ラグナとロゼッタと初めての夜・エピローグ
その夜、ロゼッタは夢を見た。それは彼女の……母親の夢。
ロゼッタと同じ、透き通るような金色の髪と白い肌。それに瞳の色も。あと何年かすれば、ロゼッタもきっと彼女のような女性になるだろうと断言できるほど、彼女とロゼッタはとてもよく似ていた。
ただ一つ違うところをあげるとすれば、それは雰囲気……だろうか。顔立ちも少し穏やかそうに見えるが、その身に纏った雰囲気がロゼッタにはまだない母親としての包容力を醸し出していた。
ロゼッタが見たのは、そんな母親と出会う夢。ロゼッタのことを産んで後すぐに他界してしまった彼女の母親の顔をロゼッタは写真でしか見たことがない。
けれど、目の前に突然現れたその女性を前にしても、ロゼッタは驚くことも、何の疑いも持つこともせずにその人の胸の中へと飛び込んでいた。
……分かっていた。これが夢だということは。それでもロゼッタは、その人の……母の温もりを求めずにはいられなかった。生まれてから一度も得たことのない『母の温もり』を。
「お母……さん。お母さん、お母さんお母さん」
まるで幼児のようにすがりつくロゼッタのことを、母親はそっと抱きしめてその髪を梳くように撫でた。
「あらあら、まぁまぁ。この娘はとっても泣き虫さんなのね」
困ったような、それでいて嬉しそうな、そんな表情でロゼッタのことを宥める。そしてロゼッタの方もそれを嫌そうでありながらも嬉しそうに受けていた。
しかし、ずっとそのままではいられなかったし、いようとも思わなかった。
ロゼッタは手の甲でグイと目元を拭うと、母と一歩距離をとって向かい合った。
「お母さん。あたし……、お母さんに言わなきゃいけないことがあるの」
「……」
突然のその娘の真剣な眼差しに、終始おっとりとしてそうなその母親もまた無言のまま真剣な表情で応える。
そしてその緊迫とした空気の中、ロゼッタはゆっくりと言葉を紡いでいった。
「あたしね、もうこんなに大きくなったんだよ?」
「えぇ、そうね」
両手をいっぱいに広げてみせる。
「あたしね、大切な人ができたんだ」
「……そう」
母親はそれを聞いて穏やかに頷く。
「あたし、これからはその人と生きていく。その人を愛して、その人との子を授かって、家族を育んでいきたい」
……ダメだ。また、泣きそうになる。
けど、唇を噛んで必死に堪える。
「お母さんが……あたしを産んでくれたみたいに、お父さんがあたしを育ててくれたみたいに。二人があたしを『幸せ』に……して……くれたみた……いに」
言葉が途切れ途切れにかすれてしまう。
けれど、ロゼッタは最後の最後まで、決して涙を見せることはしなかった。
「お母さん……ありがとう。これだけがどうしても……言いたかったの」
「ロゼッタ……」
母が子の名前を呼ぶ。命名する間もなく亡くなってしまった彼女が大切な娘の名前を呼ぶ。
だって、それは……彼女が名付けた名前だったのだから。
ロゼッタ。
彼女が見た最初で最後の母親の笑顔は、とても『幸せ』そうだった。
「ん……」
目を覚ます。
夜明けまでは少しだけ早いというような時間。シンと静まり返った辺りの静寂が少し耳に痛い。
でもそれ以上に……目と胸が痛かった。
「あれ?」
そっと目元に手を当てると、まだ乾ききっていない液体の感触。胸にはドクドクと早鐘を打つ熱い感覚。そして何より、掌の中の熱くも硬い感触。
「ラグナ……。ずっと握っててくれたんだ」
横で安らかな寝顔を浮かべている人。それがロゼッタの大切な人。
その二人が握り締め合うそれは、持つ者を幸せにするという伝説の白い石。もしかすると、あんな『夢』を見させてくれたのもその石のおかげなのかもしれない。
「うん、分かってるよ。これから……なんだよね」
ロゼッタは誰もいない、まだ明けぬ空に向けてそんな言葉を口にする。
そう、これからである。彼女も、彼も。
二人の生活は……二人の『牧場物語』は今ここから始まる。
それを『幸せ』なものにするために……。
「さぁ、頑張ろっと!」
そして今、彼女はその一歩を踏み出した。