「うぅ……よ、腰痛が激しく悪化したような……」
無邪気な吸い取り魔の手を逃れた望は、表通りへの脱出に成功していた。
既に太陽は高く昇り、今が昼時であることがわかる。
「暑い上に、身体が重い……絶望した!負荷を付加する不可社会に絶望……」
突如、ぽんと肩を叩かれ、決め台詞が途中中断する。
なんだかもやっとした気持ちで後ろを振り返ると、例によって例の如く、そこには見知った少女が居た。
「駄洒落とはまた、キレがありませんね」
「……小節さん。話しかける前に挨拶をする癖をつけましょうよ」
眼帯。包帯。湿布。全身生傷だらけの少女、小節あびる。
「それで……何か御用でしょうか?」
「いえ、偶然見かけたのでちょっと声をかけてみただけですけど」
無表情に言ってのけるあびる。恐らく、本当に偶然のエンカウントだったのだろう。
「……あ、でも。会ったら聞いてみようと思ってたことはあるんですけどね」
あびるはおもむろに携帯を取り出し、画面を望に向けた。
『緊急通達!先生のピンチを救いましょう!
3日で10人の女性とセックスをしないと、命を失う呪いをかけられてしまっそうです。
先生と合意に基づくセックスができるチャンスかも!
このメールが信用できない人は、先生にロープを握らせてみましょう。
まるで生きているかのように、ロープが動き始めます!』
「なんですかこの悪質なダイレクトメールのような文章は!いえ、予想はつきますけど!」
「木津さんから届きました。緊急連絡網ということで」
つまり、これがクラスの生徒達の間に出回っているということだ。
(新学期……どんな顔してクラスに入れば……!)
千里の手回しのよさには感謝するばかりだが、この文面は酷い。望は心の中で頭を抱えた。
「それで……聞きたいんですけど」
そんな望の様子はまるっきりスルーして、あびるは口火を切る。
「本当なんですか?……ロープを自由に操れるって」
「……なんか、疑問点がずれてる気がしますが……はい。そんな能力が身についてしまったようで」
「それじゃあ!動物のしっぽとかも自由に動かせたりするんですか!?」
「は?」
「そんな、そんな夢のような能力があるなら!是非私に見せてください!」
突如として目を輝かせ始めるあびるを見て、望は思い出した。
被DV疑惑。全身傷だらけ。それに加えこの少女には、"しっぽ大好きっ子"という属性……いや、個性がある。
「さあ……試したことがな」
「それじゃ、家で試しましょう!幸いしっぽのストックもたくさんありますから!」
言葉を途中でぶった切られ、腕を引きずられながら、望は思った。
(なぜうちのクラスの子達は、こうも普通じゃないんでしょうか)
……誰かのくしゃみが聞こえた。
「キャア、すごい!まるで生きてるみたいな、躍動感溢れる動き!」
結論から言うと、ある程度長いしっぽであれば、望は操ることが出来た。
オナガドリを皮切りに、キリンや馬、ピカ○ュウなどのしっぽをぴょこぴょこと動かすと、その度にあびるは歓声を上げた。
「ああ、幸せ……!」
望の動かすしっぽに顔を撫でられながら、あびるはうっとりした表情を浮かべて横たわっている。
「……それは、何よりです」
気まぐれにしっぽを揺らすと、つられてあびるの首が動く。そんな様子を見ながら、望も悪い気はしなかった。
そんなこんなで30分ぐらい過ごしたころ、あびるが唐突に目を見開いた。
「ハッ……!あまりにも幸せすぎて、先生を探した本来の目的を忘れてました」
「私はこれが本来の目的だと思ってましたが」
もっともな答え。
「いえ、さっきのメール見たらつい、しっぽの誘惑に負けてしまって……」
「まあ、あなたの性格なら仕方ないでしょうね」
「本当は、その……先生とえっちができるチャンスだ、って聞いて、思わず探しに……」
「あのメールを鵜呑みに!?……私としては助かりますが、詐欺にはくれぐれも気をつけてくださいね」
望は驚いた。今のあびるの言葉に対する驚きより先に、ツッコミが出た自分の口に。
本来であれば異常な、現在の状況に慣れてしまっている自分自身に。
「先生っていつも、女性に興味なさそうじゃないですか、大人の男性にふさわしくないぐらい」
「……なんだか馬鹿にされてる気がしますが」
「その先生が、えっちの相手を探している、と聞いて……いてもたってもいられなくて」
もじもじと手を擦り合わせるあびる。どこか、いつも冷静(しっぽとのふれあいタイム除く)な彼女らしくない。
『ギャップに男は弱い』という格言の例に漏れず、望もまた、そんな彼女が妙に可愛らしく見えた。
「命も、かかってるんですよね?……その……私とえっち、してくれますか?」
この状況でこの申し出を断る男がいるだろうか。否、居るはずがない。居てはならない。
あびるの場合、服を全て脱ぎ払っても全裸とはいえない。体中におびただしい量の包帯が巻いてあるのだから。
……もっとも、そのほうがどこかエロティックな雰囲気を醸し出すのだから、不思議だ。
仰向けに寝転んだあびるの身体、包帯に守られていない部分の肌の滑らかさが際立つ。
「……これ、使いますか?」
望は、傍らにあったシマウマ(?)のしっぽを手に取った。
しっぽ依存症のあびるのこと、玩具としてしっぽを扱うようなことがあるかもしれないと考えたからである。
「いえ……」
あびるは、葛藤するような表情を見せた。使おうか、使うまいかとでも悩んでいるのだろうか。
「このまま、しっぽプレイに移行するのもいいかな、とはちょっと思いましたけど……」
(しっぽプレイ……ねぇ)
「やっぱり、好きな人との初めてのえっちって……直接、触れてもらいたいじゃないですか」
「……好きな、人?」
「あ!別に、あの……ほら、ライクの方です。先生、喋りやすい人だし……」
つくづく、ギャップとは恐ろしい。
顔を赤らめ、望の視線を避けるあびるは、普段の彼女(しっぽry)とは別人のようである。
その破壊力たるや、望の顔をも真っ赤に染め上げるほどであった。
「あの、先生。このまま寝てるのも恥ずかしいので……そろそろ」
誘い方まで可愛らしい。無論望は、その願いに素直に応じた。
「お望みどおり、直接触れさせてもらいますよ」
あびるの胸はまだ曝け出されていない。
そこに触れるためにはまず、幾重にも張られた包帯などのバリケードを突破する必要がある。
望は、あびるの胸に巻かれた包帯をそっと外し、その下の絆創膏をゆっくりと剥がし始めた。
ぺり……という小気味の良い音と共に絆創膏は剥がれ、あびるがわずかに身じろぎする。
「あっ!すいません、痛かったですか?」
「……ちょっと。でも……先生の指が触ってると思うと、なんだか……」
既に赤い頬をさらに熱くするあびる。その頬に、望は軽く口付ける。
「可愛いですよ、あびるさん……」
理性が壊れかけている感覚。今の望には、あびるの姿しか見えない。
望は、頬に口付けたその唇の位置を下げていく。首に、肩に、そして絆創膏をとったばかりの胸にキスを落としながら。
「んっ……」
胸のついた切り傷に望の唇が触れると、あびるはか細く痛みを訴えた。
「……染みます、か?」
「っは…・・・はい、ちょっとだけ……」
見ると、傷口からは少し血が滲んでいた。望は、それを綺麗に舐めとっていく。
「うぁ……せ、先生、気持ち悪く、ないんですか……?」
「いや。とても……美味しいですよ」
「……先生って、意外とSですね」
「そうですか?」
聞きながら、傷口を指でなぞる。ぴくっと小刻みに身体を痙攣させ、それに答えるあびる。
「続けます、ね」
「……はい」
あびるの上半身にある傷跡は、余すところなく望の唾液にまみれていく。
「ふぅ、ぁん!……ひゃぅ!っ痛!」
脇腹にある噛み傷は、少し深い傷のようだった。
歯型状に残っている傷跡に合わせるように望が歯を立てると、あびるの口から一際高い嬌声が漏れる。
「せ、せんせっ、そこは……ちょっと、痛いです」
「ああ、すいません。あびるさんの声が、聞きたくて」
一体、自分はどうしたのだろうか。望は、妙にサド気質を出す自分の言葉に疑問を持つ。
包帯という弱弱しさの演出のようなオプションに、中途半端な興奮をしているのかもしれない。
「あびるさん……身体のほうは、慣れてきましたか?」
「それを、私に言わせるんですか」
「ええ。本番の準備の方は、できましたか?」
「……先生のえっち……」
望がSッ気を出せば出すほど、あびるの態度はMッ気を帯びてくる。
「いい、です……挿れて、ください」
その言葉を待っていた、とばかりに、望は絶棒を取り出した。
それ以上言葉で確認することもなく、あびるへと自らを挿入していく。
「うく……は、あ……」
「痛い、ですか?もうちょっと緊張をほぐした方がいいみたいですね」
望は、あびるの太ももに張られた湿布をぺり、と剥がす。
「んぅっ!?」
「湿布で守られている場所って、過敏になったりしますよね」
言うなりその湿布跡地を、さわさわと指でなぞる望。
「んひゃっ!うぅ、んん……はぁん!」
「どうですか?緊張は、ほぐれました?」
「ふぁっ、は、はい、大丈夫、ですから……や、くすぐったっ」
絶棒への圧迫感がだいぶ落ち着いたのを身体で感じ、望はピストン運動を開始する。
「っ、うぅ!ひゃ、や、ぁん!」
リズミカルな嬌声を押しとどめるように、望はあびるの唇を塞ぐ。
「んんっ……!むぐ、ぅぅ!」
望の口の中に規則的な吐息が流れ込み、興奮を煽る。
「う、むうう、ふっ、うゅう、」
息苦しさがピークに達したか、あびるは弱い力で望の身体を押しのけようとしてくる。
気絶でもされたらことだ。望がそっと唇を解放すると、あびるは小さく咽た。
息を整える暇も与えぬまま、望はあびるの秘部を突き続ける……
「あぁ!ひゃ、い、やあ!も、ムリっ!わた、し、もぉ……んぁあぁぁぁぁあ!」
あびるは絶頂に達すると同時に目を閉じ、意識の存続を放棄した。
「あびるさん、あびるさん……」
遠くから反響するように、あびるの意識に声が忍び込んできた。
ゆっくりと目を開くと、すぐ前に愛しい人の顔があった。
「大丈夫でしたか?すいません、先生やりすぎてしまったようで……」
自分が目を覚ます前に勝手に絶望していたであろう望の姿を想像し、あびるは苦笑する。
しかし、今は。望の行動を想像するよりもやっておきたいことがあった。
「先生」
「はい?」
「この眼帯、とってもらえませんか?」
首を捻りながらも、望は言うとおり、眼帯を取る。
「……先生、私の目、よく見てください。どう思いますか?」
吸い込まれるように深い瞳。左右がちぐはぐなオッドアイ。
「とても……綺麗な目、だと思いますよ」
望はそう伝えると、あびるの唇にそっと自分の唇を重ねた。
「さっきはなんだか、無理矢理になってしまいましたから」
望が身支度を整えるのを手伝い、家の外まで見送ったあと、あびるは想う。
行為の最中のキスは、欲望のままに行動した結果だったのかもしれない。
最後のキスは、やりすぎてしまってすまなかった、というお詫びのしるしだったかもしれない。
でも。
――綺麗な目、だと想いますよ――
そう言ったときの、望の優しい笑顔は、きっと嘘偽りないものだったに違いない。
そしてあびるは、その笑顔を思い出して穏やかな気持ちになりつつ、自らの過ちに気付くのだ。
「……そうだ。次はしっぽプレイを、ってお願いしようと思ってたのに……忘れてた」
"しっぽプレイ"の全容が明かされる日は、果たしてくるのだろうか。