すごいよ!メロディさん 〜人間なんてみんな嘘つき編〜
「……ズバリ言います。
メロディさんは……押しが弱すぎます」
身も蓋も無いトルテの言い分に、メロディは狼狽した。
「お、押し……?」
事の発端は1時間ほど前。
前の幽霊騒動以来、ラグナのことが気になってしょうがないメロディは
恋愛に教科書は無いと知りつつも、何か参考になりそうな書物はないかと図書館に足を運んだのだが
うっかりトルテにそのことを相談してしまったのが運の尽き。
小一時間ほど恋愛についての講釈(ほとんどが書物からの入れ知恵のようだったが)を延々垂れ流された挙句
最後に「押しが足りない」と言い切られてしまったのだ。
「そうです……押しです。
普段は…積極的なのに……ラグナさんのことに…なると……
途端に消極的に…なっているように……見えます…」
「そ、そうかな……?」
「はい……。それに加えて…ラグナさんは……その…
こう言うのも…なんですけど……かなりの…朴念仁です。
もう少し…大胆に行かないと……多分…気付いてもらえません……」
「あー……やっぱり。前々から、そうなんじゃないかなーとは思ってたんだけど……」
やはり自分から攻勢に出るしかないのか。
メロディは深くため息をつく。
そもそも、今まで恋愛の経験が無かったメロディとしては『大胆に』と言われても、具体的に何をすればよいのか分からなかった。
強引に唇でも奪って来れば良いのか?
「……そうですね…既成事実を作るというのも……一つの…手かもしれません」
「いや、あっさり肯定しないでよ」
トルテは将来大物になるだろう。いろんな意味で。
メロディは心からそう思った。
「……そうですね…いっそ、今から…告白してきます?」
「そうねぇ、告は……って、えぇ!!?」
思わず椅子から転げ落ちそうになる。
確かにあの時は、その場の勢いでしそうになったが、あんなもん相当ノリノリな時でないと出来ない。
なんてことを言うんだ、この娘は。
「それくらいの……気負いがないと…ダメってこと…です
それに……早くしないと…他の人に……とられちゃいますよ?」
「そうですね。僕もトルテと同意見です」
突然ラッセルが話しに割って入ってきた。
「ラ、ラッセルさん!? い、今の話、聞いて……」
「あれだけ大声で話されていては、自然と耳に入ってきてしまいますよ。
ああ、口外はしないのでご心配なく。それはそうと……」
いったん言葉を区切る。
「最近のラグナくんを見ていると……こう、男の顔になってきたような気がするんですよね。
僕の勘ですけど、あれはいますね。好きな人」
「…………」
一瞬、自分の顔から血の気が引いたのが分かった。
ラグナに? 好きな人が?
いや、ありえない話ではない。
彼の側にはいつもミストがいるし、病気を治して以来、フィルとは随分親しげだ。
最近ではロゼッタとも仲が良くなっている。
他の人たちは……知らん。
いや、知らないからこそ、余計に不安だ。
「多分、メロディさんが思っているより状況は悪いと思いますよ」
「…………」
「あー……なんか、上手く乗せられたって感じ…」
ミスト牧場の入り口で、メロディは佇んでいた。
ぶつぶつと独り言を言いながら、先ほどのラッセルとのやり取りを思い出す。
(いいですか。告白するにあたって、一番重要なのは雰囲気作りです。
怒号と銃弾が飛び交う戦場のど真ん中で思いの丈を打ち明けられても、嬉しくありませんからね)
(あの…あたし、そんなところには行くつもり無いんですけど…
って言うか、もしかして経験者ですか?)
(いえ、例え話ですよ。……丁度明日は聖夜祭ですし、どうでしょう?
ラグナくんを誘って、クレメンス山頂にでも行ってみてはいかがですか?)
……とまあ、こんな感じでなし崩し的にラグナを、季節外れのお月見に誘うことになったのだ。
それにしても……。
メロディは思う。
(聖夜祭……か。すっかり忘れてたな……)
恋人はおろか、家族すらいない彼女にとって、聖夜祭は自分の惨めさを再確認するだけの行事でしかなかった。
いつしか、聖夜祭という日そのものを忘れるようにしていた。
しかし、今年は違う。
(……そうよね。感謝祭の時はチョコ渡せなかったし、この辺でバッチリ決めておかないと…!)
ぴしゃりと自分の両頬を叩き気合を入れ、牧場へ一歩を踏み出し――。
そこで異変に気付く。
モンスター小屋のほうが妙に騒がしい。
(……何やってるんだろ?)
小屋の影から顔を覗かせる。
「いだだだだ!! 割れる割れる!! スンマセン、僕が悪かったです!
許してくださーい!!」
何故かコケホッホーの集団に頭を突付かれているラグナの姿があった。
「……これでよし、と」
ラグナの右頬に消毒液を塗り、絆創膏を貼る。
思ったより傷は少ないようだった。
「カッコ悪いところ見られちゃいましたね……はは」
恥ずかしそうに鼻の頭を掻くラグナ。
「それにしても、どーしたのよ? なにかモンスターに嫌われるようなことでもした?」
「それが……うっかり餌の用意を忘れてて、おまけに出荷しようとした卵を転んで割っちゃって…」
「あはは……そりゃ襲われても仕方ないね」
思わず苦笑いをするメロディ。
「それはそうと、何か用事ですか? わざわざ牧場まで来るなんて」
「え? ……あ」
危うく本来の目的を忘れるところだった。
「あー、うん。そうなんだけど……
えーっと…その……」
二の句が出ない。
どうしても緊張してしまう。
「え……と…」
「……メロディさん?」
不審に思ったラグナがメロディの顔を覗き込む。
二人の顔が近づき、わずか10数センチの距離になる。
「あ…う……」
顔を真っ赤にし硬直する。
今にも気絶してしまいそうだった。
……いや、待て。今、目の前にはラグナの顔があるわけで、もし気絶して前のめりに倒れてしまった場合
つまり、その……ああ、せめて倒れるときは後ろ側に倒れよう。
などと考えながらも、体は前のほうへ傾いていき……。
唇が触れ合う寸前で、何とか踏みとどまる。
首を振り、両頬を叩いて気合注入。
今だけは、煩悩と雑念を振り払え。
ラグナが驚いたような顔でこちらを見ているが、そんなもん知ったことか。
「ラグナ!!」
「は、はい!!」
並々ならぬ気迫を感じ、気を付けの姿勢で固まるラグナ。
「あ、明日あたしとデートしてくだひゃい!!」
…………。
噛んだ。
裏声出た。
死にたくなった。
「…………」
ラグナは目を点にしたまま動かない。
ああ、やっぱりダメか。
「ゴ、ゴメン。やっぱり迷惑だよね」
そう言い残し、牧場を去ろうとする。
「え……っと…僕で、いいんですか?」
一瞬、耳を疑った。
「え……?」
「いや、その……僕なんかでいいのかなって…」
ほんのり顔を紅くし、頬を掻くラグナ。
「う、うん! むしろ他の人じゃイヤって言うか、ラグナじゃなきゃダメって言うか……
あぁぁ……あたし何言ってんだろ…」
小動物のような動きで、必死に弁明するメロディ。
その様子があまりに滑稽だったのか、ラグナはくすりと笑った。
「それじゃ、明日はどこに行きましょうか?」
「あ……もう、場所は決めてるんだ。18時頃に、クレメンス山の頂上…で、どう?」
「18時にクレメンス山頂……ですね。分かりました」
「……必ず来てよ」
「ええ、大丈夫ですよ。雨が降っても槍が降っても、必ず行きますから」
「うん。……それじゃ、また明日…」
手を振り、町へと駆ける。
気分が高揚し、足も軽い。
自宅へ入り、鍵をかける。
「……ぃやっほう!」
今夜はいい夢が見れそうだ。
「なんだかご機嫌ですね、ラグナさん」
翌朝。
牧場の様子を見に来ていたミストが、不意にそんなことを言った。
「そうですか?」
「そうですよ。見ているこっちまで、ご機嫌になっちゃいそうです。
何か良いことでもあったんですか?」
「そうですねー。ちょっと、あったかもしれません」
昨日のことを思い返す。
自然と笑みがこぼれそうだった。
「ラグナさんも、隅に置けませんね」
全て見透かしたかのように、いつもどおりの笑顔で言うミスト。
だがその顔には――おそらく気のせいだろうが――ほんの僅かに、影が落ちているように見えた。
「それじゃ、あたしはそろそろ帰りますね」
「え? もう帰るんですか?
もう少しゆっくりしていっても……」
「いえ、あまり長居しても迷惑になるでしょうし……今日は、そういう気分ではありませんので。
……では、さようなら。ラグナさん」
今日一日のうちで一番の笑顔を残し、ミストは去っていった。
「ミストさん……?」
何か、彼女を怒らせるようなことでもしただろうか?
ラグナが頭をひねっていると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「おはようございます、ラグナさん」
「へ? ああ、フィルさん。おはようございます。
珍しいですね、フィルさんがこっちへ来るなんて。何か用事ですか?」
「ええ。今日はラグナさんにお願い事があってきたのですが……」
「う゛あー……」
結局、昨日は一睡も出来なかった。
自室でテーブルに突っ伏し、メロディは唸る。
「あの……大丈夫…ですか?」
様子を見に来たトルテが、心配そうに尋ねる。
「……これが大丈夫に見えるなら、病院行ったほうがいいわよ」
「メロディさんこそ…病院……行ったほうが…いいと思い…ます」
確かにそうかもしれない。
先ほどから頭が痛むし、若干気分も悪い。
一日寝なかっただけで、こうまでなるものなのか。
「わたくしが……留守番…していますので…」
「んー……じゃあ、お言葉に甘えようかな…」
ここで寝込んでしまっては元も子もない。
素直にトルテの意見を聞き、病院へと向かうべく部屋を出る。
「……本当に…大丈夫……なんでしょうか…」
本当に心配そうに、トルテは呟いた。
「あー、ヤバい。本気で倒れそう……」
頭を押さえながらメロディはぼやく。
まったく、何でこんな日に限って。
重い足を引きずりながら病院へと向かう。
己の自己管理能力の無さを呪いたかった。
――いや。
最も呪うべきなのは、こんな時間に外を出歩いてしまった、自身の間の悪さだ。
不意に、一組の男女の姿が目に入った。
呼吸が止まった。心臓も止まりそうだった。
その男女は楽しげに会話を交わし、軽く寄り添いあい、そして――本当に仲睦まじく笑っていた。
ああ、寝不足で幻覚でも見てるんだな。
出来ることなら、そう思いたかった。
だが、それは紛れも無い事実だった。
後頭部を金槌で殴られたような感覚に陥ったメロディは、逃げるようにその場を去った。
なぜ逃げなければならなかったのか、分からなかった。
ただ、自分はその場に居ていい人間ではないのだと――漠然とそう思った。
「すいません、買い物に付き合せてしまって」
「いえいえ。これくらい、お安い御用ですよ」
楽しそうに談笑しながら、肩を並べて歩くラグナとフィル。
「それにしても、結構買いましたね」
「ええ。今日は聖夜祭ですから、いつもより豪勢な夕食にしようと思ったので。
本当は昨日のうちに済ませておきたかったんですけど、用事が入ってしまって……」
そう言いながら、ラグナの腕に自分の腕を絡ませる。
「え…あ、あの、フィルさん……」
「あの……それで、よろしければ…ですけど……」
ためらいがちにフィルが言う。
「今日のお礼も兼ねて…その……今夜…私の家に来ませんか…?
あの、今日は聖夜祭ですし、その……ラグナさんと、一緒に過ごしたいです…」
首まで真っ赤にし、フィルは俯く。
ラグナは一瞬だけ逡巡し――はっきりと、こう言った。
「……すいません。今日は先約があるんです」
「……そう…ですか…」
俯いたまま答えるフィル。
しばらく待ってみても、顔を上げる気配がない。
「……あの…フィルさん…」
もう一度謝ろうとしたところで、不意にフィルが顔を上げた。
「残念ですけど……仕方ありませんね…」
儚く、弱々しい笑顔。
彼女の頬を涙が伝う。
「フィルさん……」
いや、違う。彼女が泣いているわけではない。
「……雨…ですね」
天を仰ぎながら、フィルが呟いた。
ぱらぱらと小粒の雨が降り注ぐ。
まるで、彼女の心境を表しているかのようだった。
「じきに本降りになりそうですね……。
早く戻りましょうか、ラグナさん」
そう言って帰路に着く彼女の背中は、やはりどこか悲しそうだった。
昼前から降り始めた雨は未だに止む気配は無く、
それどころか勢いを増すばかりだった。
「はぁ……」
ため息をつきながら、ラグナは壁にかけた時計へと目を向ける。
17時30分。
約束の時間まで、後30分だ。
しかし――
(……今日は中止かな…)
吹き荒ぶ雨を見ながら思う。
きっと、記憶を無くす前の自分は、とんでもない悪党だったんだろうな。
そんなことを考えていると、突然家の扉が激しく音を鳴らした。
来客だろうか?
それにしては、随分急いでいるようだが。
不審に思いながらも扉を開ける。
「ラグナ…さん……! た、大変…です…!!」
玄関先には、意外な人物が立っていた。
「トルテさん? どうしたんですか、こんな大雨の中……」
「メロディさんが……家に、帰って…こないんです…!」
トルテの話では、メロディは昼前――丁度フィルと買い物に行っていた頃だ――に病院に行ったきり
家に戻っていないとのことだ。
おまけに病院に行ってみても、エドもラピスも『今日は誰も病院には来ていない』と答えるだけだった。
町の広場や海岸なども探してみるが、一向に見つかる気配は無い。
おそらく、町の中にはいないだろう。
「……洞窟…か」
片っ端からあたっていくしかない。
雨だけじゃなく、風も強くなってきた。早く見つけないと。
カーマイト、トロス、クレメンス洞窟を隅々まで探してたが、メロディは見つからなかった。
辺りはすっかり真っ暗になってしまった。
向かい風のせいで使い物にならなくなった傘を放り捨てる。
先程より幾分かマシにはなっていたが、未だに雨は強く降り注いでいた。
「ああ、もう……どうしてこんなことに…」
珍しくラグナは苛立っていた。
鬱憤晴らしに、手近な石を蹴り飛ばす。
どうして。
……そうだ。
どうして自分は、こんなに苛立っているのだろう。
どうして自分は、ここまで必死になっているのだろう。
どうして自分は、これほどまでに彼女のことを心配しているのだろう。
……理由は分かっていた。
ただ、それを認めたくなかった。
認めることで、自分の中の何かが音を立てて壊れてしまいそうだったから。
(何かあったら、僕が護ってあげますよ)
……護る? とんでもない。
自分は、己の心を偽り、自身を守るだけで精一杯の――ただの、臆病者だ。
そんな自分が、彼女を護れるわけがない。
護る資格など、あるはずがない。
疲労はピークに達していた。
町中を駆け回り、洞窟では何度もモンスターに襲われ……加えてこの天気だ。
足取りが覚束ず、眩暈もしてきた。
(他に……他に、メロディさんが行きそうな場所は…)
今にも思考停止しそうな頭で、必死に考える。
(……まさか…)
いや、まさか。
そんなはずはない、と心の中では思うが……可能性は捨てきれない。
「…………」
一縷の望みを胸に、ラグナはその場所へ向かった。
無様な姿だ。
雨に濡れた自分を見やり、そう思った。
雨は既に止んでいた。
ふと空を見上げる。
雲の隙間から、月が見え隠れしていた。
「…………」
本当は彼と一緒に、この場所で、この夜空を眺めたかった。
だが、それはもう叶わぬ願いだろう。
彼のそばには、彼女が――フィルがいるのだから。
そう思っていたから
「――――さん―」
彼が来てくれるなんて
「メ――ィさん」
ラグナが来てくれるなんて
「メロディさん」
……思ってもみなかった。
「……ラグ…ナ…?」
「…探しましたよ……メロディさん」
いつも通りの彼が、そこにいた。
……いや。
全身ずぶ濡れで、傷だらけだった。心なしか、顔色も悪い。
(……あたしの…ために…?)
そう思うと、自然と目頭が熱くなった。
「……本当に…来てくれたんだ…」
今すぐにでも、彼の胸に飛び込みたかった。
でも……。
――ああ、やっぱり病院には行っておくべきだった。
目が霞み、足元も覚束無い。
彼に向かって歩みだしていたはずなのに、気が付けば目の前には地面が迫っていた。
――人前で泣くなんて、何年ぶりだろう。
薄れ行く意識の中、あたしはそんなことを思った。
「――ん…」
「あ…ごめんなさい。起こしてしまいましたか?」
……いつの間にか、ラグナの家に運び込まれていたみたいだ。
今は、何故か悪趣味なカブ柄のパジャマを着せられ、彼のベッドで寝ている。
聞いてみたところ、ミストがわざわざ持ってきて着替えさせてくれたらしい。
「病院には連絡しておきましたから。もう暫くしたらラピスさんが来てくれるそうですよ」
そう言いながら、彼はそばの椅子に腰掛けた。
……情けない。今日のあたしは、どうかしている。
不意にこみ上げてきた涙を隠すため、布団を目深に被った。
ラグナはずっと黙ったままだ。
あたしが顔を隠すから、気を使って声をかけないでいてくれてるんだ。
でも、今はそんな彼の優しさが嬉しくて、悲しくて……辛かった。
その優しさは、あたしだけに向けられている訳じゃないと知っていたから。
「ねえ、ラグナ……どうして、あたしにそこまで優しくしてくれるの…?」
自然と、そんな言葉が口から出た。
ラグナは答えに窮しているみたいだったけど――
一言。
一言だけ、こう言った。
「……なんとなく、気になって」
……そこが限界だった。
これ以上、苦しい思いはしたくなかった。
これ以上、自分を偽ることは出来なかった。
「……あのさ…あたしって、いっつも笑ってるし、割と大雑把な性格だって思われてるけど…」
自分でも、何を言っているのか分からなかった。
「…………本当はさ……寂しいんだ」
ただ、彼には……
「……物心付いたときから、親はいなかったし…」
彼には、本当の自分を知ってもらいたかった。
「でも、そんな境遇に負けたくなかったから……余計に明るく振舞ってきたんだよ…。
……泣きたいときほど、笑うようにしてきたんだ…」
彼には、本当の自分を、さらけ出したかった。
「…………」
ラグナは、ずっと黙ったままだ。
「あ……やだな、あたしったら…。……なに話してるんだろう。
ごめんね、こんな話聞かせ――」
突然、ラグナが視界から消えた。
同時に、暖かく優しい何かがあたしを包んだ。
……もう、自分を偽りたくなかった。
(でも、そんな境遇に負けたくなかったから……余計に明るく振舞ってきたんだよ…)
彼女のそばに居たいと思った。
(……泣きたいときほど、笑うようにしてきたんだ…)
彼女のことを抱きしめたいと思った。
(…………本当はさ……寂しいんだ)
彼女のことを、本気で護ってあげたいと思った。
「ラグ……ナ…」
メロディの体を優しく抱きしめる。
「ごめんなさい。……僕、嘘ついてました。
……なんとなくで…ここまでするわけ無いですよね…」
一旦深呼吸。
自分はもう、臆病者じゃない。
この想いを、全て彼女にぶつけるんだ。
「……メロディさん」
「は……はい…」
「僕は……あなたのことが…す」
ガチャ
玄関の扉が開いた。
「……あの、お薬、ここに置いておきますね」
その一瞬で状況を把握したラピスは、玄関脇に風邪薬を置いてそそくさと退散していった。
「…………ちょ、ラピスさぁぁぁぁん!!!! 違うんです! これはごか…
いや、誤解じゃないですけど! 誤解じゃないですけど誤解なんですってばぁぁぁ!!!」
もう、この上ないくらい慌てふためくラグナ。
そんなラグナに、ちょっと不機嫌そうに声をかけるメロディ。
「……誤解…なの?」
「う……いや、その…。
……誤解じゃ、ないです…」
「それなら……」
少し子悪魔っぽく微笑む。
「言葉じゃなくて……態度で示して欲しいな…」
「…………」
ああ、そうか。
何も言葉にする必要は無い。
二人の心はもう、繋がっているんだから。
二人はそっと、唇を重ねた。
今宵の月は雲の中でもなお、美しく輝いていた。
Fin...