怖いよミストさん
深夜、ラグナは自室のダブルベッドに腰掛け、手の中にある指輪をじっと見つめていた。
「いよいよ、来週か…」
万感の思いをこめて、そっと呟く。あと数度夜が明ければ、待ちに待ったあの娘との結婚式がやってくる。
期待、興奮、不安……様々な感情が胸に渦巻いて眠ることなんて出来ない。結婚式はまだ先だっていうのに。
「あの娘は、今なにをしてるのかな……」
もう眠ってしまったのだろうか? それとも、ラグナ同様眠れないでいるのだろうか? ラグナはなんとなく後者であるような気がした。
そして、愛しい娘のことを思えば思うほど、ラグナの睡魔は遠ざかっていってしまう。
「眠れないようですねラグナさん」
不意に、背後からかけられる声。
「なぁッ!?」
驚きのあまり、ラグナはベッドから転げるようにして振り返る。すると、そこには見慣れた少女の姿があった。
「み、ミストさん!?」
「はい、こんばんわラグナさん」
それは、ラグナにとっては様々な意味で忘れたくても忘れることのできない少女…ミストであった。
「な、なんでここに!? っていうか、いつからそこに!?」
「最初の質問の答えは、眠れないので遊びに来たのです。二つ目の答えは、ラグナさんがベッドに腰掛けてため息を吐いたあたりから」
「最初っからじゃないですかっ!」
全く気付かなかった自分の不覚を責めるべきか、それとも気配を完全に絶っていたミストを誉めるべきか、ラグナには分からなかった。
「まあまあ、座ってください」
しかしミストはそんなラグナの困惑を気にする風もなく、当然のようにダブルベッドの淵に腰掛けるとラグナを隣に座るように促す。
その仕草から、迷宮で培ったラグナの剣士としてのカンがなにやら剣呑な気配を察していたが、かといって断れば何をされるか分かったものではない。僅かな怯えを感じながら、ラグナはそっと腰を下ろす。
それを見て、ミストの口元が艶やかな笑みに歪んだ。
「久しぶりですねラグナさん、二人っきりで会うのはこの前の冬以来ですかね?」
「そ、そうかな……」
「ところで、いよいよ結婚されるそうですねラグナさん」
「う、うん……」
ミストに返事をしながらも、ラグナの気持ちはひどく騒いでいた。いや、心だけでなく心臓も早鐘を打ち続け、座っているだけで額に汗も浮かんでくる。
(……蛇に睨まれた蛙)
ふと、そんな言葉が脳裏を過ぎり、ラグナをぞっとさせた。
そんなラグナの胸中を知ってか知らずか、ミストは俯きながら呟く。
「正直言って、悲しいです私……ラグナさんが、他の女性と結婚してしまうなんて……」
心底悲しげな声と共に、そっとミストの手が伸びる。そして、白い指先が座ったラグナの太ももに触れた。
その瞬間、ラグナは手を払いのけるようにして立ち上がっていた。その動きに込められた拒絶の意思にミストは呆然とし、ラグナはミストを直視できずに俯く。
心がくじけそうになる。でも、ラグナには言わなければならないことがあった。一人の男として。だから、あの娘にプロポーズした時よりもなお勇気を振り絞って、その言葉を告げた。
「もう……終わりにしようよ。こんな関係は、普通じゃない……」
「え……?」
「僕には、本当に好きな人がいる。大切な人がいるんだ。その人のためにも、君とこんな関係を続けるわけにはいかないんだ!」
気がつけば、ラグナは叫んでいた。心の底からの吐露。『言えた』という安堵と、『言ってしまった』という悔恨が胸を締め付ける。そして、絶縁の言葉を叩きつけられたミストは顔を俯かせる。
く、ふ……
表情の見えないミストから漏れ出す呼気。
(泣くかな……)
ラグナは、そう思った。だが、それは甘かった。
ふ、ふふふふふ……
漏れ出したのは『笑い』だった。
「うふふふふふ……冗談きついですね、ラグナさん」
俯いたまま、ミストは笑う。その姿に慄然としながらも、ラグナは必死に言葉を探す。
「じょ、冗談なんかじゃない! ぼ、僕には、本当に……うぐ!?」
言葉は途中で飲み込まれた。いや、飲み込まされた。
避ける暇を与えずに、ミストの唇がラグナの唇を覆ったのだ。しかも覆うのみならず唇の間をねじ割るようにしてミストの舌が侵入し、歯の一つ一つを確かめるように、ラグナの舌を絡めとるように、ラグナの口の全てを犯し尽くすように、ミストの舌は蠢く。
その淫らな動き……この半年ばかりの間ラグナをずっと虜としてきたその動きが、条件反射的にラグナの官能を呼び覚ます。
股間に熱い強張りを感じて、ラグナは泣きたくなった。
「……ふ……はぁ……ちゅる……ん……」
熱に浮かされたような貪りに飽いたのか、ミストはようやくラグナの口を解放した。同時に、ラグナはベッドの上へと力無く座り込む。
その様を見下ろし、ミストは嬉しそうに言った。
「ほら、今も私がキスしただけでこんなになってしまうのに、今更『終わりにしたい』なんて、本気で思ってるわけないでしょう?」
ラグナは否定の言葉を吐こうとした。しかし、体は動かない。今の深いキスの時に、ミストが何か薬を飲ませたのか、それともただ単にラグナの中の『スイッチ』が入ってしまったのか。
ラグナの無抵抗さをあざけるように、ミストは手馴れた様子でラグナのズボンを脱がし、股間の怒張を外気に曝した。僅かに包皮を被りながらも、その性器はびんと大きくそそり返り、殆どラグナの顔面の方を向いている。
「はぁ……3ヶ月ぶりです、ラグナさんのお○んちん……ちょっと皮かむりですけど、本当に大きくて立派です……」
ちろり、と舌なめずりをしながら、ミストはラグナ自身に手を伸ばす。まずは情欲に昂ぶって火傷しそうな温度を愉しむように手を動かす。
「ひ……う……や、やめて……」
ラグナは力なく、それでも必死に抵抗しようとする。だが、ミストの応えはにべもない。
「嘘ばっかり」
唐突に、ミストの手がラグナの性器を握り締めた。あまりに衝撃的、苦痛とさえ言える感覚。しかしラグナは悲鳴めいた嬌声と共に、射精していた。
深夜の部屋中に、精液の臭いが漂う。ラグナの白濁液はミストの手や顔のみならず、ラグナの顔にまで飛んでいた。
「ほら、こんな風に乱暴にされるのが好きなくせに。嘘はいけませんよ、ラグナさん」
勝ち誇るミスト。ラグナは、羞恥と絶望のあまりに死にたいとさえ思った。
……もともとの切欠が何だったのか。
青い性欲を持て余したラグナが無防備で美しいミストを犯したのか。あるいは、淫らな肉欲に猛るミストが無垢なラグナを誘ったのか。もはや、判然としない。
その後、二人の間には性交渉だけで心理的な愛情は表向き存在しない、そんな関係が培われた。お互いの若い肉欲をぶつけるだけの、ある意味理想的な関係だとラグナは思っていた。しかしそれも、二人が其々の内なる嗜好に気付いた時に変化した。
嗜虐の喜びに耽るミストと、被虐の愉悦に震えるラグナ。おそらくは、元々両者が兼ね備えていた性質なのだろう。それが、絶好のパートナーを得ることで開花したのだ。それは、そのまま続けばさらに理想的な関係になっただろう。
しかし、ラグナは恐怖を覚えた。自分を責め抜く時のミストの表情と、堕ちて行く快楽に悶える自分自身、その両者の異常性に。だからこそラグナはミストから離れ、仕事に没頭するようになった。
二人距離を置けば、頭も冷える。あんな異常な関係に気付いて、自然と終わりを迎えることが出来る、そう考えたのだ。
実際この3ヶ月ほどミストとは距離を置き、特に何事も無かった。だからこそラグナはミストとの関係は全ては終わったと考え、新たな恋を叶えることも出来たのだが……
「うふふ、久々のラグナさんの味……濃いですね……ぷりぷりでしてて、最高です……」
ミストは嬉しそうに手について精液をすすり、味わう。
「あら、お顔にもついちゃってますね……綺麗にしてあげます」
舌をラグナの頬や鼻先を這わせ、舐めとる。その動きは、先ほどのキスよりもなお淫ら。まるで別の生き物のようにラグナの顔に唾液の痕を残していく。
「こっちも綺麗にしましょうか……」
次なる狙いをいまだ赤黒く張り詰めたラグナの性器に定め、ミストの目が猫のように細まった。
それから与えられたのは、ラグナの快楽のためでなく、ただミストが味わい尽くすための口淫であった。
「はむ、むちゅ……じゅぷ……ちゅぷ……」
執拗に唾液をまぶし、余った皮の間の汚れさえも舐め取ってゆく。更には鈴口を吸い上げて内側に猛る肉液を飲み干そうとする。ラグナにとって、もうミストの舌と自分の性器の境界線も分からない。ただ、快感の波だけが針のように腰に突き立つ。
「ひ……ぐぅ……ひぃや、や、やだ、やめっ……つっ!」
そしてラグナは、最初の絶頂から数えて5度目の絶頂を迎えた。溢れ出す精液の量に、然程衰えは見られない。だがその全てを、ミストは喉を鳴らして啜り飲む。
「ぷはぅ……この量、私から離れていた3ヶ月間ずっと溜めていたんですね? そんなに、私とのえっちが忘れられなかったんですか?」
意地悪げに問うミストだが、ラグナはまともに応じることが出来ない。
「あ……ち、が……」
絶え間ない絶頂に曝され、ラグナの心は壊れかけていた。もはや快楽と苦痛とを区別することも出来ない。
「あらラグナさん、お疲れですか? 前は私を一晩中犯し抜いても、まだまだ元気だったのに」
自身はまったく疲れた様子を見せず、ミストは笑っている。その笑顔を、ラグナは心底
怖いと感じていた。しかし、逃れることなどできるはずも無い。
「……そろそろこちらもお疲れのようですし、本番にしましょうか」
赤紫色しはじめたラグナの性器を握りながら、既に全裸となっていたミストは自身の股間に指を這わす。
「ん……はう……」
ちゅぷ、と湿った音がミストの股間から溢れる。絶え間ない口淫と精液の味わいだけで、既にミストの女性器には蜜が溢れている。その淫らな蜜を十分纏わりつかせた指を、ミストはラグナの菊座に挿入した。
「そ、そこはっ……ひぎぅっ!」
「あははは、すごい声ですよラグナさん」
声も出せず衝撃に耐えるラグナに、ミストは囁く。
「痛いですか? きついですか? でも、ラグナさんだって私の初めてをあれだけ乱暴に破ったんだから、おあいこです」
うねうねと、ミストの指がラグナの直腸に触れる。
「は……やっ! だ、だめっ!」
その動きに呼応して、生気を失いかけていたラグナの陽物が再び天を衝く。
「おとこのこがここを弄られるとすぐ元気になるって、本当だったんですねぇ。それとも、いじめられるのが大好きなラグナさんだからこそ、ですか?」
心底嬉しそうに呟くと、ミストは仰向けのラグナを跨いだ。そして膝立ちの状態で、ラグナに見せ付けるように自分の手で性器を割り開いた。
「ほら、よく見てくださいラグナさん。今から、ここでラグナさんを咥えてしまいます。この奥に、たっぷり出してくださいね……」
ラグナは霞む視界の中、白く泡だつ愛液に塗れる紅色の肉壺を見た。そしてラグナの静止の言葉を待つまでもなく、ミストは腰を下ろした。
「ん……あう……!」
「ぐ……!」
深く繋がる。先ほどの口淫など比べ物にならないほどの快楽。膣壁のひだが、絡みつくように刺激してくる。あれだけ達し続けていなかったら、ラグナは数秒と持たずに精を放っていただろう。
「深い……これ! これが…あ、ああ、あん! これが欲しかったんです、ひゃう!」
ミストは恥骨を叩きつけるように腰を振る。乱れる髪に、汗の飛沫が混じる。その右手は乳房を愛撫し、左手は股間の淫核をこね回している。
「だ、だめ、気持ちよすぎて……い、いっちゃいますぅ! 3ヶ月ぶりだから、ラグナさんの、あん……お、お○んちん!」
腰の動きが加速する。身動きの取れないラグナは、ただ快楽の波に翻弄されるだけ。
「い、いっぱい出して下さい、溢れるくらい! 子宮の奥に、出して、出して! 孕ませて!」
朦朧とする意識の中、ミストの言葉にラグナは危機感を覚えた。しかしミストの指が再び菊座を抉った瞬間、その危機感は生涯感じたことの無いほどの絶頂感によって消し飛んでいた。
「くあっっ!!」
「ひ、ひぐぅぅぅっ!!」
同時に絶頂を向かえた二人。ラグナは意識を失い、ミストは力なくラグナの胸板へと倒れ伏した。
「うふふ……」
笑みを浮かべてミストはラグナの胸板を右手で弄ぶ。筋肉の弾力に酔いしれ、軽く勃った乳首をいじる。そして左手は自らの腹部を、いまだラグナの男性器を受け入れたままの部分を撫ぜる。
「これで、きっとうまくいくわよね……」
この3ヶ月、いやそれ以前からミストは計画を練り続けてきた。ラグナを自分の下に留めるための、ラグナという愛玩動物を未来永劫飼育するための計画を。
どんな障害があろうとも、そうたとえラグナの結婚相手が現れてもモノともしない、完全無欠の鎖と首輪で絡めとるのだ。
一つ目の鎖は快楽。一目見た時から気付いていたラグナの類稀なる被虐趣味、これを開花させ、その快楽の愉悦を魂の奥にまで刷り込むのだ。3ヶ月の間離れていたのも、その距離が再び快楽と出会った時の衝撃を増加させるための策略だ。
そしてもう一つの首輪は……
ミストはいとおしげに腹部にあてた手を撫でさする。
「……来年の春には会えるかしら、私たちの赤ちゃん……」
三ヶ月間、体調管理と月齢管理は万全だ。計算し尽くした今日という日と、エドの病院から盗み出した妊娠薬、それにイヴァンから取り寄せた排卵促進剤。これだけ条件が揃えば結果は確定されたも同然。
もし受胎しなかったところで、お腹の子の存在を示唆すれば責任感の強いラグナのこと、どうなるかは自明の理だ。
心底嬉しそうに、だが見るものが見ればどこか怖いとさえ思える笑みを浮かべ、ミストはラグナの耳元で囁く。
「これからずっと愛してあげますね……あ・な・た」