ダークサイト 43〜63
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身体を密着させるとクレアはそっと彼の股間に手を伸ばし、撫でるように彼の陰茎に掌を被せる。既に2度も出しているのに、クリフの陰茎は既に
直立不動と言うのが相応しいほど硬直・勃起している。だが敢えてクレアは何も言わずに手で触るだけで、目を閉じクリフのする事に身を任せていた。
密着した体勢のままクリフは手の感触で味わうように彼女の陰部を触れ、恐る恐る入る辺りまで指を第一関節辺りまで挿入する。手に感じる彼女の
膣の温もりと流れる愛液は、それが嘘ではなく現実のものだと実感させてくれる。実際の所は触るだけで気持ち良いと彼自身感じてしまうのだ。
「んんっ……んんっ……」
指が膣内に沈む毎にクレアの妖しく色っぽい吐息が漏れる。不器用で不慣れ、初めてで初々しい指の動きに心地良い感覚と、丁寧に丁寧に指を動かす
彼の気持ちを受け止める事が、直接交わって無くても全身を包むような、這って出る快感が支配してくれる。そんな自分の身体を弄るクリフに、彼女は
頬や唇、肩口や耳を触れるようなキスで丹念に愛撫した。
「クリフ……そろそろしてくれると、嬉しいな……」
そして空気を吹きかけるような仕草で締めると耳元で囁くように一言、彼を求めた。
「………」
流石にまだ慣れていない彼だったが、彼女の求めに少し緊張しながらも気を静めさせて頭を少し縦に振って答えた。
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「……このままでしようよ」
クレアはショーツを下ろすとキッチンに寄り掛かりながら彼を誘う。ほぼ初体験の彼にとって立ち正常位など、未知なる遭遇そのものだった。
陰部を左手で広げながら右脚を苦しくない程度に上げると彼に右脚を支えさせて彼を誘う。勿論自分から挿れるのに戸惑ってしまっている彼に
優しく手を添えて自分の陰部に導くようにあてがい、
「……んんっ……ふふっ……無理しないで……ね?」
クレアの言葉が合図となって、彼はそのまま腰を落として彼女の中に挿入する。不安定な体勢でも彼女の膣から感じる心地良い暖かさは、強引に
騎乗位で奪われた時とはまた違った快感を全身を通じて教えてくれる。
「うおおっ……クレアさんの中……凄く気持ちいい……」
「……ふふ……ぴくんぴくんって……もう痙攣してる……余程気持ちがいいのね……」
クリフのリアクションを感じ、少し意地悪な気持ちで下腹部に力を入れて彼の陰茎を締め付ける。膣の圧力と彼の陰茎に掛かる摩擦が気持ち良く、
最早彼自身は自分の下半身を全くコントロール出来ず、快感を求めて獣の如く盲目的に腰を動かす。腰の動きに合わせゾクゾクと震えを帯びて波の
ように駆ける快感を二人は貪欲にむしゃぶりついた。
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両手をクリフの背に回して彼女は完全に身を委ねると、下半身から来るクリフの腰の動きに合わせて攻める心地良い快感に声を上げ、身を任せた。
「んんっ!はあっ!良いよっ…んんっ!…上手…だよっ…!」
全身で受け止める快感に、クレアは嬉声を吐息と共に漏らして応える。クリフのテクニックが特別上手かったと言う訳ではない。だが、彼女自身
クリフに抱かれている事自体ただ心地良く、何も考えずに身を任して悦楽に浸ることがどんなに気持ちいいか。
「く…クレアさんっ……」
「んんっ!…いいっ!いいよっ!…クリフのがっ!…奥に当たってっ!……ああっ!んああっ!」
既に媚薬と化したクレアの色っぽい妖艶な嬉声を浴びつつ、彼は一心不乱に腰を動かしてクレアの期待に応えようとしている。トランス状態の彼に
とって、この声自体が全身愛撫の様に感じられる。その『感触』をゾクゾクと身体に感じ、その勢いに背を押される程のものなのだ。
「クレアさんっ…だめっ…もう出しちゃいそうだっ!」
「……ふふ…何遠慮してんのっ!私の中に出しちゃっていいから!」
クリフにウィンクをしてにこりと微笑むと、彼の陰茎の痙攣でそろそろ限界を悟ってクレアはそのままぎゅっと強く彼を抱き締め、抱き締めて下から
突き上げるように腰を動かして遮二無二腰を振る彼の温もりを貪る。獣のような荒々しい交わりを最後の最後まで味わうように。
「………っ!!」
そして身に感じる、彼が果てた『証』が身体の中に注がれる独特な温もりを。
「……はあっ…はあっ……」
「……ふふ……いーっぱい……こんなに量が出ちゃったら……私赤ちゃん……出来ちゃうかもね……っ!」
吐息や体温の温もりを全身で味わいながら、暫く二人は抱き締め合ったままだった。
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正直此処まで燃えた性行為はどれ位振りだろうか。難破した船に乗り込む前の過去の自分が、どう言う訳かクリフに抱かれている時にふと、脳裏を
よぎる。早々に天涯孤独になり、元より何も無い私にとって、その生き様自体が捨て去ってしまいたい位今思えば無様かもしれない。快楽主義と
言う訳ではないが、男と遊ぶのがつまらない訳でもなかった。ただ純粋に、それは寂しさを紛らわしたかっただけだったのかも知れない………。
「……クレアさん?」
ソファーにタオルケットのみを掛けて二人で寄り添っている時、物思いにふけっている彼女にクリフは声を掛ける。
「何でもないよ……少し、昔の事を考えていただけなんだ」
「昔の事……?」
クリフの言葉の途中に彼の腰の後ろ辺りに手を回し、ぐっと自分の方に身を寄せて身体を密着させた。
「……少し、私のぼやきを聞かなくてもいいから言わせてね」
「…………」
彼女の思いの他真剣な表情にクリフは何も言う事が出来なかった。
「私には、もうこの地球上に両親は居ないし兄弟も居ない。所謂天涯孤独ってやつだ」
初めて語られるクレアの過去に、彼は驚きの所為か何も言う事が出来ない。そして何より、初めて見るクレアの寂しそうな表情は印象深かった。
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「つて無し・金無し・学無しの私にとって、昔住んでいた都会は辛かった。キャンパスライフを楽しんでいそうな学生達や、楽しそうにしている
アベックは羨ましいだけだった。私は生きて行くだけで精一杯だったからね……女が出来る稼げる仕事は、全てやったさ」
寂しそうな表情をふっと戻して、何時もの優しそうな表情でクリフの顔を覗く。
「本気に好きになった人が居なかったわけじゃないし、恋愛だってしてきた。でもね、どれも本気にはなれなかったんだよね」
溜息混じりに複雑な笑みで話を続ける。過去を語る相手としては少々役不足かも知れないが、クレアはゆっくりと言葉を紡いでいく。
「人には言えないような仕事で自分と同世代の学生の子が客としてきた時は、もう心の中で泣くしかなかった」
アンダーグラウンドな話に疎いクリフでも、彼女が言っている事の意味は分かった。だが、それについて何を言えば良いのか分からないのも事実だった。
「流石に何もかもが嫌になってね、有り金持って船に乗って旅に出ようと思った。そうすれば自分を見詰め直すことは出来るだろうと思ってね」
顔を上げて天井を見上げるような仕草をすると、ゆっくりと続きを語る。
「船の中でね、良いおじさんに出会ったんだよ。私が寂しがっているのも直ぐに見抜いて、色々と私の話を聞いてくれた良いおじさんがね……。
嬉しかったよ……色々と話して仲良くなったのに……その後に船が難破だ、私もやきが回ったかねと覚悟を決めたよ」
クリフも、彼女がこの街に来た経緯を知っている。それだけに余りにも話が生々しくて一瞬耳を塞ぎたくなるのだ。
「この御時世に嵐で客船が座礁ではなく沈没だ、あの『タイタニック』よりも状況は悪かったんだぜ……笑っちゃうよね」
笑顔で話すクレアの姿の背後にふと、クリフには寂しそうな彼女の姿を見出した。
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「死んだ方がましかと思うが、そこは神様見捨ててはなかった。気が付いたらこの町に流れ着いていたと言う訳だ……クリフも話位は聞いているだろ?」
クリフ自身はその頃ミネラルタウンに別の意味で流れ着いており、ずっと教会でへこんでいた時期だった。カーター牧師から人づてに話は聞いていたが、
彼にとってその頃はそんな余裕は精神的に無かった。その事よりも、己が見捨てた母親と妹に対する懺悔の念だけだったからである。
「……でね、体調を持ち直した後は希望なんてのは皆無で、取り合えず流されたこの町を散歩がてらに見て回った。正直静かでのどか、そして自然が
美しいこの町は良いと思った。だけど私にはこんな所で住めるほどの金は持ち合わしていないし、何より後暗い他所者が急に住みだすのに果たして
この町の人達は良い顔をするか?って、羨望の気持ち半分、身が引ける後ろめたさがあったのよ……」
正面を一点に見詰め、真剣な眼差しでクレアは自分の気持ちを紡いで行った。何時も明るく気さく、ちょっとエッチな面倒見の良い姐さんタイプの
クレアが初めて見せる、表裏一体の真剣さと虚無感が、クリフの紡ぐべき言葉を奪っていく。
「正直、居場所は無いと思った。決して私は楽して生きて来た訳じゃ無いが、懸命に生きている人達にとってみれば、私のような人間の生き様は決して
真面目には映らないだろう……そればかりか見下した態度で接するに決まっている」
ふいっとクリフの顔を覗き込むと、彼をぎゅっと抱き締めたのだ。
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「そう考えてくると段々と居辛くなって来る。元気に遊ぶ子供達や、楽しげに雑談している奥様連中を見ていると、私は場違いと思えてしまう」
暫く彼女は彼を黙ったまま抱き締めていた。ふと過去が脳裏をよぎり、不意に寂しさに襲われたのかも知れない。既に在住1年以上経ち、完全に馴染んで
いる様にも見受けられるクレアも、一線を画して今でも接している様に見て取れるからだ。何とも寂しい話である。
「だけどね、この町の人達は優しかった。礼だけ言って去ろうと思った時に、トーマス町長は私を例の牧場に連れて行った。その頃のその牧場は、建物
こそ即戦力で使える状態だったけど、牧草地は整地しなくては使用出来ないほど荒れていた。半年後に元の所有者の孫が農業大学を卒業してこの牧場に
来るまでの間建物の管理をし、酪農の仕事をしたらどうかと提案してきた。後で土地を確保するからと言われてね」
クレアは話を続ける、今までの自分の過去を綺麗に吐き出すように。だがそんな彼女の様子にクリフは掛ける言葉を見出せなかった。
「それは嬉しい話だった。だけど右も左も分からない手探り状態の私では仕事にならないと言うと、町長はムギさんを紹介してくれて彼是と丁寧に教えて
くれる。これはするしかないと思った私は、夢中になって牧場で働いた。知識は要るけど日々が勉強だし、何よりこの環境で働ける事が嬉しかった」
彼女は本当に楽しかったのだろう、声のトーンを上げて時折声が弾むのだ。それだけ牧場の仕事が楽しく、またそれだけ過去が厳しかったのかが伺える。
クレアにとって正に平穏で充実した時期だと思える。
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「半年後までに私が出来る、最善の状況まで復旧させてその例の元の所有者の孫に引き渡そうとした時に驚いた。その牧場主は、私が都会に居た時の
知り合いだったんだよね……驚いたわ」
全く衝撃的な話が飛び出す。クレアと例の『牧場主』は彼女と顔見知りだったのだ。知らなかったクリフは唖然としてクレアの表情を覗き込む。
「その頃は三国志の曹操のような評価を受けていない時期に、彼は繁華街で初々しい様子で歩いていたのよ。私はその界隈で働いていたのだけど、彼は
結構たどたどしい仕草で私をナンパしたのよ」
そして目を瞑って静かに言い置く。
「彼が『曹操』のような評価を受けたのは、もしかしたら私が原因かな……ふふ、でも彼は変わってなかった。いや、変わったかノノ流石にこの国の
最高の大学の農政部を主席で卒業しただけはある。未だ見習いレベルの私にムギさんと一緒に仕事を教えてくれたし、新しい牧場を建設着工した時は
彼も前に立って手伝ってくれたからね」
彼女がこれまでの話を言い終えるときに、クリフは少し不安な表情を浮べていた。
「今でも彼が好きですか?」
「まさかね……人としては好きだけど、男としては今は興味ないわ」
そんな彼の心情を読み取ったのか、何やら企んだ表情を浮べて彼女は言う。
「ふふ……不安な表情を浮べないの……貴方が私を魅了していれば良いじゃない……そんなに不安なら、もう一度ベットで私を抱く?まだ夜は長いわよ」
「……ははは……」
最後の秋の夜は既に午前三時、まだまだ夜は長いとは言え、クリフはまだ暫く寝られそうに無いようだ。
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「あーあ……39度2分……暫く家で寝てなさいね、マナさんとデュークさんには私から言っておくから」
朝を迎えてクリフは見事に湯冷めをし、ベットから起き上がる事も出来なかった。ランに振られたことは考えなくても、真夜中に3回以上シャワーを
浴び、その真夜中で肉体労働後の疲れているであろう身体を抱えて4度も頑張れば、人間誰しもおかしくなろう。
「……ごめん…ゲホッゲホッ……ク…クレアさん」
「まぁ私は満足したしたから良いけど……ううーん、ちょっと気配りが手抜かりだったのね……」
粥と味噌汁に牛乳、そして風邪薬を寝室に持ち込みながらクレアは言う。結局その後ベットで一回戦し、クレアは彼が寝に入った後の早朝五時に自分の
ベットの床に入り、彼がアージュワイナリーに出勤する頃を見計らって起きている。彼女は全く持ってタフな人間だったのだ。
「反省しなきゃね……でも、良かったよクリフ……」
食料や薬をベットの傍に置くと、頬に口付けをして彼女はアージュワイナリーに休む旨を伝えるために外に出た。
「雪か……道理で冷えるわけだ……もう冬だものね……」
寒さを凌ぐために軽くワインを口に含むと、彼女はしんしんと雪の降るミネラルタウンを歩く。日本並に四季がはっきりしているこの地域の冬はかなり
厳しく、冬に見せる町の姿はさながら北国のそれである。
「……ふふ、こんな早朝にこんな所で鉢合わせるなんてね……おはよう」
「……おはよう、クレア」
少し歩くと露天風呂に繋がる道で『牧場主』と鉢合わせる。基本的にこの町の場合、冬は農作業は出来ないため動物の世話を終らすとする事が無くなる
ので、採石場に行くか休んでいるかの二通りの行動しかなくなる。冬になるとオリハルコンやアダマンなど貴重な金属材や貴金属材が出てくる湖の採石場
は仕事の無い牧場主や、彫金師・鍛冶屋の専門家が時間を置いて採石に来るのである。
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「今から石掘りかな?」
「いや、今は温泉卵を取りに行くだけ。取ったら買出しに行くので話でもしながら一緒に行くかい?」
「そうね、私もワイナリーに用があるから、一緒に行くわ」
誰にでも変わらない優しい物腰で誘う『牧場主』に、格好良い大人の女性の微笑を見せてクレアは答えた。これだけを見ると、昔付き合っていたと言うのも
あながち間違いでも無いように見える。
「なんでワイナリーに。こんな朝早くからワインでも買うのかい?」
「ワインを買出しに行くのじゃないのだけれど、ちょっとクリフが今日仕事出来そうに無いからその旨を伝えに行くんだよ」
その一言に彼は「ひゅー」と口笛を吹くように息を吐く。
「確かクリフは童貞だったな……あれから何人童貞喰った?」
間違い無くセクシャルハラスメントな牧場主の言動は瞬時にクレアの表情が紅潮するのと同時に、こめかみに血管が傍から見て分かるほど浮き出る。
「!!……馬鹿言ってんじゃないよ……『アンタ』含めて二人だけだよ!」
「おおっ……おめでとう……そう言えば、君の処女奪ったの私だっけか」
凛とした空気の流れる、雪降る歩道を余りにも場違いな猥談が駄々漏れる。誰も居ないから良いが、流石に他の人間には聞かせられない話題である。
「殺してあげようか?」
「ごめんなさい、調子に乗りました」
クレアは邪気の無い笑顔でこう言うと、ふっと笑みを浮べて牧場主は頭を下げる。こう言ったやり取りはほぼ日常茶飯事らしい。
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雪の降る静かなこの町を、二人が並んで歩くとまるで恋愛ドラマの様にサマになる。加えて気恥ずかしさも有ってか何気ない会話は少なかった。あると
言えば、矛盾にも見える痴話話のオンパレードだけだ。
「まったく……それにしても一つ聞くけど、アンタはどうしてランを墜とさないの?」
溜息を一つついて息を整えると、クレアは一連の核心とも言える疑問点を突いて見る。この2〜3日における、最も疑問に感じたところだ。
「なんでそんな事を思う?」
「いや純粋な感想だよ。あの娘は間違い無くアンタが好きなのに、『元遊び人』があの初々しい娘をどうして彼女に…いや、モノにしないのかが疑問だ」
牧場主の表情を覗き込みながら、彼女はこう言う。確かに宿屋での反応や、ランと二人で話した時の彼女の様子、牧場主との雰囲気を見ればそう思うのが
筋かも知れない。だが牧場主は少し渋い表情を浮べる。
「そう思うか……私はランが好きなんだけど、彼女が凄く初々しくて照れ屋だからね……慎重にしてるんだよ」
「ふーん……この間温泉の奥にある竹やぶの中でアンタとキスしてたあの娘が?」
にやけながらクレアはこう言うと、牧場主はまるで茹蛸の如く顔が一気に紅潮する。
「な、な、なんだって!?見てたのか!!」
驚くほど動揺する牧場主に、にんまりと笑みを浮べ、してやったりとした雰囲気でクレアは言い放つ。
「やっぱりそうだったのか。お風呂に入ろうとした時、アンタとあの娘の声が聞こえたからそうだと思ってカマ掛けただけなのだけど、図星とはねぇ」
「な!?……お前趣味悪いぞ……」
余りにも簡単に話術で落としてケラケラと笑うクレアは、恨めしそうに見ている牧場主に付け加えるように、
「はははは……それはあまりにも気弱でございますな、曹操殿」
こう締めて牧場主に背を向けると、左手を上げて軽く振りアージュワイナリーに消えていく。そんな『大人の女性』クレアの背を見つつ牧場主は、
「……恋愛だと、アンタにゃ勝てんよ……」
ただ一言、こう呟いた。
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「はっきり言って鬱だ……マナさんの本質を忘れていたよ……」
クリフが風邪を引いてメッセンジャーを引き受けたは良いが、事実を率直に話したのが不味かった。女の家で男が体調崩して倒れたなんて事は、どうぞ
深読みをしてくださいと言っているようなものだ。加えて話し好き・噂好きの彼女の事だ、尾ひれ背びれが付いて広まるのに決まっている。
(……うふふ……若いからって、無茶しちゃ駄目よ)
(……はははは……まぁ、たまには良いか)
夫妻の象徴的な言葉が脳裏でリピートを続ける。加えて注文もしていないのに、ただでワイン一本を貰った日には、有り難味より、嫌がらせにも思える。
これが鬱にならない人間は恐らく居まい。
「あああああ……一生の不覚……」
何時にないうなだれを見せている。ネタにされるのは構わないが、童貞を喰っただの、お盛んだのと言われるのはクレアにとって正直キツイ。頭を振って
払拭するような仕草をしながら、ついでにと雑貨屋に寄って買い物をする事にした。言わば気分転換に近いものだった。
「あ……く…クレアさん……」
悪いことは続くもので、雑貨屋の目の前でランとばったり鉢合わせる。彼女は多分宿屋の手伝いに於いての買出しで来たのだろう。彼女は目線を背けて
立ち竦んでしまう。
「………」
「ラン、おはよう。早いのね」
話し掛けても心此処にあらずの様子で落着かないランに、彼女はそっと近寄って笑顔を向けた。
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「ふふ……どうして私を見てそんなに目の色変えるの?」
立ち竦んでいる理由を知っている上で聞く所にクレアのさながら悪意を感じるが、言っているクレアの瞳は真剣だった。
「な…なんでもないっ!」
ランはぷいっと顔を背けるが、背けた方に顔を寄せて表情を覗き見る。
「自分の正直な気持ちは、アイツに伝えた?」
「……まだだよ……アタシ……自信も……勇気も無いから……」
鬱な表情と共に肩を落とすランに少し驚くクレアだったが、彼女は逆ににこりと笑って彼女に声を掛ける。
「ふふ……自信なんてものは何かを起こそうとした時、例え絶対の信頼を自分に置いていたとしても、無くなってしまう物なのだけどね」
何も答えずクレアの方に顔を向ける彼女に、付け加えるように言う。
「貴女の様なルックスの持ち主がそんな事を言っていると、世の女に殺されちゃうぞ」
「でも……恋愛なんてしたこと無いしノノ柄じゃないし……」
「あははははは……!!」
照れ隠しなのか、照れた表情でそうのたまうランを見てクレアは笑う。
「な…何が可笑しいの?」
「はははは…だ…だって、あんなに仲良く寄り添って、温泉卵二人で食べてる画を見て恋愛して無いなんて言われてもね……!」
笑いながらそう指摘されると、ランは一気に顔が紅潮する。要するに彼女は、気づいて居なかっただけだったのである。
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「…………」
「あははは……そんなに照れなくても良いのにねぇ」
流石に茹蛸の様に紅潮して下を向いてしまったランの姿を見て少し反省したのか、謝り半分で気遣う言葉を言った。
「ふふふ…そうね、貴女はアイツと一緒に居たいでしょ……出来る事なら二人きりで居たいでしょ?」
ランを手を引いて目立たない場所に引っ張ると、声のボリュームを下げて耳元でこう囁く。
「アイツに抱かれたいって、思わない?」
「え?…ええ!?」
ランにとってクレアの一言は強烈だった。流石のランでも『抱かれる』と言う後ろの意味位は心得ている。
「だって、好きな男なんでしょ?……本当に彼が好きなら、自分からアタックしないといけない時があるから」
「…………」
それだけに彼女は言葉を詰まらせる。流石にからかい過ぎたとクレアは自省した。
「流石に悪ふざけが過ぎたわね……まぁ良いわ」
身体を翻し、悪戯に微笑んでランを見詰めると、こう付け加える。
「自信が無いのなら……そうね、行事を切っ掛けに……ああ……そうか、『星夜祭』に彼を誘いなさい!」
そして何かを閃いたか、ぱっと百万ドルの笑顔でこう言い放った。
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「『星夜祭』?」
「そう。『星夜祭』は家族で宴会をするでしょ?ダッドさんはアイツに『家の娘を嫁に貰ってくれ』的な事を言っている訳だ。だから、宴会が
終った後はアイツが帰るのを便乗して貴女も付いて行っても、何も問題もない」
実に楽しそうにクレアは言う。さらっと言う彼女の姿をまじまじと見詰めて話を聞くランの姿は印象深かった。それだけ彼女が恋愛経験が多く
そして詳しいことを物語り、表の世界もアンダーグラウンドも見知っている彼女の成せることかも知れない。
「で、夜アイツに抱きついて目を見詰め、『プレゼントは私だよ』なんて言えばイチコロ」
軽くさらりとクレアは言う。少々くさい台詞や仕草かも知れないが、ランがやればそのギャップで『平時の能臣、乱世の奸雄』と評された
牧場主/農学者である『元』プレイボーイでも落とせると踏んだ訳だ。現実的な話をすれば正直絶望的なレベルなのだが、相思相愛と言う面だけで
見た、クレアなりの解析だろう。
「あ…ありがとう……でも、何で私にそんな事を……」
「いや、ちょっといじめ過ぎたかなってね……それに本当に奥手なのは知っていたから……それに、早く結ばれて貰わないと、やりづらいんだよ」
ランに対する返答も、『大人の女性』よろしく本当に余裕に返す所を見ると直ぐにランがかなう相手ではないことをまじまじと知らしめる。
「………………」
「ふふ……たまには今度一緒に飲みましょう……貴女と飲むと、楽しそうだしね」
「ああ……まった!」
彼女はこれだけ言い置くと、背を向け軽く手を振ってこの場を去ろうとする。だが、少し離れた所でランは思わず勢いで声を掛けて引き止めた。
「……クレアさん、私と勝負しよう……恋愛では私じゃ勝てないけど……春の『料理祭』、どちらが良い評価を受けるのを!」
「!……良くてよ……ふふ、貴女の姿はそうじゃないとね……」
合図の代わりにウィンクし、改めて姿を翻してその場を去る。二日前の雪解けと同時に、ランがクレアをライバル視した一瞬だった。
しんしんと雪の振るミネラルタウンに、オーバーオールを着たモデル級の美女二人が逆の方向に歩く姿は、それはまさに映画のワンシーンの様だった。
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それから数日後。風邪が治ったクリフは、以前の様にまたダッドの店に逗留しながらアージュワイナリーの仕事に復帰している。クレア自身は自分の
家に住んで良いよと誘った訳だが、だがそこに至る経緯がクレアに対するレイプ未遂だった為か遠慮の気持ちだったのだろう。彼女は牧場の仕事から
夕方の風呂、宿屋に飲みに行くと言ういつも生活習慣に戻している。ただ変わった事は、積極的にランがクレアに話し掛ける様になった事だ。
当面の話題はもっぱら『星夜祭』の話題だった。流石に公共の場故にアダルトな話題は出来ないが、遠回りに恋愛と分かる話に花が咲いた。
「ふふ、急にあの二人仲良くなった気がするわね」
普段余り他人の事を口にしないマリーも、そんな空気の二人をこう評している。和やかな空気はこの町の持つ空気にも見える不思議なものだった。
このまま『牧場主』との思いを遂げられれば、自分の事もあるとは言え、ランは幸せだろうとクレアは思うのだ。
だが、悲劇は『星夜祭』の前日に突然起こった。
「はぁ!?父娘揃って風邪を引き、9度の熱出して起きれない……ああ、運のない娘……」
前日飲みに来たクレアは、開いていない宿屋の前でマリーやカレンからこの報告を受ける。昨晩は雪が降り何時も以上の冷え込みを見せていたのだが
まさかそれが原因で風邪を引くなど、予定表にはなかったのである。
「………」
彼女はそのまま反転し『牧場主』の牧場まで歩いて行き、灯りの付いていない家の戸に殴り書きで描かれた紙を貼り付けた。紙には
『彼女が寝込んだのに、手前は何やってんだ』
恫喝の響きすらある荒々しい書体で書かれていた。だが折りしも『牧場主』は現在鉱山に居り、この紙を見る時と早朝グレイから聞く報告は、ほぼ
同時刻だったのが余りにも皮肉だった。
結局クレアは何もせずに自宅に帰ることにする。流石に最後の最後で挫かれたと言う何とも後味の悪いものを感じるからだ。
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星夜祭当日。流石に彼女は宿屋に足を向ける事は出来ず、彼女は自宅のキッチンに立っている。ランの事は残念だと思うが、自分の事が未だ残っている。
ここで自分も共倒れしてしまっては、かなり情けない状況になるのだ。ここは黙ってクリフと過ごす為の準備をする事に徹した。『星夜祭』は町全体が
仕事の手を止めてゆっくりと家族加えて親しい客人とゆっくりと過ごす日なので、日の落ちない内にクリフは彼女の家を尋ねる。去年なら、ワイナリーの
夫婦が彼を持て成したが、クレアの『不覚』もあってか、早々に遣されたのだ。と言うのも、昨日ダッドが寝込んだ為に宿がなかった彼を夫妻は泊めたのだ。
勿論これには今日の日の野次馬根性が加わっていた事は、想像に難しくない。結局、何時の日かの様に彼をテーブルに座らせて、傍らで料理を続けた。
「………………」
一方のクリフはぼーっと彼女の料理している姿を見詰めている。と言うのも、変わらないオーバーオールではあるものの可愛らしいエプロンを身につけて
軽やかに動いている姿は、何処か心地良いものを感じるのだろう。
「ふふ……どうしたのかしら?」
視線に気が付いたクレアは、息をついて悪戯な微笑を浮べて彼に言う。
「い…いや、なんか…料理しているクレアさんが可愛いなぁって……」
良くも悪しくも『正直』な物言いに、クレアは久しぶりに顔が赤面した感覚を覚える。今まで生きてきて、こんなにストレートに言った男は彼が初めてなのと、
赤面する感覚を感じたのは実に久しぶりに感じた。
「ふ…ふふふふ……可愛いなんて素面で言われたの、貴方が始めてかもしれない」
照れ笑いと言うよりは、少し気恥ずかしさを伺える控えめな笑みを浮べる。
「でもクリフ……そう言う事は、ちょっと遠まわしに言うと格好いいわよ?」
「ちぇっ……クレアさんを喜ばせるには力量不足か」
まるで子供の様に残念がるクリフの姿を見て、『姉』の様な優しい笑顔を浮べた。
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「ふふふ……でもそんな事を言われて嬉しくない女は居ないわ……好きな男の子から言われるのは特にね」
諭す様な優しい物腰で言うクレアは少女のような笑顔で答えると、出来たての料理をテーブルに綺麗に配膳をして、彼の座っている横の席に腰を落とす。
それと同時に、なんとも落着かないのか見詰めているクリフの顔が見る見る紅潮してくるのだ。これには流石のクレアも驚く。
「どうしたのかしら?クリフ顔真っ赤!」
「い…いや……食事を……する前に……聞いて欲しい話があるんだ……」
何とも神妙な様子でクリフは言う。何の話をするのか予想もつかないが、取り合えずクレアは彼の言葉に耳を傾けた。
「……お…俺と……良かったら俺と……結婚して欲しい……」
「!?」
息の詰まる口の奥から聞こえてきた彼の言葉は、なんと自分に対するプロポーズだった。加えて彼はサイバラ作であろう比較的大きく綺麗なガーネットの付いた
ゴールドリングを彼女に差し出した。紅色の宝石は、多分自分のイメージに基づいたものだろう。
しかしながらクレアは予想していない事だっただけに少々彼女の中で意思が混乱している。確かにクリフの事は好きだ。しかしながら『結婚』ともなると容易に
決心は出来ず、決断に二の足を踏ます。本当に自分の過去を理解し、その上でプロポーズをしているのだろうかと。
「クリフ……それは本気で言っているのかな?」
「え……俺は本気だよ……」
意外なクレアの質問に、クリフは一瞬絶句する。少々不安気な気持ちの混ざった、真剣なクレアの表情に続く言葉が出ないのだ。
「だって結婚だよ!?相手の過去や人格を……私の全てを受け入れる覚悟……しなきゃだめなんだよ?」
「全て見知った……そう言えば嘘になるかも知れない。だけど、私の好きな人は……クレア……さんだけだ……」
一瞬息を呑み目を瞑り、意を決して彼は自分の気落ちを言葉で紡ぐ。格好の良い着飾った言葉は言えないが、自分の偽らざる気持ちを伝えたクリフは、クレアの
返答をまるで神に祈る如く、目を瞑って運命の刻を待った。
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恋愛は数をこなしてきた。しかしながら、生きてきた道は結婚を未成年の時期から諦めさせていた。理由はただ一つ、それは相手を不幸にさせるから……。
だが目の前で緊張している男はどうだ。真に私を嫁に欲しいのだろうか?こんな人には言えないような生き方をしていた女を欲しいのだろうか?
クリフは確かに凹み易く少々頼りない男かも知れない。だが、『牧場主』以上に気が許せるのと、本気で自分を愛しているのは彼なのも、事実だ。
本気でクレアは返答に困った。今此処で婚約するのは自分にとって、クリフにとって、最善の関係なのだろうかと。
10分程の此れほど長いと思った事はない。しかしこれだけ真剣に悩んだ事などこれまでの人生の中でどれだけあっただろうか。多分無意識だろうか、
彼女の口元が少し緩む。ここまで自分の人生に関わった男は『牧場主』を除けば彼だけで、しかももつれにもつれた紆余曲折を楽しませてくれたのも、
また彼だったのかもしれない。ならば、その関係を深めるのも悪くないか。一通り想いが脳を駆け抜けた刹那クレアは目を瞑り、ゆっくりと見開く。
「クリフ」
クレアがクリフの名前を言い彼が反応するのと同時に、クレアはそっと唇を重ねた。言葉を発さずに答える所は、何ともクレアらしいものだった。
「これが私の答え……なのだけどね」
だが彼女はクリフの方を見ながら、真剣な表情でこう言い置く。
「春の『料理祭』まで待って欲しい……私には独身の内にやる事が残ってて……どうしてもそこで決着を付けないといけない相手が居るから……」
クレアは遠くを見るような感じで感慨深げにこういった。それはまさに、ランと交わした約束そのものだった。『決着は独身の内に』……考えたものである。
それが今回一連の、全ての決着を付ける最後の舞台と位置付けたからだ。結婚前の締めとしては、最高の舞台ではないだろうか。
そして彼女は、クリフから受け取ったガーネットリングを指にはめて、美しい微笑と共にその画をクリフに見せる。
「心の篭もったガーネットの指輪……一生の宝物にするよ」
そしてもう一度、優しく触れるような口付けをクリフに送り、彼を静かに抱き寄せた。
「ふふふ……私を、これから可愛がってね……クリフ」
そして暫く抱き締めあったまま離れなかった。それはお互いの思いを、関係を、誓いを確かめ合うように……。
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おまけ。
本来は家族でささやかなパーティーをしてゆっくり過ごす『星夜祭』なのだが、若人達の間では日本における『聖夜』よろしくパーティーの後は
いつしか恋人同士で過ごす時間となる。普段見られないような光景も見受けられるのが面白いものだが、見つけても冷やかさないと言うのが町の
暗黙のルールだった。まだ人の行き交う時間の午後8時には、若人のカップルがなるべく人を避けながら移動する。普段既に尻に敷かれているグレイが
少ない恋愛経験でマリーをリードする姿や、絶対に普段見れないであろう肩を組んで歩くエリィにドクター、広場のベンチで普段とは違った雰囲気で
語り合っているリックとカレンといった普段垣間見せない別の顔を見ることができるのは非常に面白い。だが病床のランは窓越しのその光景を黙って
見詰めていた。本来なら自分の腕を振るって作る最高の料理で『牧場主』を招いて楽しく過ごし、その後で自分の本当の気持ちを伝える予定であった。
しかしこの有様この状況は、悔やんでも悔やみきれない。本当は牧場主には自分の傍に居て欲しかった。よければ、そのまま襲ってくれてでも居て
欲しかった。しかしそれは現実的ではない妄想である。結局は風邪が流行っても嫌なので見舞いに来てくれたものの、直ぐに帰るように涙を飲んで促した。
その後彼がどうしたのかは知らないが、彼女は病床で『牧場主』につまらない思いをさせた事を、ずっと悔やんでいた。
その牧場主が同時刻何をやっていたか等は此処では書かないが、少なくとも、ランが悔やむほど退屈ではなかったらしい。勿論別の意味でだが。
所変わってクレアの牧場の母屋では、食事を済ました二人はソファーでは肩を寄せ合いながらゆっくりと語り合っている。相変わらずクレアに全てを
リードされてはいるのだが、彼にはこれが心地良く感じてしまうのである。プロポーズを了承してからのクレアは大人の恋もそこそこに、少女の様に
結婚まで恋を謳歌しているように見える。子供っぽい姿を意外と思う反面、クリフには余計に可愛らしく見えてしまうのだろう。
因みに、この日クリフは嬉しさの余り彼女を四回も抱き、翌日の仕事に支障が出たのは、言うまでもない。
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そして春の月。結局去年の内にランは牧場主と結ばれていたのだが、余程『星夜祭』の事件が悔しかったのだろう、彼女はどう言う訳か『女神祭』から
クレアに勝負を挑んできた。本来女神様に女の子が代々親から娘へ継承する衣装を纏ってダンスをして女神様に捧ぐと言う、言わば儀礼の色が強い
この祭りで『どちらが色っぽく見えるか』という公私混同極まりない物を挑んだのだ。勿論断れば良いのだが、負けず嫌いのクレアは挑んでしまった。
「ね…ねぇクレアにラン、どうしてあんなに肌が露出してるのかな……?」
マリーやカレンが半ば怪訝な表情で二人を見詰めた。モデル並みのスタイルを持つ二人である。確かに画になりサマになるが、衣装の工夫が仇となり
宛ら半裸で踊っているようにも見えた。流石にはマダムの面々は、祭終了後中央に二人を正座させて晩までふざけすぎと説教するのは、当然の流れだろう。
「…ふ…ふふ……勝負は『料理祭』までね……」
「……懲りないわね…ランは……」
男達は喜んでいたがマナ、サーシャ、アンナにステレオで散々説教されたものの、懲りていないのか勝負心だけは衰えていないだけ彼女らしかった。
ある意味男らしいと、クレアは実感する。こんな負けず嫌いにライバル視されるのは正直疲れるが、クレアにとってそれが充実した生活の一部と考えると
何故か心地の良いと感じるのが不思議だった。
「負けないよ、クレア」
「ふふ小娘……そう言う言葉は、アイツを完全にモノにしてから言いなさい」
指にはめているガーネットの指輪を見せて、『大人の女性』の氷の微笑で言い返す。結局、この二人は結婚しても変わらないだろう。いや、逆に
変わってしまったら、それこそつまらないかも知れない。
「あんた達、懲りてないわね……もうちょっと、油を絞ったほうが良いかしら……?」
喉の奥から聞こえるマナの声を聞くと、二人は全速力でとんずらする。マダム達にとってこの二人は小娘以外の何者でもない。溜息混じりに逃げる
後姿を見て、心配半分と、子供をいとおしく見る大人の後見はそこにはあった。間もなく結婚の足音が聞こえてきそうなある春の日、のどかな町の
雰囲気は未来を担う若者達を優しく見守っていた。 《Fin》