いつもは清清しいはずの朝の校内が、今日はやけに淀んで感じられた。  
「……風俗巡り……いや、金銭的に不可能か……」  
その中を歩く望の台詞も、妙に淀んだ話である。  
 
「せーんせ」  
「はっ!?」  
理科室の前を通りかかったとき、唐突に声がかかった。  
「……おはようございます。小森さん、昨日は理科室で寝たんですか。」  
「うん。人体模型がちょっと怖かった」  
「お疲れ様です」  
扉の向こうから望を見つめているのは、不下校少女小森霧。  
夏休みだというのに学校に居座っている希少な……というか唯一の生徒である。  
「おかげでちょっと寝不足……ふあぁあ」  
(仮にも健全たる女子高生が、こんな生活を送っていていいものでしょうかね)  
小さく欠伸をする霧を見て、望は軽く嘆息した。  
 
「先生、どうかした?」  
目をそらすことなく望を見つめていた霧は、唐突に問いかけた。  
「いえ、ちょっと気になっただけです」  
「ううん、そうじゃなくて。顔色、悪いよ?」  
「……今朝ちょっとした悪夢を見ただけです」  
「どんな?」  
早朝から望と遭遇できたことに、少しテンションがあがっているのだろうか。  
霧は、いつになく積極的にコミュニケートを図ろうとしていた。  
「気にしないで下さい」  
「気になる」  
「女子高生に話せるような内容じゃありませんから」  
「それこそ、気にしないで」  
「気にします」  
押し問答を続けること、数分。  
 
言わずもがな、結局は望の根負けに終わったが。  
 
「……とまあ、こんな馬鹿らしい夢です」  
「ふーん……」  
部屋の中に引き込まれ(念のため鍵までかけた)洗いざらい喋らされた望は、穴にも入りたいような心地だった。  
教え子相手に女性との性交云々と語らされたら、大抵の教師はそうなるだろう。  
「先生、その夢信じてるの?」  
「出来る限り信じたくないのですが……信じざるを得ない、というか」  
霧の頭上に疑問符が浮かぶ。  
「説明するより、実際に見せたほうが早いでしょうか」  
望は、愛用の旅立ちパックからロープを取り出した。  
取り出すが早いが、今朝方と同じようにロープが怪しくうねり始め……  
 
「きゃっ!」  
こともあろうに、霧の足を絡めとった。  
「や、ひゃぁっ!」  
そのままずるずると、霧の身体は布団の外へ引きずり出される。  
暑さ対策に、ほぼ下着姿で布団に包まっていた、真っ白な肢体が。  
その美しい肌の迫力に一瞬呆けた望だったが、すぐさま慌ててロープを手放した。  
足が突然ロープから解放されたため、勢い余って床に頭をぶつける霧。  
「す、すいません!大丈夫ですか!?」  
「へ、平気……」  
頭を摩り摩り、半身を起こす霧。目のやり場に困った望は、床の木目に集中することにした。  
 
「先生……超能力者になっちゃったんだね」  
再び布団に包まりなおした霧は、どこか感慨深いような口調で言った。  
 
「じゃあ、やっぱり……十人以上の女の人と、その……えっちしないと、先生死んじゃうの?」  
「にわかには信じがたいことですが、その可能性は……高いでしょうね。」  
 
しばらくの間、沈黙が場を支配する。  
 
「先生、私が死にたくなった時には聞いてくれるって言ってたのに」  
「ええ、そのつもりでした」  
「……じゃあ、先に死んじゃだめだよ」  
幾分、霧の声の調子が強くなる。  
「先生、どうするの?」  
「……いっそ、風俗店巡りでもしようかと思ってます。予算は足りなそうですけど」  
「ダメだよ、それじゃ。先生のことを愛してる人じゃなきゃダメなんでしょ?」  
「しかし、他に方法なんて……」  
「カンタンだよ。」  
普段より饒舌になった霧は、望の反論を容易く遮る。  
 
「私と、えっちすればいいんだよ」  
 
ざ・わーるど。時よ止まれ。  
 
「……なにを言ってるんですか」  
「私、先生のこと好きだよ?」  
「いえ、そんな屈託なく言われても。了承できるわけないじゃありませんか」  
「なんで?」  
「教師と教え子ですよ?新聞にでもすっぱ抜かれたら……」  
想像力をネガティブ方面に働かせる望に対し、  
 
「先生、私のこと嫌い?」  
布団をチラとはだけて、上目遣いに問いかける霧。  
その姿は妙に艶かしく、望が人知れず生唾を飲み込んだのも仕方のないことだろう。  
「私なんかじゃ、嫌?」  
「いえ、決してそういうわけでは、いや……」  
自分を見つめる大きな目が潤いを帯び始めたのを見て、望は慌てて弁解する。  
同時に、理性を保つべく袴のすそを握り締めてもみた。  
 
「……先生だから、こんなこと言えるんだよ?」  
 
しかし、もう。  
 
「私、本当に先生のこと……愛してるから」  
 
限界という名の壁は、目と鼻の先にある。  
 
人体模型が不気味に見下ろす理科室で、布団の中にもぐりこむ人影が二つ。  
「最後に、もう一度確認しますが……本当に、いいんですか?」  
「先生、しつこい男は嫌われちゃうよ?」  
ちょっと意地悪く笑った霧の視線に、望の理性は完全に削り取られた。  
既に下着姿の霧の身体を、少々きついくらいに抱きしめる。  
 
溶けるほど白い霧の柔肌の感触が、小さな鼓動の音が、息遣いが、望の興奮を少しずつ高めていく。  
首筋にかかる吐息の感覚を楽しみつつ、望は霧の背中に指を這わせる。  
 
「……っん……ふぅ……」  
指が脇腹を掠めると、霧の口から一際強い吐息が漏れた。  
望は自分の腕の中の肢体を器用に回転させると、抱きかかえるような形で愛撫を続ける。  
「……せん、せ……そこ、くすぐったいよ……」  
胸の周りを這う手に反応し、はにかんだような笑みを見せる霧。  
「や、んん……」  
ゆっくりした手の動きに合わせ、それを止めない程度に身悶える。  
「小森さん……綺麗、です」  
「……あぅ、せんせ、それ……ダメだよ……」  
しばらく無言で愛撫に専念していた望に、ダメだしが出た。  
「えっちのときは……下の名前で呼ぶのが、エチケット、だから……」  
吐息交じりに吐かれた言葉に、逆らう理由などない。  
「霧さん、とても綺麗ですよ……」  
すぐさま、言い直した。  
 
「せんせ……こっち、も」  
右の丘を責める手をやんわりと捕まえた霧は、その手を自分の秘所へと誘う。  
望は逡巡することもなく、あてがわれるままに秘所をなぞる。  
「んぁっ!」  
霧は躊躇ない刺激に思わずのけぞるが、望は手を止めようとはしない。  
指では霧の秘部を責め続け、掌でそこを覆う下着をずらしていく。  
愛液に濡れて滑りやすくなった下着は、いとも容易く守るべき箇所を曝け出した。  
「は、あぁ……!……ん!」  
秘所を直接に責めると、指の動きに合わせて身体がこわばるのがわかる。  
「そこ、は……はぅ!強、すぎ……」  
胸にまとわりついたままの左手の動きも段々と速くなり、霧に喘ぎを強要していく。  
「ひゃ……ん!ゃあ!」  
一際大きな波が来たのか、霧の身体が大きく反った。イッては……いない。まだ。  
 
「せ、んせ……私ばっかりじゃ、ずる、んんっ!」  
先ほど回転させられた身体を、元の向きに戻そうとする霧。  
「どう、しましたか。霧さん?」  
「……先生も、気持ちよく、なって……?」  
 
望の手が止まらないために、切れ切れに喋る霧。  
 
「……挿れて、いいよ……」  
 
それでも、はっきりと言った。  
 
正常な意識を持っていれば、断ったかもしれない。  
しかし今の望の意識からは、理性というものが完全に抹消されていた。  
 
これまた躊躇なく、望は自らの"もの"……絶棒を曝け出した。  
 
「……っ!」  
秘所にあてがわれた異物の感覚に、霧は一瞬恐怖のようなものを感じた。  
(これが……先生の、が……私の中に、入ってくる……)  
それでも、迷いはなかった。自らの手で絶棒を包み、自分の秘部へ誘い込む。  
望もまた、迷わなかった。ゆっくり、それでいて深く、自分自身を霧の中へ挿入する。  
そしてゆっくりと腰を動かし始めた。  
 
「っ!……ぅ!」  
「痛い、ですか?」  
「う、ううん。だい……じょうぶ。続けて……」  
お互いがお互いを、求め合うように絡み続ける。  
望の指によって既に絶頂近くまで高められていた霧の意識は、段々と白みがかってきたことを自覚していた。  
 
「せん、せい!わた、し……いっ!も、ダメ……!」  
「くっ……!わたしも、はぁ、そろそろ……!」  
 
そして二人は、同じ布団の中、繋がったままで……  
 
「ぅあ、ん……ああ、あああああああ!」  
「う……はぁ……!」  
 
同時に、果てた。  
 
 
 
霧が意識を取り戻した時、望は既に布団の外に居た。  
そして……深々と土下座体制に入っていた。  
 
「あ、霧さん!その、本当なんと謝ればいいのか……!」  
「謝る?」  
「中に出してしまうなんて……万一のことがあったらどう責任をとれば……!?」  
低い体勢であったがためにすぐそばにあった望の口を、自らの唇で塞ぐ。  
「キス、してくれなかったね、先生」  
「き、霧さん……いえ、小森さん……」  
「霧って呼んでくれたほうが嬉しいんだけどな」  
「……え、あ……」  
いつもならばありえないような霧の強気な言葉に、望は言葉を失う。  
 
「せんせ」  
「な、なんですか?」  
長いものには巻かれろ、ペースを奪われたらそれに従え。望は潜在意識の通りに行動することを決めた。  
「……あと九人、がんばってね」  
「!?」  
「うちのクラスの子なら、きっと協力してくれるから」  
「い、いえしかし……」  
 
「みんな、もちろん私も。先生に死んでなんて欲しくないんだよ?」  
霧は、きっぱりと答える。  
 
それでも煮え切らない望を、霧は部屋の外へと押し出した。  
途中「ほんとにごめんなさい」とか「死んでお詫びを」とか聞こえたけれど、無視した。  
 
理科室に、鍵をかける。  
布団の中に、もぐりこむ。  
 
(……先生の、匂い。まだ残ってる……)  
内側から、ぎゅっと布団を抱きしめる。  
 
望が生きるためには、あと九人の女性とセックスをしなければならない。  
それは恐らく変えようのない事実だし、クラスには率先して関係を持とうとするものもいるかもしれない。  
……でも霧の心に、嫉妬や悲しみは、欠片たりとも存在しなかった。  
 
「だって」  
 
人体模型以外に聞く者も居ない教室で、一人呟く。  
 
「一番最初は、私だもんね」  
 
時刻はまだ午前九時。  
引きこもり少女小森霧は、この上ない幸福を抱えて、二度寝に専念することにした。  
 

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