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精根尽きて、一歩も進むことも退くことも出来ない。
倒れれば、二度と目を覚ますことも無いだろう。
支えとなっているのは、父から受け継いだ矜持とある願望であった。
影が近づいてくる。
頭を上げる。
「羊コ殿・・。」
敵ながら、愛してしまった男は剣を翳した。
ままならぬ人生ならば、愛する者に幕を引いてもらいたい。
それが、せめてこの世で生きるための慰めであった。
ぐにゃり、と視界が乱れた。
羊コの姿は、狂人、孫皓に取って代わっていた。
泣きながら微笑んだ奇妙な表情を浮かべ、孫皓は剣を陸坑の首に振り落とした。
暗転。
ここは先ほどの場所である。
陸坑と孫皓の二人だけのままであった。
次第に、視界が定まっていく。
「痛っ・・」
手首に痛みは感じるものの、それはなぜか上方であり腕を動かすこともできない。
「気が付いたか?」
孫皓の言葉により、陸坑は今まで自分が気を失っていたらしいことを悟った。
そしてその間に、天井から伸びている拘束の為の鎖によって己の体が吊るされていることに。
「何時の間に・・・。 元宗、目を覚ましなさい。 お願いだから。」
「ひょ、ひょ、ひょ・・。」
甲高い笑い声が、静まった部屋で反響され一層耳障りに陸坑は感じた。
「貴様・・・。そうか、貴様が。 貴様が元宗を誑かしたのか。」
まるで虫を相手にするように、
否
虫のほうがまだマシだ。
この男は、見かけただけで殺意を覚えてしまう。
この虫以下の存在、宦官、シン昏に陸坑は憎悪をもって問うた。
「ひょ、誑かしたとは聞きの悪いことよ。 ワタシは、帝が気分が優れておらぬようだったから毎日ある薬を処方したまで、ひょ。」
そういって、シン昏は片手に握った杯を掲げる。
透明な赤が美しいその液体を見て、陸坑は吼えた。
「貴様!!皇帝に仕える身でありながら、麻薬漬けにしていたというのか!!」
「ひょ、ひょひょひょ。 過ぎたことをいっても仕方が無い。 この結果こそが大事。そう思わない、ひょ。」
「幼節、もう手遅れなんだよ・・。俺はあの薬がないと生きていけねぇ・・。 あの薬は、お前の代わりなんだよォ。」
孫皓の目は、生気を失ってはいるが、声はまだ微かに「元宗」が残っていた。
それが、陸坑には哀しかった。 国を守る事を理由に、私情に走っていた己を恨んだ。
「この薬は、ワタシしか手に入れることができない。 つまり、ワタシこそが帝、ひょ。」
喋る一声が、逆鱗に触れる。
腕さえ振るえれば、寸刻みにして灰も残らぬほどに焼き尽くしてやりたかった。
「ひょひょ、ひょ。 睨んで事が成るなら、天下に笑いがなくなる。 笑うかどには福来る、ひょ。」
羅刹の如く、睨んでいる陸坑を馬鹿にするために、ひょひょひょと醜悪な笑い声をあげる。
「それに、今心配すべきは貞操、そうじゃない、ひょ。」
それを聞いて、陸坑の何かが切れた。
およそ、この世界のあらゆる侮蔑の単語をシン昏に浴びせかける。
シン昏は、さすがに気おされたものの、それが我が身になんら肉体的な被害を与える訳ではないことを知っていた。
「ひょ、怒れる姿は可愛いもの。 イカれる姿も可愛いもの。」
「幼節・・先ほども言ったように、まだ貴女に、私を受け入れる心があるのなら。」
「私と一緒に地獄に落ちて欲しい。」
孫元宗は、残っていた理性を振り絞り、陸坑を絶望させることを望んだ。
*
「いやぁ・・。それは・・それだけは・・。」
陸坑は、天井から降ろされ寝台に、両腕は万歳をするように、両脚は膝を立てさせられ閉じる事ができないように拘束されていた。
衣服が隠すべき箇所は、乱暴に破かれ丘と呼べるほどに控えめな胸の頂点は、すでに硬くなっていた。
全身が赤く火照り、苦しげな荒い呼吸音が陸坑から発せられる。
「ひよ、ひょひょひょひょひょ。 薬が効いてきたよう、ひょ。」
陸坑が服用させられた麻薬は、まず意識を乱し、続けて肉体のいたる感覚を敏感にした。
望みもしない愛撫は、陸坑の心の壁を一枚ずつ剥がし、それは嬌声となって表れた。
孫皓の舌が、苦すじを舐める。 シン昏の指が、秘所を驚くほど優しく甚振る。
怒りと屈辱は、快楽を与えられることで背徳の興奮を与える。
悲しみと後悔は、甚振られることで精神を逃避させ、陵辱を肯定する。
理性は、そのような自分を冷静に見つめ、情念は理性をあざ笑うように肉体を乱れさせた。
陸坑は、心の底から二人の愛撫を拒んだ。
体は、それとは逆の反応を示してはいたが。
意識が泥沼に嵌ってしまったかのように、もがき足掻いても浮き上がることなく自らが知らない何かに飲み込まれていくようだ。
未知に対する恐怖より、好奇心が勝ってしまいそうな感覚。
二人の男に、秘所を視姦され、彼の事を思って一人で致した時のように塗らしてしまう自らを、情けなく思うがそれが一層情念を駆り立てる。
そして今、人生で唯一度だけの体験を無理強いさせられようとしている。
「幼節、お前、処女か?」
「お願い・・それだけは・・許して・・。」
ままならない意識の中でも、今行なわれようとしていることの重さは量ることが出来た。
それは、陸坑にとって叶わぬ夢、されど諦めきれない夢、羊コと思い通じ合うための儀式と思っていたから。
「幼節、お前を貰うぞ。」
孫皓は、逸物を陸坑の濡れそぼり、切なそうにひくついている陸坑自身に宛がった。
恐怖、その中に未知に対する期待、それを感じてしまう自分を否定したくて、涙がこぼれた。
「幼節・・・一緒になろう。」
純粋な言葉であった。
一気に陸坑を貫き、否定できない現実を突きつけた。
「嫌ぁぁぁぁああアアア!!!」
たった一つのものを失った喪失感が、心を空白にしていった。
今までの自分が、消えていく。 あの人が、消えていく。