私の体には、いつも包帯が巻かれている。  
それは、しょっちゅう怪我をしているということもあるけれど、それだけではない。  
私の体は、自業自得とは言え、あちこち醜い傷跡だらけだから、  
余り、それを人目にさらしたくないからだった…。  
 
 
先生と、クラスメートと皆で海に行った。  
さんざん浜辺で遊んだあと、浴衣に着替えてお祭りに行くことになった。  
着替えるからには、この海水まみれの包帯を取らなければならない。  
私は、皆と離れると、泊まっている宿の空いている部屋にこっそり入り込み、  
そこで包帯を外し始めた。  
 
汚れた包帯を全て外し終わったところで、いきなりふすまが開いた。  
「きゃぁぁぁぁぁあ!」  
「うわぁぁぁぁぁあ!」  
慌てて手元のタオルをつかんで振り向くと、そこには、  
ひっくり返ってアワアワしている先生がいた。  
 
「せ、先生!?どうしてここに?」  
「…ダッテ、ココハ、先生ノ部屋デスカラ。」  
体を起こして先生が答える。  
よく見ると、確かに奥の寝室に小さなバッグが置かれていた。  
 
…ここ数日、先生のしゃべり方がどうもおかしい気がするんだけど、  
今は、そんなことより。  
「先生!あっち向いてください!」  
「ハ、ハイ!」  
先生は真っ赤になって横を向いた。  
 
必死に目をそらしている先生を見ながら、ふと自虐的な考えが浮かんだ。  
こんな体、あえて見ようとする男の人なんか、いないか…。  
「いいよ、先生、こっち向いても。  
 …こんな体、見られたってどうってことないし。」  
ため息をつきながら言うと、先生はこちらに頭を廻らせた。  
「…ソレハ、ドウイウ意味デスカ?」  
「こんな傷跡だらけの汚い体、見られて困るもんでもないでしょ。」  
と、先生が怒ったように私に言った。  
「何テコトヲ言ウンデスカ!アビルサンハ、汚クナンカアリマセン!」  
 
私は、呆然と先生を見返した。  
先生は、私の驚いた顔を見ると、優しい目をして笑った。  
「アナタハ、トテモ、キレイデスヨ…。」  
驚きの余り口が聞けない私に、先生は続けて  
「私ハ、アナタガ、一番…」  
と言い掛け、はっとしたように口を押さえた。  
「イエ、アノ、ユックリ着替エテ下サイ!!」  
そういうと、ダッシュで部屋を出て行ってしまった。  
 
私は、部屋で1人、タオルを持ったまま固まっていた。  
 
―――私は、あなたが、一番…。  
 
先生のことを狙っているクラスメートはたくさんいたけれど、  
私自身は、今まで、先生に対しては特に何の感情も抱いてなかった。  
だいたい、先生を見ていれば先生が誰を好きかなんて一目瞭然。  
そんな、はじめから勝ち目のない勝負なんかしたくなかった。  
でも…。  
 
―――先生、本当に、私で、いいの…?  
 
私は、はっと我に返ると、大急ぎで包帯を巻きなおし浴衣を着た。  
そして、先生の姿を求めて宿屋の外に飛び出した。  
 
―――いた!  
ぶらぶらと歩く先生の後姿に、私は駆け寄り、思い切って手を握ると、  
「先生、捕まえた。」  
と笑いかけた。  
 
ところが。  
先生は、さっきと全く別人のようだった。  
青い顔で、放生会だとか影武者の一件は忘れてくれだとか口走ると、  
「リリースしていただいてありがとうございます!」  
と叫んで、私が巻いた包帯を引きちぎって走り去ってしまったのだ。  
 
どうして…?  
さっきの言葉は、何だったの、先生…?  
立ちすくんでいると、今走り去ったはずの先生が、目の前を歩いていた。  
 
え?え?先生が2人?  
混乱しながら、先生が逃げた後方を振り返ると、遠くの方に  
先生が幸せそうな顔で、可符香ちゃんと肩を並べて歩いているのが見えた。  
 
前に顔を戻すと、そこにも、先生の姿。  
先ほど先生が口走った「影武者の一件」という言葉が思い浮かぶ。  
それで、納得が、いった。  
 
―――さっきの「先生」は、先生じゃなかったんだ…。  
 
私は、ニセモノの言葉を、勝手に誤解しただけってこと?  
恥ずかしさと悔しさと、そして、激しい怒りが心の底から湧いてきた。  
私は、かつかつと「先生」を名乗る男の前に歩み寄った。  
 
「アビルサン。」  
「先生」は、私を見て何故か顔を赤らめた。  
私は「先生」に向き合うと、にっこり笑って言った。  
「先生。先生の部屋に行きませんか?…『いつも』の通りに。」  
 
2人で宿の「先生」の部屋に戻ると、私はふすまやカーテンを閉め切った。  
「先生」は、不安そうな顔をしてこちらを見ている。  
 
「…どうしたの、先生、そんな顔して。いつもやってることじゃない。」  
私は「先生」に冷たく笑いかけると、浴衣の襟に手を伸ばした。  
「先生」は驚いたように飛び退ったが、私の手は離れない。  
常日頃、猛獣を相手にしてるあびるさんをなめるんじゃないわよ。  
運動神経は悪くても、力はあるんだから。  
もう片方の手で帯を解くと、浴衣を一気に下まで押し下げた。  
 
「ちょっ、何を…!」  
思わず地声が出たらしい、「先生」は慌てて口を閉じた。  
 
私は、わざと不思議そうな顔をして「先生」を覗き込んだ。  
「先生、おかしいよ…?いつもは喜んでくれるのに…。」  
そう言いながらも「先生」の下着に手をかける。  
「先生」は、何とか私から逃げようともがいていたが、  
「そんなに嫌がるなんて、何だか先生じゃないみたい…。」  
私の言葉に動きを止めた。  
 
私は下を向くと、小さく笑った。  
 
「じゃあ、先生、いつもどおりに、ね…。」  
私は、全裸になった「先生」に向かうと、浴衣の袖から尻尾を取り出した。  
毛がふさふさの、狐の尻尾。  
 
「先生」の腕をつかむと、その股間を狐の尻尾でゆっくりと撫で上げた。  
さわさわと軽く撫でたり、つやつやの毛並みを下から沿わせたりしているうちに、  
「先生」自身が勃ち上がってきた。  
「ふふ、悪い子…。」  
私は、赤くなった「先生」の顔を見て笑うと、そこに手を伸ばした。  
 
しばらく、指で先端をなぞっていると、滲み出してくるものがあった。  
私は、それを指で掬い取ると、「先生」の後ろにそれを塗りつけた。  
そして、狐の尻尾を持ち上げると「先生」の体の後ろに持っていった。  
「―――!!」  
何をされるか分かったらしく、「先生」が逃げようとする。  
しかし、私は、「先生」の腕をがっちりつかんだまま離さなかった。  
 
そのまま、一気に狐の尻尾を「先生」に埋め込んだ。  
「いっ―――!!」  
「先生」が苦痛に体を折る。  
私は、そんな「先生」を見下ろすと、首を傾げて見せた。  
「先生、狐の尻尾は嫌いだったっけ?」  
 
「先生」は、苦しそうな顔を私に向けた。  
「ホ、本当ニ、コンナコトヲ、シテマシタ…?」  
「あら。」  
私は大げさに目を丸くして見せた。  
「ついこの間も、狸の尻尾を差して大喜びしてたのに、忘れたの?」  
「…。」  
信じられないというように「先生」は頭を振った。  
 
それを見て、私は、今度はイリエワニの尻尾を取り出した。  
「先生」は、固い隆起のついた巨大な尻尾を見て、怖気づいたように後ずさる。  
私は、そんな「先生」に笑顔を向けた。  
「…忘れっぽい子には、お仕置きが必要でしょ。」  
そう言うと、イリエワニの尻尾を振り上げた。  
 
部屋の中に、声にならない悲鳴が響き渡る。  
「先生」は、あっという間に鮮血にまみれてうずくまった。  
 
私は、「先生」のそばにしゃがみこむと、そっと傷口を手でなぞった。  
「先生、傷だらけ…。ふふ、私と一緒だね。」  
「先生」は、震えながら顔を上げた。  
その目には涙が溜まっていた。  
 
―――いい気味。  
 
私は、窓際にあった藤椅子に座ると、「先生」に向かって足を差し出した。  
「―――舐めて。」  
 
「先生」は、既に抵抗する気力もないようだった。  
私が差し出した足の先にのろのろと顔を差し出すと、舐めはじめた。  
 
―――気持ち、いい。  
濡れた、柔らかいものが指先や、指の間をくすぐるように行き来する。  
その感覚に私は陶酔した。  
「もっと、きちんと口に入れて…。」  
囁くように命じると、「先生」は、私の足の指を口に含んだ。  
そして、音を立てて吸い始める。  
 
「あ…。」  
思わず声が漏れ、それを聞いた「先生」が顔を上げた。  
私は、その「先生」の顔を見てカッと頭に血が上るのを感じた。  
主導権を握るのは私であって、「先生」ではない。  
 
急いで足を「先生」の口から引き抜くと、先生の前に立て膝をついた。  
「先生、今度は、私が先生を気持ちよくしてあげる。」  
そういうと、半分勃ち上がっていた「先生」自身を両手で包み込んだ。  
 
さすがに、口に含む気にはならない。  
その代わり、手で幹をさすり、先端を指先で転がす。  
もう片方の手は、袋をやわやわともんでみた。  
「ぅ…あぁ…。」  
「先生」が堪えきれずに声を漏らす。  
―――そう、いい声で鳴きなさい。あなたは私の奴隷なんだから…。  
 
「先生」自身がすっかり固く立ち上がったのを確認して、先生に囁いた。  
「先生…、そろそろ、来て…。」  
 
「先生」が怯えたような目で私を見た。  
「ソンナ…。」  
「どうして?先生。いつもは、してくれてるじゃない。」  
私の中で、もう1人の自分が「馬鹿なことはやめろ」と叫んでいる。  
でも、私は、どうしても、この男を徹底的に屈服させたかった。  
 
「先生、嫌がるなんて、先生は、本当に先生なの…?」  
最終兵器を口にすると、「先生」はしばらくうつむいていたけれど、  
立ち上がると、私を奥の寝室のベッドへといざなった。  
 
「先生」が、私の秘所にそっと触れてきたが、私はその手を押しとどめた。  
これ以上、この男に快感を与えられるのは嫌だった。  
包帯も、取らない。  
「いいの。もう、入れて。」  
「先生」はしばらくためらった後、私の中に入ってきた。  
 
「―――!!」  
想像以上の痛みに、私は歯を食いしばり、体を強張らせた。  
涙が滲んできて、何も考えられない。  
 
「先生」が私を心配そうに見下ろし、同時に、ぎょっとしたように  
私の中から自身を引き抜いた。  
 
白いシーツの上には、明らかに「先生」の傷口からのものとは違う、  
紅い花びらが転々と散っていた。  
 
「先生」の動揺した激しい息遣いが聞こえる。  
「アビルサン…アナタハ…。」  
私は、「先生」を見上げて呟いた。  
「何を驚いているの…偽者さん。」  
「先生」が、息を飲んだ。  
 
「はじめから、バレバレなのよ、影武者さん。」  
「先生」を騙っていた男が震えながら、私を見る。  
 
「…いつから…どうして…。」  
男の地声は、先生のものよりは幾分低めのようだった。  
 
男は、震える手で口を覆った。  
「私は…では…なんてことをしてしまったんだ…。」  
 
私は、青ざめた男を、ただぼんやりと見ていた。  
先ほどまで感じていた激しい怒りは、どこかに消えてしまっていた。  
その代わり、空しい倦怠感が体の中に漂っていた。  
 
ふと思いついて、尋ねてみた。  
「ねえ…。」  
男はびくりと肩を震わせる。  
「あなた、先生の、影武者なの?」  
男は、私の質問に戸惑ったようだったが、向き直ると、礼儀正しくうなずいた。  
「はい、我々一族は、先祖代々糸色家の影武者を努めてきました。」  
「…。」  
先生の実家に行ったときも感じたけど、あの一帯は、なんか時代感覚がずれている。  
 
「その顔は、どうやって似せてるの?整形?」  
「…わが一族は、祖先に縁者でもいたのか糸色家と顔形が似通っていて…。  
 多少の特殊メイクはしておりますが…。」  
ふうん、と私は気のない返事を返した。  
 
と、男は突然両手をつくと、私に向かって頭を下げた。  
「本当に、申し訳ありませんでした!  
 このようなことをしでかして、お詫びのしようもございません!  
 腹を切れというのであれば、今ここで腹を切ります!」  
「…いや、それ却って迷惑だから…。」  
 
私は、寝返りを打つと頬杖をついて男のつむじを見下ろした。  
「ねえ。あなた、影武者のくせに、どうしてあんなこと言ったの?」  
「あんなこと、とは…?」  
不思議そうに頭を上げた男に、私は言った。  
「さっき、この部屋で。私がきれいだとか…あんなことは先生は言わないよ。」  
男は、ぐっと口ごもった。  
 
私は、それを見て、自嘲気味に笑った。  
「私が、傷だらけで、かわいそうだと思った?」  
男はガバッと起き上がり大声で叫んだ。  
「かわいそうなんて、そんなこと、思ってません!」  
驚いて目を見張る私に、男は頬を赤らめて視線をそらした。  
「…その、私はあの時、本当に、あなたがきれいだと思ったんです…。」  
 
私は、頬杖をついたまま、馬鹿みたいに口を開けて男の顔を見ていた。  
男の言葉が、心の中に沈んでいくにしたがって、体が熱くなってきた。  
 
―――え、と、どうしよう…。  
 
胸の鼓動が早くなる。  
男の顔は真っ赤だ。  
私も、自分の顔が赤くなっているのが分かった。  
 
しかし。  
1つだけ、気になっていることがあった。  
「ねえ、あなた、今回みたいに先生の代わりに女の人と寝ることもあるの?」  
男の顔から血の気が引いた。赤くなったり青くなったり、忙しい人だ。  
「そんなこと、一回もありません!ただ、今回は…。」  
男は、再び両手をついてうなだれた。  
 
「私…私は、あなたの望様への想いを利用しました!」  
「…え?」  
「私は…あなたが望様に好意を抱いているのをいいことに、あなたと…。  
 本来なら、断るべきだったのに、どうしても、それができなかった…!」  
 
両手をついて肩を震わせている男を見ながら、私は、呟いた。  
「違う…。」  
そう言って、彼の目を覗き込んだ。  
先生よりも虹彩がはっきりと黒い、きれいな澄んだ目だ。  
 
私は、ここ数日の「先生」の行動を思い出していた。  
暑い中、汗みずくになって黙々と倒れた墓石を起こしていた「先生」。  
自分を取り囲んだ不良達に、恐れもせず真摯に語りかけていた「先生」。  
あれは、この人だったんだ。  
 
―――あなたは、とても、きれいですよ…。  
 
あのときの優しい目。  
あれは、この人の、この目だったんだ。  
そして、私は、この眼差しと恋に落ちた。  
 
「私は、先生を好きになったんじゃない…。」  
私は、彼の頬を両手で挟むと、彼と正面から目を合わせた。  
「私が好きになったのは、あなただったの。」  
 
私は、立ち上がるとカーテンを大きく開けた。  
窓の向こうで夕陽が海に沈んでいく。  
部屋中がオレンジ色に染まった。  
 
私は、そのオレンジ色の中で、包帯を取り去った。  
彼は、呆けたように私を見ている。  
 
私は、彼に近づくと、その顔をなでた。  
「ねえ…その特殊メイクって、落とせる?」  
素顔の彼が見たかった。  
彼は、慌てたように頷くと、カバンからクレンジングらしきものを取り出した。  
 
素顔の彼は、先生より少し、幼いようだった。  
「素顔の方が、素敵だよ…。」  
私は、彼に笑いかけた。  
 
彼は、夢の中にいるような表情で私を見た。  
「な、何がどうなっているのか…信じられなくて…。」  
 
私は、くすりと笑うと、彼に口付けた。  
―――初めての、彼とのキス。  
ゆっくりと、彼と舌を絡めあう。  
彼は、まだ夢見心地の顔をして、私の口付けを受けていた。  
 
私は、唇を離すと、微笑んで彼に尋ねた。  
 
「―――ねえ、あなたの本当の名前を、教えて。」  
 
 
 
 
 
 おまけ小ネタ  
 
 
「せ、ん、せ、い♪」  
「わ、小節さん!ど、ど、どうしたんですか?」  
「先生に会いに来たんだけど…いけなかったですか?」  
青ざめた望を前に、あびるは楽しんでいた。  
 
―――この間の先生の態度、けっこう傷ついたんだから。  
   しばらくは、私とのフラグに怯えてなさい!  
 
 
「あの…あびるさん、そろそろ、望様を許してあげてくださいませんか…。」  
「だめ。言ってみれば、あなただって被害者なんだから。」  
 
その後しばらく、望の首に包帯が巻きついたり、  
まといが包帯で木に縛られたりという怪奇現象が続いたという…。  
 
 
 

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