鳴動編 ミスト頑張る


「げほ、ごほっ……」
「大丈夫ですか、ラグナさん?」
「大丈……げほごほっ」
 春の十二日。ラグナは、風邪を引いた。


「ぞれにじてもごまりまじだね……」
「……ラグナさん、鼻水鼻水」
 ミストが差し出した塵紙を受け取って、ちーんと鼻をかむラグナ。
とりあえずかんだ紙はミストがおずおずと差し出してゴミ箱にGO。
「………全くです。カブがせっかく大きく育ってるのに」
「ぼぐのごどばどうでもいいんでずが」
「冗談ですよ冗談」
 何やら恨めしげに見つめてくるラグナにぱたぱたと手を振るミスト。ラグナはしばらくミストの顔を見つめていたが、ふてくされたように布団に潜り込んでしまった。
 風邪を引くと言動が幼くなるのはラグナさんも同じなんだな、とちょっとだけ感心したミストであった。
「でも、真面目な話、本当に困りましたね。ラグナさんは今、農場にモンスターの飼育にダンジョンの農耕までしてらっしゃるんでしょう?」
「ヴぁい………」
「流石に、風邪が治るまで放置、なんてのはできませんよね……」
 ミストの脳裏に展開される、一週間後のそれぞれ。
 農場は荒れ果てカブが萎びて転がり、モンスター小屋は爆砕してブチ切れたモンスターが食べ物を求めて街を襲撃し、ダンジョンの栽培中のカブがモンスターの胃袋に納まる光景。
 困る。
 それはとても困る。特にカブは。
「うーん」
 布団の中でげほごほ言っているラグナを見る。
 いつもにこやかに笑っている彼は今はみる影もなく、布団の中にもぐってうんうん唸っている。顔は熱で真っ赤なのに青いという有様だし、声だってしわがれてしまっている。
 辛そうだ。
 そこまで考えれば、ミストのする事は決まっていた。
「よし、分かりましたラグナさん!不詳このミスト、ラグナさんの為に人肌脱ぎましょう!」
「ヴぁい……?っで、ごごでぎがえないでぐだざいミズドざんっ!」
 やはり、ミストは天然だった。

「まず、この農場からですね!」
 作業服に着替えたミストは、見渡す限り広がる野菜園の前でガッツポーズを決めていた。
 作業服といっても、ラグナの予備の服を強奪して髪を上げただけだが。
「とりあえず、畑自体はラグナさんがきっちり整理してるから、水をあげるだけですね……」
 たっぷりと水の入った如雨露をうんしょうんしょと引きずってきながら、ミストはにこにこと水遣りを始めた。
 だが、遅い。
 無理もない。ラグナの使っている虹の如雨露は、各種合金で強化された特別製のものだ。
 普段から体をモンスターとの戦いや農耕で鍛え上げているラグナならともかく、唯の女の子であるミストにとってはいささか荷が重い。
 それでも、必死になって水遣りを続けていたが、とうとう半分も終わらないうちに昼になってしまった。
「あーうー……ラグナさん、いつもこんな重いものを振り回してたんですね……」
 もう駄目だー、といわんばかりに如雨露を放り出して大の字になるミスト。
 RPなんてすっからかんである。レベルが合わない物を使うとこうなるので画面の前の皆さんも注意しよう。
「困りましたねー……モンスターさんにご飯も用意しないといけないのに……」
 途方にくれるミスト。だが、そんな彼女を上から覗き込む影があった。
『ぼえ〜〜〜』
「……ツンドレちゃん?」
『ぼえぼえ』
 現れたのは、ラグナが牧場で飼っているモンスターのうちの一匹、ツンドレだった。
 ツンドレはその青い人魂みたいな体をふわふわと揺らしながらミストのまだ水遣りの終えていない場所にいくと、しゅわしゅわと魔法で雨をふらせた。
「わぁ!凄い凄い!」
『ぼえぼえ〜』
「え、何?ここは自分が終えておきますので隊長は次の仕事を?有難う、ツンドレちゃん!」
『ぼえぼえ〜!』


「ふう、これで終わりですね」
 ツンドレに水遣りを引き継いだミストは、あっという間に小屋へ飼料を運び終えていた。
 まあ元々草であるし、ツンドレという応援を得て心理的にノリノリだったミストには苦でもない作業だった。……まあそれでも結構時間はかかったのだが。
 それにここも、心強い応援がいたからというのもあるだろう。
 ミストは足元でかさこそと触覚を揺らす巨大な昆虫に笑顔を向けた。
「手伝ってくれてありがとうね、アントさん」
『ぎっちぎちぎち』
 ミストの礼に触覚を揺らして『いえいえ我輩なんぞが貴公のお役にたてて幸いです』と答えるアント。
 さらにそれだけではない。
 農場の方はツンドレだけでなく、宙をふよふよ泳ぐ魚のようなモンスターや杖を持った小さな魔法使いのようなモンスターがせっせと魔法で水巻をし、ミストの後を追うように巨人のような体を持つモンスター達がついてきていた。
 みんな、ラグナが飼育しているモンスター達である。
 主が病に倒れたときいて、いてもたってもいられなくなったのだ。
「うふふ、それにしてもみんなラグナさんの事が大好きなんですね」
『ぼえぼえ!』
『ぎちぎちぎっち!』
『ぎょぎょー!』
 途端、なんかハッスルしだすモンスター達。その様子を、ミストはにこにこと見守っていた。

「……残るはここ、ですね」
 最後にミストが訪れたのは、カーマイト洞窟。ここに開かれた農場の水遣りさえ終えれば、今日の仕事はそれで終わりだ。
「さあ、頑張りますよ!」

「って、今日はモンスターの会合日か何かですかーーーっ!?」
 カーマイト洞窟のなか、ミストは追い掛け回されていた。
 その背後を追うモンスターの群れ。明らかに普段より多い。
 これはミストが知る術もない事だったが、実は今日帝国工作班が設置した召還装置にはちょっとした不備があり、やたらめったらモンスターが召還されてしまっていた。
「って、行き止まり!?」
 逃げ回っていたミストだったが、しかしとうとう二階の行き止まりに追い詰められてしまった。
 何とか抜け出そうとするが、反対側の通路はモンスターがぎちぎちに詰めている。到底、抜け出せそうにない。
「くっ……!」
 しり込みするミスト。このままアレな展開に突入か?
「………ふふ……ふふふふふふふふ」
『ビクッ!?』(モンスター一同)
 突然、怖い笑いを漏らすミスト。ちょっとびびるモンスター一同にはかまわず、ミストは顔をうつむかせたまま、何か取り出した。
 それは……、カブだった。
 そう。真っ白い根茎に、青々とした葉っぱ。どっからみてもどうみても、完全無欠にカブだった。
「本当のカブの輝きを見せてあげましょう」
 くすくすと笑いながら、カブをゆっくりと腰のあたりにもっていくミスト。
 いつの間にか、その腰には銀色に光るベルトが巻かれていた。
『HEN−SIN』
 カーマイト洞窟を、衝撃が突き抜けた。
 その衝撃に巻き込まれて、ザッハが独り生き埋めになったが、それは誰のしる所ではなかった。

「う、うーん……よく寝たぁ」
 ラグナが目を覚ましたのは、日がくれる頃だった。
「うん、やっぱり一日寝ると違うな。この調子だと……あれ、ミストさん?」
「すやすや……」
 ベッドの横で、もたれるようにしてミストが眠っていた。
 布団の上に上半身を倒して、顔をふせてすやすやと寝息を立てている。
 ラグナは一瞬あっけに取られたが、すぐに笑みを浮かべるとミストの金色の髪を指を通した。
 くすぐったそうに、ミストが唸る。
「……お疲れ様、ミストさん」
 そうして、ラグナはミストの重さを心地よく思いながら、再び眠りについた。

 ちなみに。
 ザッハが崩れ落ちたカーマイト洞窟から救助されたのは三日後の事だった。
 彼はしきりに「カブを見たんだ!真っ白なカブを!」と言い、街の人々の頭を悩ませた挙句ラピスの手によって病院の個室に叩き込まれたという。

 ………仮面ライダーカブ・鳴動編、完結。続かない。

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