――私は果報者だ
星も見えない程に月は煌々と光を投げかける
窓から差し込む熱なき明りは、豪奢な寝台と一人の女を照らし出す
女は四肢の露出した戦装束から着替える事なく、外套を取り装飾品を外した姿で横たわっていた
「子高さま…」
誰に聞こえるあてもなく呟いたのは夫であった人の呼び名
零れる涙を隠すように、光から逃げるように、横を向き背を丸め自らを抱き締めた
夫を失ってまだ日が浅く、向けられた笑顔もかけられた声もいまだ鮮烈に思い出す
――私は果報者だ。そなたを妻にできたのだからな
そして、腕に抱かれた感触もまた彼女の中に鮮やかに残っていた
「ん…はあっ…」
その感触をなぞろうというのか、女は自らの体をまさぐり始めた
肌に沿って右の掌を滑らせ、装束の上から胸の膨らみを、頂の蕾を撫でさする
左の掌は太腿を伝い、脚と装束の間の隙間から指を潜らせる
「はっ…あぁ…くぅんっ…」
次第に息が荒くなり、両手の動きは激しく淫らに女を苛む
『恥じらう事はない、我々は夫婦なのだから』
夫との情事を思い出し、その裸身を瞼の裏に描き、その囁きを耳に感じる
それは自慰の背徳感を打ち消す為か、自らを盛り上げる為か
「んぁ…あ、はぁっ…ぅあ…」
千切れよとばかりに乳首を捻りあげ、陰核を摘み、密壺を抉る
『悦いのか…そう…そうだ…もっと乱れて…咲き狂ってくれ…』
夫の肉棒の逞しさに遠く及ばない細い指で、夫がそうしたように自らを追い上げてゆく
「あぁっ…はああぁぁぁ…!」
一瞬硬直した身体はやがてぐったりと弛緩し、滝のような汗が亜麻色の髪を肌に貼り付かせる
蜜壺から溢れ出る液体は泡立ち、その色はあくまでも水の如く透き通ったまま
『受け止めてくれ、私の子種を…』
注がれた精も、身体を抱いた腕も、優しい声も笑顔も、今はもうない
「…子高さま…なぜ…どうして…」
すっかりひいた汗の代わりに、涙がとめどなく流れてゆく
聡明な太子と謳われた夫は、今はもういない
思い出だけを残して逝ったひとの残滓を搔き集める行為は虚しく、毒のように甘かった
――私は果報者だ。そなたを妻にできたのだからな。早く子を授りたいな、そなたと私の子を――