モーニングコーヒー
・・・窓から日差しが入り込んで、俺を起こそうとしているようだ。
深い眠りの後の朝は一瞬だったように思う。が、眠気はない。充分な睡眠は取れていたのだろうと思う。そこで改めて、目を開いてみた。
「・・・、可愛いな、本当に」
視界一杯に、カレンの姿が広がっていた。左手をカレンに回して抱いていたのは記憶にあるが、今思うと笑みが止まらない。不潔な笑いなのだろうな、と、その笑いを想像した。
カレンとの間に右手を出していて、それをカレンが握っていたようだ。一定のリズムで彼女の寝息がかかってきて、くすぐったい。綺麗に整えられた顔の中で、かすかに紅葉したような頬が浮き出ている。
サラサラの髪は見ためより遥かに軽く、重さなど感じない。その笑みが、愛しかった。
右手を少し動かすたびに、ぴくっとカレンも反応していた。悪戯心が騒いで、少し大きく動かしてみた。するとカレンは右手を握って
「カイト・・・・」
と寝言を言ってくれた。愛しい。痛みとも取れる刺激が、胸を通り抜ける。それと重なるように、カレンの目がゆっくり開いて、瞬きを数回した。目覚めである。
「・・・おはよ。・・・よく、眠れた?」
ピーと・・・うん。もうぐっすり・・・・。あっ」
カレンは俺の右手を握っていた事に気づくと、慌てて手を離した。今更恥じる必要も無いんだけどな、とは感じるが、女性特有の考えなのだろう。俺がゆっくり起き上がると、カレンも一緒に起き上がってきて。以心伝心が見えた。
「・・・・」
何か喋ろうにも、言葉が見つからない。いや、必要無いのかもしれない。既にカレンとの距離は感じない。ただ愛というもので繋がれて、それだけだから。ただ見詰め合って笑みを返しあって。右手で頭を抱えて、額にキスを送った。
「冷えてるから、暖炉をつけてくるわ。まあ軽い朝食でも食べていって、さ」
「うん・・・。ピーとに任せる」
あれっ?と一瞬反応に驚いたが、それが嬉しかった。人一倍世話焼きな彼女が甘えてくるのが妙に嬉しいのだ。ギャップの違いのせいかもしれない。
いつも背負っているリュックから材木を取り出すと、暖炉に火を入れた。冬の間には材木をいつも入れておくことにしているのが吉に出た。二人だけの空間から出てしまう事に抵抗があったし、何よりその時間が勿体無かったから。
誰かに会おうものならその時点でこの空間が壊れてしまう、と言う恐怖もあった。
「キャッ!」という声を聞いたが、昨日のそれに比べれば可愛く聞こえた。上は着ていたが、下半身に何も着ていないことを忘れていたらしいのだ。慌ててパンツとズボンを履いていた。差恥感のせいか、俺から隠すようにベッドの
シーツの中で履いていたのだが、薄く見えるその姿が、エロティックだった。
「ハハハ、昨日そのまま寝ちゃったからな。履かなかったっけ。コーヒーで良い?」
「ええ。・・・もう、私だけ脱がしておいて・・・。うわ、まだ濡れてるかも・・・」
日常的な会話の中に、酷く場違いな内容が普通に入っているのに苦笑してしまう。隠す事の無い会話って、こんなものだろうか?と思うが、考えはやめておいた。
冷蔵庫の中から、油、食パン、卵、ジャガイモ等を出して、夏に「カイ」からもらったコーヒーパックもついでに出した。フレンチトーストで良いだろう。
パンに卵をつけて、充分に温まったフライパンに置いた。心地いい焼ける音が流れて、その音と共に、今度はジャガイモを切り出す。細く棒状のものができたら、しばらく時間ができるから、今度はコーヒーを入れる。
と、そこで前を見ると、カレンがテーブルに座って俺を眺めていた。
「今フレンチトースト作っているんだけど、良かったかな?」
「おいしそう♪・・・本当だ、いい匂いがしてきたわ」
「コーヒーはストレートかな?砂糖は入れないだろうからね、カレンは」
「だからピートに任せているのよ。言わなくてもわかってくれてるから・・・♪」
・・・そうかもな、と、出来上がったトーストをお皿に乗せた。
小鳥のさえずりがかすかに聞こえた。家を増築してから住み着いているらしい。ふと思い、流し台の前にある窓を開けて、残ったパンの耳を外に撒いた。案の定、さえずりの主達がご飯を求めて降りてきた。
「・・・動物達に?」
「そう。勿体無いし、食べ物は大事にしなくちゃな」
・・・良いな、この雰囲気。と、カイトは思った。・・・ずっと探し求めていたものをつかめた気がした。何もなくて良い。ただ愛さえあれば・・・。
フライパンの上に、今度はジャガイモが乗っている。衣がかぶさったようになり、割ると「カリッ」と心地よい音がするのだ。フライドポテトなのだが、これの食感に対しては大きく分けて二通りの意見がある。「ふっくら」に「カリッ」だ。
今回は二人とも「カリッ」が好きな為、とことん焼き上げる。
できたらキッチンペーパーで油をとるのは、女性に対しての配慮だ。一番この焼きあがった瞬間がたまらないのだが、仕方が無いだろう。まだ泡をふかしているかけらの一部を、口の中に入れた。つまみぐいだ。
このような俺らの様子を、他人から見たらどう思うのだろう?だが、それも関係なかった。今まで格好付けていたとするなら、それはカレンに認められる為であろう。お洒落とは、それだけの為にあるのだろう。
それ以上の意味を与えたところで何になる・・・、と。焼きあがったフライドポテトをもっていった。
「なんか、理想の朝食って感じよね。この雰囲気」
洋風の雰囲気溢れる朝食だったからだろう。フレンチトーストを頬張る彼女は、少し少女に戻ったように見えて、それがまた可愛い。
美しい・・・とも思うが、今の彼女は女性と言うより少女にも似ている。・・・子猫、とも言えるだろうか。
「カレンがいたら何でも良いさ」
そういうと、またカレンの顔が赤くなった。これで何度目だろう。
「はぁ〜・・・ピートって、恥ずかしいとか、ないの?」
「今まで溜め込んでいたものが、一気に出ちゃってさ」
「・・・でも、その正直なところも・・・・好きよ」
「ハハハ、ありがと♪・・・・・・・」
・・・本当なんだ。と、今の状態を改めて再認識した。どうも認めようとしない、というよりは、信じようとしない癖が取れていない。カレンの言葉からは疑いの一つもなさそうだし、
一般の男性が好んだ女性にこんなことを言われ、誰が疑おうか?"・・・しかもあれだけの関係を持ったにも関わらず・・・"。
正直な性格。とでも、カレンは捉えてくれているのだろう。が、実際は相手の気持ちの再確認も込めている。人の気持ちは常に変わり行く。それを認識したからこそ、
自分の中での永遠の気持ちは分かる。が、大体がその時の気持ちで行動するから。それを繰り返してきた。いや、気持ちを大きくしすぎる自分が悪いのだろう。人間関係とはそういうものかもしれない。
ただ、カレンには言える。確信できる。俺が愛して、カレンが愛してくれる。
優しいからとか、顔とか・・・正直なところなども関係は無い。それは・・・そう、運命と言う言葉そのものが当てはまる。「どこが」ではないのだ。ただ、愛で繋がる。
理由があって愛は生まれないのだから。愛は愛。当たり前の事に過ぎない。
「・・・心配しないで」
「う、うん・・・?」
カレンがそう言ってきた。コーヒーの器を持つ両手が大人っぽくて魅了的であった。髪を流すように頭を振って・・・俺の瞳を見た。
「言ってくれたよね。私が寂しそうな顔をしていたって」
「・・・ん・・・ああ」
「私も・・・不安だったの。ピートが、私の事を思ってくれているのかな、って。ここまで好きになっちゃったのに・・・、
もし、ピートが離れちゃったらどうしようって。だから・・・不安だったのよ?ピートと居て、いいのかな・・・って」
「・・・ああ・・・」
「だから・・・、ピートが、それに気づいてくれて・・・。嬉しかったのよ。凄く・・・。ピートが、分かってくれているんだって。だから、昨日も・・・その・・・」
少し涙ぐんだようなその言葉が、俺に癒しの傷を与えていった。
「・・・・似たもの同士って事か。結局・・・・ハハハ」
「そう・・・・そういうこと・・・なのよ」
一滴の涙が下に向かって流れていった。目から出て、頬を通り。首筋に向かおうと言うところで、俺はすくってあげた。
「・・・・ぜったい、幸せにしてよ・・・ね」
「するさ・・・。カレンの幸せが、俺の幸せになるんだから・・・・」
例えて言うなら、言葉だけでの性行為。お互いの言葉がお互いの心の奥深くまで浸透していく、させていくのだ。体同士を繋げても、
入る事のできない域へと入っていく、その限りない幸せ。といっても、体は反応する事さえない。その必要は無いからだ。既に愛の交換はいらない。愛を与え続ければ、戻ってくると言う安心感の中に、体での欲望は無くなっている。
・・・とは言うが、緒戦は人間だ。心は動かなくとも、既にその快感を覚えた体が、勝手に反応してしまう。それも良い。欲望を持たなければ、人ではないのだから。
カレンがどう想っているかわからないが、似たような答えなのだろう。
なぜかはわからないが確信が持てる。同じようにして、愛を分かち合ったのだから。これで二度目。既に二人には、言葉での確認なんて、必要なかったのだ。
「うわ・・・・。結構凄かったんだな、血・・・」
ベッドを一通り整えようと思ったら、昨日の汚れがいたるところに見えた。いずれもどちらのものともいえないのだけれど、
ただ紅く・・・今は黒ずんで残ったものは、カレンのものであるとわかった。結構な量ではないのか?
「普通こんなものなのかな?・・・大丈夫か?カレン」
「うん、それほどではないわ。・・・ただ、落ちるのかしら?そういう汚れ」
洗わなきゃな。と思いつつ、そこに座ってしまった。ベッドの羽毛が、ゆっくり俺を支えてくれる。絶妙な包み具合が、快適な睡眠へと運んでくれるものだ。
思わず寝てしまいそうになったところで、カレンも座ってくる。
「眠くなりそうだよ・・・・カレン・・・・」
「そうね。寝たといっても・・・何時間なのかしら・・・」
「さあ・・・」
「私も眠くなりそう・・・。もう一日休んでいこうかしら」
「ぉい。さすがに心配するだろ、それじゃあ」
「けど・・・・もう少しこうしていたいの・・・ピート・・・」
声が変わったように思えてカレンを見ると、いきなり抱きついてきた。しかも勢いあまって、寝てしまうような体制になって
「カレン・・・・もう、甘えん坊・・・」
そういって、頬にキスを送る自分もどうかと思うが。頬以外に、額、首筋。様々なところにキスを送ってから。唇でディープキスを。お互いの頬が赤く染まるのを確認した頃に、お互いに睡魔が襲ってきた。まぶたが重く感じる。
・・・本当に数十分寝ていたらしい。慌てて起きて、自分を立て直す。
「ん・・・・。そろそろ・・・」
「・・・そうね。私もとりあえず、家へ帰るわ・・・」
無理やり二人の空間から出て、玄関前まで歩いた。惜しむ気持ちが俺たちの足取りを重くさせたが・・・それさえも、少しだけの時間稼ぎに過ぎないようだ。
外を空けると、一面の銀世界。日光が照り付けるそれは、本物の白。青い空に溶け込むような・・・そんな。カレンを浮かび上がらせるには、充分な背景であった。
「じゃあ・・・ね・・・」
「ん・・・・」
また軽いキスを。唇をつけるだけの、儀式的なものだった。
「・・・じゃあ・・・・」
惜しむような顔を隠して、お互い笑顔になった。だが、どちらもそれが本心の笑みでないことなどわかっている。ただ、人としての無意識の行為だろうか。数時間したらどうせ会いにいくのだろうが、その時間がとてつもなく長く思えた。
「ん・・・・?」
食器を片付けようとしていると、カレンのコーヒーカップに多少の砂糖が入っているのが見えた。純粋なストレートは、きつかったのだろうか。
「ぉぃぉぃ・・・。入れるなら入れるって言っても・・・・」
と思ったが、やめた。彼女なりのプライドなんだろうな、と。
一方自分のコーヒーカップには、まだ少しだけコーヒーが残っている。浮き上がる湯気も少なくなったが、まだ暖かい。急に喉の渇きが襲ってきて、思わず口にしてしまった。ほんのり苦い味の奥には、砂糖の甘い優しさが感じられる。
・・・カレンみたいだな、と思い、一人で苦笑した。青い羽を持っていかなきゃ。その後には式を挙げて。またコーヒーを飲もう。様々な未来予想図が溢れてくる。
それは、少しだけ遅い、モーニングコーヒーとなった。
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