、命は医者になっていたから…命は、幼い頃から望の病気を治すことが望みでね、
開業後も大学病院に入り浸って研究をしては、望に新しい治療を施していたよ。」
ああ、だからあの医院はあんなにも閑古鳥が鳴いていたのか…。
私はぼんやりと思った。
今になって色んなことが腑に落ちる。
本当に、今になって…。
「教師になり…君達の担任になって、望は本当に楽しそうだった。
よく、私のところにいろいろ相談や報告に来たもんだ。」
景先生はくすりと笑った。
その笑顔は、やはりどこか先生に似ていて、
私は、最後に病室で見た先生の笑顔を思い出して、ちりっと胸が痛んだ。
「引きこもりの生徒をどうやったら外に連れ出してやれるかとか」
その言葉に、久しぶりに学校の外に出て来ていた霧ちゃんがうつむいた。
「あとは、クリスマスパーティやら元旦の挨拶やら、行事があるたびに、
『皆に誘われた』って楽しそうにあれこれ話していってくれたよ。」
「先生、本当は、喜んでくれてたんだ…。」
「なんで、そのときに、言ってくれなかったんだろ…。」
私達の呟きに、景先生は辛そうな顔をして目を伏せた。
「…望は、自分の命が長くないことを知っていた。
皆さんとの別れを余り辛いものにしたくなかったのではないかと思う。」
「そんな…。」
「これは完全に望と…それから我々兄弟の、望の夢をかなえさせてあげたいという、
わがままからきたことだ。
そのおかげで、皆さんには大変なご迷惑をおかけした。
望にさんざん振り回されたあげく、最後はこんな形で担任を失うことになって…。
望に代わって、謝罪します。」
景先生は、再び深く頭を下げた。
「―――やめてください!」
大声が響いた。
驚いて頭をめぐらせると、可符香ちゃんが体を震わせて立ちあがっていた。
「私、先生のこと、迷惑だなんて思ってません!
あの日、先生と桜の木の下で出会えたこと、私の人生の中で一番幸せな出来事だと思ってる!」
皆、驚いて可符香ちゃんを見上げていた。
可符香ちゃんが、こんな風に感情を顕にするのは初めてだった。
と、可符香ちゃんに続いて声があがった。
「私だって!先生がいなかったら、私、今…ここに、いま、せ、ん!」
霧ちゃんが、言葉の途中で、声を詰まらせてしゃくりあげた。
「私も、先生のこと、大好きよ!迷惑なんかじゃない!」
千里ちゃんが叫んだ。
「私だって。」
「僕だって。」
皆が口々に叫ぶなか、可符香ちゃんは景先生の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「景先生。私たち、みんな、糸色先生のことが、心から大好きなんです…。
お願いですから、迷惑だなんて、言わないで下さい。」
「…!」
景先生は、目を真っ赤にすると、畳に両手を突いて言葉なく体を震わせた。
遠くでは、いまだ、読経の声が絶え間なく流れていた。
弔問客の訪れも一段落ついた頃、私達は先生のいる部屋に通された。
体が震えて前に進めない。
と、先生の枕元に、喪服を着たまといちゃんが座っているのが見えた。
まといちゃんが袴以外のものを着ているのを見るのは久しぶりだった。
「まといちゃん…大丈夫?」
私は、まといちゃんに近づくと、そっと声をかけた。
ここ数年間、先生は、まといちゃんの人生の全てだった。
だから、先生亡き後、彼女が先生の後を追ったりしないか、心配だった。
「大丈夫。」
私の問いに、まといちゃんは首を振った。
「私、先生から、最後に頼まれたことがあるから。」
―――私が死んだ後は、魂になって常月さんのあとをついて回りますからね。
だから、常月さんは、これからの人生いろんなことを体験して、
先生の魂にそれを見せてやってください。
先生、一度、ストーカーってやってみたかったんですよ…。
「だから、私、これから、先生がやったことないようなこと、いろいろ体験して、
先生の魂にそれを見せてあげないといけないの。」
まといちゃんの瞳からは涙が次から次へとこぼれおちてきていたけれど、
その顔はにっこりと微笑んでいた。
「な、何よ!先生ってば、まといちゃんだけじゃなくて、私にも付きまとってよ!」
千里ちゃんが後ろで大声を出した。
「私にもだよ、先生!」
霧ちゃんが叫ぶ。
そこに、柔らかな声が響いた。
「…大丈夫だよ、先生は、きっと、僕ら全員を見ててくださるよ。」
「工藤君…。」
物語ではなかったけれど、工藤君の声は、いつものように皆の心に染み渡っていった。
「…そうだよね、先生、見ててくれるよね…けっこう好奇心旺盛だし。」
誰かがポツリと言った。
それに、他の誰かがうなずいた。
「『放っておいて下さい』って言いながら、あちこち首を突っ込むんだよね。」
「そうそ。それでトラブルに巻き込まれる。」
ああ、皆、先生のことをまだ現在形で話している。
「あのときだって、先生のせいでホント大変だったんだから。」
「それ言ったら、あのときなんかさぁ…。」
皆、口々に先生との楽しかった出来事を話し始め、あちこちで笑い声が起きた。
先生、先生、私たち、先生に出会えて、先生の生徒で、本当に良かった。
私たち、皆、先生のことが大好きだよ。
先生…!
皆、いつしか泣いていた。
笑いながら、泣いていた。
私も一緒になって、泣き笑いしながら、窓の外の空を見上げた。
空は憎らしいくらいに晴れていて、先生とはじめて会った日のようだった。