ビアンカ→ラグナ
「なにこれ?もっとマシな物持ってこられないの?」
ああ、また言ってしまった。どうして自分はこんな風にしか言えないのだろう。
感謝祭や誕生日に、ラグナはいつも畑で採れた作物や、料理を持ってきてくれている。
最初はしがないただの男としか見ていなかった。だけど日を重ねる内にいつしかラグナに対する恋心の様な物が出来ていた。
当のラグナはそんな事には気付いていないのだろう、きっと。
いつもつんけんした態度を取っている私に、表はにこにこしていたけど、心中ではきっと舌をだしているに違いない。
昔からそうだ。
こんなんだから友達も出来ず、ずっと一人ぼっちで、喋る相手もいない。
そんな自分に嫌気がさして、いつの間にか他人の侵入を拒む柵を周りに作り上げてしまった。
それなのにあの人は軽々と乗り越えて私の中に入ってくる。
しかし、それが私には嫌ではなかった。
こんな自分をあの人は、ラグナは迎え入れてくれている。
それなのに、いつも素っ気無くしてしまっている。
やはり私は柵を壊せそうにない。
今日もラグナはやって来た。
ラグナは毎日私の所に来て他愛無い話をする。
話は大体ラグナの方から振ってきて一方的であるけれど、それ程嫌ではなく、むしろ嬉しかった。
彼が玄関から出て行く後姿をいつも二階廊下から鳥瞰しているのだが、いつもは振り向くことなく邸宅を後にする。
しかし今日は違い、こちらを見てまばゆい笑顔をこちらに向けた。
私も笑い返したい、返事をしたい、と思いはするが上手くいかない。
いつも無愛想な表情しか出来ない自分に、毎度の事ながら嫌気がさす。
部屋に戻ろう、と思いふと顔を上げると、厨房の方からタバサが顔を出しており、目が合うとにっこりと微笑んだ。
その笑顔は私の心中を全て見通しているかのようで、えもいわれぬ思いが沸いて出てきた。
部屋に戻りくつろいでいると、不意に扉が開き、タバサが姿を現した。
「お嬢様、こんな物を作ったのですが…… 如何ですか?」
タバサの手にはクッキーと湯気がたっているココアが乗っている盆があった。
「今は……いらないわ。でも、ありがと、そこに置いといて頂戴。」
そう言うと、ハイ、と小さな声でベッド脇のテーブルに盆を置き、私の隣に腰掛けてきた。
「今日もいらっしゃいましたね、ラグナ様。」
私は答えなかった。
「もう少し長居されれば、間に合いましたのに。」
タバサは目だけを湯気のたっている方に向けた。
「それは、自分が作ったクッキーを食べて貰いたかったから?」
だめ、と抑止しようと思ったが、機関銃のように次々と言葉が出てくる。
「そんなに作った物が食べて貰いたいのなら持っていけばいいじゃない!
会いたければ勝手に会いに行けばいいじゃない!そうやって、蚊帳の外に出そうとしているんじゃないの?」
そんな事タバサが思っているはずない、と一番よく分かっているのは自分だけれども、一度口に出してしまったら最後、とめどなく発せられていく。
一通り言い終えると、ああ、だから自分はこんななんだと思うと同時に、タバサに対する悪態を言ってしまった事を後悔した。
「大丈夫ですよ、お嬢様。」
何が大丈夫なのか、と言おうとした時、身体が吸い寄せられる感じがした。
感じがした、のではなく、実際にそうであった。
タバサが私の身体を抱き寄せていた。
どれくらい時間が経ったのだろうか。
タバサは何も言わず私を抱きしめてくれている。
エプロンが涙でべとべとになっても優しい顔で私を見つめ、ほんのりとした温もりが身体を包み込んでいる。
その暖かさを感じて、もう自分は一人で悩まなくても良い、と再確認した。
「お嬢様の場合、そう、怖がっている、のですね。相手の反応を常に伺い、自分に不利な状況にならないよう強く当たって……
でも、笑う事も大事です。でも一度勇気を出してしまえば、あとは簡単。自分でまず殻を割らないと何も始まらないんです。
確かに、人は始めての事を行おうとすると怖気付いて引っ込んでしまいます。でもそれは方向が違うだけで、私にも、もちろんラグナ様にだってあるものなんです。
だから自分だけ、なんて考えに囚われずに一歩を踏み出してみて下さい。それさえ出来れば後は大丈夫です。」
今の私にはタバサの言葉が湯のように感じた。
凍結してしまった心を少しずつ、だけど確実に溶かしていく。
「やっぱり、私…… ラグナが好き、好き、好き、好き……」
今まで腹の中に溜めていた言葉をタバサの胸の中で何度も何度も繰り返す。
そして胸のつかえが下りたのか、いつの間にかビアンカの頭はタバサの膝にまで降りていき、静かな寝息を立てていた。
タバサは静かにベッドに寝かせ直し立ち上がった。
「ラグナ様、お嬢様は今日、とても大きな成長を成し遂げられました。」
そう囁いて静かに部屋を後にした。