朝が去り、昼を残して、夜が来る。
鈴虫の鳴き声が静寂にこだまする。り〜んり〜んと、不思議な癒やしに包まれ
る夜が来ていた。
「ん…」
静かに行為に耽る。昨夜の反省もあり、なるべく声を出さないように。脆い脆
い、鈴虫の空間さえも壊れないように。
今日も夫は疲れているのか早々と眠ってしまった。虚しさに追い立てられるよ
うに自室にいるのだ。まさぐる指の動きはしなやかに、あくまでも繊細に。
「ふぅ……ぅん」
「姉上…」
喉から心臓が飛び出してしまいそうな、それでいて小さな衝撃。静かに囁く声。
「そ、倉叙!!こ、こんな夜更けに一体!!!」
「わかったんだ…その姉上がしてることが…」
衝撃再び。口が重力を無視する。
「その…姉上は、その…じ……自慰をして、いたんですね…」
衝撃三度。全身に熱が広がる。恥じらいの心が、暴力的なまでに鷲掴みにされ
る感触。
「き、今日…書庫の奥に足を踏み入れました。ぼ、房中術と書かれた本がたくさ
んあって…その……」
曹節の頭の中に、数え切れない感情が堰を切って流れ出す。主に、羞恥の念が。
「姉上は…その…寂しいのですか?」
「え?」
取り繕うことのできない事態に困惑していた彼女にとって、それは想像の外の外の言葉だった。
「その、自慰は…女性は寂しい時によくするものだ、みたいなことが記されてい
たので…」
さあっと、感情の大洪水が引いていく。
「え?それは…その…」
それは曹沖の無邪気な、それでいて確かな優しさを感じたからで。
「姉上、最近あまり元気がなかったみたいで…あとその…実は……僕も…じっ、
自慰をしちゃったんです!!その…よくわからなくて、本に書いてあったから…つ
い。子供子供って言われて…大人になりたくて…大人の本を見て……な、何か白
いものが出てきて……へ、変な気持ちだったけど…その……何か虚しくて…」
知的な曹沖らしからない。言葉がつながらないのだ。
「虚しい?」
ふすまを隔てても、そっと頷くのが見えた。
「えっと…多分、気持ちよかったんだと思う…でもなんていうか……心が満たさ
れないって言うか…ごめんなさい。よくわからないんです。」
身体が、再び熱を帯びる。それは先ほどまでとは違う感情から。
「うん…わかったわ、倉叙。そうね私寂しかったの。陛下は最近全然構ってくれ
なくて…それで一人で慰めて、でも足りなくて、また慰めて…私、逃げてたの。
自分の中に…私我慢できなかった。本当に…いやらしい女ね。」
自虐的に呟く曹節。完全な知識があるわけではない曹沖にも、それらの意味は
よく理解った。
「ありがとう、倉叙。」
ふすまに隠れて見えないけれど、とびっきりの笑顔を浮かべた。
「は、はい!!姉上…」
「ところで倉叙?」
心に余裕ができたことで
「はい?」
「あなたも自慰をしちゃったんですって?」
曹節の心に小さな嗜虐心が生まれていた。
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