敗北。まずそれがあった。戦場における、絶対の掟。
『敗者は全てを失う』
 無情なるその場において、老いも若きもなく、彼もまた例外ではない。未だ幼き少年ですら、全てを失うことになる。
 矜持も、威厳も、尊厳も…

「は、離せ!!」
 まだあどけなさに包まれた子供がいる。その両手は後ろ手に縛られ、足には枷。押さえつけているのは、見るからに屈強な男。
「捕虜ヲオ連レシマシタゾ、孟獲サマ」
 男の1人が、見かけに素直な声を発する。男の声を耳に入れ、玉座らしき場所から腰をあげる。
「おうおうご苦労だったな金環三結よ。ははは、戦場に似合わぬ可愛らしい娘だな」
 労いの言葉に頭を垂れる金環三結と呼ばれし男。その主である南蛮王孟獲が、ゆっくりと子供のもとへと歩み寄る。
「お嬢ちゃん、厄介なことになっち待ったねぇ。」
 わざとらしく優しげな面持ちで語りかける。しかし子供の方は対照的に、孟獲を力強く睨みつけた。
「なにがお嬢ちゃんだ!!僕は、立派な男子だ!!」
 鋭い眼光に同じくして、吐き出す言葉も少年らしからぬ威厳に溢れていた。
「何だって?そうかお嬢ちゃんじゃなく、お坊ちゃんだったのか」
 冗談ではなく気づいてなかったようである。孟獲は心底驚いたように、また感心したように息を漏らした。
「僕だって曹家の人間だ!!生き恥を晒すくらいなら死を選ぶ!さあ、さっさと殺せ!!」
 口を突く台詞の一言一言に、誇り高き品格を感じさせる。孟獲は、まだ自分の半分すら生きていないような少年が、こんなにも気品に溢れるオーラを発するものかとただただ脱帽した。尊敬の念さえ浮かんできそうだった。
 しかしだからこそ、残念でならかった。
「そうか、おめぇはあの曹操の子供か…」
 今現在、中華の人間にとって曹操は恐怖の対象でしかなかった。その曹の名を継ぐものが、この南蛮に侵略してきたのだ。
「おめえのような子を、手に掛けるのは忍びないが…」
 部下達への示しがつかない、と、孟獲は涙すら浮かべ刃を手に取った。
(父上、兄上、姉上…申し訳ありません)
 覚悟はしていた。それでも死の恐怖は小さな身体に大きくのしかかり、曹沖を震わせる。白銀が一閃する。
「大王、少々お待ちを。」
 きぃん!!突然の静止に手元が狂う。肉を引き裂くべきその刃は、地面との接触で火花が飛ぶ。
「ひっ!」
 思わず悲鳴をあげる。怖いものは怖いのだ。

「何事だ、ダ思大王。」
 横槍を入れたのは、奇妙な男だった。南蛮にしては異質な、ファッショナブルな服飾。不必要に高い声。宦官かと間違えかねない。
「そのような美し…優秀な人材を斬るのはもったいないわ。ちょっと私に預けてくださらないかしら?」
 話し方もまた、男とはかけ離れたものを感じさせる。しかしこの男、実は南蛮一の切れ者とされるほどの知謀の持ち主であった。
「なにをする気だ?」
 訝しげな表情。無理もない。知略に富んだ人物なのは重々承知している孟獲でも、多少なり胡散臭さも感じているのだ。
「いえいえ。殺すのならいつでもできるわ。でもそうする前にちょっと私の役に立ってもらいたいのよ。」
 その貌からも、良からぬ企みがあるのは理解できる。しかし、曹沖を殺したくないという情け心は、首を縦に振らせるに足るものであった。
「よしいいだろう。後のことはおめぇに任す。」
「ありがたき幸せ。」
 こうして、曹沖はダ思大王に預けられなった。生きていることに、心の中で涙する。行き着く先を知らずして…




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