ターニャと剣

 春のある日の晩。
 いつもなら明日の準備を終え、就寝している時間。
 にも関わらず、ターニャは一人、テーブルで酒を味わっていた。
 なぜならば、今日は待ち人がいるからだ。
「こんばんわ〜」
「あら、やっと来たねカイル」
 カラカラと音を立てて、店に入ってくる待ち人。
 そう、カイルだ。
 ターニャはカイルの姿を目にすると、いつもの猫のような笑顔を浮かべて
彼を手招きした。
「今晩は誘っていただいて、ありがとうございます」
「いーのいーの。一人で酒飲んでもつまらないしね」
 向かいの席にカイルが座るのを見て、コップに酒を注ぐターニャ。それを
ごとん、とカイルの手前に置く。
 カイルがそれを受け取ったのを見て、彼女は一度席を立った。
 そのまま、いつもの鍛冶場にいき。
 戻ってきた彼女の手には、一振りの剣があった。
 それを、ドン、とテーブルの上に置く。
 美しい剣だった。そちらの知識が乏しいカイルから見ても、相当の業物で
あると一発で分かる。それどころか、この剣は薄暗い明かりの中で、ぼんや
りと輝いているようにさえ見えた。


「これは……」
「どうだい、コイツの出来は。私が今まで打った剣の中でも、一番の業物さ。
見せたかったのはこれなんだ」
「へぇ………」
 まじまじとその剣を見るカイル。そんな彼を見ながら、ターニャはちびりと酒を煽った。
「本当にいい剣ですね……」
「だろ? 花見もいいが、私としてはこういういい剣を見ながら酒をちびち
びとやるほうが好きなんだ。ほら、カイルも一杯いきな」
「あはは、ターニャさんらしいですね……」
 カイルはターニャの言葉に苦笑すると、自分もすすめられたお酒を煽った。
ちょっとだけ顔をしかめる。
 そんなカイルを見ながら、ターニャは笑いつつ、心の中で呟いた。
(もっとも、いい剣ってのが、武器だけとは限らないもんさ)
 その”いい剣”を見つめながら、ターニャはふと数日前の出来事を思い出した。
 一見頼りない、目の前の青年が、凶悪なゴブリンパイレーツを10匹討ち
取ってきたのだ。無論、ゴブリンパイレーツ如きで有頂天になられても困る
が、かといってあれは弱い部類でもない。駆け出しの傭兵ぐらいには手の出
ない難易度にしたつもりだった。
(ふふ。まるで打つ前の焼けた剣みたいじゃないか。この子がどこまでやれる
のか楽しみだよ)
 と、ふとターニャはそこで、街で聞いたある話を思い出した。
(……そうだね。私もしばらくご無沙汰だったし……この子ならいいかな)
 にやり、と思いつきに邪悪っぽく口元が歪む。
 ターニャにしてみれば、面白くて良い刺激になる事。逆に言えば、カイル
にとっては迷惑以外のなんでもない事に。
「そういえば、カイル……」
「はい?」
 だがそんな内面を一切外に出さず、ターニャはさらりと、爆弾を投下した。
「最近、マナといい感じらしいね?」
「マ、マナさんと? あ、それは、その、なんていうか……」
 たちまち言いよどむカイル。若々しいねえ、と思いながら、ターニャは情け
容赦なく次なる爆弾を投下した。
「で、もうヤッたのかい?」
「ぶっ!?」
 見もフタもない一言に酒を噴出すカイル。それをお盆で防ぎながら「あらあ
ら、まだなんだね」とにやにやと笑うターニャ。
「た、タタ、ターニャさん! いきなり何を言い出すんですか!?」
「何って、ナニ?」
「ターーニャさーーーんっ!?」
「あっはっはっは。まあ、んな事はいいんだよ。それで……」
 ずい、と身を乗り出すターニャ。
「……経験、あるのかい?」
「……」


「あるのかーい?」
「そ、それは………」
 まあ、普通に考えればないだろう。というか、カイルは記憶喪失なので、
あってもないようなものである。
 またまた言いよどむカイル。
「……で、でもそんなのまだ早いし……」
「そういかい? 女の子ってのは、割と早いもんだよ。私もあんたぐらいの
年の頃には、旦那と……」
「わーっ!わーっ!わーっ!?い、いいですからそういう生々しい話はっ」
「こ、こら、騒ぐな。ロイがおきてくるじゃないか」
「す、すいません……」
「全く……。ま、まあ、それで、そういう時に女の子に恥をかかせないいい方法があるんだよ」
「え?」
「知りたいかい?」
 流し目でカイルを見る、ターニャ。その仕草に妙にドキっとしたものを感
じながらも、カイルはこくこくと頷き返した。
「そうかい、知りたいのか。じゃあ……」
 次の瞬間、カイルは床に転がっていた。
 否、正確には押し倒されていた。
 誰に。
「た、たーにゃさん……?」
「うふふふ、何事も実戦が一番だよね……?」
 カイルをいつの間にか押し倒した体勢で、ぺろり、と唇を舐めるターニャ。
その色っぽいしぐさに、カイルの背筋がぞくぞくと震える。
「た、たーにゃさん、いけないです、いけないですこんな事……」
「そーう? でも、これも訓練なんだ。女の子に恥をかかせたくないだろう?」
「訓練……」
「そう、訓練だ。ほら、いつもオークとか倒しているのとかわらないさ」
「……かわらない……」
「そう。訓練のためなら仕方ないんだ。仕方ない……」
「……仕方ない、んですよね……」
 普段のカイルだったらんな訳アルかっ、と激しく突っ込むところなのだが
あいにく、今のカイルは普段のカイルではなかった。
 カイルはごくり、と喉を鳴らすと、そのまま恐る恐るターニャの胸元に手
を……。

「母ちゃん、おしっこ〜……」

 次の瞬間のカイルの動きは、ターニャにすら捕らえられないほどだった。
 一瞬で、完全なマウントポジションだったはずの状態からするりと縄抜け
のように抜け出すと、ほとんどテレポートじみた速度で玄関付近まで移動。
そのまま、ドアではなく開け放たれていた窓から無音で飛び出すと、一瞬で
街道を走り去っていった。
 後には、呆然と座り込んだターニャとロイが残された。
「……母ちゃん、今誰かいた?」
「……んにゃ。それよりまだお前、一人でトイレいけないのかい?」
「そうじゃないもん。怖い夢みたんだもん」
「そうかい。全くもぅ」



 それから数日カイルはターニャに近づこうとしなかったらしい。

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル