「おじさん、お代わり!」  
「自分で作ってください」  
宿直室での質素なランチタイム。献立はお茶漬け。  
午前中の疲労から、見回りを終えて戻った望は無気力に座り込んでいた。  
「見回りぐらいで何疲れてんだよ、大人のくせに」  
呆れたように言う交の言葉も、望の耳にはほとんど届いていなかった。  
 
(……あと、八人。どうしたものでしょう……)  
 
既に二人の教え子と行為を持ってしまった。もう今更、後戻りは出来ない。  
まといとひとときを過ごした後、宿直室に帰ってきた望は覚悟を決めた。  
 
――うちのクラスの子なら、きっと協力してくれるから――  
先ほど体を重ねたばかりの霧の言葉が、脳裏をかすめる。  
待ち続けていても、もう機会が来ないのはわかっていた。  
なぜなら今は夏休み。本来であれば、生徒と顔を合わせること自体が希なはずなのだから。  
小森霧。常月まとい。この二人のようなケースは限りなく特殊なのだ。  
 
すなわち残り八人の相手は、自分から探しに行かなければならないということになる。  
 
「ごちそうさまー」  
悩む望を横目に三杯のお茶漬けを平らげた交は、元気に表へ飛び出して行った。  
 
「……はぁ……」  
悩みのない者を見ると自分の悩みが増えたような気になるのが、人間という生き物らしい。  
 
学校の中に残っていても、始まらない。  
それを悟った望が表へ出たのは、もう夕方になってからのことだった。  
 
「とはいえ、外に出たから始まるってものでもないんですよね……」  
自嘲気味に呟く望に、夕陽がでらでらと照りつけてくる。  
「……飲み物でも買っておきましょうか」  
道端にコンビニを見つけた望は、冷房の効いた店内へと避難することにした。  
 
お決まりの「いらっしゃいませ」につい会釈を返した後、望はドリンク売り場へ向かう。  
いつも飲んでいる緑茶を手に、レジへ。  
 
すると何やら、一人の女性客が騒いでいる。  
 
「もうちょっときちんと確認してもらわないと!」  
その一言を聞いただけで女性客が誰か把握した望は、後ろから肩を叩いた。  
 
「木津さん、こんにちは」  
「……え?あ、先生。奇遇ですね」  
木津千里。その名の通り、物事を"きっちり"させないと気のすまない少女である。  
「それで、何を騒いでるんですか」  
「このレシートを見てください!」  
 
《ゴリゴリ君ソーダ 1 \63》  
 
「何が問題なんです?」  
「私が買ったのはコーラ味なのに、ソーダって書いてあるじゃないですか!」  
「……値段は一緒なんだから、問題ないでしょうに」  
「いーえ、こういうことはきちんとしないと!」  
こんなくだらない理由でぺこぺこ謝らされている店員が気の毒だ。  
そう思った望は、千里の説得を試み……数分後、無事店外へと連れ出すことに成功した。  
 
「何もあんなことにまで神経質にならなくても……」  
「だって、なんだか気持ち悪いじゃないですか!」  
が、アイスの入った袋をぐるぐる回しながら歩く様子を見るに、まだ怒りは収まっていないらしい。  
「アイス、食べないんですか?」  
「冷蔵庫できちんと冷やしてから食べる主義なんで」  
胸を張る千里の姿がなんだか微笑ましくて、望は苦笑した。  
 
「ところで先生、何でついてくるんです?」  
何回か曲がり角を曲がった辺りで、不意に千里が尋ねてきた。  
「ああ、いえ。なんとなくです」  
「ふーん……あ、もしかしてうちに来るつもりですか?」  
「え?」  
「ようやく婚姻届に判を押してくれる気になったんですね!」  
「あ、いえ……」  
「嬉しい!」  
問答無用で話を進めた上、望に飛びつく千里。本心から"嬉しい"と思っているのだろう。  
抱きつかれた腕から千里の胸の感触が伝わり、望は思わず赤面した。  
 
「……先生?」  
そんな意外な反応に、千里は訝しげな目を向ける。  
「いつもなら、『そんな危険な橋は渡れません!』とか言って逃げるのに……どうしたんですか?」  
 
望の頭に、再び霧の言葉が反響する。  
 
「……木津さん」  
「え?」  
 
――うちのクラスの子なら、きっと協力してくれるから――  
 
「ちょっと、聞いてもらいたい話があるのですが……聞いてもらえますか?」  
「は、はあ……?」  
 
覚悟はもう、決まっている。  
 
 
「……と、いうわけなんです」  
望は、あの理不尽な夢について話した。朝、霧に話したのと同じように。  
ただし、既に二人と関係を持ってしまったことについては伏せていたが。  
 
「信じられません」  
きっぱり、言われた。  
「そもそも、十人"以上"ってなんですか!数はきっちり決めてください、イライラするから!」  
「わ、私に言われても……まあでも、にわかには信じられませんよね」  
そう言いながら、望は自分の鞄を開いた。中にはもちろん、あのロープ。  
 
「実は……その"神"が言ってることが真実だと、手っ取り早く証明する方法があるんです」  
「え?きちんと証明できるんですか?」  
「ええ。見ていてください……」  
ロープの端を、掴む。  
 
望は忘れていた。  
今朝方霧に対して証明を行ったとき、ロープが霧の足をとらえ、布団から引きずり出したことを。  
 
「へ?きゃああああああああああっ!」  
 
今回、ロープは千里の足を捕らえ、空中へと吊るし上げた。  
スカートが重力に従って裏返り、シンプルな下着が露になる。  
 
「す、すいません!ちょっと制御が効かなくて!」  
「謝るのはいいですから、下ろしてください!」  
 
が、今ロープを離したら、千里は頭から地面に落下する。それはマズい。  
望は意を決し、ロープを掴んだままで千里の身体を抱きかかえた。  
「……っ!?」  
「ちょ、ちょっと我慢してください、千里さん」  
しっかりと身体を支えたことを確認し、ロープを離す。  
千里の体は重力を取り戻し、綺麗に望の腕の中に収まった。俗に言う、"お姫様抱っこ"。  
 
「だ、大丈夫ですか?」  
千里が放心状態になっているのを見て、焦る望。  
 
「……ください」  
「はい?」  
「今度こそ、きっちり責任とってください!」  
が、すぐにいつもの調子を取り戻した。何事もなさそうで何より。  
 
「いつまできょろきょろしてるんですか、先生。親は帰ってきませんってば」  
望は、千里の家に連れ込まれていた。  
婚姻届に判を押させようとする千里の猛攻を防いだ望は今、千里の部屋のベッドに座っている。  
話し合いの結果、千里は望とのセックスに応じると決めてくれたのである。  
 
「本当は身体だけの関係ってキライなんですけどね。命がかかってるんじゃ仕方ありません」  
「……恩に着ます」  
実際望は、割と淡泊に応じてくれた千里の態度に深く感謝していた。  
 
「じゃ、そろそろ始めましょうか、先生」  
頬を染め、望の隣に腰掛ける千里。目を瞑り、望のほうに顔を向けた。  
セックスは、キスから入る。形式・セオリーを重んじる千里らしい考え方である。  
 
望は無言で唇を重ねた。ゆっくりと舌を中に差し込んでいく。  
「ん……むぅ……」  
千里の口から、息苦しげな声が漏れる。  
構わず、歯茎から舌の裏側まで念入りに舐め回す望の舌を、抵抗せずに受け入れる千里。  
 
望が口を離したときには、千里の吐息は甘美ながらも荒いものになっていた。  
 
「それじゃあ……木津さん、ベッドの中に」  
こくりと頷くと、千里はてきぱきと服を脱ぎ始める。まるで恥じらいなどないように。  
あっという間に生まれたままの姿となった千里は、ベッドに横たわり……  
 
「待って、ください」  
唐突に待ったをかけた。千里は、望の鞄……その中から覗いているロープを指差す。  
 
「あれ……使いませんか?」  
 
絶句。  
 
「使わないんですか?」  
再度念を押すように聞く千里に操られるように、望は鞄を開けた。  
「……あの、木津さん。これで、何を……?」  
「決まってるじゃないですか」  
手を後ろ手に組み、望のほうに向けてくる千里。間違いなかった。  
望は意を決し……鞄の中のロープを握った。  
 
望の意図、いや千里の意図を察したかのように、千里の身体を拘束するロープ。  
「んぁっ!」  
きつく締め付けるロープに、千里の口から嬌声が漏れる。  
 
「き、木津さん……あの。SM趣味が?」  
「私、きちっとしてるのが好きで……その、きっちりと拘束されるの、好きなんです……」  
その言葉を裏付けるように、千里の顔は急速に火照り、口からは時たま喘ぎ声が溢れている。  
 
「さ、先生……仕切りなおし、ですよ」  
 
身動きの取れない身体を仰向けに倒し、望に流し目を送る千里。  
その艶かしい姿は、望の男性としての本能を大いに刺激する。  
 
千里の胸はそれほどサイズが大きいわけではない。  
しかし、ロープに周囲が圧迫されていることで、双丘のふくらみが強調され、目を引く。  
 
「ひあ、ああ、ふあっ……!」  
 
ゆっくり撫で回すだけで、千里の口からは大きな喘ぎ声が出る。  
緊縛されていることに対する快感が、多少の快感をも増幅させるのだろうか。  
 
「んやぁ!は、あぁあん!」  
 
存在を主張し始めた乳首を軽く摘むと、千里の身体は不自由ながらも大きく跳ねた。  
 
過剰な反応は、望の男としての本能にも直接訴えかけてくる。  
手で触るだけでは満足できなくなった望は、千里の胸に顔を近づけ、舌を這わせる。  
 
「ひゃんっ!や、あぁ!」  
 
望の舌を避けようとするかのように、千里の体が左右に揺れる。  
だが、全身を拘束されていてはその動きも、望の行為を妨害するには至らない。  
胸だけでなく、望の舌は段々と千里の下腹部へと向かっていく。  
 
「あ、ふぅぅ……ん、ゃう……」  
 
小さな臍の周辺を舐めると、千里は今までと違った切なげな声を上げた。  
その小さな嬌声もまた、望の中に眠るわずかばかりのサドッ気を刺激するに十分だった。  
 
望の舌はさらに下へと下っていき、遂に千里の秘部を守る薄い茂みに到達した。  
己の欲望のまま、その茂みに舌を割り込ませる。  
 
「ふあぁぁぁぁっ!」  
 
がくん、と千里の下半身が揺れた。  
刺激に対し咄嗟に脚を動かそうとしたのがロープによって止められ、不自然な動きになったらしい。  
望は、容赦なく千里の秘部に舌を這わせる。  
ぴちゃ……ぺちゃ……といやらしい水音が室内に響き、秘部からは愛液がどんどんと溢れ出る。  
「ひゃ!……ん、ひあああっ!」  
気付けば望は、ひたすら無言で、一心不乱に千里を責め続けていた。  
 
「あ、ああ、ひゃああぁぁあぁあ!」  
 
断続的に続く刺激に耐えられず、千里は遂に絶頂に達した。  
望の舌は、千里の愛液でびしょびしょになる。  
 
「……千里、さん。どうでした?」  
涎と共に荒い息を吐き出す千里に、望は尋ねる。  
「ん、はぁ、はぁ……なんか……ふわふわした、感じ……です」  
真っ赤な顔に至福を浮かべる千里。その表情が、望の絶棒をさらに肥大させた。  
「それでは、千里さん……そろそろ、いきますね」  
言葉を出すのも億劫なのだろうか。快楽の余韻に浸ったまま、千里はこくんと頷いた。  
 
既に絶頂に達している千里自身と、ペッティングの最中は触れられることすらなかった望自身。  
行為の終着点に辿り着くまでに、時間はかからなかった。  
 
しかし、今日一日で三度目となる挿入行為。  
絶棒は最後まで機能を果たしたが、望の意思は弾け、闇に堕ちていった。  
 
 
雀の鳴き声が、朝を伝える。望の目が開いたのは、実に翌朝を迎えてからだった。  
 
「あ、先生。お目覚めですか」  
「……え!?い、今何時です!?」  
「丁度、七時ですね」  
なんとも情けない。ゆうに12時間の間、泥のように眠っていたということになる。  
 
「交、ちゃんと夕飯は食べたでしょうか……」  
「小森さんが作ってくれたそうですよ。夜のうちに電話しておきました」  
「そ、それは良かった……て、私がここにいるって伝えたんですか!?」  
「そんなこと言いませんよ、バレたらどうするんです」  
その辺はやはり、きちんと理解しているようだった。全く、頭が上がらない。  
 
「でも……私、このことはきちんと話そうと思います」  
 
望の顔から血の気が引く。  
 
「……両親に、ですか?」  
「だから、バレたらどうするんですか!先生、もうちょっと考えてください!」  
険しい口調で言われ、少々面食らう望。  
「じゃ、じゃあ、誰に?」  
 
「クラスのみんなです」  
 
千里は、はっきりと言い切る。  
「先生と関係を持つための大義名分ができたんです。みんな喜びますよ」  
「そ、そんなことは……」  
「先生、モテるんですから。自信を持ってください」  
 
言いながら、携帯電話を取り出す千里。  
 
「……でも婚姻届については、いつか絶対、私が判を押させますから」  
にや、と不気味な笑みを浮かべて部屋を出て行く千里に、望は引きつった笑いを見せる。  
 
昨晩きちんと畳んだ服を着ながら、ふと思う。  
(……木津さん、どうやって一人でロープを抜けたんでしょう)  
望の背筋を、ぞくりと悪寒が襲った。  
 
木津千里、真ん中分けが特徴的な、"きっちり"がモットーで、たまに猟奇的になる少女。  
身体を重ねたというのに、考えてみれば、望は彼女のことをほとんど知らない。  
 
そのうち望は、考えるのを止めた。  
 
 

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