「きれいな人」「美しい人」そういう表現は、女性に用いるものだと思っていた。
でも、初めて桜の木の下に佇む先生を見たとき、私は思わず
―――なんて桜の似合う、美しい人なんだろう。
と心の中で呟いていた。
私は、幼い頃に両親を亡くしたため、親戚の家を転々としてきた。
その間には、辛いこともいっぱいあったし、中には、非力な少女に対して
口に出せないような汚らしいことを仕掛けてくる大人達もいた。
だから、高校に入ると同時に1人暮らしをはじめ、名前も勝手に変えて、
今までの自分とは決別して、前向きに生きることに決めた。
―――それでも、今でも大人の男の人は苦手だし、嫌いだった。
だけど、先生は、他の男の人達とは違った。
繊細で、傷つきやすい少年のようで、私が知っていた男達のような、
厭らしい、汚らしいものは、ひとつも持っていなかった。
心も、姿も、透き通ったガラスのようにきれいな人だった。
この人の魂は、きっと、生まれたときのまま、きれいなんだろうな。
私みたいな嫌な記憶なんか、ひとつも持ってないに違いない。
私は、先生の美しさに見とれながらも、
この人は、自分とは違う世界の人だと、いつも、漠然と感じていた―――。
「野良教師に逆戻りは嫌だぁぁぁあ!」
「先生!」
北の果てまで先生を追って、皆で転校してきたというのに、
その学校はあっという間に閉鎖になった。
それが余程ショックだったのか、嵐が近づく中、船に乗り込む生徒達を尻目に
先生は突然踵を返すとその場から走り去ってしまった。
「先生、待って!」
まといちゃんが続いて飛び降りようとするのを、後ろから千里ちゃんが羽交い絞めにした。
「危ない、常月さん!もう船は岸を離れてるのよ!」
「離して!先生のそばに行かせて!」
まといちゃんは千里ちゃんから逃れようと必死にもがいている。
千里ちゃんは、まといちゃんを抱えながら私に叫んだ。
「ちょっと、可符香さん!手伝ってよ!」
「ほぁーい。」
私は常日頃から、まといちゃんのストーカー行動にはうんざりしていたので、
実は、あまり、彼女とかかわりたくはなかった。
しかし、千里ちゃんの頼みも断れない。
仕方なくまといちゃんに向かって手を伸ばした。
と、船が揺れ、その拍子に、振り回していたまといちゃんの腕が、私を直撃した。
「え?」
「可符香さん―――!!」
気がついたときには、私は、船の手すりから極寒の海の中に投げ出されていた。
目の前が暗くなる直前に、桟橋で、こちらを振り向いた先生の姿が見えたような気がした。
―――杏。杏。
誰だろう、私を昔の名前で呼ぶのは。
私は、ふわふわとした雲の中のようなところを歩いていた。
―――杏。
再び名前を呼ばれて顔を上げると、雲の向こうに死んだ両親の姿が見えた。
―――杏、こちらにいらっしゃい。
「お父さん、お母さん…。」
私は呟いた。
そっか、私、死んじゃったのかな。
でも、お母さんたちとまた暮らせるんだったら、それも、いいか。
私は、両親に向かって一歩足を踏み出した。
と。
―――風浦さん、風浦さん!目を開けてください、風浦さん!
どこからか、聞き覚えのある声が聞こえた。
誰の声だったっけ。とても、悲しそうな声。
―――風浦さん!
私が、足を止めて考え込んでいると、両親が私を呼んだ。
―――杏、何をしているの、早くいらっしゃい。
「あ、うん。」
私が、我に返って再び足を踏み出そうとした、その瞬間。
―――可符香!死ぬな!
悲痛な叫び声に、私は目を覚ました。
目を開けると、そこにあったのは、真っ青な先生の顔。
「あれ…先、生?」
「か…、っ。…風浦さん!大丈夫ですか!?」
「はい…。」
ぼんやりと答えながら、辺りを見回す。
そこは、閉鎖された学校の宿直室だった。
この宿直室には、北国ならではというか、小さいながらも暖炉がある。
今、そこには薪が盛大に燃えており、私はその前で毛布にくるまっていた。
―――私、確か、船から落ちて…。
私は、先生を見上げた。
「先生が、助けてくれたんですか?」
先生は、私の顔を見てほっとしたように息をつくと、うなずいた。
「驚きました。いきなり、船から落ちてくるんですから…。」
そっか…先生が助けてくれたのか…。
「ありがとう、ございました…。」
毛布を体に巻きつけながら、起き上がろうとして、気がついた。
私は、素肌の上に先生の着物を羽織っていた。
先生はと見ると、普段着物の下に着ているシャツ1枚に袴、という珍妙な格好をしている。
私の視線に気付いて、先生はわたわたと両手を振った。
「いやっ!あのですね、2人ともずぶぬれで、そのままでは凍えてしまうので、
でも、着替えは私のが1着分しかなくてですね…、で、でもっ、見てませんから!
私、風浦さんを着替えさせてる間は、目をつぶってましたから!」
真っ赤になって言い訳する先生の慌てぶりがおかしくて、私は思わず笑い出した。
「いやだなぁ、そんな心配なんかしてませんよ。
先生になら見られてもかまわないって、前にも言ったじゃないですか。」
すると、先生は、一瞬黙り込んだ後、苦笑いすると、
「そ…ですよね。私相手に、心配なんか、しないですよね…。」
小さい声で呟いて私から目をそらした。
先生は、そのまま膝を抱え込んで、暖炉の炎をぼんやりと見つめている。
―――あれ、また、すねちゃったのかな。
と思ったけれど、炎に照らされた先生の横顔は、何だかひどく寂しげで、
―――ずきん。
何故だか、自分が先生にとても悪いことをしてしまったような気がした。
ぱちぱちと薪がはぜる音に、窓枠が風でがたがたいう音が混じる。
私は、気まずい気分のまま、立ち上がると、窓の外を覗いた。
外は、すごい吹雪で、舞い狂う雪片以外には何も見えなかった。
「…嵐が過ぎるまでは、船も戻って来れない、か…。」
私の独り言に、先生は、はっとしたように私を見上げて心配そうな顔をした。
「皆さん、風浦さんがこちらに残ってること、分かってますかね。
私1人だと思っていたら、戻って来ないかもしれません…。」
…ああ、まただ。
この人は、いつもこうやって自分の価値を認めようとしない。
私達が、なんのために、こんな北の果てまで転校して来たと思ってるんだろう。
腹が立ったけど、これ以上、先生を落ち込ませるのも嫌だった。
しかたなく、明るく笑って見せた。
「そんなわけないじゃないですか。皆、嵐がやんだら戻ってくるに決まってますよ。」
先生は、まぶしそうな顔をして私を見た。
「…風浦さんは、本当にポジティブですね。どうしてそんなに強いんですか?」
私は言葉に詰まった。
だって、私は、強くならなければ生きていけなかったもの。
先生は、私の顔をみて、うつむいた。
「…すいません、くだらない質問をしました。」
再び、その場を沈黙が支配する。
と、先生が、くしゅん、とくしゃみをした。
そうだ、先生はシャツ1枚しか着ていないんだった。
「先生、他に羽織るもの、ないんですか?」
先生は情けなさそうな顔をした。
「はい…寝具も全部船に積んでしまって…。
残っていたのは、その毛布1枚だけなんですよ。」
私は、それを聞いて、毛布の端っこを持ち上げると、先生に向かって手招きした。
「そしたら、先生、半分こしましょ。それじゃ、風邪引いちゃいますよ。」
しかし、先生は私の言葉に顔色を変えると、暖炉ににじり寄った。
「い、いえ、大丈夫です!火の近くにいれば充分暖かいですから!」
あー、もう、まったく手のかかる大人なんだから!
私は、先生の手をぐいっと引くと、毛布の中に引っ張り込んだ。
先生は、「っ!」と小さく声を上げたが、その後は大人しく毛布の中に収まった。
「ね、ほら、暖かいでしょ?」
「…。」
しばらく、私と先生は、黙って毛布にくるまったまま、燃える炎を見ていた。
先生の静かな息遣いがすぐ隣に聞こえる。
海に落ちたはずなのに、先生からは、何か、花のようないい香りがした。
なんとなく、胸がざわざわしてきて、私は慌てて会話の糸口を探した。
「先生、あの中を助けてくれたなんて、泳ぎ、得意なんですね。」
「あ、ええ。泳ぎだけは、子供の頃、兄達にさんざん鍛えられましたから…。
でも、今日ばかりは、そのことを心から感謝したいですね。
…風浦さんが、無事で、本当に良かった。」
その先生の言葉に、私は、目を覚ます直前に聞いた叫びを思い出した。
―――可符香、死ぬな!
振り絞るような、悲痛な叫びだった。
「…先生?」
「はい?」
「私が気絶してたとき、先生、私のこと『可符香』って呼びました?」
先生が、ぎくりと体をこわばらせた。
ああ、やっぱり、あれは先生だったんだ。
先生が、私をあの世から呼び戻してくれたんだ。
…急に、心がほんわりと暖かくなるような気がしてきた。
「ねえ、先生?」
「…は、はい。」
「もう一度、可符香って呼んでみてくれます?」
「―――!」
何でそんなことを言ったのか自分でも分からない。
自分でつけた、新しい名前。
それを、先生があんなにも必死に呼んでくれたことが嬉しかったのかもしれない。
しかし、先生は、こわばった表情で炎を見つめたままだった。
―――嫌なのかな…。
たった今感じていた暖かい気持ちが急にしぼんでいくようで、私は肩を落とした。
と、先生が、炎を見つめたまま、ぼそりと呟いた。
「名前を、呼べばいいんですね。」
私は、顔を上げた。
「―――はい!」
先生は、こほん、と咳払いをすると、私の名前を口にした。
「えー…、可符香、さん。」
なんとなく、さっきと違う。
「さん付けじゃなくて、さっきみたいに、呼び捨てにしてみてくださいよ。」
私がそう言うと、先生は、眉根を寄せ、困ったような怒ったような顔で私を見た。
「せんせい…?」
先生は、そのまましばらく黙っていたけれど、やがて、私の顔を真正面から見つめると
ゆっくりと口を開いた。
「―――可符香。」
―――心臓が、止まるかと思った。
薪が、ぱちんと音を立ててはじけた。
暗くなってきた部屋の中、暖炉で踊るオレンジ色の炎だけが辺りを照らす。
―――どきん、どきん、どきん。
心臓が破裂しそうに、鳴っていた。
名前を呼ばれたくらいで、しかも、自分から言い出したことなのに、
なんで私はこんなに動揺しているんだろう。
―――可符香。
今、耳にした先生の低い声が耳から離れない。
先生は、そのまま、私をじっと見つめていた。
先生の、日本人にしては珍しい深い緑がかった瞳に、炎が反射して揺れている。
私は、その瞳に魅入られたように、身動きもできなかった。
と、先生が、ゆっくりと私に向かって手を伸ばした。
先生の手は、私の頬を包み込むと、優しく輪郭を撫でていく。
先生の細くて冷たい指が、顎を伝い、私の唇をそっとなぞった。
私は、先生の指が与える、くらくらする感覚を味わいながら、目をつぶった。
こんなに優しく誰かに触れられたのは、初めてだった。
このまま、ずっと先生に触れられていたい―――そう思った。
先生は、無言で、私の顎を優しくつまむと、そのままそこでしばらくためらい、
そして―――手を離そうとした。
「あ…!」
私は、自分でも気が付かないままに、先生の手をつかんでいた。
先生は、驚いたようにつかまれた手を見ていた。
私も、自分のしたことに驚いていた。
でも、この手を離しちゃいけない、自分の中の何かがそう言っていた。
何故だか涙がにじんできて、私は、必死になって先生の手を自分の両手で包み込んだ。
窓の外では、相変わらず吹雪がうなり声を上げていた。
風の音を聞きながら、しばらく私達は、そのまま手を重ねていた。
気付くと、先生の手が、小さく震えていた。
涙でぼやけた視界で先生を見上げると、先生は苦しそうな顔をして私を見ていた。
―――先生、なんで、そんなに切ない目で私を見るんですか。
―――先生、私、私は…。
「先生…。好き、です。」
その言葉は、自然と口をついて出てきた。
でも、口に出した瞬間、自分が正しい言葉を言ったのだと分かった。
ああ、私、先生のことが好きだったんだ。
…初めて会ったときから、ずっと、好きだったんだ。
でも、先生は、余りに違う世界の人だから…だからいつも、
先生を困らせる形でしか、触れ合う術を知らなかった。
だから、素直なまといちゃんのことが、うらやましくて、うとましかったんだ。
先生は、無言だった。
―――ああ、先生、困ってるよね…。
私が何かフォローを、と思って口を開こうとした瞬間、目の前が暗くなった。
「―――!?」
花の香りが私を包む。
気がつくと、私は先生の腕の中にすっぽりと抱きとめられていた。
すぐそばで、先生の鼓動が聞こえる。
それは、ものすごく早かったけど、多分、今の私の鼓動も同じくらい早い。
「今の言葉は…本当ですか…?」
上から降ってきた先生の声は、かすれていた。
「…本当、ですよ…。」
こんなことに、嘘なんか言うわけないじゃない。
「ああ…私は、愚か者です…。」
先生は、私を抱きしめたまま、深く息をついた。
「先生…?」
顔を上げると、先生の、深緑の瞳が、私を熱く見つめていた。
先生は私の耳に口を寄せると、低い声でささやいた。
「私も、あなたのことが…。
いえ、私は、あなたを、愛してます…可符香。」
私の名前を呼ぶその声に含まれた、甘い響きを聞いた瞬間、
私の頭の中は真っ白になった。
窓枠が、ガタガタと音を立てて揺れている。
外の嵐はますます激しさを増していたけれど、
私は、再び、雲の中を歩いているような気分だった。
―――先生が、私を、あいしている…?
信じられない気持ちで先生を見上げると、
先生の手が、私の頬に触れた。
―――あ。
先生の顔が近づいてきたと思ったら、唇に、柔らかい感触が触れた。
―――せんせい…。
優しく、唇を合わせるだけの口づけ。
私に触れる先生の手が、唇が、全てが余りに優しくて、
また涙がにじんできた。
「…泣いているのですか?」
先生が、気付いて、私の目の端に口づける。
「…なんだか、幸せすぎて…。」
私の答えに、先生は少し目を見開くと、嬉しそうに微笑んだ。
「私こそ、自分の幸せが、信じられないくらいです…。」
そして、再び私に唇を重ねてきた。
暖炉の炎の明かりの中、私達は、何度も口づけを交し合った。
先生の唇の、そして舌の動きが、段々、強く、激しくなっていく。
「…ふ、あっ」
深く口内を探られて、思わず、声が漏れた。
それを聞いて、先生が顔を上げた。
先生の濡れた唇が、つ、と糸をひいて離れていく。
先生は、どこか狂おしげな目で私を見つめると、囁いた。
「可符香…。いい、ですか?」
私は、声も出ず、ただ先生の目を見て無言で頷くだけだった。
毛布の上に、そっと横たえられる。
「ん…!」
再び繰り返される、激しい口づけに、息ができない。
私は、必死で先生の肩にしがみついた。
先生は、私から体を離し、上気して息を上げている私を見ると、
ふっと笑って私の額に口づけた。
ほっと息をついたのもつかの間、次の瞬間、体に電流が走った。
先生の手が、着物の袷から入りこんだのだ。
先生の長い指が、着物の襟をゆっくりと肌蹴させ、鎖骨をたどる。
先生は、両手で、私の胸を柔らかく包むと、そっと揉んだ。
私は、目を閉じて息を漏らした。
私の体は、いったいどうしてしまったんだろう。
今まで、男の人と交わったことは、何度もある。
でも、そのほとんどが忌まわしい記憶だったし、
そうでなくても、こんなに敏感に感じたことはなかった。
それが、今は、
先生から与えられる刺激の一つ一つが、脳に直接響いてくるようで、
何もかもが気持ちが良すぎて、死んでしまいそうだった。
先生の手の動きが早くなり、胸の頂をきゅ、と摘ままれた。
「…っ!」
私は、また声が漏れそうになって、思わず口を押さえた。
すると、先生が、私の両手をそっと捉えて、口から引き離した。
「声、出していいですよ…。聞かせてください、あなたの声を。」
先生は低い声でそういうと、私の両手を押さえたまま、私の胸に顔を埋めた。
「―――ぁああっ!」
敏感になっている胸の頂に湿った感触が触れ、私は声を上げて体をそらせた。
先生の舌が、私の胸の先をつつき、転がし、そして軽く歯を当てる。
いつの間にか、先生の手は私の両手から離れていたけれど、
私は、もう自分の口を押さえる余裕もなかった。
「くぅ、んぁっ!あああ!」
胸に絶え間なく与えられる快感に声を上げながら、
私は、体の奥で、別の感覚が生まれているのを感じていた。
下腹の…子宮のあたりが、さっきからじんじんとうずいている。
そのうずきを何とかしたくて、私は思わず足をすり合わせた。
先生は、私のその動きに気がついたように、顔を上げた。
そして、目を細めて私に口づけると、ゆっくりと右手を私の体の線に沿って這わせた。
気付けば、私の着物はすっかり肌蹴てしまっていた。
「っ!」
先生の手が、足の付け根の間に入ってきた。
そのまま、指先で優しく円を描くように弄られ、私は、もう息が止まりそうだった。
体の奥のうずきがどんどん高まっていく。
と、先生は一瞬動きを止めた。
次の瞬間、先生の長い指が、私の中に潜り込んできた。
「やあぁぁっ…。」
余りに強い刺激に、涙が出てきたけど先生は動きをやめようとしない。
先生の指先が、私の中で動く。
どうしようどうしよう、このままじゃ、私、爆発する…!
「せ、せん、せ、い…!」
私は、先生の頭を抱えた。
先生は、少し息を切らせながら顔を上げた。
そして、涙を浮かべている私を見ると驚いた顔をして、赤くなった。
「…す、すいません…つい…。」
先生は、慌てて指を私の中から引き抜くと、私の着物の襟を合わせた。
そのまま私をそっと抱きしめると、頭のてっぺんにキスをした。
「いい年をして、恥ずかしい…怖がらせてしまいましたね。もう、大丈夫です。」
…え?
…もう、大丈夫ってどういうこと?
私は、尋ねるように先生を見上げた。
先生は、ちょっと切なそうに笑うと、もう一度私に優しく口づけた。
「これ以上、あなたを怖がらせるようなことはしませんから…安心してください。」
え、そんな!
私は、先生を怖がっていたんじゃない。
自分が自分でなくなってしまうような感覚が、怖かっただけ。
体のうずきは、全然おさまっていない。
こんな状態で寝られるわけがない。
私は、先生にしがみついた。
「いや…やめないで!先生!」
先生と密着した部分から、先生の欲望が伝わってくる。
先生だってこんな状態なのに、やめるなんて、言わないで、先生…!
私は、自分が何をしているか分からないままに、先生の下肢に手を伸ばした。
「―――!」
先生が息を飲む。
私はそのまま夢中になって袴の上から手を動かした。
先生の息が荒くなった。
「か、可符、香…。」
先生が私の手をつかんで止めた。
私が見上げると、先生は、今までに見たことがないほどに真剣な顔をしていた。
間近で見る、先生の顔。
先生の瞳の色が、ふいに深さを増したような気がした。
「いいんですか…?
ここから先は、私、自分のことを止められないかもしれませんよ…?」
私は、先生の目を見てうなずいた。
「いいの…先生が、欲しい。」
先生は、私の言葉を聞くと、私を両腕で強く抱きしめた。
そして、私に口づけ、ささやいた。
「辛かったら、言ってくださいね…。」
暖炉の中の薪が崩れて、火の粉があたりに舞い散った。
私の意識も、それとともに舞い上がり、そして、散って行った…。
翌朝、嵐はやんでいた。
私は、隣ですやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている先生を起こさないよう、
そっと起き上がると、外に出た。
辺り全てが真っ白な雪に覆われ、反射した朝日がきらきらとまぶしい。
私は、思い切り伸びをして、辺りを見回した。
―――なんて、世界は美しいんだろう。
感動して佇んでいると、後ろから「ああ、これはきれいですね。」と声がした。
振り向くと、先生が微笑みながら立っていた。
「船が、来ていますよ。」
先生が指差した先を見ると、皆を乗せた船が桟橋に着いたところだった。
「せんせーい、可符香さーん、無事だったーーー?」
千里ちゃんの声が聞こえる。
私は、もう一度先生を振り向いた。
輝く白い雪に囲まれて微笑む先生は、初めて会ったときと同じように、やはり美しかった。
でも、今はもう、先生は、違う世界の人なんかじゃなかった。
こんな美しい人が、私のことを愛してくれている…そう思っただけで、
なんだか、自分の中の汚い記憶が、全て溶けて消えていくような気がした。
無理をしなくても、自然に、新しい自分に生まれ変われるような。
嬉しくて、何だかじっとしていられない。
「本当に、きれいですね。」
私は、先生に笑顔で答えると、
「千里ちゃーん、みんなーーー!」
手を振りながら、桟橋に向かって駆け出した。