「ねぇお姉ちゃん」
「ん?」
湯豆腐を口に運ぶのを中断して、王異は文姫の方を向く。
「あのおにゅうの黒のブラ貸して〜白の刺繍が綺麗なやつ」
「な、な、何を言ってるんだ!そ、そ、そんなのし、知らんぞ!・・・あちっ」
派手に動揺し、慌てて豆腐を鍋に落としたおかげで熱湯が跳ねる。
「えーこの前見せてくれたじゃん〜」
文姫は姉の気も知らず、引き下がるつもりはないらしい。
「なんだい、王異も良い人ができたのかい?」
こちらは母の春華。
全く気にする様子ではない。
「黒・・・うちの王異が・・・良い人・・・」
父は死んだ目だ。
「あ、あれはだなぁ・・・そ、そう!呂姫の忘れ物だ!」
王異に嘘のスキルは残念ながらない。
「へへーん、あれがEだっていうのは調べがついてるんだよぉ」
文姫は真っ赤になった王異の耳に囁きかける。
ちなみに、ふぅっと息を吹き掛けるというオマケも忘れない。
「あン」と王異も艶っぽい声を漏らすのもお約束だ。
「しかし、何だって文姫が王異のブラを借りたいんだい?」
動揺した王異が豆腐を落とすのに苛立った母が聞く。
一応、夫の顔色が紫色になっているのも気遣っているらしい。
「そ、そうだ!私のブラ・・・あっ」
墓穴がまた増える。
「だってさ、董白ちゃんがあたしの下着って子供っぽいて言うんだもん」
「銀子ちゃんだって、月姫先生のお下がりの持ってるし、
周姫ちゃんなんて紫のこーんなこーんなすごいやつなのっ」
文姫は自分のお子様下着ぷりも続けてまくし立てる。
余程悔しいのだろう。0.7倍速が普通の速度の文姫が3倍速になっている。
ちなみに文姫の手ぶりでは周姫のは、もはや下着とは思えない形状だ。
「だったらお小遣で買いな。母さんはダメとは言わないよ」
「だって・・・今月はまじかる華雄のDVD買うもんっ」
「やれやれ」
流石に母も呆れぎみだ。
「ぶ、文姫ちゃんはそ、そんなエッチな下着をつけてはいけません!」
ダンっとテーブルを叩き、緑色の父はいきなり立ち上がる。
「ま、まぁ、そうね・・・文姫には早いわね」
いきなりの夫の発言に恐妻もたじろぐ。
「パパは黙っててよぉ〜ねぇお姉ちゃ〜ん」
娘には残念ながら効果はないようだ。
「駄目です!文姫ちゃんはパパがいつも選んであげてるでしょ?」
「だってパパのセンスださいもん〜」
「ダサいって、文姫ちゃんも・・・」
ゴゴゴ・・・という音がは父には聞こえている。
「下着選びねぇ・・・」
妻の低い呟きも聞こえる。
「パパ・・・ごめんぬ」
「お姉ちゃん、いこ・・・」
危機を察した妹は姉の手をひくと、手早く鍋から食べ足りない分を確保し、
鍋に蓋をしつつ、割れそうなグラスを除ける。
「父様、お怪我のなきよう・・・」
姉はやっと平静を取り戻し、仁王立ちの母の向こうに霞む父を一瞥すると妹に続く。
許昌町の静かな夜に母の怒号がこだまする。
花瓶の割れる音がする。
皿が飛ぶ。
天下の孟徳エレクトロニクスの専務であり、経営戦略本部長の父の泣き声もこだまする。
そんな家族団欒の冬の夜