本当の強さ

「よく逃げずに来たな人間。その意気だけは認めてやる」

月明かりの下、トリエステの森にてジェイクが待っていた。

『今夜22時に剣を持ってトリエステの森まで来い』

掲示板に書かれたメッセージを見て、カイルは森を訪れたのだった。

「こんばんは、ジェイクさん。僕に何の用ですか?」
「フン! とぼけるな。お前も分かっているだろう?」
「……セシリアさんの事でしょうか?」
「そうだ。オレは昨日セシリーに求婚した。だが、心の整理がついていないといって断られた」
「……」

カイルには思い当たることがあった。
二日前、カイルはセシリアに、ジェイクから求婚を受けている件について相談を受けていた。
その際に、即座に『断ってください』と言ってしまったのだ。
安易に言ってしまってよかったのかとジェイクに後ろめたさを感じる一方で、嬉しそうなセシリアを見てどこか安心する自分がいた。

「セシリーが決断できないのは、お前がいるからだ。心優しいセシリーは、記憶のないお前に同情し、放っておく事ができないんだ」

違う、とカイルは言いたかった。
セシリアは記憶のない自分にもいつも優しく接してくれた。
セシリアと過ごした時間は、過去の記憶のないカイルの不安を癒し、日々力を与えてくれた。
その掛け替えのない時間が同情によるものだとは思いたくなかった。

「だが、オレは認めないぞ! セシリーはエルフだ。ただの人間のお前がセシリーを幸せにすることなどできるはずがない!」

人間やエルフの種族の違いなど、想いの前には関係ない、とカイルは言いたかった。
だが、その一方で、記憶がなく素性すらわからない自分が本当にセシリアを幸せにできるのか?という迷いがあるのも事実だった。

「それに、お前は弱い人間だ。お前ではセシリーを守ることもできないだろう? だが、オレならばどんな敵からもセシリーを守りきってみせる!」
「…だが、いくらそう言ってもセシリーは時間が欲しいとしか答えてくれなかった。ならば、オレとお前のどちらがセシリーに相応しいのか、セシリーにはっきりと見せてやらねばならない!」

そう言って、ジェイクは腰の剣を抜き放ち、カイルに向けた。

「剣を抜け、人間! この時間ならこの間のように邪魔が入ることもない。ここでお前を打ちのめし、オレの強さこそがセシリーに必要だと、はっきりさせてやる!!」
「ちょ、ちょっとまってください! そんなことできませんよ!」

ここで自分達が戦って傷つけあえば、どちらが勝とうとセシリーを悲しませることになる。
そう思うと、カイルは剣を抜くことができなかった。
だが、ジェイクはあくまでもカイルに決闘を迫る。

「怖気づいたか人間! そんな弱腰ではセシリーは守れない! ここで逃げるのなら今後一切セシリーには近づくな!」
「…っ」

そう言われればカイルも退くことが出来ず、仕方なく剣を抜く。

「そうだ、それでいい。…行くぞ人間!!」

雄叫びを上げ、ジェイクはカイルに斬りかかった。


闇夜の中、白刃が二合、三合ときらめく。
素早く間合いを詰めて上からの打ち下ろし、続いて左肩を狙った突き上げ、さらに右から袈裟懸けに振るわれる一閃。
ジェイクの猛攻の前にカイルは防戦一方だった。

「ハハハ、どうした人間! 守っているばかりではオレは倒せないぞ!」

そう叫び、ジェイクはさらに攻勢を強めた。

…だが、五合、十合と打ち合うにつれ、ジェイクは焦りはじめていた。
正直、決闘前はジェイクはカイルを完全に見下していた。
あっさりと剣を弾き飛ばし、すぐに決着をつける腹積もりでいたのだ。
だが、ジェイクの猛攻は、未だに一撃とてカイルを捉えられていない。
渾身の一撃は受け流され、必勝を期した一撃は空を切る。
ジェイクが優勢なのは見た目だけで、実際は勝機を全く掴めない。
なにより、ジェイクをそれ以上に苛立たせているのは、カイルが全く攻撃する様子を見せないことだった。
先ほど打ち合いの中で、勝負を焦ったジェイクは攻撃の合間に自分でも明らかに失態である致命的な隙を晒してしまった。
だが、カイルはその隙を狙うことなく、防御に徹するのみだった。
明らかに手を抜かれている、その屈辱がジェイクの怒りをさらに燃え上がらせる。

「うおぉおおぉぉぉっ!」

力任せに一撃を叩きつけ、ジェイクは一旦距離をとった。

「なぜ攻撃してこない…!? この期に及んでまだ逃げ腰か!?」

だが、ジェイクの怒声に対してカイルは静かに首を振った。

「もうやめましょうジェイクさん。僕にはあなたに剣を向けることはできません」
「バカにしているのか人間! お前にはセシリーを守ろうという気概がないのか!?」
「そうじゃありません。でもここで僕達が戦っても、セシリアさんを悲しませるだけです。そんな強さを、セシリアさんは望みませんよ」

その言葉にジェイクの信じる絶対的な強さを否定された瞬間、ジェイクの怒りが沸騰した。

「分かったようなことを言うな…! もういい! オレが勝つかお前が勝つか、そのどちらかしか決着はない! 次で終わりにしてやる!!」
「待ってください! 僕はもう戦うつもりはありません!」

カイルが制止しようとするが、もはやジェイクは聞く耳をもっていなかった。
剣を大上段に構え、全身から殺気をほとばしらせる。
大技を持って決着をつけようとしているのが明らかで、カイルもやむを得ず防御の構えを取る。

「おおおおぉぉぉぉぉっ!! ラッシュアタック!!!」

咆哮と共にジェイクの最後の一撃が放たれた。
その鋭さは今までの比ではなかったが…それでもカイルはその太刀筋を見切っていた。
連撃を受け流し、ジェイクが最後に放とうとしている波動を回避…
…しようとして、カイルは気付いてしまった。
自分の後ろにいつのまにか、野生のモコモコの群れがいることに。
ジェイクの最後の一撃は受け止められるものではない。だが、自分が避ければ波動は確実にモコモコ達を直撃するだろう。
ジェイクの波動が迫るなか、カイルは逡巡し…

そして、月明かりの下に鮮血が舞い散った。


結局、カイルは動けなかった。モコモコを巻き添えにすることができなかった。
波動は防御しようとしたカイルの右肩を大きく切り裂き、カイルを大きく吹き飛ばしていた。

「フン。勝負あったようだな…」

ジェイクは剣を収め、倒れたカイルを見下ろした。

「モンスターごときをかばうとは、どこまでも甘いヤツだ。だが、これではっきりしたな。お前の様な甘さではセシリーを守ることなどできない」
「……」

カイルは反論できなかった。
結局、過程はどうあれ自分はジェイクに敗れ、こうして倒れ伏していることには変わらない。
強さが全てではない、と思ってはいても、愛する人を守るために力が必要なのこともまた真実なのだ。
ジェイクの言うとおり、自分の甘さはセシリアを守るのに相応しくないのだろうか?

「ともかく、結果は結果だ。お前がセシリーの幸福を願うなら、今後余計な手出しはしないことだな」

ジェイクが去った後には、傷ついたカイルだけが残された。
傷の痛みだけでなく、大切な何かを失ったような言いようのない喪失感が胸を締め付けた。
そして翌朝、ジェイクとセシリアの結婚式のお知らせが町に公布されたのだった。

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三日後、秋晴れの爽やかな祝日に、ジェイクとセシリアの結婚式は執り行われた。
アルヴァーナ教会の奥の控え室にて、セシリアは結婚式の開始を待っていた。
純白のドレスとショールはセシリアの純粋さをさらに引き立て、薄く引かれたルージュはやや幼さを残すセシリアをしても色香をかもし出していた。
だが、華やかな装いとは裏腹に、セシリアの心は晴れなかった。
もちろん、セシリアとてジェイクが嫌いなわけでは全くなかった。
人間に対する偏見の念や、やや偏狭な面はあるにしても、自己鍛錬を怠らない精神や、揺らがない信念など、尊敬する点もあった。
ジェイクがセシリアを本当に愛してくれている、ということはセシリア自身もよく理解していた。
また、右も左も分からずアルヴァーナに来た自分に本当によくしてくれたエンドールにも本当に感謝していた。
ジェイクとの婚約を報告した時のエンドールの喜びようを思うと、その気持ちを裏切りたくはなかった。
だが…それでも、セシリアは心からジェイクを受け入れる決意が未だできなかった。

結婚式前夜、セシリアはカイルの家のポストに手紙を投函していた。
自身の結婚式への招待状だった。

それはセシリアの未練であった。
…もしかしたら、カイルが結婚するなと止めてくれるかもしれない。
…もしかしたら、今夜カイルが自分を連れ去ってくれるかもしれない。

この期に及んでまだ迷っている自分に対する嫌悪や、ジェイクに対して失礼だという気持ちはあったが、それでも抑えることができなかった。
…だが、やはりカイルからの返事はなく、今日という日を迎えたのだった。

「セシリー、入るわよ?」

ほどなく、控え室の扉からアリシアが現れた。

「セシリー、今日はおめでとう。本当に綺麗ね」
「ありがとうございます、アリシアさん」
「えっと、もう式が始まるんだけど、準備はできてる?」
「はい、大丈夫です」

そういって、セシリアは立ち上がった。
二人は控え室を出て、会場へと向かう。

「あの…さ…セシリー?」

唐突に、前を歩くアリシアは足を止め、戸惑いがちにセシリーに呼びかけた。

「なんですか?」
「こんなことを今、聞いていいのかわからないんだけど…ね。でも、本当に良かったの? セシリーが好きなのは…」
「いいんですよ」

セシリアは寂しげに微笑んでアリシアの問いをさえぎった。

「もう…いいんです。きっと、カイルさんとは運命のめぐり合わせが悪かったんです…」
「セシリー……」
「それに、ジェイクが私のことを本当に大切に想ってくれている事はわかっているんです。だから、私もそれに応えてあげないと」
「そう…わかったわ」

アリシアもそれ以上言う言葉を持たず、再び歩き始めた。

会場はすでに準備が完了しており、主役の二人を待つのみとなっていた。
アルヴァーナの町の住民たちが、新たな門出を迎える二人を祝福しようと集まっている。
セシリアは無意識のうちに参列者を見渡して…
…やはり、そこにカイルはいなかった。
セシリアは落胆し、そして同時に決意を決めた。
カイルが身を引いたことは、彼なりの考えがあってのことだろう。
いつまでも自分が未練を引きずっていれば、祝福してくれる住民たちに、カイルに、そしてなによりジェイクに対して失礼だ。
ジェイクと結婚しよう。そして、彼と幸せをつかもう。
それこそが、今の自分の選ぶべき道だ。

やがて、ほどなくジェイクが入場し、式が始まった。


カイルは、自宅前の畑の滝のほとりに座り込んでいた。
セシリアからの招待状は見たものの、やはり参列する気にはなれなかった。
ジェイクと結婚することがセシリアの幸せにつながるのなら、二人の結婚を祝福しよう。
そう心に決めはしたものの、二人の結婚式を見てしまえば、きっと決意が揺らいでしまう。
今は全てを忘れてしまおう。そうすれば、いずれ時間が解決してくれる。
そうして、自分の想いを抑えることができるようになったら、改めて二人を祝福しにいこう。
そう思って、農作業に没頭しようとするものの、全く身が入らず、平凡なミスを繰り返した。
ジョウロをひっくり返してしまう、まだ育ちきっていない作物を刈り取ってしまう、折角耕した地面を整地してしまう…
途方にくれ、とりあえず心を落ち着けようと滝を眺めていた。

「…カイル」

不意に、自分を呼ぶ声が聞こえた。
驚いて振り返ると、そこにはマナがいた。

「セシリーの結婚式、始まっちゃうよ? カイルは来ないの?」
「…うん。僕はいいんだ」

カイルは低く抑えた声で答えた。

「今の僕には、セシリアさんを祝福する資格がないから…」
「カイルは本当にいいの?」

マナはカイルの顔をはっきりと見据えて問いかけた。

「カイルは本当はセシリーが好きなんでしょ? セシリーがジェイクと結婚しても本当にいいの?」

マナの真っ直ぐな問いかけに、カイルは思わず視線をそらしてうつむいた。

「仕方ないんだ…。僕は自分の正体も分からない人間だから、セシリアさんには相応しくないよ…。ジェイクさんと結婚する方が、きっとセシリアさんは幸せになれ…」

ぱんっ!

乾いた音と共に、頬に衝撃が走り抜けた。

「マナ…!?」

驚いて顔を上げると…マナは涙を滲ませてカイルをにらみ付けていた。

「そうやって逃げないで…! それじゃ、セシリーの気持ちはどうなるの!?」
「セシリアさんの気持ち…?」
「セシリーはカイルの事が好きなの! セシリーが本当に好きなのはジェイクじゃない! カイルなのよ!!」
「そんな…でも…」
「あたしたち三人はいつも一緒にいたからわかるの! セシリーの話はいつもカイルのことばっかりだった! カイルの話をするセシリーはいつも嬉しそうだった!」
「セシリーはずっとカイルにプロポーズしてもらえる事を夢見てた! 今だって、きっとカイルのことを待ってる!!」

マナの口から語られるセシリアの想いに、カイルは衝撃を受けていた。


「それに、こんなんじゃあたしの気持ちだって…!」
「…え?」
「あたし……カイルのことが好き……好きだよ! 初めて、セレッソの木の下で会ったときから、ずっと好きだったよ!!」
「マ、マナ?」

突如としてぶつけられたマナの想いに、カイルは再び言葉を失った。

「でも…カイルが好きなのはあたしじゃなかった! カイルはセシリーのことが好きで、セシリーもカイルが好きだった! 二人の仲にはかなわないって、わかっちゃった!」
「すごく悲しかったけど、でもカイルとセシリーだから、二人ともあたしの大好きな人だから、仕方ないって思えた! セシリーだったら祝福してあげられる、そう思ってたのに…!」
「でも、こんなんじゃ納得なんてできないよ!! カイル、自分の気持ちから逃げないで! セシリーが好きなら、その想いをはっきりと本人に伝えてあげて!!」
「マナ…」

カイルは自分の弱さを恥じていた。
結局、カイルはセシリアの幸福、という言葉を口実にして、自分の本当の気持ちから逃げているだけだったのだ。
今の自分に必要なものは、過去の記憶や剣の強さといったものではなかった。
ただ、セシリアを何が何でも守り、二人で幸せを紡いでいこう、という覚悟と決意がありさえすればそれだけでよかったのだ。
カイルは顔を上げ、マナの瞳を真っ直ぐ見据えた。

「マナ…ごめん、僕はマナの気持ちに応えてあげる事はできない。僕はセシリアさんのことが世界で一番大切なんだ」
「カイル…」
「だからごめん、そしてありがとう。マナのおかげで僕は本当の強さが分かったよ」

カイルは一度言葉を切り、そしてはっきりと言った。

「僕は教会に行く。そして、セシリアさんに僕の想いを伝えてくるよ」

マナは涙にぬれた瞳で、それでも精一杯微笑んだ。

「…うん。それでこそあたしが大好きなカイルだよ」

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「汝、ジェイクよ。セシリアを妻とし、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで、永遠の愛を誓いますか?」

結婚式も佳境に入り、いよいよ夫婦の誓いが交わされようとしていた。

「誓います」

ジェイクが宣誓し、ゴードンは続いてセシリアに問いかける。

「汝、セシリアよ。ジェイクを夫とし、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで、永遠の愛を誓いますか?」

セシリアはもう迷わなかった。
ゴードンを見据え、今夫婦の誓いが交わされる。

「誓いま…」
「待ってください!!」

その時、誓いの言葉をさえぎり、声が教会に響きわたった。

突然の闖入者に参列客が騒然となるなか、カイルはヴァージンロードを越え、二人の前まで歩み出た。

「……カイルさん。ど、どうしたのですか……?」

もう、カイルには何一つ迷いはなかった。

「セシリアさん、僕は弱かったから、今まで自分の気持ちからずっと逃げてた。そのせいでずっとセシリアさんを苦しませてしまって、本当にごめんなさい。だけど、やっぱり自分の気持ちにウソはつけない」

そして、カイルは自分の想いの全てを言葉に乗せて、告げた。

「セシリア、僕と来てくれ! 僕は弱い人間だけど、セシリアを幸せにしたいという気持ちだけは誰にも負けてない!! 僕はセシリアを心から愛している!!!」

「あ……」

気づけば、セシリアの瞳から涙が零れ落ちていた。
カイルのことはもう諦めたはずなのに。ジェイクの想いを受け入れようと決意したはずなのに。
今ここでカイルを受け入れれば、ジェイク、エンドール、ゴードン、そして町の皆全てに申し訳の立たない迷惑をかけるとわかっているのに。

…それでも、セシリアは涙が止まらなかった。
カイルの言葉は、セシリアの心を芯から揺さぶっていた。

「う……嬉しいです…。信じてました…きっとそう言ってくれると。ずっと…ずっと夢見てました…。いつかカイルさんがプロポーズしてくれることを…」

涙に言葉を詰まらせながらも、セシリアはカイルのもとへ歩み寄り、カイルの胸に顔をうずめた。

「バ…バカな……?!」

あまりにも予想外の事態に茫然自失に陥っていたジェイクであったが、それを見て我に返り、怒りを爆発させた。

「キ、キサマッ! これは一体どういうことだ!? 約束を違えるのかッ!!?」

だがカイルは怯むことなく、静かにジェイクを見返した。

「こんな形で式を壊したことは心から謝ります。でも、セシリアは誰にも譲れません。僕のこの気持ちは誰にも負けません!」
「そんな…ことッ! オレは認めない! 断じて認めないぞッ!!」

激昂したジェイクはカイルに掴みかかろうとして…

「やめなさい、ジェイク」

静かに、しかし凛と通る声がジェイクを止めていた。

「…父さん?」

ジェイクを制止したのはエンドールであった。
エンドールは静かにジェイクの側まで歩み寄った。
一時、勢いを殺がれたジェイクであったが、再び怒り狂ってまくしたてる。

「なぜ止めるんだ父さん!? こいつは約束を破ってセシリアを奪おうとしている卑怯な人間だぞ!! オレはこいつを打ち倒してセシリーを守らねばならない!!」

そう叫び、再びカイルに向かおうとするジェイクであったが…

パァン!!

乾いた音が教会に響いた。

「…な…!?」

ジェイクが信じられないものを見るような目で呆然とエンドールを見た。

「いい加減に目を覚ましなさい、ジェイク」

いつも穏やかな父が見せる怒りに、さすがのジェイクも怯んだ。

「お前は、どうしてカイルさんに負けたのか、セシリーはなぜカイルさんに惹かれたのか、まだわからないのか?」
「な…オレのどこがあの人間に劣ると……」

エンドールはジェイクの両肩に手を置いて、語りかけた。

「お前の、人間であるというそれだけの理由で相手を見下す狭量さ、力の強さだけを絶対視して優しさや思いやりを弱さと切り捨てる盲目さ。お前のそういった狭量さは人間性においてカイルさんに遥かに及ばないものだ」
「お前は自身がエルフだと言って人間を見下しているが、お前の浅はかな見識こそエルフとして恥ずべきものだ。猛省しなさい」
「……っ」

父親から初めて投げかけられる厳しい言葉に、ジェイクは完全に打ちのめされてうなだれた。
そして、エンドールはセシリアのほうに向き直った。

「あの…エンドールさん…。私…本当に何といってお詫びしていいのか…」
「いいんですよ、セシリー」

申し訳なさに満ちた表情で謝罪しようとするセシリアを、エンドールは穏やかにさえぎった。

「本当は、私も分かっていたのですよ。セシリーが好きなのはジェイクではなくてカイルさんだと。だから、本当はジェイクがプロポーズする時に、止めるべきだったのかもしれません」

そう言って、エンドールは申し訳なさそうに苦笑いした。

「ですが、私も親ですから、ジェイクの想いを遂げさせてやりたいという気持ちもありました。嬉しそうなジェイクを見ると、つい言い出すことができなかったのです。
結果的に私の甘さがジェイクを増長させる原因になり、またセシリーを悩ませることにもなってしまい申し訳なく思っています」
「そんな…エンドールさんに謝られることじゃ…」
「セシリー、カイルさんは力を持ちながらもそれをみだりに振るうことなく、人を、動物達を、そして大地を愛し、慈しむことのできる強さと優しさを兼ね備えた人です。カイルさんとなら必ずや幸せな日々を作っていくことができるでしょう」
「はい…私…幸せになります…」

続いて、エンドールはカイルにも話しかける。

「カイルさん、セシリーの事をよろしくお願いします。お二人の幸せを願っておりますよ」
「エンドールさん、ありがとうございます。こんなに迷惑をかけてしまったのに、そんな言葉をかけてもらえるなんて…」
「いえいえ、今回のことはジェイクにもいい薬になるでしょう。むしろ私は、カイルさんがこうやって来てくれたことに感謝していますよ」
「エンドールさん…。僕たち、二人で精一杯生きていきます!」

「よぅし、そうと決まれば結婚式はやり直しだな! みんな、悪いが準備を手伝ってくれ! ダグラス、お前はカイルの仕立てを頼むぞ」

話が一段落したのを見て、自体を見守っていたゴードンが号令をかける。
その声に、住民達も手分けして式の準備をやり直し始めた。
あっさりこの状況を受け入れてしまえるあたり、やはりアルヴァーナの面々は暢気なのだった。

しかし、その中、ジェイクだけは未だ動けずにいた。
そのジェイクの肩をゴードンが豪快に叩いた。

「まぁ、珍しいパターンだが、男ならどーんと笑って、逃げた女の幸せを祈ってやれ!」
「だ、だけど……」
「ガッハハ! お前はまだまだこれから大きくなれるさ。エルフは長生きなんだろ? 細かいことをいちいち気にするな!」
「……」
「やれやれ、君が落ち込んでいるのを見ると調子が狂うな。」

なおも渋るジェイクのまわりに、マックス達が集まっていた。

「まったく、しょうがないヤツだな。よし、今夜はカイル君に先を越された寂しい男達で酒盛りといこうじゃないか。我がヴィヴィアージュ家秘蔵のワインを提供しよう」
「あ、それはいいですね。今夜はカイルさんに負けないようにボク達も大いに盛り上がりましょう」
「まあ…たまには付き合ってやるさ」

「おまえたち…」

ジェイクは顔を上げて、三人を見た。
その目からは、先ほどの落胆はもはや消えていた。

「さて、それじゃ急いで準備だ! 僕たちでカイル君を男にしてやろうじゃないか!」

マックスの一声に、四人は作業の輪に加わった。


「汝、カイルよ。セシリアを妻とし、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで、永遠の愛を誓いますか?」

「誓います!」

「汝、セシリアよ。カイルを夫とし、病める時も健やかなる時も、死が二人を分かつまで、永遠の愛を誓いますか?」

「誓います」

「では、誓いのキスを」

カイルとセシリアはステンドグラスから差し込む光の中、向き合った。

「セシリア、絶対に幸せにするよ。いいや、二人で一緒に幸せを作っていこう」

「はい、カイルさん!」

そして、二人の影が一つに重なった。


こうして、一つの恋が花を咲かせ、二つの恋は散った。

だが、彼らの日々はまだこれからも続いていく。

今日を乗り越えた先には、また新しい明日と出会いが待っているはずなのだから。

(完)

<<とても蛇足なおまけ>>

式が終わり、夕闇に染まり始めた教会に、マナはいた。
披露宴もたけなわとなり、マナは夜風に当たると言ってパーティーを抜け出してきていた。
一人、椅子に座ってステンドグラスを眺めている。

「マナ、いるんでしょ?」

不意に、声がして人が入ってきた。

「アリシア? どうしたのよこんな所に」
「もう、それはこっちの台詞よ」

そういってアリシアはマナの横に腰掛ける。

「…カイルの事、でしょ?」

アリシアは上を見上げたまま、マナに問いかけた。

「マナも、そうだったもんね。私はわかってたわよ」
「……」
「マナ、よくカイルに言えたわね」

マナは黙ったまま、見上げ続ける。

「もしカイルに言わなかったら、カイルを振り向かせることができたかもしれない。そう思うんでしょ?」
「そんなことッ! だって…!」

マナはすぐに反論しようとするが、言葉尻は途切れ、小さく消えていく。

「分かるわよ、その気持ち。もし私だったら、カイルに言えなかったかもしれないわね」
「え…?」

戸惑いながら振り向くマナを見て、アリシアは苦笑した。

「ふふ、私もだったもの。カイルも罪作りな男よね。この様子じゃ私達以外の娘達もカイルの毒牙にかかってたかもねー」
「全然…気付かなかった…」

マナは豆鉄砲を食らったように呆然とつぶやいた。

「まあ、あんたやセシリーは分かりやすすぎるくらいにラブラブオーラを出してたけど、私は大人の女性だからね」
「…それは嘘よね」
「うるさいわよ! そこは突っ込まなくてもいいの!」

ひとしきり二人で笑った後、アリシアは続けた。

「まあ、そういうわけで、今日はあんたと同じ心境ってわけよ。だから…今夜はあんたの家に泊まりにいってもいいかな?」
「え…?」
「今夜は二人で、私達を放って幸せをつかんだカイルとセシリーの愚痴を言いっこしない?」
「いいわね、それ」
「それで、ひとしきり言ってすっきりしたら、カイルよりずっといい男を見つけてセシリーを悔しがらせてあげようよ」
「そうね!」

こうして、二人は打倒セシリーに向けて結束を固めるのであった。
後の『売れ残り同盟』が結成された瞬間であった。

彼女達にも幸あれ!

(今度こそ終わっとけ)

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