夜が巡って、来る朝。目覚めは意外にも悪くなかった。
 「うう…またやっちゃった…」
 目覚めた女性―曹節は自身の行為の名残を見て、自己嫌悪に陥る。漢王朝が皇 帝、献帝の夫人すなわち皇后である彼女ではあるが、近頃は夜の営みが不足気味 だった。故に夜な夜な自分を慰める日々が続いているのではあるが、行為の後に 生まれるのはいつも後悔の念である。
(はぁ、私そんなに欲求不満なのかなぁ…)
 妻といってもまだ年頃の娘。体を持て余している現状に、深層で満足できてい ないのであろう。はぁ…と漏れるのはため息ばかり。
「あ、姉上!起きていますか?」
 ふすまの向こう側、小さな影が見える。
「倉叙?」
 問いかける。ふすまの向こうの人影は
「は…はい!!」
 と答える。どこか慌ただしさを滲ませて。
「ち、ちょっと待って。」
 慌てて着衣を手に取る。あの後そのまま睡魔に身を委ねたらしく、曹節はその 白い肌からほどよく実った胸まで、全てをさらけ出していた。要するに、すっぽ んぽん。急ぎ着替えを済ます。
ややしばらくしてふすまを開くと、そこに はちょこんと礼儀正しく座する弟の姿があった。
「それで、何か用かしら?」
 何気ない、というよりは当然の言葉。しかし曹沖は口ごもっていて、用意して いるであろう言葉が、喉の途中に引っかかっているようである。
「??」
 訝しげに首を傾げる曹節。そこにきてようやく、言葉が曹沖の唇をふるわせた。 「姉上…その、昨夜は何をしていらしたのですか?」
 秋風吹く季節が真夏へと移り変わったようだった。


 その言葉に、赤く染まったように見えたのは間違いではなかった。少なくとも 、曹沖の目にはそう映っている。
「なななななな、何を言っているの倉敍!?」
 見るからにおかしくなった姉の態度に、曹沖の好奇心はさらに刺激される。一 体何なのだろうと。
「いぇ、昨夜寝所に向かう途中、姉上が部屋で何か喋っているのが聞こえたもの で…覗いてみたら……暗がりでよく見えなかったのですが、姉上が何かをしてい たので気になって」
 昨夜の行為。つまりそれは自分の痴態。それをまさか弟に見られていた。恥ず かしさで人が死ねるなら、今の状況はまさにそれである。ただ一つ救いだったの は
(…ま、まさか見られちゃったなんて…で、でもあれが何かはわかってないみた いね。)
 それは弟の性への知識に対する無知であり、また無邪気であった。
「そ、倉敍、あれはね…その、大人になればわかるわ。」
 体のいいその場しのぎ。
「大人なら…ですか?」
 頭のいい曹沖のこと、その言葉の意味はわかる。答えをはぐらかすつもりなん だ、と。
「そ、そう。そんな大したことじゃないの。」
 必死に話題を終わらせようとする姉の態度に、僅かに不満げな表情を見せる。
「わかりました。朝早くより失礼いたしました、姉上。」
 それでも納得してくれたのか、立ち上がりぺこりとお辞儀をして、曹沖はどこ かへと去っていった。
「ふぅ…助かったぁ…」
 思わず漏れる安堵のため息。しかし、彼女にはわかっていなかった。無邪気の 怖さを。弟の好奇心の強さを。すぐに思い知ることになる。その身を以て…


 再び日常に戻る。書庫通いの一日。しかし今日に限っては、茶飯事ではなかっ た。
きょろきょろと、周囲の様子を伺う。いつもの書庫の中。しかし目的地はそ こではなかった。不可侵の領域。好奇心に、自分を子供扱いする姉への対抗心の ようなものが、自制心を押さえつけた。
 障壁は一つ。割と見知った顔が聖域の前にいる。見張りというわけではないの だが、侵入が見つかると厄介だと計算していた。もちろん取り除く方法も。
「李典殿…少々よろしいですか?」
 李典と呼ばれたこの男。曹操軍の武将であり、父や兄からは夏候一族などとと もに武勇伝をよく聞かされていた。そしてその性格も。
「はい。なにやら先ほどからあちらから物音がするのです…僕、怖くって…見て きていただけませんか?」
 そうこの男は、
「むむっ!左様ですか。かしこまりました。私が慎重に見て参ります故、若様は ここにてお待ちいただけますか?」
 父からよく聞いていた。李典という武将は慎重なのはいいが、度が過ぎている。 無駄に神経質な部分があるのだと。だからその性格を利用すれば、この場から離 すことなど容易いことだった。
「これで、しばらくは大丈夫かな。ごめんなさい李典殿。」


 初めて人を騙した。その事実に少なからず罪悪感を覚えながらも、目の前に迫 る聖域への期待感が胸を躍動させる。ついに触れる不可触の知識。
「姉上は、大人になったらわかるって言ってた。だから、大人の知識が蓄えられ てるここに、きっと答えがあるんだ。」
 もちろん、そこにはきっと姉に言うことの出来なかった、自分の身体の異変を 知る手がかりも…
 少年はついに、その知識の場所へと辿り着いてしまったのである。


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