窓から差し込む薄い月の光が、窓の輪郭を長く伸ばして寝台へ触れる。
ただそれだけを灯し火とする部屋の中、柔らかな寝具の上に簡素な夜着だけの女が横たわっている。
時折退屈そうに頬に触れる自分の髪を指で巻き取ろうとするも、
さして長くない毛先はぴんと跳ねて逃げてゆく。
「あー、……おっそい」
不満そうに呟いて口を尖らせた直後、扉が開く音が遠くに聞こえた。
やがて足音が徐々に大きくなり、寝室の扉の前で止まる。
「入っていいかい?」
「ダメ」
「でも入るよ」
まったく何の為に聞いたんだか。
大虎は心の中で呟いた。
毎日毎夜、まるで何かの通過儀礼のように交わされる帰宅の挨拶を経て、少し疲れた顔の男が入ってきた。
「ただいま、孫大娘」
「大虎と呼べって言ってるでしょ!妻に尊称使うようなダメ男に嫁いだ覚えはないよ」
「はいはい、ただいま、大虎」
苦笑いを浮かべながらその男─全j─は彼女の下へ近寄り、両手を伸ばしてその華奢な体を抱きしめた。
全jの肩に軽く額をつけるようにした大虎は、すぐにキッ、と表情を変えて全jを見上げる。
「……女の匂いがする」
「ああ、帰り際に魚をくれた娘がいてね。給仕に預けておいたから明日の朝、かな」
と、再び大虎が全jの肩に顔を埋める。
最初は目を細め抱きしめていた全jだったが、その姿勢が一分、二分と続くにつれ微かに不安になり始めた。
背に回していた手を両肩へ寄せ、少し身を離そうとする。
「大虎……?っわ」
体を引こうとすると胸元をいきなり掴まれぐいと引っ張られる。
全jが覗き込むと、しかめ面で舌を出した大虎が顔を上げた。
一瞬の間、後。
「……ははは、はははははは」
額に手を当てて笑い始める全jの姿に、大虎の作ったしかめ面が本当のものになった。
「ちょっと!何がおかしいの!」
ばふっと両手で布団を叩いた瞬間、視界がぐらりと傾いた。
きゃ、と小さな声をあげて竦めた体が、あっという間に全jに組み敷かれている。
「どういうコトよ」
「いや、大虎があまりにかわいいものだから」
その言葉を聞いて、月明かりの中でも大虎の頬がさっと紅に染まる。
「そんな、言葉で、誤魔化そうたって……」
更に文句を紡ごうとした唇は、そっと別の唇で塞がれた。
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