嵐の夜、決別の夜
その日は、とてつもない嵐だった。
天は裂け、海は轟き、地は揺れ、遠く雷鳴が響き渡る。
まるで、世界が嘆きをあげているかのようだった。
「遅くなっちまったな……」
バレットは、嵐の中、身を縮めるようにして家路を急いでいた。
つい、谷で釣りに夢中になっていたら帰るタイミングを逸していたのである。不幸にも、夕方から怪しくなった天気は嵐となり、バレットの歩む道を阻んでいた。
「ったく、早く帰らないとドロシーが心配する……」
最近になってようやく結婚した、妻の事を呟きながら、脚を早めた、その時。
バレットは、目の前に誰かがたたずんでいる事に気がついた。
一瞬だけ驚きに脚を止めたバレットは、さらなる驚きに脚を止めた。
「カイル……?」
「やあ。こんばんわ、バレットさん」
目の前にいるのは、彼の親しいともいえる友人だった。数年前にこの街に流れ着き、牧場を耕しながら暮らし、今や妻と子を持ち立派な街の住人となった彼が。
どういう訳か、かつての旅装束に身を包み、彼の目の前にいた。
「……何やってるんだ。この嵐だ、家を守らなくていいのか」
「それはバレットさんもでしょう?」
「お、俺は今急いで帰っているんだ! それよりごまかすな、なんでお前がここに……」
そこでハッとバレットは気がついた。
目の前に立つカイル。その背中に、一振りの剣が背負われている事に。
「………お前。その剣はなんだ」
「やだなあ、バレットさん。このあたりはモンスターが出るかもしれないんだから、武器は必須でしょう?」
「そんな事をいっているんじゃない!こんな時間に、なんで剣なんかがいるんだ!とっとと、家に帰れよ!家族が心配するだろうが!」
「………そうは、いかないんです」
途端、カイルの顔から表情が消えた。バレットが見た事もないような表情で、彼は告げる。
「そこを、どいてください。僕は、いかないといけないんです」
「やだね。通りたいなら、理由を言え」
「……ボクが、ボクにしか出来ないこと。それをしにいくだけです」
「だから、それはなんなんだ」
「……言う訳には、いきません」
「……そうかよ。だったら」
じゃき、とバレットは腰のナイフの柄に手をかけた。
「力づくで、とおってみな!」
気がつけば、バレットは大きな木の陰に横たえられていた。
今もなお嵐がうなる音が聞こえるが、木に遮られているおかげで風雨が届く事はない。
起き上がろうとすると、酷く脇腹が痛んだ。
「……くっそう………」
じわり、と視界が瞼にとびこんできた雫で歪んだ。
「なんでだ……なんでなんだ……カイルゥウウウウウッ!!」
それから数年の時が流れた。
結局カイルが戻ってくる事はなく……。
何か関係があるのか、ひっきりなしに街を襲っていた地震も、それきり鳴りを潜めた。
バレットは、今も後悔していた。あの時、自分がもっと強ければ。もっとカイルと積極的に触れ合おうとしていれば。もっと自分が素直であったなら。彼は今、ここにいたのだろうかと。
だから。
「バレット先生、この石版、なんでしょうか?」
だから、アース文字の刻まれた石碑を、あろう事かカイルの子供が持ってきた時、彼は決心した。
全力で、自分はこの子を助けようと。
必ず、あの分からず屋を妻と子の元に戻してやろうと。
そう、決心したのだ。
『………お前も暇なヤツだな』
『あははは、すいませんね』
過ぎ去りし日の友情に、報いるために。