白っぽいミスト ギガント山編
陽がいくらか傾き始めただろうか。
ギガント山から見下ろす街は、これから少しずつ、夕陽の朱を受け取って、僅かな間だけ、熱を持ったような赤に染まる。
ミストは、山頂でそれを待っていた。
天気の良い日は、どうしてもその景色が見たくて、こうしてギガント山に訪れる。
そうして、ぼんやりと山頂に立ち、景色の変化を眺める。
やがて太陽が赤みを帯びてゆく。
その光が雲を染めてゆく。
街を染めてゆく。
周りの山々は、影の度合いを濃くしてゆく。
その光景に感動してか、あるいは夕陽を受けたせいか、ミストの頬も赤く染まっていった。
「あれ、ミストさん」
その声に振り向くと、丁度ラグナが釣り橋を渡ってくるところだった。
ラグナはギガント山の探索の帰りだった。
夕景に見とれながら、自らも夕陽に染まるミストの立ち姿が絵画の様で、声を掛けたものか悩んだが、素通りはできないし、気付かれる前に、と、結局話しかけたのだった。
「こんばんは」
ミストは、言葉少なに挨拶で返した。
ラグナはそれに笑顔で応える。
そのままミストの隣りに立って、しばらく一緒に、そこからの景色を眺めた。
不意にミストが目をつむり、はあ、と、ため息を漏らした。
そこで、ラグナは、話してもいいだろうか、と思いながら、ゆっくりと話しかけた。
「ミストさんは、いいですね。こういうのをよく知ってるんですね」
「ラグナさんも、これから見つけられますよ」
ミストはそう応えながら、一歩、二歩と前に進んだ。
「見ててください」
振り向いてそう言うと、山頂を囲む山脈の方を向いて、
「やっほー」
と大きな声で呼び掛けた。
その声は、山々に跳ね返り、二回、三回とこだました。
ラグナは、やまびこなんて初めて聞いた、と思った。
少なくとも、今のラグナにとっては初めてだったし、そう思わせるだけの大きな感動を、体が感じていた。
ラグナがその声に聞き入っていると、ミストが振り向き、笑いかけた。
「ラグナさんもやってみてください」
「僕も……やっほーって言うんですか?」
「ええ」
「それはちょっと恥ずかしいような……」
「他の言葉がいいですか?」ミストは何か考え始める。
ラグナはそわそわし始める。夕陽は稜線に掛かり、いよいよ赤みを増してゆく。
と、何か思い付いたのか、ミストの瞳がこっそりと輝いた。
ラグナの横まで来る。
にやにやしながらラグナを見る。
「それじゃあ、好きだー、って」
夕陽に照らされたミストの頬は、赤かった。
「えっ!?」
「嫌なんですか?」
「そうじゃなくて、だから恥ずかしい……」
「大丈夫です、あたしが一緒に言ってあげます」
ミストは楽しそうだ。
困るラグナ。
「いいですか?いきますよいきますよー」
ミストは山脈に向き直る。完全にその気だ。
「ええっ、ちょっと!」
「せーのっ!」
「好きだー!」
ラグナの振り絞った愛の言葉は、反響を繰り返しながら山々を渡って行った。
聞こえたのはラグナの声だけ。
「あれ!?」
見るとミストは、口を押さえて嬉しそうにしている。
「あっ、え!?え!?」
「うふふふふ」
笑い声が、手の間から漏れ出ている。
「ずるいですよー!」
「うふふふっ」
「ミストさんもちゃんと言ってくださいよー!恥ずかしいじゃないですか!」
「いえ、あたしはもうお腹いっぱいですから。うふふ」
あまりにもミストが嬉しそうにしているので、ラグナももうどうでもよくなってきた。
恥ずかしいのなんて今だけだし。
そのまま二人は、夕陽が沈むのを見届けた。
「ミストさん、そろそろ帰りましょうか」
「そうですね。あっ、そうだ」
ミストがまた何か思い付いたのかと、ラグナはうろたえたが、
「じゃあ、送ってあげます」
ミストはそう言うと、ラグナの手を取り、歩き出した。
ラグナはちょっと驚いたが、そのまま、二人並んで帰っていった。
牧場に帰ると、丁度ロゼッタが来ていた。
「あら」
「こんばんは、ロゼッタさん」
「……仲いいわね」
と、ロゼッタは二人をからかった。
その言葉で、二人のどちらともなく手を離した。
が、その後ミストは少しラグナに寄り添った。
「別にいいけどね。あと、もうちょっと仕事がんばってよ」
そう言ってロゼッタは笑いながら、空の収穫箱を閉じた。
そして、帰る前にもう一言、
「あと、別にいいんだけど、あんまり恥ずかしい騒ぎ方しないでよ」
「え?」
「じゃあ、またね」
そう言ってロゼッタは帰っていった。
「今のって……聞かれてた……?」
次の日からラグナは、街のみんなから、からかわれたり、ちょっと引かれたり、それとなく諭されたり、あるいは怨めしい目で見られたりしたという。
おわり