すごいよ!メロディさん番外編 〜ブービートラップに気をつけろ〜
「う…う〜ん……」
ラグナはうなされていた。
暑い。苦しい。
筆舌に尽くしがたい寝苦しさだ。
「…………っ」
毛布を跳ね上げ、ベッドから身を起こす。
ぐっしょり濡れた前髪を拭いながら、壁にかけた時計を見る。
──8時。
「うわ……」
やってしまったな……。
昨日の忘年会で、少し羽目を外しすぎたか?
そう思いながらベッドを降りようとする。
むにゅっ。
ラグナの左手が、何か柔らかいものを掴んだ。
「ん……?」
非常に嫌な予感がしたが、そちらへ目を向けてみる。
「んぅ……ダメ…です……ラグナさぁん…」
……これは夢だろうか?
否。この左手に感じる、微妙な柔らかさは本物だ。
ラグナの隣ではミストが寝ていた。
そして、彼の手はしっかりとミストの胸を掴んでいたのだ。
「え……」
脳がフリーズする。
マウス操作を一切受け付けない。
Ctrl+Alt+Deleteで強制終了。
再起動。
──起動完了。
OK。今の自分は冷静だ。
もう一度状況を確認してみよう。
今、自分はベッドの上にいる。
その隣には、服の前をはだけさせたミスト。
そして自分の手は彼女の胸の上。
「……ええええぇぇえぇえええ!!!?」
事実確認をしたラグナは、とりあえず叫ぶことにした。
「ぅ? ……ぁ、おはょうござぃます、ラグナさん……」
眠そうな目をこしこしと擦りながら、ミストがむくりと起き上がった。
「いや、おはようじゃないですよ!! なんでこんなところに居るんですか!!?」
「ふぇ……?」
しばし寝惚け眼でラグナを見つめた後、ミストは不機嫌そうに呟く。
「どうしてって……忘れちゃったんですか?」
「わ、忘れたって……何をですか?」
「それは……」
ミストはポッと頬を染めながら顔を手で覆う。
「昨日の夜のことですよ。あんなに激しかったのに、忘れちゃうなんて……あたし、ちょっとショックです」
「んな!?」
ボディブローを叩き込まれた気分だ。
絶望に打ちひしがれるラグナ。
──いや待て。もしかしたら、いつものように自分をからかおうとしているのかもしれない。
昨日のことを、よくよく思い返してみよう。
確か、昨日の夜は町の皆で、酒場で忘年会を行ったはずだ。
しばらくどんちゃん騒ぎが続いた後、酔ったメロディに羽交い絞めにされ、悪ノリしたカミュにブランデーをボトルで飲まされて……。
その後は覚えていない。
(……まさか、酔った勢いで…!?)
充分にありうる。
青ざめた顔でミストを見ると、彼女は極上の笑顔を浮かべながらラグナに寄り添った。
「やっと、メロディさんからあたしに乗り換える決心をしてくれたんですね。嬉しいです」
「してません! 乗り換えません! 喜ばないでください!」
「もう、照れなくてもいいんですよ。……あ、そうだ。昨日の続き、しませんか?」
「ダメです!」
「ダメですか?」
「ダメです! ダメダメです!!」
必死に現状を否定しようとするラグナ。
しかし、いかんせんこの状況では……。
その折、誰かが玄関をノックした。
「あら、お客さんみたいですね」
「んげっ!? ミ、ミストさん……っ!」
「大丈夫ですよ。見つからないように隠れていますから」
そう言ってミストはごそごそとベッドの下に潜り込む。
彼女の姿が完全に見えなくなったのを確認し、ラグナは玄関を開けた。
「あ、ラグナ。あけましておめでとー♪」
メロディだ。
(一番来て欲しくない人来ちゃったぁぁぁ!!!)
心の中で叫ぶ。
そういえば、今日は二人で釣りに行く約束をしていたんだった。
「ああ、あけまして、お、おめでとうこざいます……」
どもりながらも、なんとか応答するラグナ。
「うん! 今年もよろしくねー♪
……えっと、それで、新年早々、ちょっと悪いお知らせがあるんだけど…」
そう言って顔の前で手を合わせる。
「ゴメンっ! ちょっと用事が入っちゃって、今日のデート行けなくなっちゃったの。
今度埋め合わせするから、許してもらえるかな……?」
いや、埋め合わせをするのは自分の方……。
喉から出掛かったその言葉を、なんとか飲み込む。
「へ? あ、い、いえ。大丈夫ですよ。気にしないでください」
脂汗をかきながらも、出来る限り平静を装って返事をする。
「本っ当にゴメンね〜。……それじゃ、あたし急いでるから! また後でね〜!」
踵を返し、急いで町へと戻るメロディ。
ラグナは彼女を見送った後玄関を閉め、深いため息をついた。
「あぁぁ……最っ低だ、僕…」
「そんなことないですよ。ラグナさんは、最高のアースマイトです」
「それ以前に人として最低ってことですよ!!」
ベッドの下から這い出てきたミストに怒鳴り散らす。
……いや、彼女を責めるのは、お門違いだろう。
全ては自分の責任なんだから。
「ラグナさんっ! あけましておめでとうござい……ま…す…?」
突然玄関が勢いよく開き、フィルが入ってきた。
最悪なタイミングだ。
「…………」
「あ、フィルさん。あけましておめでとうございますー」
はだけた服を直そうともせずに、ひらひらと手を振るミスト。
そんな彼女をしばし見た後、フィルはゆっくりとラグナの方を向く。
「あの……ラグナさん…?」
「は、はい!? なんでしょうか!!?」
「……よろしければ、私も混ぜてもらえませんか?」
後ろ手に玄関の鍵をかけながら、にっこりと微笑むフィル。
「混ぜるって何ですか!!? つーか笑顔で言うことじゃないでしょそれ!!」
と怒鳴ったところで、自分が袋の鼠にされていることに気が付いた。
じりじりとにじり寄ってくるミストとフィル。
「え……あの、冗談…ですよね?」
しかしラグナの問いには答えず、二人とも獲物を狙うような目でなおも接近してくる。
「ラグナさんったらヒドいんですよ、フィルさん。
昨日、あんなに激しくしたのに、そのことを全然覚えてないんですよ」
「まあ、それはひどいですね」
「あまりにも激しくて、あたし死んじゃいそうだったんですから。
責任とってくださいね? ラグナさん」
「そうですよ、ラグナさん。男なら、どーんと責任とってください。
いい男の責任の取り方は、結婚です。ついでに私とも結婚してくださると嬉しいのですが……」
「いや、なんか言ってることが破綻してませんか!?
そもそもそれって重婚……」
「ここでラグナさんに素敵なお知らせです。
実はシステム的に重婚できないだけで、この町では一夫多妻は禁止されていません。これは耳寄りな情報ですね」
「よかったですね、ラグナさん。これで私とも、遠慮なく結婚できます」
「システムって何ぃぃぃぃ!??」
遂に壁際まで追い詰められたラグナは悲痛な叫びを上げる。
そしてこれから起こるであろう事を予想し、目を閉じ……。
パァン
何故か小さな爆発音が鳴った。
恐る恐る目を開ける。
目の前で紙吹雪が舞っていた。
『は〜い、ドッキリ大成功〜♪』
満面の笑みを浮かべるミストとフィルの手には、使用済みのクラッカー。
続いて玄関が開く。
「あはは……ラグナさん、男がそんなに情けない声を上げちゃダメですよ」
「しっかし、見事に騙されてたな……」
「ゴ、ゴメンねラグナ〜。ラッセルさんがどうしてもって言うから〜……」
メロディに渡していた合鍵で玄関を開けたのだろうか。
ラッセルとカミュがずけずけと家の中へ入ってき、メロディがバツが悪そうに玄関先で手を合わせていた。
「へ……? あ、あの、ラッセルさん? これは一体……」
間の抜けた顔でラグナは問いかける。
「ちょっとしたお茶目ですよ。楽しんでいただけましたか?」
「いや、あの状況で楽しめるのは部外者だけかと……。
つーか、俺も罪悪感で一杯だったんですけど……」
すかさずツッコミを入れるカミュ。
意外と常識人だ。
「そ、それじゃあ、ミストさんとのことは……」
「もちろんウソですよ。だから安心してください、ラグナさん」
そう言ってフォローを入れるフィル。
それを聞いて脱力しきったラグナは、その場にくずおれる。
「よ……よかった…本当にヤってたら、もうどうしようかと……」
乾いた声で笑いながら、ようやく人心地つくラグナ。
ドッキリで本当に良かった……。
そう思いながらメロディの方を見ると、ミストと彼女がなにやらぼそぼそと話しているのが見えた。
「それはそうと、メロディさん」
「ん? 何、ミスト?」
「えっと……ごちそうさまでした♪」
ラグナ以外の全員の時が止まった。
「え……あの、ミスト。それって……」
「メロディさんはいいですね。あんなにおいしいものを、毎日いただくことが出来て。
……また、あたしにも分けてくださいね」
この一言がトリガーとなった。
「ず、ずるいですミストさん!! 協定違反ですよ!!」
「あら、何のことでしょうか?」
「……ミスト…あんた、覚悟は出来てんでしょうねぇ…?」
「あら? 覚悟が必要なほど強くないですよね? メロディさん」
「じ、上等よ!! 今ここで成敗してくれるわっ! フィル、共同戦線よ!!」
「はいっ! 裏切り者を許すわけにはいきません!!」
どたばたと家の中を駆け回る三人を呆然と見守るラグナの肩に、ラッセルはそっと手を置いた。
「ラグナさん……もう少し『警戒心』というものを持って生活をしたほうがいいですよ」
「……お前には、もう酒は勧めないことにするよ…」
同じように肩を叩くカミュ。
ラグナだけが、何のことか分からないと言いたげな顔でメロディ達を見ているのであった。
「またお願いしますね、ラグナさん♪」