水曜日は恋人達の日



クレアは秋の空の下でいつものように農作業をしていた。
秋の空気は肌寒く、どこまでも透明で、薄い空はミネラルタウンの街をつつんでいた。
そんな中でクレアの牧場はいつもにぎやかであった。

動物達の世話を終えた後、秋の作物たちの水をやってからクレアは上機嫌で花畑へ向かった。
クレアの機嫌はいつもと違っていて仕事もいつもより捗っていた。
それはクレアにとって恋するものへのつながりがあるからだった。

(咲いてる)

花畑へ向かったクレアは自分が大切に育てた花を見て思わず微笑んだ。
手にもったクレア専用のじょうろを地面に置いた後、クレアは綺麗に咲いた花をまじまじと見つめた。

「赤い花だ。」

見つめるその先にはマジックレッド草。
紫の花の中にぽつぽつと赤い花がさいている。クレアはその希少な赤い花を二、三束摘み取り、
手に取った花を見て嬉しそうに笑った。

「これ、クリフにあげよう。」

花を愛らしく見つめるその目には花ではなくほかのものが映っていた。
それは間違いなくクレアにとって好きな人というものだった。
そのものを思うとクレアの頬はほんのり赤く染まった。

「行こう」

クレアは体を弾ませながら牧場を後にした。

秋の朝は冷たい風が肌を刺激させ、クレアの髪がふわっと舞った。
クレアは摘み取った花を手に、宿屋へ向かった。
朝の静かな雰囲気がクレアのわずかな緊張を盛り上げてくれるようでクレアは行く前からどぎまぎした。
軽やかに広場を通り過ぎるともうすぐに宿屋の屋根が出っ張っていた。
深呼吸をして落ち着かせた後、両手に花を持っていざ向かった。街道をかけていくと宿屋の門が見え、
クレアは思わず笑みがこぼれ、声を出そうとした。だがム。

「じゃあ、行ってくるね。」

「頑張って、いってらっしゃい。」

クレアの笑顔はすぐに消え、すばやく摘んだ花を隠した。
親しみのある声、それは、クリフとすぐそばにいる、ランのものだった。
クレアは隠れようとしたがすぐに気が付かれた。

「クレアさん?」

こわばったクレアの顔は気弱く笑ったが、「笑み」というものではなかった。
そして声をかけたのはクリフで、クリフは気軽に話し掛けた。

「どうしたの?こんな朝から。」

クレアは肩をすくめて、とまどいながら口ごもった。

「…………さ、…散歩に、行ってたの。…偶然だね。」

「そっか、クレアさんも、仕事頑張ってね。」

そう言って笑顔を見せた後、
「果樹園に行ってくる」とのことでその場を去っていった。
残されたクレアとランはしばらく黙り込み、クレアはクリフの背中を見つめていたが
ランはクレアを気まずそうに見つめていた。


しばらくしてランはそっとクレアに話し掛けた。
「クレアさん」

はっとしたクレアはすぐにランを見て明るい表情で言った。
「なに?」

クレアが返すとランは頬を染めて、もじもじしながら答えた。
「あのね、さっきの…見てた。」

クレアの明るい表情はすぐに消え、かすかに笑みが残った顔で
重たく言った。

「………うん。」

するとランは顔を赤くしたままで、かちこちに固まっており、クレアはその様をみてすぐにわかった。
そしてクレアは重たい笑顔で優しく言った。

「ランは…クリフが好きなんだね。」

ランは面食らった顔でクレアを見つめ、顔をうつむいた。
顔が赤いのは変わっていなかった。

「わからない…。でも一緒にいたいって気持ちはあるような気がするの。」
クレアはそんなランの言葉を静かに聞き取り、温かい声で答えた。

「そっか。」
ランは顔をあげてまっすぐ見つめた、恋愛下手なランはクレアのその優しさに惹かれた。
まっすぐ見つめるランは力をこめてついにいった。


「あのね…。クレアさん…
私、なにかあったら…聞いてもらってもいいかな。」

ランの言葉を聞いてきょとんとした顔をしているクレアを見たのか
ランはあわてて言い換えた。

「あ、いいの。クレアさんがいやだったら別にいいから、本当に。」

必死になって言い返すランを見て、クレアは思わず微笑んだ。

「いいよ、私でよかったら…。このことはみんなに秘密にしておくから。」

ランはすこし瞳が潤んでおり、心から「ありがとう」と言っていた。それはクレアにもひしひしと伝わった。
その誰かを想う少女の姿にクレアは心を痛めたがそれ以上にクレアが正直に「私もクリフが好き」と言えなかったことが一番つらかった。

そして最後にクレアは軽く、笑顔で答えた。

「頑張ってね。応援してるから──。」

摘みとった花は隠したまま、握られていた。



(なにをやっているんだろう…わたしは。)

牧場に戻った後クレアは寝室に閉じこもり自分のしたことを悔やんでいた。
いまさら悔やんでも仕方ないのだが悔やむことしかできず、思いっきり沈みこんだ。
想い人に渡せなかった花は仕方なく花瓶に飾られていたが少し、しおれていた。
こんなことなら自分も彼が好き、と宣言したほうがもっと楽だろうし、無理していったあのセリフはランにとってかけがいのないものだったろうに。
だが今こうやって悔やんでも仕方がないと思ったクレアは一度起き上がった。

「なにをしようかな。」

ぼんやり考えてから辺りを見回した。
農作業も、動物の世話ももう終わってしまったし、これといってすることがないクレアは
無くなった資材集めや、新しいレシピなども考えようとしたがどうも気が乗らなかった。
やることはたくさんあるが、後回しにしてしまうのがクレアの癖だった。
そしてクレアは悩んだ末、とりあえず外へ出てみようとクレアは足を進めた。



外に出てみると、もう午後だった。
適当に辺りを見回すとクレアが飼っている愛犬がひなだぼっこをしていた。
そののんきな姿を見てクレアはうらやましそうにつぶやいた。

「お前はいいね…。ちゃんと両想いの相手がいて。」

話し掛けたが反応は無く、相手にされなかったようだった。
クレアはむっとしたがあえて言わなかったが言いたくもなかった。
そしてなんとなく牧場を出て、マザーズヒルの方へゆっくりと出向いた。

*   *   *   *

暖かい陽気がクレアの肌を包み込んだ。
赤く色づいた山々は多くの実りを生み出し、冬へと近づく。そんな美しい風景をクレアは静かに見つめていた。
マザーズヒルを登っていくとどんどん夕暮れが近づいてくるのがわかった。そして山頂にたどり着くのは夕日が出ているころで
何もかもが赤く染まっていた。クレアも汗をかいてここまで登るのも気持ちがよく、あまりのすがすがしさに叫んでやろうかと思った。
夕日が沈んでいく中で冷たい、秋の風がクレアの体を通し、髪の毛を揺らした。山頂にぽつんと立っている少女は夕日を眺めいろんなことに思いをはせていた
そしてだんだんと夜になっていく光景に、クレアはそろそろ帰ろうかと思い始めたころ、後ろから人の気配がするのがわかった。


人の気配がするとクレアはすぐに肩に力が入った。
だが降り向くことはなく、気が付かないふりをした。
それはどこかひそかに求めていたものがあるからだろうか。

「クレアさん?」

声がして、はじめてクレアは、振り向いた。

「やっぱりクレアさんだ」

クレアは目を丸くして、その者を見つめていたがやがてとびきりの笑顔を見せた。
クレアが目にしたものは、まさに彼女が求めたもの─クリフだった。



「どうしたの?」

クレアは少し声を弾ませながら言った。
クリフはいつも見せる笑顔で答えた。

「今日、お月見って知ってる?」

クレアは目をぱちくりさせた。

「そうなの?知らなかったわ。」

「まあまだ全然暗くなってないから、無理ないかな。」

苦笑いしながら頭を抱えるクリフにクレアはまた嬉しそうに微笑んだ。
クレアにとっては彼が来てくれただけで一番の慰めになった。

そして少しの間、彼との会話を楽しみ、クレアがミネラルタウンの風景を見ているころ、
クリフは何かを思い出したようで、「あ、」とつぶやいた。

「そうだ。なんだったらクレアさんもお月見一緒に見ない?」

クレアは驚いてクリフを見て、嬉しそうに目を輝かせた。

「…いいの?」

「うん。」

軽く頷くクリフだがクレアは心のそこから嬉しかった。それを答えるように微笑むんだあとで
クリフがもう一つ付け加えた。



「もう一人、ここに来る人がいるんだ。…ランちゃんなんだけど。」

クレアは一瞬凍りついたように目を見開いたが
あとでまた気弱な笑顔を見せた。

(来るんじゃなかったかもしれない…)

密かにそう思ったがすぐに打ち消した。そしてぱっと顔をあげたあと
クレアは明るい表情で言った。

「わたし、やっぱり帰るね。」

そう言い終えるとクレアはすばやく立ち去ろうとした。
だがクリフが驚いて引き止めるのを見て、クレアは立ち止まった。

「クレアさん!」

クレアは顔をクリフの方へ向けて、言った。

「いいよ、こういうのは二人で楽しむものだし。わたしもすぐに帰ろうと思ってたから」

「でも──」

クレアはついに振り返り、微笑んでささやいた。
山頂の出口から出る風でクレアの髪は後ろからふわりと浮いた。

「がんばってね。クリフ。」

その姿を見た瞬間、クリフはかたまって、なにも言わなかった。
それを見て、安心したように笑顔を見せた後、クレアはとうとう背を向け山頂を降りていった。

(わたしのばか者)

クレアの心の中ではそう叫び続けていた。
むなしくて、かなしくて、自分に腹が立ったが、そう思うにつれ無残になっていくのが見えて
ついには涙も少し出るが、すぐに拭いて気を取り持った。
だがひっそりとした山道は、それは寂しく感じた。

*   *   *   *   *   *

山を降りるころには辺りはすっかり暗くなっていて、
虫が暗い夜道を盛りあげるかのように奏でていた。クレアはやっとのことで山を降り、その表情はまた沈んでいた。
そんな時、どこからか人が駆けていく音が聞こえ、思わずクレアは足をとめた。
その足音が近くなるとひょっこり姿をあらわした。冴えない表情のクレアだったが一気に変わった。

「ラン──」

呼ばれて気が付くとランは顔をあげた。
案の定驚いていて、ランの息は少し上がっていた。

「クレアさん」


クレアはどうしてここにいるのか聞こうとしたがその理由はまるわかりだった。
そしてクレアは静かに告げた。

「クリフならあなたを待ってるわよ。どうしてこんなに遅れてしまったの?」

ランは顔を赤らめた。

「どうして─」

「暇つぶしに山頂に登っていたら、偶然クリフに会ったの。待ってたみたいだったよ。今日はお月見だからって」

ランは赤くしながら答えた。
「お団子…作ってて、遅れちゃって」

やけに不安そうだったのでクレアは朝の時と同じ口調で言った。

「大丈夫、まだ間に合うわ。ほら、早く行ってあげて」

ランは安心したようにうなずいた。

「─うん。」
ランは笑顔を見せ、言った。

「ありがとう、クレアさん」

するとクレアはあのときのように微笑み、ランを見送った。ランが見えなくなるとやがてクレアは、唇をかみ締めた。
涙は出なかったがクレアの瞳は今にも零れ落ちそうだった。

「本当に大馬鹿者ね…」

小さくつぶやいたあと、クレアはあふれそうな瞳を拭いた。
そして秋の夜空にクレアは一人、牧場へと帰っていった。





それからその二人が結ばれたのは言うまでも無かった。
静かにその様子を見つけていたクレアはどうすることも出来なかったがやりきれない気持ちでいっぱいだった。
これでよかったと思うものの、心のどこかで疑問を感じつつも押しとどめる自分がいた。
なにが正しくて、何がおかしいのか─。
すっかりその問いに入り込んでしまったクレアは、どこか元気が無かった。

(わたしもいい加減断ち切らなければ…)

断ち切ろうとしても、断ち切れないはがゆい気持ちは抑えられず、そのせいで元気がないのもあった。
なにか、どこか未練があるのはわかってはいたがそういうものは忘れるだろうとクレアは思っていたが
そうも簡単にいくわけでもなく、クレアはその日の夜は酒に酔いしれた。



ワインを注ぎ、グラスにそれが注がれるとクレアはため息をついた。
ワインの瓶は半分ほど減っていた。

「………………」

クレアはあれからあまり外へ出てはいない。
もともと牧場の仕事が山ほどあるので行きたくないと思えば牧場にこもり仕事に励むことが出来る。
好きでやってるわけではないがどこか後ろめたい。

一口ワインを飲むとまたため息をついた。

(なにやっているんだろ、わたしは)

ふとそれを浮かべると固まっていたクレアの顔がほぐれたように柔らかくなった。

「あああぁ〜〜…馬鹿だ…わたし…」
そして机にうつぶせると、苦悩の声がクレアの口から漏れた。
するとまたグラスを手に取り一気にワイン飲み干した。クレアの顔は赤くなり、また沈み込んだ。

(わたしは逃げてしまったのよ、あの二人に。どうしようも出来ない関係から逃げたんだ。)

クレアはあの二人を頭に浮かべた。
二人とも好きだった。偽者の励ましをかけて、仮の笑顔を見せたくは無かった。
はっきり自分の思いを伝え、共に戦いたかった。

(…だけど、言えなかった。自分の思いよりも傷つくことを恐れて。)

自分を傷つけるのが癖になったクレアだがもう自分を嫌いになるのも嫌になった。
そしてまたワインを手に取り、飲み続けた。

ふと、外から静かな、なにかが聞こえる。
それに気がついたクレアはよろけながらも窓を見た。すっかり酔ってしまったせいか目がうつろだ。
窓には、もうすでに雨が降っており音の原因は雨にあった。
クレアはぼうっとそれを見るとこんなことを言い出した。

「雨…雨。まるで泣いているみたいだなあ」

うっすら笑みを浮かべるその顔はいつもの様子と明らかに違った。
酒の力である。

クレアはしばらく雨を見つめるとかすかに残る意識で小さく言った。

「泣くのなら…雨が一番いいのかもしれない…」

クレアはガラス窓を押し当て、夜空を見つめた。
(雨の中に入れば…泣き声を聞かれることも、わたしが歩いていることもわからない…
わたしの家で泣くのは、悲しすぎるもの。わたしも…雨にうたれたい。)

雨を愛らしく見つめると、クレアはそのままドアを開け、振り落ちる冷たい雫を浴びた。
暗く、曇った夜空を見つめると肌に感じる雨の感じを受け入れた。
そして静かに足を踏み入れるとクレアは雨の中に消え去っていった。

雨は延々と降り続く。こんな夜でもドクターは帰り道を歩いていた。
今日は水曜日。病院は休みで看護婦であるエリィも自宅に帰り、そしてまたドクターも個人で勉強にいそしんでいる。
彼はミネラルタウンでのたった一人の医者だ。責任については本人が一番感じており、人一倍勉強していた。
今日もいつもどおり図書館から帰ってる途中なのだが辺りはすっかり真っ暗だ。
というのも今日は看護婦のエリィの祖父であるエレンが足が強く痛むとのことで図書館に行く時間がずれたのだった。
図書館を経営しているマリーも今日はエレンに免じていつもより遅くまで開けていると言ってくれたためだった。
責任が強い職業だが逆に人々から強い信頼を得ている彼はそれなりに皆、仲が良かった。

そんなわけで傘を片手に持ち今日も疲れた体をぶら下げてドクターはぼんやりと考えた。

(エレンさん、ずっとあのままじゃ辛いだろう、今度外に出してやるべきかもしれないな。)

今日、診療したエレンをふと思い出した。いつも、家の中で座り一日そのままで過ごしていると
確かに足も悪くなるはずだった。
ドクターはそのほかの病院へ来る患者のことを思い返し、気がつくともう病院に着いていた。
ドクターは傘を閉じ、雨にぬれないうちに入ろうとしたがどこからか、人の気配を感じた。

「…?」

辺りを見回したがどこにもいない。訳がわからず、ドクターはまた入ろうとしたが
後ろからなにか覆い被さったように重くあたった。びっくりして肩に力が入ると背中から感じる雨にぬれた何かを
ドクターはそっと見た。その、"何か"はやけにドクターより背が低く、金縛りにあうほど重いものではなかった。
そしてかすかに感じる鼓動がドクターにも伝わった。ドクターはまた改めて驚き、そのものを見つめていた。
それは、雨にずぶ濡れたクレアの姿であった。


ドクターが見ていたクレアというのは"牧場を営んでいる女性"であったが
もう一つだけ特別な感情があった。
それがわかったのはつい最近で、正確には"憧れ"の部分の方が大きかった。
クレアともミネラルタウンの人々と同じく親しくしていたがそれ以上も関係も無く、彼自身も諦めていた部分はあった、が…
こうも意外な姿を見ると、印象も変わる。
というのも目の前にその女性が雨に濡れて立っているではないか。金髪の髪は雨で滴り、冷えた肌はとても真白かった。
そういうクレアはうつろな表情で雨にも気にはしていないようだった。目の前にいる者がドクターだということも気がついていない。

ドクターは少したじろいだ様子で話し掛けた。

「あの…」

クレアは反応していないようだ。
「病院に…入るかい?」

夜は肌寒いこの季節に風邪を気にかけたドクターは招きいれたが
クレアはぼうっとした顔で小さく言った。


「家に、帰りたいです。」

ドクターはきょとんとした顔で返した。

「家に?」

クレアは小さく頷き、ドクターを見た。
ドクターは暗くて今まで見えなかったがクレアの目が赤くなってることに気がついた。

そしてクレアはふとこんなことを言った。

「独りはいやだから、あなたも一緒に行こう」

少し間があいた。雨の音がより一層引き立てたがドクターにとっては答えにくい。
すると、クレアはまた言った。

「あなたも一人なんでしょう?」
その言葉はドクターの心によく響いた、それは当てはまっているからなのか、それとも…。


「僕は…」

重々しく、ドクターは答えた。
否定は出来なかった、居場所はあるが居場所を感じることが出来なかった。
そして、クレアの見たことも無いあの表情は彼ととても似てるような気がした。寂しく、悲しい顔。
どこか哀愁のある瞳。

するとクレアの瞳がやがて閉じ、体が前に倒れたいった。
ドクターは驚いてとっさに受け止めた、どうやら気を失っているようだった。
熱は無いようだが、この状態では危ない。
ドクターは早く中に入れようとしたが、クレアの言葉が頭によぎった。

─家に帰りたい─

ドクターはクレアを見つめた。
しみこんでくる冷たい体。なぜ彼女があんな事を言い、雨の中で一人歩いていたのか
ドクターには解らないが、クレアが今、何かを望んでいるならドクターはそれに答えようと、そう思った。
それはやはり彼女が好きだからなのかとドクターは考えた。

そんなわけで、ドクターはクレアを背負って牧場まで送ることになった。
ドクターはクレアを送ってすぐに帰ろうと心に決め、足取り早く牧場へ向かった。
クレアが目が覚ますときはこの時のことはきっと覚えてないだろうし、彼自身も話そうとは思わなかった。
こんな夜に二人が牧場にいるのも、なんだか気が引ける…。

(酒を…飲んでいたのか。)

背負っている最中にすぐにわかった。
通りでいつもと違うはずだった。だが、それだけじゃないような気がした。
ドクター浅くため息をつき、すでに目の前にある、牧場に足を踏み入れた。牧場は秋の作物や花が雨に打たれていた。
整えられた畑や牧草地、使い古された動物達の小屋を見ると、どこか懐かしい感じがした。
それを見て少し、笑うとドクターはクレアの自宅のドアを引いた。


ドクターが扉へ開けると早々と寝室へ入り、寝室の扉を開けたまま
クレアをベットに寝かせた。
その下ろす瞬間に酒の匂いと髪の香りがほのかに感じ、男の欲望をかすかにくすぐる。
濡れたクレアの体がさらにそれを掻きたてると、ドクターはそれを打ち消すように彼女に離れようとしたが
何かが邪魔をして離れられない。ドクターは驚いてそれに気がつくと、その邪魔していたのはクレアの腕だった。
ドクターの肩に腕を巻きつけていたのだ。そのせいでお互いかなり顔が近かかった。
どうやらクレアは無意識のうちにやっているようだがドクターにとっては恐怖を感じた。
困惑していたが、とりあえず手をどけようとしてクレアの手をそっとどかした。
なぜか、動揺しているドクターの姿があった。


しかし、家に連れて帰ったはいいもののこの状況でドクターがすべきことははっきり言ってわからなかった。
クレアはこのような状態で衣服も濡れているし、この状態で放っておくのは少なくとも良いことではない。
ここは、人を呼ぶべきなのだが今はもう深夜。宿屋でさえもう閉まって寝静まっているだろうし…。

どうすればよいのだろう。

(無理にでも人を呼んだほうが良いのかな)

とりあえず、部屋を温めるために暖炉を焚いた。医者であるドクターにはそれしか出来ないように思えた、こういう仕事はエリィがやっていたのだから。
というより、彼女だから出来ないのかもしれない。そばに横たわっている少女、ドクターは小さな葛藤を覚えた。
彼女を見つめるだけで触れそうになる、まぶたを閉じて眠っている彼女を。おかしくなりそうな気がした。

しかし、見つめているうちにクレアが目を覚ますことに気が付いた。
まぶたが少し動き、クレアがゆっくり目を開けた。ドクターは驚いたが内心、安心したように思えた。
目を開けて少し間があき、表情がハッキリするとクレアは身を起こした。
ドクターは突っ立ったままだった。

「………………」

両者とも言葉は出なかった。クレアは見知らぬ土地に来たかのように周りを見回し、ドクターを見やった。
しかし、思わぬ言葉を放った。








「…………みず」

ドクターは一瞬聞き取れなかった。

「え?」

「…水」

クレアが二回、その言葉を言ってドクターは理解した。

(ああ…水か…)

見るとまだ酒は抜け切れてないようだ、当たり前か。水を欲しがるのも無理は無い。
ドクターはクレアが言うように水を汲みにいった。なに思うことなく水を汲み、またもとの位置にもどってこようとすると
暖炉の火の暖かさに気が付いた。ドクターは暖炉を目にやってから、またクレアの方を目にやるとクレアが衣服を取り除いていた。

「!!!」

びっくりして思わず、水が入ったグラスを落としてしまった。
気持ち悪かったのだろう、水を含んだ衣服を身に着けているのは。部屋が暖まったせいで服も生温かくなったのだ。
割れたグラスから水が床に流れ出し、ドクターは空回る。

「ちょ、ちょっと待って、手を止めて。」

そう言って手をつかむとクレアはけげんそうにこちらを見た。ドクターだとわかってないのか?

「…はなして」

クレアが小さく拒絶する。もしかして自分はこの場にいない方が良かったのでは、とドクターは感じる。
このまま帰ったほうが一番良いのではノあとはクレアだけ残せばよいのではノ。
さまざまな言葉が動き回る。

うようよ考えていると、クレアの目潤んでくるのがわかった。そしてそれが涙というものに変わってゆく。
びっくりしてクレアを見ると本当にクレアの瞳からポロポロと涙が頬をつたる。ドクターは急いで手を放した。
しかし、クレアは声を上げて泣いてしまった。



泣いているクレアを見てドクターは自分が泣かせたと思ったのか(この状況ではそう思うしかないのかもしれないが)
必死に謝罪を繰り返していた。

「すまない、お願いだからそんなに泣かないでくれ」

だが、クレアは聞き入れていない。
逆にもっと激しく泣いているようだ、涙はどんどん瞳から流れていく。
顔は真っ赤になって手を顔に覆って泣いている。声もしだいに大きくなっていく。

「クレアくん……」

なんてことをしてしまったのだろう、…どうすればいいのだろう。
思わずドクターはクレアの髪に触れた。そして言った。

「泣かないで、なんでもするから…だから、泣かないでくれ」

必死の懇願だった。クレアが泣くのは見たくなかった。自分自身が悔しかった…。

すると、クレアは手を下ろしてドクターを見た。幼い子供が泣くようにまるで迷子のような瞳でドクターを見た。
そして、クレアは自分の親にすがりつくようにドクターを抱きしめ、小さく泣いた。
ドクターは驚いたがすぐに驚くのを止めた。そしてドクターもクレアを抱き寄せた。もう離したくなかった、彼女を。
そして体を放すとまだすすり泣いているクレアの頬にふれ、キスをした。


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