カイ×カレン

夏の海からは湿った風が吹いてくる。潮の匂いを身体に浴びながら、カレンが叫ぶ。
声は夜の海に吸い込まれ、町へは届かない。
頬に、ぴたりと冷たいものが当たる。笑顔を作って振り向くと、カイが立っている。
紫のバンダナ、健康そうに日焼けした肌。その手には、よく冷えたワイン。
「よ」
短い挨拶をする。
「笑わなくても、大丈夫だよ」
カレンの顔が曇る。参ったな、と言う顔で顔に掛かる髪をかき上げる。
そして今度は、眉を八の字にして少し情けない笑顔になる。
「…お見通しかぁ…」
カイが口を開くのを遮るようにカレンが喋り始める。
「それで、おつまみは?今回はいいものあった?新しいレシピは仕入れたの?」
いつものカレンからは誰も想像がつかないだろう、とカイは思う。
こんなに必死で。こんなに頑張っているよと主張して話し続けるカレン。
余所者のカイの前でだけ、違う顔になるカレン。
この町で生まれ育ち、海の向こうに思いを馳せている。
「大丈夫。大丈夫だから。今回は美味いモンたくさんあるし。ワインもあるから」
ゆっくりとそう言って聞かせるとカレンがやっと落ち着いた。
「…ごめんね…いつも…」
そう言って力なく笑う。カイは何も言わずに海の家にカレンを誘う。
「そのへんに座っててよ」
カレンを座らせて「これは食前酒」と言いながら、ワインをグラスに注ぐ。
「乾杯」と言ってグラスをあわせ、一口飲んでから、カイが厨房に立つ。
「何が食べたい?」
「何でもいいよ」
カレンの声にカイの声が重なる。驚いてカレンが目を開く。
にこっと白い歯を見せてカイが笑う。
「カレンは何でもいいよっていつも言うよな。ちゃんとワガママ言えよ」
カレンが困った顔になる。しっかり者で姉御肌でいつも頼りになる自分でいたいのに。
そう、いようとしている、のに。
この余所者はいとも簡単にそんな自分の鎧を壊す。
「言ったろー?美味いモンたくさんあるって」
「でっ…でもどんなものがあるのかわからない…」
自分の動揺をごまかすように手酌でワインをグラスに注ぎ、一気に飲み干す。
「じゃ、おまかせな」
手早く料理の準備にとりかかるカイの背中に向かってカレンが呟く。
「…私だって…」
魚をあっという間に捌き、チーズをフライにし、小さなピザを何枚か作る。

カイと入れ替わりたい、とカレンは思った。
自分は料理をするのは好きだが上手くはない。はっきり言うと、とても下手だ。
でも、そうするとリックに嫌われるのか。
…嫌われても別に構わないのかな、とカレンは自問自答する。
今も嫌われてはいないけど、特に愛されている、とか、男女としての好き、を
感じたことはない。言われたこともない。
ぐい、とまたワインをあおる。
「ワインってそう言う飲み方するもんだったっけ…」
少し呆れ顔のカイが立っている。皿に料理が乗っている。
「あ…もうできたんだ」
すごいなと感心する。
「どうぞ、お嬢様。」
おどけてカイがお辞儀をして、丁寧な手つきで料理を並べる。
「海の家ってこういうもんだっけ?」
にっこりと極上の微笑みを浮かべてカイが答える。
「今日は、カレン様のための特別ですから」
特別、という言葉の響きが心地良い。
「何でもお申し付け下さい」
そう言いながら、カレンのグラスにワインを注ぐ。
「私は…特別?」
今日はなんだか変な酔い方をしているかもしれない、とカレンは思う。
カイにはそれでもいいやと思わせる開放感がある。
「特別だよ」
さらりとカイは答える。照れもしない。こういうやりとりには慣れているのかもしれない。
それでも、愚鈍な男よりは遙かに良い。どうせやってることは同じなんだもの。
カレンは料理を口に運ぶ。
「おいしい…っ」
思わず、声に出してしまう。本当に、美味しい。
同じ物を使って同じように作ろうとしても絶対に自分はこんな風にはできない。
「そうそう、そういう風に素直でいればいいのに」
「…どういいのよ」
アルコールの回った頭で考えてもまったくわからない。
「俺は、少しくらい抵抗されるのも好きだけどね」
唇が、重なる。
「あ…そういう…」
ふふ、とカレンは笑って自分から唇を寄せ、もう一度キスをした。


毎年、夏になるとやってくる男。毎年料理を作ってもらって毎年酒を飲む。
でも、まだそういう関係になったことは、なかった。
今までは、毎年愚痴を聞いてもらっていた。
「今年は…こういうこと、するんだ…」
カイがカレンの耳たぶを唇で挟む。
「…カイも、何かあったの…?」
また頼られる。リックだけでたくさんなのに。夏の男はそのときだけの友達なのに。
「カレンこそ」
カイが額をぴったりとカレンの額に当てる。
「俺もってどういうことかな」
「も」をわざと強く言ってカイが笑う。
言いたくない。しっかり者のカレンでいるためには、思い出すだけでも辛い。
…辛いんだ。
「何かあったんだろ?」
カイは優しい。辛いということを自覚した自分にはその優しさがとても悲しい。
頼っていいのかわからない。
夏が終わればいなくなる男。
しかも、ポプリちゃんに好かれてて、リックには嫌われてる。
「私とこんなことして、いいの?」
話題を少しずつずらそうとカレンは努力する。
それでも、カイの腕はすでにカレンを抱き締め、口づけは鎖骨まで降りている。
「カレンが良ければ」
さっき、自分から唇を一度寄せたことをカレンは思い出す。
嫌ではないのね。妙に冷めた視線で己を振り返る。
「…私のこと、好きなの?」
「好きだよ」
嘘でも構わない、と思った。誰かにべたべたに甘やかされて、誰かにずっと好きだと
言ってもらいたかった。誰かに愛してると囁いて欲しかった。
「愛してる」
カレンの心を見透かしたようにカイが囁く。
きっと今だけなんだ、と思いながらも、気持ちが高揚する。
誰にでも同じことを言ってるんだ、と思うけれどもそれでも構わない。
今だけ、夏の夜の今だけでいいから、いつものカレンではなくなっても…いいよね。
自分に言い訳しているのは良くわかった。
それでもカレンはカイの首にその細い腕を回した。
ラグに背中を預ける。カイが覆い被さってくる。
唇にキスを落とす。


そのまま、シャツをたくし上げられる。ブラジャーを外し、胸にそっと掌を当てる。
「カレンは…かわいいよ」
そう言って乳房にキスをする。
かわいい、というのはあまり自分には送られない形容だと思った。
「そんなこと言うのは、カイだけ…」
胸の突起を舌で転がされているのを感じながら、カレンが呟く。
カイはカレンの乳房にくまなく舌を這わせる。
ショートパンツの中にカイの手が潜り込む。
「かわいいっていうのは…」
そう口に出して一瞬ためらう。
カレンは、ポプリのことを真っ先に思い出した。
カイは誰のことを思っているのだろう。
「んっ…」
カイの指がカレンの茂みを探り、スリットに入ってくる。
同時に、違う指がスリットのすぐ上の突起を転がしている。
「やん…」
思っていたより自然に声が出てしまう。
「カイって…上手い…」
くりくりと突起をいじくりながら、カイが顔をあげて笑う。
「カレンが、かわいいから」
まるで用意されていたような台詞だとも思う。でも、今のカレンには十分だった。
「ふっ…くぅ…」
たまらず、脚を開いてしまう。ショートパンツを脱がされ、ショーツも剥がされる。
カレンは、手を伸ばし、カイのバンダナを取る。バンダナを投げ、シャツも脱がせる。
ズボンのベルトを外し、下着ごと引きずり下ろす。
「カレン…いつもこんなに濡れるの?」
カイがカレンに入れていた指を抜く。
「あ…ぁん」
指にとろりと粘液が絡まっている。
「なんか凄く感じてるし」
「ワイン…飲んだから…っ」
下手な言い訳だと思う。酔っているのは、カイの言葉に、カイの態度に、だ。
こんなに優しくされて、こんなに特別に扱われて。
心を、任せてしまったから。
何も言いたくなくなって、カレンはカイのペニスをそっと手にする。
そのまま身体をずらして、ペニスにキスをした。
くびれのまわりに舌を這わせ、先端を音をたてて吸う。


ちゅっちゅっと水っぽい音がする。
「んん…」
今度は、カイの手が止まる。
「カレン…イイね…」
すでに準備はできていたカイのペニスがより一層固さと大きさを増す。
ペニスの根本までカレンの唇はくまなく触る。
「…カレン…っ」
もう限界だと言うようにカイがカレンをいったん離し、唇に唇を合わせる。
カイの指が再びカレンのスリットを確認する。
「いい…?」
カイが尋ねると、カレンがこくりと頷いた。
カレンの入り口にカイのものが当たり、一気に侵入してくる。
緩急を付け、カレンの反応を伺ってはいるが、カイもぎりぎりといったところだろう。
「やぁ…ん…カイのって…おっきぃ…」
カイの動きに合わせて腰を前後に振りながら、上気した顔でカレンが呻く。
「しかも…すっごくイイ…」
「カレンもサイコー…」
カイの額が汗ばんでいる。
「ドコが気持ちイイのか教えて…?」
カイがカレンの中で動く。
「んっ…もうちょっと奥…っ」
背中を仰け反らせながら、これ以上の快感はどんなだろう、と思う。
「あ…あぁんっ…」
思わず、よがり声をあげてしまう。カイがそこを狙って何度も動く。
「あ…あ…あぁあっ…」
「イッていいよ」
こんな時でも、カイは笑顔だ。
「ふぁっ…あっ…んんんっ…イク…あぁあっ…」
一瞬、頭が真っ白になる。
「何回でも、どうぞ」
そう言いながら、カイが腰を打ち付けてくる。
ぱんぱんと身体のぶつかる音にぐちゅぐちゅと粘液を掻き混ぜる音が混ざり、
何とも言えず淫猥な効果音になる。
「やぁ…っ…もっと…イッちゃうぅ…っ」
再び、頭が真っ白になる。
「カイも…」
にっこりとカイが笑い、動きを速くする。
「いい…?いくよ…?」
そう言って、カレンの奥まで肉棒を押しつける。カレンの脚がぴくぴくと痙攣する。
カレンに覆い被さり、口づけをしながら、カイの身体から緊張が抜ける。
カレンの奥に温かい感触がじわりと広がった。
覆い被さったまま、カイが呟く。表情は見えない。
「カレン…かわいいカレン、大好きだよ」
しかし、その顔から微笑みは剥がれ落ちている。
「…愛してる」
その言葉に心はない。
二人とも、わかっている。それが嘘でも、それに縋りたい時があるのだと。
例え決まり文句でも、それが欲しい時があるのだと。

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