遠い日の記憶に蘇る紅い花
夜十時。
風呂に入る。
それはいつもの日常なのだけれども、
この日はなぜか首筋に目が行った。
「・・・・・・。」
白い肌は私の自慢。
自分でいうのもなんだけど真っ白。
でも、
去年の夏、
私には恋人がいた。
カイ。
彼は軽そうな見かけと裏腹に
とても優しい男だった。
騙されているように恋をした。
彼のこと以外考えなくなるぐらい恋をした。
溺れるようにキスをした。
何十回とした。
肌を重ねあう事もあった。
そのたびに私が溶けてカイと混ざりあう感じがして
とても嬉しかった。
彼には悪い癖があった。
いつも首筋に花をつける。
二度と消えないぐらい何度も何度も。
去年の春の終わり、私は過ちを犯した。
他の男と寝たのだ。
その男も赤い花を私の体に植え付けていった。
カイが次の日、帰ってきた・・・。
久しぶりの再会。
カイは情事をしたがっていたようだけど、
私はしたくなかった。
でもすぐにばれた。
責められて、犯されて(まぁ、いつもは合意だったし?)
私は泣いた。
苦しかったのもあった。
痛かったのもあった。
だけど何より悲しかった。
次の日、来て一日ほどで彼はすぐに帰っていった。
「そういえば今日が去年浮気した日だったな・・・。」
きっちりと別れようと言ったわけではない。
でも、気がつけば自然消滅していたのだ。
「今はもう真っ白ね。」
私たちの関係のように。
「昔はきっちり残っていたのに・・・。」
あの頃の私たちのように。
その日は夢もみず、
眠りに逃げ込むように
ぐっすりと寝た。
夏一日。
この日がきてしまった。
ああ、あの人はもう二度とこないのだろう。
彼は、傷ついた。
彼を、傷つけた。
午前五時。
いつもよりも早起き。
足が 動く。
ほぼ無意識に近い・・・。
海岸へと動く。
息が上がる。
肩が大きく上下する。
視界がぼやける。
頬を生暖かいものが伝う。
逢いたい、逢いたい、逢いたい、逢いたい!!
私が悪いのだけれど、
私が悪いのだけれど、
逢いたい・・・・・・!!!
海岸の波打ち際で
裾がずぶ練れになることもかまわず、
今乗ってきたであろう船を
見送っている人物がいた。
「──────────カイ・・・?」
「──────────クレア・・・。」
アア、来てくれた。
来てしまった。
何故?
何故きてしまったの?
「・・・クレア。」
「・・・・・・お久しぶり。カイ。」
「アア。久しぶり。・・・アイツとは、上手くいってるのか?」
「ッ・・・・・・いいえ。私は今一人よ。
一年と一日前、浮気をしたその時から、私はずっと一人で生きてきたわ。」
「・・・アイツは・・・?」
「彼も私も寂しさにそそのかされて浮気しただけよ・・・。あの人は今結婚して幸せな暮らしを送っているわ・・・。」
「・・・・・・!!!・・・ばかやろっ・・・、何であの時言わなかったんだよ。」
「・・・他の男に体を許したのはまぎれもない事実だから・・・。私の、私は、あの時から十字架を背負っているの。」
「・・・俺はお前に真相を聞きに来た。そして俺の早とちりならば・・・、」
「もう一回付き合いたいとでも?」
「・・・。」
「無理よ。」
「・・・?!」
「私は、罪という汚れで真っ黒なのよ?」
「・・・そうか。俺はそれだけを聞きに来た。」
「そう・・・。明日にでも帰る?」
「ああ、そうするよ。」
「さようなら。」
「ああ、さようなら。」
遠い日の記憶に蘇る赤い花は、ずっと綺麗なままで、
だけどもうとっくに真っ黒に汚れた私の真っ白な肌に
掻 キ 消 サ レ タ 。
私の背負う罪は消える事などけして無いのだろう
でも、それでも
逢えた事が嬉しかった。