大きなカブ
朝起きたら畑に巨大なカブが生えていた。
確かにカブを植えていた一角ではあるのだが、それにしても異常な大きさだ。抜いてみなければはっきりとはわからないが、自分の畑の限界レベルなど無視して、少なくとも100レベルオーバーは間違いない。たぶんレベルにして300くらいはあるだろう。
心当たりと言えば、あれしかない。昨夜燃やした攻撃用の魔法書だ。使えない売れない捨てられない引き取り手もないというあれを夜のうちにこっそり燃やして処分したのだ。そうだ、ついに処分してやった。おかげで昨夜はとてもいい気分でベッドに入ったものだが……。
何か不思議な効果があるかもしれないなどと欲をかいたのがまずかった。灰を畑にばらまいたせいで、あんなお化けカブが出来上がってしまったのだろう。こんなことになるならエクスプロージョンの魔法書だけは残しておけば良かった。
くそ忌々しいシークルめ。どこまで邪魔をすれば気が済むんだ。
悪態をつきながら引き抜こうとしてみたが、なにしろ巨大だ。びくともしない。
「わっ、ラグナさん。これはカブですか!」
正午近くなって畑に現れたミストは、疲れたラグナとは対照的に目をキラキラと輝かせていた。
そういえば彼女はカブが大好物なのだった。そもそも畑の隅にカブを植えていたのは彼女への家賃代わりといったところで、その意味では彼女にも責任の一端があると言えなくもない。この牧場の筆頭カブ主である。
これがイチゴなら町のみんなにも喜ばれように、カブでは彼女しか喜ばない。
「どう見てもカブです」
とラグナが言えば、
「本当にありがとうございました」
ミストは深々と頭を下げた。
「で、まだ抜かないんですか? いつ抜くんですか?」
大きな期待のこもった視線を向けられ、ラグナはカブを見やる。
「見ての通りなにしろ巨大ですから、ちょっとやそっとじゃ抜けませんよ。このまま枯れるのを待つしかないかも」
「そんなのいけませんよ、せっかくのカブを。神様からの贈り物ですよこれは。ラグナさんの日頃の行いが良いから」
いや、シークルの呪いだと思う。くそシークル。プラチナムの最大チャージでぶん殴ってやりたい。
「とにかく、何と言われてもあれは無理ですよ。収穫できません」
「やってみなくちゃわからないじゃないですか。ラグナさんの意気地なし!」
怒られた。彼女が怒ることなんて普段滅多にないのに。どうしてもあれを食べたいらしい。物好きな。
「ラグナさんがやらないならあたしが!」
そう言ってミストはカブに飛びついた。もちろんそれでどうなるわけでもないが。
「……全然動きませんね」
「そう言ったでしょう」
「困りましたね。そうだ、ラグナさん。あたしを後ろから引っ張ってください。二人でやれば抜けるかも」
そこまでしてこのお化けカブを食べたいか。
しかしそう思っても口には出さず、ため息をひとつだけついて、ラグナはミストの後ろに移動した。そうしてから彼女の腰に両腕を回す。
「いいですか、せーので引っ張るんですよ。せーので」
「はいはい」
二人の挑戦は数時間にも及んだ。しかしカブが動く気配はない。
だが、それでもミストは諦めようとしない。なんという、カブへの執着。
ラグナも、ここまできたら彼女にとことん付き合おうという気になっていた。
……というのも、彼女に後ろから抱きつく格好というのはなかなかに刺激的で、そう、言ってみれば股間がぐんぐんグリーンなのである。
しかも彼女の方は目の前のカブに夢中で後ろのことなどほとんど気に掛けていない様子で、ラグナとしてはやりたい放題。これは見逃せない情報ですね。
干し草色のさらりとした髪の感触を堪能し、柔らかな腰つきを楽しみ、小振りなお尻に自分の下半身を押し当てる。
真っ昼間の野外でこんなことを、というスリルもラグナの意識を刺激する。気分が高揚する。
「……なにやってんのあんたたち」
突然後ろから声を掛けられてラグナは驚き、ミストから身体を離した。
いつの間にか、すぐそばにロゼッタがいた。辺りを見回せばもう五時になろうという頃だった。ずいぶん長いことカブと格闘していたものだ。
「これなに? カブ? ……何をどうやったらこんなカブが生えるのよ」
呆れ顔のロゼッタに対して、ミストは疲れも見せないにこにこ顔。
「引っこ抜いて食べようと思ってるんです」
まだ収穫を諦めていないらしい。そんなミストを見て、ロゼッタは眉をひそめた。
「……こんなの、大きすぎて入らないよ。壊れちゃう…………出荷箱が」
しかしそう言いながらもさすがに珍しいのか、ロゼッタもその場でカブを眺めている。
するとミストは胸の前でぽんと両手を合わせた。
「そうだ。せっかくちょうどいいところに来たんですから、手伝ってください。三人ならなんとかなるかも」
ラグナから言わせてもらえば、ここにもうひとりロゼッタが増えたところで状況が変わるとも思えない。
とはいえ、今のミストにそのことを言っても無駄だろう。
「は? なんであたしが!」
とロゼッタが言えばミストは
「半分あげますから」
などと言って交渉開始。
おかしい。ミストとロゼッタで半分ずつにしたら残ったもうひとりがとても悲しくないだろうか。それが誰とは、ラグナはあえて口にしないが。
「要らないって」
ロゼッタは即座に断る。
「じゃあボランティアでもいいですよ」
「…………」
「だって、要らないんですよね? これは見逃せない情報です」
そう言ってうふふと笑ったミストはお化けカブを見つめて「この全部がもうすぐあたしのものに……」と呟いてうっとりしている。やっぱりラグナの取り分はないらしい。
「カブのことになると見境がなくなるから……」
ラグナがこそこそとロゼッタにそう言うと、ロゼッタは小さくため息をついて、ぼそぼそと返事をした。
「……ラグナは知らないかもしれないけど、昔からこんなものよ」
それなら幼なじみのロゼッタは大変だったことだろう。同情に値する。
「わかった。手伝えばいいんでしょ」
ロゼッタがついに諦めてミストにそう告げると、ミストはぱっと顔を輝かせた。
「わあ。感謝感激雨あられです」
この笑顔が憎めない。だからなおのこと始末が悪いのだ。
そんなわけで、カブに取り付いたミストを後ろからラグナが支え、その後ろにロゼッタが抱きついてきた。
サンドウィッチ状態になり、ラグナは前にミストの肢体を、背中にロゼッタの息遣いと淡いふくらみを感じた。
そんな至福の時間が、すっかり日が沈んでしまうまで続いた。
ミストは「また明日来ます」と言って、とても残念そうに家に帰った。
ロゼッタは「明日が祝日で良かった」と言いながら出荷箱が空なのを確認して帰っていった。
ひとり畑に残ったラグナはこっそりとシークルに感謝した。
おしまい