春の月。
冬の間、長く雪に閉ざされるカルディアにもようやく春が訪れた。
家の前の畑にも、白い草や黒い草の代わりに色とりどりの草が生え始める。
貯水池の氷は跡形も無く消え去り、遠く見える山稜はその姿を緑色に変色させる。
雪と寒さから開放される、喜びの季節。
そして、畑を耕し日々の糧としているラグナにとってこれからが本番。

…別の意味で(収穫物にアレがあるので)大喜びな住人も居るけど。
「呼びましたか?」
…いいえ。


朝。
「ふわぁぁぁあ」
大きな欠伸をして、暖かくなった空気を肺一杯に送り込む。
ここ数日で大分暖かくなったことを身をもって感じる。
春眠暁を覚えず。春の日差しに眠気を誘われる。
本当はもうちょっと寝ていたいけど、今日から畑仕事再開しなくてはいけない。
(春野菜の種は有るし…備蓄が切れた牧草も育てなきゃな…ノイマンさんの所で買うと高くつくし…えーっと、アレとコレと…)

「………んん…あふ…んぅ………う…もう朝…?」
取り止めも無くこれからの予定を立てていると、我が家のもう一人の住人が目を覚ました。
ロゼッタ。
「おはようございます」
起きたと思ったらまた布団に潜って
「ん…んん…うぅ」
ベッドの中でもぞもぞと縮まってみたり伸びをしたりしている。
ひとしきりもがいた後、顔だけ布団から出して目を擦る。
「うん…おはよう…あふ………まだ眠いわ」
小さな欠伸を繰り返し、ようやく目が開いてきたようだ。

ロゼッタは冬の月初め、これから雪が積もろうかと言う頃にプロポーズし、受け入れて貰えた。
雪で参列が大変になるとの事で、町の人の配慮も有って善は急げと挙式した。
そして、自分の親も兄弟も分からない、記憶の戻らないまま僕には守るべき家族が出来た。

「もう大分暖かくなったわね… あ、今日から畑仕事再開なんでしょ?」
「ええ。僕にとってはこれからが本番です。洞窟に行けば年中何でも作れますけど、やっぱり畑で作った物と洞窟で作った物って違うんですよね」
陽の当らない洞窟内で作った物はやはり太陽を浴びて育った物には劣る。
同じ額で引き取っては貰えるけども、やっぱり美味しい方が作る側としても気合が入る。
何より狭い洞窟内では作れる量にも自ずと限界がある。

「頑張ってね、あ・な・た」
…何が何でも頑張らなきゃいけない気がした。

指が悴む位冷たい雪解け水で顔を洗い、眠気を吹き飛ばす。
ロゼッタは冷たいのが苦手らしく「うわっ!冷たっ、うー…やっぱまだお湯混ぜなきゃダメね」なんて四苦八苦してるけど。

「はい、あなた、お弁当よ」
いつもと同じ焼きとうもろこし。
(いつも思うんだが、これってお弁当になるんだろうか…)

素朴な疑問は脳の片隅に追いやり、お弁当を受け取り農具を担ぎ、家を出ようと扉に手を掛ける。
「ん、ちょっと待って。なんだか顔色少し悪くない?」
「え? そうですか?」
(ちょっと疲れてる気もするけど…疲れてる理由は…やっぱりアレだよな…)
「あ、ちょっと昨日は夜更かしし過ぎましたね」
その遠まわしな一言で、昨晩の事を思い出したのかロゼッタは耳まで赤くなる。
「え…あ…ぅ…だってあなたが…ゴニョゴニョ」
今にも消え入りそうな声で、最後の方なんて何を言っているのか分からない。
「いやいや、ロゼッタも… ってうわっ」
これ以上無い位真っ赤な顔をしたロゼッタが、手当たり次第に物を投げつけてくる。

ヒュン ドスッ ビィィィン

…ちょ、ま、包丁は反則。
「うぅ…もうっ、知らないっ。さっさと畑でも何でも行ってきなさいっ!」
ちょっぴり命の危険を感じたので、(逃げるように)家を出る事にした。


雪の融けた畑は、冬の間一切手が入らなかったので荒れ放題である。
そこら中に雑草が生え、枝が散乱し、切り株が姿を現し、何処からともなく転がってきた岩石が一面に散らばる。
中には春の恵み、たけのこなんてのも生えていたりする。
これらを全て片付けない事には野菜を育てる事はできない。

まずは雑草と小石を畑の外に捨て、枝は木材として使うので一箇所に纏めておく。
次に少し大きな石をハンマーで砕き、切り株を斧で木材のサイズに細断する。
(何で最初から切り株なんだろう…そもそもの木は? …まぁいいか)
どうでもいい事を考えつつも作業は進行していく。
薬草になる物は採取籠へと入れ、たけのこもそのまま集荷して貰えるし、たけのこご飯も美味しいので採取籠へ。
そして纏めた枝を使いやすいサイズに斧で整形する。

(さて、岩を砕きますか)
これが一番の重労働だ。

ガキィィィィィン ガキィィィィン

力を貯め、気合一閃ハンマーを打ち下ろす。
一度で壊れなければ二度三度、同じようにハンマーを打ち下ろす。
「ふぅ…ふぅ…はぁ…はぁ…はぁ…」
息が切れる。
春になったばかりだというのに、額には汗が滲む。
ハンマーを打ち下ろす手が痺れる。
しかし、休む事無く作業を進めていく。

陽が落ちる頃、荒れ放題だった畑がようやくその姿を現した。
後は耕して、野菜の種を蒔いて、水を与えれば良い。
(さて、終わりが見えてきたし一気にやってしまうか)
疲れたけど、出来ればちょっと無理をしたとしても今日中に水撒きまでやってしまいたい。

ザッ ザッ
鍬を取り出し、力一杯大地へと打ち込む。

「ふぅ…はぁ…はぁ…ていっ」
疲労がピークに達する。
あと少し、あと少しだと自分に言い聞かせ、作業を続行する。
力を込めて、鍬を振り下ろそうとした…が

ザッ…カラン

鍬は大地に打ち込まれる事なく手から零れ落ちる。
手から、次第に体全体の力が抜ける。

グラッ

(あ、あれ…?)
視界が歪む。
突然の眩暈。
(あ…ちょっと…無理…しす…ぎ…た…かな…)
体が言う事を聞かない。
畑の真ん中でへたり込む。
うつぶせに倒れこみ、最早指先を動かす事すら叶わない。
(………ああ………こんな所で寝たらロゼッタに怒ら…れるな………)
怒り顔の妻が脳裏に浮かび、まだひんやりとした春の夜の風を頬に感じながら、次第に意識は闇へと堕ちて行った。

<続かないと消化不良なので続く>

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