「銀屏はまだ起きていないのか?」
戦の前というのに関平と銀屏がまだ起きて来ない事を不思議と思った関羽は、銀屏の陣幕の前で待機している彼女付きの侍女に尋ねてみた。
「はい、何分、このような大きな戦が初めてな銀屏様は色々と思う事があったようでして。」
「なるほど。だからといって寝坊は関心せんがな。まぁどれ、娘の為にも一つパパが起こしてやろうか。」
侍女が止めようとするのも意に介さず関羽は叫ぶ。
「今日の夕刻には戦が始まるぞ、分かったらさっさと起きろ!」
『はっ、はい。分かりました父上!』
……侍女に尋ねてみる。
「今……関平の声も聞こえたよな?」
「はい。あらあら、うふふ。早速バレてしまいましたね銀屏様、関平様。」
「……支度が整ったら作戦会議用の陣幕に集まるよう伝えてくれ。」
「はい、分かりましたわ。」
侍女は笑顔でそう答えた。
もう二人とも親元からの巣立ちの時か。関羽はそう思うと少し悲しくなった。
「今度、兄者と張飛でも誘って久々に酒でも飲み交わすか。」
そう呟く背中にはどこか哀愁が漂っていた。
一方陣幕の中はてんてこ舞いになった。
「馬鹿っ!ここは私の陣幕だ!お前まで返事をしてどうする!」
「今聞いたよそんな事!あの状況で二人とも寝てたんじゃ父上に返事をしちゃうって!……とりあえずどうする?」
「幸いその後何も言われないという事は気づかなかった訳であろうから……とにかく誤魔化す!」
「別に打ち明けても良いんじゃないか?」
「馬鹿っ……養子とはいえ息子のお前と娘の私が付き合う事を許してはくれんかもしれんだろ!……そんな事になったら……嫌だ……。」
そう顔を真っ赤に染めながら人指し指をツンツンする彼女の仕草は余りにも可愛くて。
「銀屏?」
「何だ馬鹿関平?」
「んっ」
ついつい彼女にキスをしてしまう。
「もう!」
「可愛いよ、銀屏。」
「あー銀屏様、関平様。お楽しみの所申し訳ありませんが至急着替えて作戦会議用の陣幕にお行き下さいませ。関平様の服は寝台の脇の机の上に置いてあります。」
銀屏の侍女の声が響く。
『わ、わかった!』
ふと、もうすぐ戦だというのに昨晩のような震えが沸かない事に関平は気づく。
彼女を守る。そう強く思うだけで、人はこんなにも変われるのかと自身の変化に驚いた。
「ほら、過ぎちゃった事は気にしないで、とっとと行こうぜ、銀屏。」
「関平がキスしてくれたら、気にしない。」
「全くしょうがないな……ほら。」
『んっ。』
陣幕の中で再び関平と銀屏の唇が触れ合う事に、侍女は気づいて呆れてしまった。
戦は蜀有利のまま体勢が決しようとしていた。
関平もいくつかの武功を上げたが、それでもまだ最前線で戦っていた。
(もっと……もっとだ!俺が銀屏と付き合うのに相応しいくらいに強い男なら、きっと父上が自分達の関係を知った時も認めてくれる!)
関平はもしもの時のために父の評価を少しでも上げておこうとしたのだ。
最も、そのもしもの時はもうとっくに訪れていて、結局関羽の中で関平達を黙認する方向になったのを知らぬは本人ばかりだが。
「覚悟ぉぉぉ!」
雑兵が太刀を振りかぶって、自分目掛けて真っ直ぐ突っ込んでくるのが見える。
「何の!」
彼のがら空きの胴体目掛けて左から薙ぎ払いを入れようと右足を踏み込むが、その刹那ぐりっと嫌な音がした。足元に転がっていた槍をダイレクトに踏みつけたのだ。
バランスを崩して転倒した関平に、その雑兵は歓喜で頬を緩める。
「敵将討ち取ったりぃ!」
もう駄目か。そう思って目を瞑る関平の目にはただただ彼女の笑顔が浮かぶ。
最後に思いが届いて良かった……。しかし、いくら待っても彼に終焉は訪れなかった。
「関平!大丈夫か!」
その声に反応して眼前を見上げてみると、彼の目に飛び込んできたのは紛れも無い彼女の姿だった。
銀屏の槍に一突きにされた先程の雑兵がドサリと倒れる。
「全く。調子に乗るからそうなるんだ。ほら、立てるか?」
「あ……あぁ。」
ふと、関平はある事に気づく。
「なぁ銀屏。」
「な、なんだ?礼ならいらんぞ?」
「お前パンツとパンスト逆。」
「えっ、きゃぁきゃーきゃー!関平の馬鹿!馬鹿!馬鹿!」
本当にそうなってる事に気づいた銀屏は彼の目から隠すようにしゃがみ込んでしまった。
全く生き死にの最中だっていうのに何をやってるんだ俺達は、そう思うと自然と笑みがこぼれる。
足で勢いをつけて体を跳ね起こすようにして立ち上がった関平は最愛の彼女に手を伸ばす。
「ほら、馬鹿やってないで行くぞ銀屏。」
「全くもう……うん。」
彼女の体温を右手に感じる。
銀屏と……二人で居れば、きっとこれから何があっても大丈夫。
俺はそう、思ったんだ。