夕方、今洋コは仕事を終えて屋敷に帰る途中だった。
いつもだと屋敷に帰っても何もないので楽しくもなんともないが、今洋コの屋敷には洋コの思い人である陸抗が居る。
うれしくない訳が無いので無意識のうちに歩く速度が上がっていた。
家に入り食事の用意をするように使用人へと告げ、自分は自室へと向かい服を着替えた。
廊下を歩いていると客間から光が漏れていた、そこに入ると陸抗が書物を読んでいた。
「ただいま、帰りました」
「おかえりなさい」
ああ、何度この会話を夢見たことか。
まるで新婚生活のような空気、『ただいま』と『おかえり』これを言い合える日を何年待ったことか。
と、言っても実際に夫婦になったわけではないのだが。
しかし使用人たちは皆私が陸抗の事を思っていることが知られているようだ、皆に事情を説明した時には良かったですねなどと口々に言われた。
ちなみに陸抗はこの屋敷では普通に女性として扱ってもらっている、なので身につけているものは全て女物だ。
綺麗な青い髪に花の髪飾りが付けられている姿はとても綺麗だった。
食事の時の他愛ない会話も、その後に一緒に兵法について語った時間も内容より一緒にすごしたという事のほうが洋コにとっては重要だった。
時間を共有するということほど幸せなものは無い、昔誰かが言っていた事を今日は一段とそれを知らされた。
その日の夜は人生で一番寝つきが悪かった、心の高揚がしているからだ。
朝、鳥の鳴き声で洋コは目が覚めた。
今日は久々の休日だった。
しばらく大きな戦はなく、陸抗もこちらに居るのでむこうの国境付近の部隊も動くことができないだろう。
だからといってこちらも動くつもりはない、それは陸抗に大して卑怯だと思うからだ。
まだ彼……いや、彼女との決着をつけていない。
それは正々堂々とつけるべきものだ、彼女が居ない間に攻めても何の意味もない。
でも、まぁこのままここに居座り続けたら一生決着は付かないのだが……、でも何時の日か陸抗は呉に戻るだろう。
父の志を受け継いで孫家のために戦うのだろう。そう思うと心の内側がえぐられるような気分になった。
心を落ち着かせようと庭に出て池を眺めた、でも頭からは彼女の事が離れない。