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一晩空けて日曜日がやってきた。  
いきなりカレー曜日が来るわけではないが、一応日曜日が来た。  
 
日当たりのよい部屋に布団がひとつ、そこには男が寝ている  
・・・言うまでもなく平成のもてないボーイ代表の伏だ。  
「・・・うずず、朝だ」  
布団の山が起きた、前衛芸術のような髪形をして伏は便所に急ぐ  
ふすまを開けて右へ、そのまま直進すれば便所、洋式、臭くない。  
ドアを開ける。  
「・・・さあ、朝立ちして政権演・・・・ああああああっ!」  
「きゃあああああああああ!!!!!」  
「ああああああああっ!」  
何で少女がいるんだ、伏は悩んだ、隠し子はいない、ということはこれは祭りの合図だろうか  
外に出たら軒並み美少女たちが僕の妹というシチュエーションで甘えてくれる祭りの合図だろうか?  
 
かわいい女の子がわなわな震えながら大きすぎる男物のパジャマを着て便器に座っている。  
 
「背徳の美術!いやらしいって素晴らしい!」  
 
「いっちゃんの馬鹿!!」  
バタン!  
「ぐっ!」  
扉が伏の鼻を強打する、同時に、伏の心に風穴が開いた  
最悪だ、政治演説の朝立ちと朝勃ちをかけたセルフネタをカノンに聞かれ  
その上起動中の股間のマニフェストまで見られた。  
『だめぽ』ポーズで食堂まで戻ると冷房をかけた。  
そして冷蔵庫を開けてコーラを出すと、コップに二人分注いだ  
そのうちひとつを一気に飲む  
 
「ぱああああ!」  
「・・なにしてるの?」  
手洗いから戻ってきたカノンは、奇声を発しているので声をかけてみたのだが、答えはかえってまともな物だ。  
「コーラ飲んでる」  
しわがれた声で答えた  
飲めば奇声を発する黒い水、しかもシュワシュワ泡だっている  
じっと見つめてみたけど変なにおいしかしない、カノンは伏からコップをもらうとまじまじとそれを眺めてみる。  
「うわあ、泡!」  
「初めてならあんまり無理しないほうがいいよ、一気に飲むと」  
もう遅かった。  
「げっ!!げほげほげほ!いたたた!いたたたたた!」  
机にコップを置くのもそこそこにめちゃくちゃカノンはむせる。  
涙目になって伏に次のリクエストをする。  
「・・牛乳、牛乳ある?」  
「豆乳しかないよ」  
おもむろに冷蔵庫をあけて伏は豆乳を別のコップに注いだ。  
「豆乳って飲んだことある?」  
「あるわ、おねがい、早く頂戴、喉が・・・」  
そこに、お約束、穴もないのにチーズもないのに足元にネズミが現れた。  
「ひゃあ!」  
伏は台所の端までスッ飛んだ、と同時に豆乳は無重力の桃色空間を経由しカノンの顔へ  
「きゃ! つめたっ!!・・・もぉ〜!」  
「あ、ごめん」  
「冷たい・・・」  
「うわぁ・・・」  
もう・・・といいながら顔を拭くのかと思いきや、カノンは顔についた豆乳を指でこそげ取るとぺろりとなめた  
「・・! うわぁ・・・」  
「何よ」  
「いや何でも」  
頭から湯気を出して見とれている自分に気づくのは少し後になった。  
他意はないんだろうがえっちすぎる、ニヤニヤして眺めているとカノンはさっさと顔を洗いに行ってしまった。  
ムラムラしながら、床を拭く  
 
あらかた拭き終わるころにカノンが戻ってきた  
「ねえ、服、どうするの?」  
「あ、そうだ、今日買いに行く約束だよね・・。」  
そういうと伏はカノンのほうを見た・・・何?肌色面積が大きいじゃないの。  
「・・・今は俺の着てて、細いジーパン腰履きでどうにかなるナリ。」  
ブラとたぶん下はパンツ、何で下はわからないのかというと、下半身にはバスタオルを巻いているので下が見えない。  
 
「・・・! な、じろじろ見ないでよ!」  
急に顔を真っ赤にして胸元を手で隠すカノン  
「ごめんごめん」  
朝からドタバタしている、ラブコメ的な朝のドタバタ劇、言い知れない幸福感を覚えた。  
そういえばカノンのいなかった先週の日曜日の朝は何してたっけ・・・?  
伏は唐突に思い出してみたくなった、少し残っていた豆乳をみんな拭き終えるとスタスタと自室まで歩いてゆく。  
「どうしたの?」  
その後ろにくっついてきたカノンが聞く  
「いやね、先週は何してたか思い出したくなって日記を読むことにしたのだ。」  
「読ませて!」  
「駄目だ」  
「読ませて」  
「駄目」  
「読むわ」  
言い争っているうちにかってにカノンは日記を手に入れ、ひらりと顔の横で振った。  
「・・・畜生」  
「皇紀2664年8月26日 新宿のタイガーの穴で星姫のアンソロを購入、890円也  
最高の内容だ、白金さんがドジっ子になっていた作品はエロなしでもご飯三杯いける、マジお勧め・・・。」  
「やめて・・。」  
「皇紀2664年8月27日 ゾンビに追われる夢を見て本気で泣いていた、午後まで立ち直れなかった  
現視研OB会では川島さんがパソコンをいじって感電、その後サバイバルゲーム愛好会に出席するも  
不発弾の信管を持ちこんだ馬鹿のせいでプレハブが煤だらけになる、きっと素直に『アニメ同好会』にしなかった祟りだと思う。」  
「勉強になるだろ」  
ならない、箪笥から引きずり出したぶかぶかの服を着終えると、さらりと流して自分が転がり込んだ日付をさがす。  
 
「あたしの来た日はどうなんだろ・・・9月1日 カノンちゃんが来る、ビックリした」  
「それ読まないで」  
「とても可愛い子だ・・・・」  
「ああ・・・」  
「・・・・、ねえ」  
「はい」  
「ありがとう。」  
「はぁ」  
それから声を出さずにその日記を読んだ  
伏にとっては自分の書いたラブレターをその場で読まれているようでとても恥ずかしいこともこの上ないのだ。  
パタンと日記を閉じ、カノンはすっと伏に寄ると、不自然な笑みをたたえてきゅうと彼の手を握る。  
「いっちゃん・・。」  
「はい。」  
「・・・・なによこれ」  
先ほどのとろけた顔からは想像できないような般若の形相になるとぐりぐりと握った手に力を込めた、苦悶の表情を浮かべる伏。  
「申し訳ありません。」  
『・・・これはきっと萌えの神からの贈り物だ、これからはカノンたんを妹にして『お兄ちゃん』って言わせなさいっていうお告げなんだろう』  
『素直で貧乳もいいじゃないか、何せ妹だ、足りない胸や知識でもあんなことやこんなうひひひひひひ』  
あきれた、後々読むかもしれないものによくもこんな恥ずかしいことをつらつらと書けるものだ、カノンは伏の売れない理由を見た気がした。  
胸の内の悪戯心と加虐欲が首をもたげるのがわかった・・・ちょっとからかってやるか。  
「・・毎日こんなこと考えて疲れないの?」  
「とても疲れています」  
目をそらして考えたそぶりをしてみる、伏の頬がにやけるのがわかった・・・馬鹿だ。  
「・・・・してもらいたいの?」  
「Sir ofcourse yes Sir!」  
「そう・・・じゃあ、こっちきて」  
「ははははは、はぃ、はぁい」  
カノンにリードしてもらうなんて情けないわアタシ・・・しかし、据え膳食わぬは男の恥!  
そうフッ切ると伏は、ルパン声をだしてカノンに近づくとじっくりその顔を見つめた、カノンはおもむろに目を閉じる  
「目、閉じて・・・早く・・・あたしだって我慢、できないんだから・・。」  
「はい!ただいま!!」  
 
タコのように唇をとんがらせてカノンに迫る、傍から見ればかなりお間抜けであることは自覚しているがしかし!  
チャンスを逃すわけには行かない!そう、己の中の遺伝子が拡声器で怒鳴っていた。  
 
・・・・ばちーん!  
 
「はかば!」  
「最ッ低!」  
「ほっぺが!」  
「なに考えてるのよ!見損なったわ!!」  
かなり悲しそうな顔をつくってそっぽを向く・・・これでもまだ食い下がってくるなら認めてやってもいいかな。  
ふふん、と心の中で笑うと、それとは裏腹に泣きそうな表情を作り伏をにらんだ。  
「・・・大っ嫌い!」  
小走りに二階に駆け上がって部屋に閉じこもった・・・一方伏は。  
ひっぱたかれた頬をさすりながら放心状態に陥っていた  
何でこんなことになるんだ、カノンがこんなもの読むからいけないんだ・・・と思いつつもさっきの色情攻撃を見切れなかった己の愚かさに頭を抱える。  
ううう、カノンちゃんになんて謝ろう・・。  
 
だが当のカノンはというと、実際そんなにショックを受けているわけではなかった、むしろすぐに後を追いかけてこない伏を心配していた。  
「・・・ちょっとやりすぎかな」  
一抹の罪悪感を感じ、そっと下の様子をうかがってみた  
ああいうのが男だ、そんなことはわかっているが、実際目にしてみると異様だ、しかも二次元用語やらを使われるのは正直嫌だった。  
それに、何よりもあの男は自分を誤解している、いや、今まで知り合った男全員がだ  
とてもじゃないが自分は素直な娘ではない、その上知識が無いなどまったくの正反対だ、それを表に出すようなことはしなかっただけの話だ。  
「・・・」  
じっと、階段の下をながめてみたが、一向に伏があがって来る気配は無い、なんだか逆にこっちが出て行きにくい雰囲気になっている  
「・・・。」  
冗談の一つも出てこない、本格的にまずくなって来た、お腹も減った  
「ああ、だから駄目なんだよ・・・。」  
 
独白、本気で鬱になってしまったのかもしれない、急速に重みが胸に広がって来る、いくらなんでも調子に乗りすぎた  
今までこんなことは考えもしなかった、なんせもう一生女性とは縁が無いと決め付けて生きてきたんだ  
カノンが押入れに広がる同人誌と積みゲーの山を見て見ぬふりをしてくれたのに気づいていながら、何をやっていたんだろう。  
僕は・・・カノンちゃんが来て浮かれていたんだ、少しでも僕を理解してほしかったのかな・・・?  
もう僕に僕自身の気持ち知る術は無かった、今一度うつむくと、もう考えるのはやめた。  
「仕方ないか、僕はもう、現実では生きられない」  
そう、昨日の朝、親友に女がいることが解ったときも、秋原が夏コミに来た話も、本気で独り者の聖地を汚されたなんて毛頭思わない。  
むしろそんなことを本気で言う奴がどうかしている。  
すべては自分が情けなくてたまらなかった、だから悔し紛れにいろいろ言ってみただけで、ただ馬鹿なことを叫んでいれば  
少しはこの胸のうちに影を落す孤独を紛らわすことができるように思った  
でもそんなことをした所でいつももっと心が重くなる事は自分が一番よく知っていた  
・・・いつの間にか思考を再会している自分に気づいて、深くため息をつくと、目の前にあったタバコを取り出した、かれこれ二日ぶりだ。  
惰性で火をつけると、煙を吸い込んだ。  
「・・・不味い、しけってる」  
もう一度吸い込んだ、肺にためる  
「・・・あわわわわわ」  
しまった!これは両切りタバコだったんだ!  
心拍数が早くなる、フラフラして座ることすらままならなくなってきた、トテトテと大急ぎで階段を下りてくる足音を聞いて振り向いてみようとしたが  
バランス感覚を失っているので派手な音を立ててそのまま床に頭をぶつけてしまった、血が流れてくるのがわかった・・・・。  
 
階段を下りると、火事とは違うが物の焼ける嫌なにおいがした・・・・  
大急ぎで台所に行ってみると、伏が白目をむいて倒れているではないか。  
 
 
・・・タバコでラリって流血する伏、それを見つけて大慌てのカノン、伏の運命は!?  
そしてなにより二人の関係は!?  
 
 
 
・・・何これ、いっちゃん!ねえ!いっちゃんしっかりして!  
 
顔を真っ青にしてテーブルの上を見てみるとふわふわと煙が漂っている、火事か?  
果たして灰皿には吸いかけのしんせいがもくもくと煙を吐いていた。  
「いっちゃん!いっちゃん!起きてよぉ!・・・あぁ、血!血が・・・うっ・・・うわああ」  
「・・・」  
パニックに陥っている暇は無い、そう思ってカノンは必死に包帯や消毒薬を探す  
だけどもどこの押入れや戸棚を探したところで絆創膏の一つも出てこなかった、どこを空けても布団か服しか入っていないのである  
途方にくれて座り込んでしまった  
「・・いっちゃん・・いっちゃん、あぁ〜ん!」  
そのころ台所では・・・  
「いたた、頭切ったのか、畜生」  
意識を戻した伏は自力で立ち上がると、傷口を押さえながら洗面所に向かった、タオルを頭に巻いてカノンを探す。  
「・・カノンちゃん」  
 
泣きながら一番奥の部屋のふすまを開けた、もうここしか望みは無い・・あんなに血が出ていたんだ、もし何も見つからなければ伏は本当に死んでしまうかもしれない。  
ガシャン!  
中から何かが倒れてきた、ひっ!と声を上げてカノンは泣きながら後ずさりしてしまった。  
「なに・・・これ」  
軍刀だった、伏の名前が書いてある  
『八ヶ谷壱連隊第参特務中隊 伏一貴』  
「・・・何か刻んであるわ」  
「ああ、恩賜の軍刀だ」  
「きゃあ!」  
「八ヶ谷1師1連3特2小隊、特務伍長、伏一貴、戻りました。」  
照れくさそうにカノンに敬礼する  
「・・・馬鹿ぁ!心配したんだから!」  
にわかに背の高い伏を仰ぎ見ると、そのままその広い胸板に突っ込む。  
「えへへ、ごめんよ。」  
 
「・・・・そんな顔したら、何にも言えないじゃない・・馬鹿」  
ぷりぷり怒りながらも、ちょっと安心したように上目遣いで伏を見上げる  
「なんか、色々ごめんね、カノンちゃん」  
素直に謝る、嫌な思いをさせたり心配させたり、謝らなければなんだか自分の気が収まらなかった。  
「・・いいよ、だっていっちゃんだって・・男の人だもん・・・・でも、あたし、言わなきゃいけないことがあるの」  
「?」  
伏は意外にもすんなり許してくれたカノンを不思議に思いながらもカノンの告白に耳を傾ける。  
もじもじと目をそらして、カノンはちょっと困った顔をしながら言葉をつむぎ始める  
「・・・いっちゃんは、いつもエッチなことばっかり考えてるの?」  
思い切って言ってみた、顔に火がついてしまったように熱い、それでも上目遣いで伏を見てみると、案の定突然の質問にかなり困惑しているようだ。  
「いやぁ、その、まあたしなみ程度に・・・でへへ」  
しっかりと軽い応対で流した伏に、少し安心した、なんだかんだいってこの伏の性格には結構助けられる。  
つま先で畳をごしごしやりながら、カノンは次のことばを拾う。  
「・・・あたし、あたしは!いつも・・・・さっきだって。」  
自分でどうしようもできない感情のやり場に困っている・・・、その言葉が出ない。  
やっぱり恥ずかしいんだ、だってさっき自分が伏を張り倒した理由が理由だし、やっぱりそんな自分を伏に知られるのは嫌だ。  
「カノンちゃんぐらいの子なんて、みんなそうじゃないのかな・・・?言ってごらん。」  
・・・この男は、いつも馬鹿みたいなことを言っている割にはこういうときに大きく見えるのが嫌なところだ、またそれになんとなく甘えたくなる自分も。  
そんな嫌悪とも愛情ともつかない感情に踏ん切りがつかないカノンのつま先はさらにごしごしと足元の畳をこすり続ける。  
「・・・さっき、トイレだって、いっちゃんが。」  
「うん」  
「その、ね・・あの」  
そんな事言えるわけ無いじゃないか、トイレの中でそれを肴に自らを慰めていたなんて。  
「つまり、自分だって僕みたいなことばかり考えてる、って言いたいのかな?」  
目の前の思春期の少女に僕はいったい何を言ってるんだろうか、僕は無意識に柱に寄りかかり、畳をごしごしこする。  
 
「うん・・・」  
上気した顔、なみだ目でこちらを見据えるカノン、窓から差し込む日に照らされ、まるで天使のように見える彼女のその姿は  
背徳的かつ、扇情的に感じた。  
「こんな娘、嫌い?」  
「・・ううん、僕はどんなだってカノンちゃんが好きだ。」  
まさか、そんな筈は無い、キッと優しい面を睨む  
「冗談ばっかり・・・。」  
「一目ぼれをしちゃったんだ、カノンちゃんに初めて会ったときから、もちろん・・・。」  
そう言われると弱い、実際自分だってそうだ、突然知らない星の知らないところで目を覚まし  
ひもじくて扉をたたいた家の中から出てきたこの男と、短いながら時を共に過ごすうちに、確固として感謝とは違う感情を抱いたのも確かだ。  
いつかは自分の胸の内を明かしたい、出会って直ぐなのにこの男には人をその気にさせる魅力を感じたのは確かだ。  
でもずっと言い出せなかった  
昨日一緒に夕ご飯を食べた時だって、床につくときだって、このまま襲ってほしいほどの狂おしさに胸が支配されていたことを  
・・・ずっと隠し通すなんて考えられなかった、この男に身を任せたい、ある意味素直で、だがはしたないその欲望・・・・。  
「いっちゃん・・・」  
「・・・まぁまぁ、ちょっと待ってよ、頭に包帯巻いてくるからさ。」  
ほら、こうやってまたはぐらかして・・・。  
ぽつねんと部屋に一人で取り残されて、カノンはぺたんと畳に座った、上を見上げると写真や賞状が飾ってある  
『昇進讃頌証 国防省長官 東宮 文孝  
皇紀2658年 7月26日 八ヶ谷一連隊付 第三特務中隊 中隊長伏一貴特務伍長殿  
本書は58年6月の新鮮民主主義人民共和国軍特殊部隊による皇居占拠事件に対応し、多大の損害を被りながらも天皇・皇后両陛下を無事救出し  
最小限の損害にて状況を終了させた八ヶ谷一連隊付第三特務中隊に賞与するものである  
特に最先陣を斬り突入した伏曹長、若松一曹率いる第二小隊は上記状況に際し、敵軍に殲滅された第一小隊に成り代り突入を敢行し  
その臨機応変の対応より両陛下を無事救出した手柄を称え、現代天皇勅命により特赦、及び伏曹長を特務伍長、若松一曹を特務伍長勤務に・・・・』  
「これって・・いっちゃん!」  
ごそごそとゴキブリのような音を立てて伏が返事をする  
 
「はあい」  
「この賞状!」  
「ああ、うん、その軍刀とセットだよ」  
駄目駄目のこの男はこんな過去を背負っていたのか。  
「・・・・」  
言葉を失う、こんな温厚な顔をしてこの男は敵を散々懲らしていたのだ  
カノンは言い知れない嫌悪とも畏怖ともつかない感情が胸の内を駆け巡るのを感じた・・・戦争の気配を感じて。  
「・・・誇れることじゃないけどね、人殺しには変わりない。」  
ミイラ男のようになった伏がぼそぼそと呟く、それを聞いてカノンは胸を撫で下ろした、この男は人殺しを自慢しない  
・・・奴らのように  
「・・でも、殺さなきゃ、いけない時だって・・・。」  
「ふん、みんなおセンチになってどんな事だって言うさ、実際ぼくが軍を辞めたのはこの事件のつながりでなんだ・・・聞きたい?」  
「うん。」  
伏はノタノタと居間に行くとテレビをつけて、いすに座った、それにくっついてカノンはその向かい側のいすに座る。  
「どこから話そう、じゃあ、改めて自己紹介を含めて、僕が何でこんな家に一人で住んでるかから話そうか」  
テレビはどこかの国で起きた大地震のニュースをその二つのスピーカーから垂れ流している  
「あの事件が終わったあと、軍法会議にかけられたんだ、形式上だけどね。」  
「なんで?」  
「あの突入は命令違反だったんだ、だから僕と若松の昇進は謹慎三週間の判決が下りた後すぐ行われた。」  
「・・なら別に問題ないじゃない。」  
「うん、ただ、メディアや世論の、僕以下二小隊への風当たりは凄まじかった、小さなことから大きなことまで、簡単に言えば嫌がらせだ」  
馬鹿な、どう考えてもいっちゃんは悪い事なんてしていない、いらいらして来た。  
カノンは注いであった麦茶を飲み干す  
「それだけじゃない、人権団体が騒いでね、また学生闘争が起こったかと思ったよ、防衛省前は連日ゲバ棒の林だった」  
「・・・なんで、なんでよ!おかしいわそんな・・・。」  
「新鮮半島にはヘコヘコするのが、この国が敗戦してからの流儀なんだよ、みんながみんなスローガンに『旧日本軍の再来』『平和をよこせ』『人殺し』  
人殺しはくたばれ、そんなシュプレヒコールの嵐だ・・・あれだけのことをされて、何もいえなかったもんな。」  
話にならない  
「そんな、だって、殺さなかったら王様だって・・なによりいっちゃんだって・・・」  
 
「『奴ら』にとっちゃ天皇陛下や僕たちの命よりも、テロリストの命のほうが重いんだろうね、平等を唱えるやつらがこれだ・・・当然省だって黙っちゃいなかった  
・・・だけど偏向報道には勝てない、正直なところ、この国の政治はマスコミがやってるといってもいい。」  
「・・・難しいしわかんないよ、なんでそんな」  
「しかたない、それで僕以下小隊の連中は話し合った結果、ある者は転属を申し出、僕や若松みたいに褒章を貰った奴はその保障で住処は確保できてるから  
軍から抜けることにした、高卒で三等陸士の秋原は防衛医大に編入したな、もちろん全員希望は例外なく受理されてすべて丸く収まった・・・かに見えた。」  
「・・・まだ何かあるの?」  
「うん、大有り、その数週間後、僕の住んでた前の家にデモ隊が押し寄せたり、仲間の転属先ではテロ未遂があったり・・・自殺者が出ないのが不思議だった。」  
なによそれ  
そんな話とは裏腹に、伏は遠くを見るような顔をしてタバコをくゆらせている  
「・・・・だから僕はここに引っ越して、で、ここに君が来て・・・デモ隊に感謝だな、ははは」  
「いっちゃん・・・。」  
哀れだ、あまりに哀れだ、すっと立って伏の隣に腰を降ろす  
「・・・・いっちゃん」  
「何?」  
「可愛そう?」  
「・・・別にそんな」  
「嘘ばっかり」  
「・・・ふっ・・ふふ」  
鼻で笑われた  
「・・う・・・く」  
いや、少し違った、ぎりぎりと奥歯をかみ締める音が聞こえ、見る間に伏の表情は般若のごとく変貌する。  
 
「いっちゃん?」  
バン!と、机がたたかれる、踊る机の上のコップたち、険しい表情で伏は叫ぶ  
「・・・・畜生!何が!何が平和だ!人の命を食い物にしてのうのうと暮らしやがって!!誰が貴様らのデモを北のテロから守ってると思ってるんだ!畜生ぉッ!」  
「いっちゃん!!」  
「・・・・畜生ぉっ!!」  
そっと両の腕で包む、そして確かに、ぎゅっと抱くと、その肩口に顔をうずめた。  
「いっちゃん・・・いいから、もういいよ、お願い!正気に戻って!・・・いっ・・・ひっぐ・・いっちゃ・・・」  
「・・・・・・ああ・・・」  
肩で嗚咽をあげる少女に、かっと血の上っていた頭が冷える  
自分の鬼のような形相が、普段気の抜けた男の変貌が、彼女の心を引っ掻き回していた、それが、この涙。  
「・・・けほ・・ごめ、また・・・また泣いちゃ・・・えっく」  
「・・・カノン・・・ちゃん。」  
「・・・いっちゃん・・・・いいから・・・・」  
「・・・・・・ごめんよ・・ごめん」  
 
「いいから、いっちゃん・・・寂しかったのね、いっちゃん・・・。」  
「・・・うん。」  
 
カノンは素早く手を解くと、伏をじっと見つめる、自分でも何をしてるかわからないほど、平生に戻った伏が愛しかった。  
「いっちゃん」  
「・・・な、何?」  
「・・・あたしも、どうなるかと思ってた、この星に来て、あなたがドアを開けてくれなかったら・・・あたしだって・・ひとりぼっち・・・・・」  
自分で言っていることに感情が昂ぶって声がかすれてしまった、最後のほうは自分でもなんと言ってるかほとんどわからない有様だ  
「・・・でも、いっちゃん、いっちゃんが・・・いたから」  
「・・うん、カノンちゃん、変だったよ、僕がおかしかった、ごめん。」  
「うん・・・うん・・・・・・いっちゃん?」  
「なあに?」  
「・・・・・・・大・・・・大好き・・だから。」  
 
はみゅ。  
 
唐突で、そして他意の無い初めての口付けを、大好きな相手に捧げる。  
いかがわしい興奮も、性の意識も無く、ただ相手を慈しみたくて唇を合わせた。  
当然、お互い息継ぎも知らない、未熟な口付け、でもそれは二人には十分な起爆剤だった・・・。  
 
「・・・は・・ぁ・・・あら・・・?」  
カノンは時計を眺めた、午前9:30、時計が一回錆びた音を吐いて鳴く  
「・・・こんな時間だ」  
雰囲気の無い伏がのんきにつぶやく  
「・・あの」  
「何?」  
「・・・出かけるの、もうちょっと後に、しよう・・・か」  
もじもじ、と視線をそらすとちらちらこちらを見ながらカノンが聞く。  
真っ赤な顔をしたカノンのその姿に、伏は硬い決意を固めた。  
「・・君の予定が合えば。」  
最高の殺し文句を言ったつもりだった。  
「・・・うん!」  
カノンをお姫様抱っこすると、すっ と、畳の上に寝かせる  
------一貴、もう後戻りはできない、これはゲームじゃないぞ。  
潤んだ目でこちらを見つめるカノンを前に、そう、伏は自分に言い聞かせた。  
 
 
 

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