春色の笑顔 アルス×ラムリア

「はぁ、どうすればいいんでしょう…」

夜、ヴィヴィアージュ家の自分の部屋にて、ラムリアは溜息をついていた。
三日後、とうとう待ちに待ったあの日がやってくる。
春の月13日。そう、春の感謝祭が…!

春の感謝祭…それはあまねく乙女たちが一年で最も輝く日である!
あこがれのあの人へ、自らの想いをチョコレートに乗せて伝えるのだ。

元々アルヴァーナにはこの風習はなく、町を挙げて花見をする日であったが、セシリアによってこの風習が持ち込まれたのは8年前の事で

ある。
チョコレートと共に想いを伝える、こんな素敵なイベントにアルヴァーナの乙女たちが飛びつかないはずはなかった。
セシリアの故郷では冬の感謝祭だったそうだが、マナの『セレッソの花の下で渡すほうが素敵じゃない?』の言葉により花見と融合し、春

の感謝祭として生まれ変わった。
今では、想い人と一緒にセレッソの花を見ながら、チョコレートを渡すイベントとしてすっかり定着していた。

そして、そんな淡い思いを秘めた小さな乙女がここにもいた。
アルスさんが好き。
その想いにラムリアが気づいたのは少し前の事である。

彼は、あまり活動的とはいえない自分をいつも連れ出してくれた。

夏、彼に手を貸してもらい、初めて木に登った。
木の上から二人で眺める町並みは今までと違ってとても新鮮に感じた。
服を汚して怒られてしまったけど、とても楽しかった。

秋、彼に連れられて初めてメッシナの谷に入った。
モンスターがいるから入ってはダメだと言われていたが、彼は慣れているようでなんなく進んでいく。
モンスター達も彼の強さが分かるのか、襲ってこようとはしなかった。
二人で紅葉を眺め、ブドウを採って食べた。
あのブドウの味は今まで食べたどんなブドウよりも美味しいと感じた。

冬、雪で滑って転び、足をくじいた自分に肩を貸して病院まで連れて行ってくれた。
日ごろから農作業で鍛えられた肩は、自分と同い年とは思えないほどたくましかった。
病院につくまでの間、ラムリアは自分の鼓動が抑えきれないほど高まるのを感じた。
手当てが終わり、彼の安心したような笑顔を見た時、胸の奥がきゅんっ、と締め付けられ、これが恋なんだって気づいた。

そして春、感謝祭は自分の想いを伝えるには絶好の機会である。
今日、アルスと一緒に花を見ようという約束を取り付けることには成功した。
後は、彼に渡すべきチョコレートを用意するだけなのだが…

そう、問題はそこだった。
お嬢様であるラムリアは、基本的に家事を自分でやる事がない。
学校の授業で料理を習ってはいるものの、あくまで簡単な料理しか習っていない。
また、日ごろからやっていないため経験も絶対的に不足している。
チョコレートケーキを焼こう!と意気込んだものの、いざやろうとすると何から始めればいいのかさっぱりわからない。

普段なら、メイドのセシリーお姉さんに作り方を習えばいいのだが、今回に限ってはそれはできなかった。
セシリアはアルスの母親である。
彼女がアルスに対して秘密を漏らすとは思えなかったが、やはり当日まではできる限り秘密にしておきたかった。

…かといって、母親のジュリアに教えてもらおうにも、悲しいかなジュリアも料理が得意とは言えなかった。
サラダなどの簡単な料理を作ってもらった事はあるものの、基本家事はセシリア任せである。
高度な技術を要する菓子作りができるとは思いがたい。


悩むラムリアであったが、そこでハタと思い当たった。
そうだ、マナ先生に教えてもらえばいいんだ。
彼女は学校で自分たちの料理の先生をしており、技量は折り紙つきだった。
それに、マナ先生ならアルスさんにバレることもないはず。
我ながら名案だった。

翌日の放課後、ラムリアは雑貨屋のキッチンにいた。
午前の授業が終わったあと、ラムリアはマナにケーキの作り方を教えてもらえるように頼み込んだ。
調理施設は学校のほうが充実しているのだが、教わっているところをアルスに見られたくなかったため、雑貨屋でやることにしたのだ。

「それじゃあ始めようか。メモの準備はいい?」
「はい! お願いします」
「それじゃ、まずは小麦粉を量って…」

かくして、マナ先生の課外学習が始まったのだった。


そして、感謝祭当日の朝。
ラムリアは自宅のキッチンでケーキ作りにいそしんでいた。

マナの元でしっかり修行をつけてもらってきた。
昨日、予行演習も行ったが、ばっちり美味しく焼けた。
今の自分になら、この想いを託すのに相応しい素敵なケーキが焼けるはず!

高鳴る気持ちに任せて、鼻唄を歌いながら材料を混ぜていく。
手馴れた手つきで生地を型に流し、オーブンに入れた。
これで、あとは焼きあがったら表面をチョコレートでコーティングすれば完成である。
はやくアルスに渡したい。美味しいと言ってもらいたい。
はやる気持ちが抑えられず、ラムリアは小躍りせんばかりだった。
美味しく焼きあがってくださいね、ラムリアはそう願いを込めると服の準備を整えに自室へ戻った。


「どちらにしましょうか…」

鏡の前で悩むラムリア。
自分の中で一番お気に入りの二着のドレス。
可愛らしさではこちらのピンクの方が…、でも、セレッソの花の下では緑のほうが映えるかもしれない…
それにアクセサリーだって気を使わないと。
いつもの鈴のついたリボンにしようか、それともこちらの花をあしらったバレッタのほうがいいのだろうか…

「あら? こんなにふくをちらかしちゃって、どうしたのん?」

ラムリアが決めかねていると、そこに母親のジュリアが入ってきた。

「あっ、お母さま。今日でかける服が決まらなくて、困っているんです…」
「どれどれ…。ちょっとみせてよー」

彼女の母親は料理はともかく、服飾のセンスに関してはピカイチである。
ラムリアは素直に、母親にコーディネートしてもらうことにした。


30分後、そこにはすっかり着飾ったラムリアがいた。

「わぁ〜! すっっごくかわいーわよ♪」
「お母さま、ありがとうございます〜」

フリルのついた緑色のドレスに、鈴のリボンで髪を結ぶ。
母親が貸してくれたサファイアのブローチが胸元で輝き、うすくルージュも引いてもらった。
鏡の中の自分は、自分でも見違えるほど可愛らしくなっていた。
母親のセンスの良さを改めて思い知らされていると、母親はニヤリと笑って言った。

「ウフフ♪ これならアルスだっていちころよん!」
「えぇっ! あ…えっと…!」

図星を突かれ、思わずあわてるラムリア。
今日、アルスと一緒に花見をするということは母親にも言っていないはずだった。

「ウフフ、てれちゃってー♪ みてたらわかるわよん。それにしてもラムリアもすみにおけないわねん」
「うぅ…」

すっかりバレバレだったことに真っ赤になるラムリア。
アルスは、自分を見て可愛いと思ってくれるだろうか?
ケーキを美味しいと言ってくれるだろうか?
自分の想いはちゃんと伝わるだろうか?

期待と不安が入り混じり、思い悩むラムリア。
ジュリアは初々しいラムリアを微笑ましげに見ている。
そんな、素敵な時間が二人の間を流れる…

……はず…が……

不意に、ジュリアは鼻に違和感を感じた。
何か…変な匂いがするような…?

「ねぇ、なにかこげくさいようなにおいがしないかしら?」

そう言われ、ラムリアも妙な匂いがするのに気づいた。
そう…まるで、なにかが…焦げる…よう…な…

………………

「ああっ!!」

一瞬で真っ青になるラムリア。
あわてて部屋を飛び出し、キッチンへと駆けていく。

「な、なに!? ちょっとまってよ!!」

ジュリアもあわててその後を追う。
二人がキッチンに飛び込むと、そこにはもくもくと黒煙をあげるオーブンがあった。

「きゃーーっ!!」
「むきゃー!! かじーーー!!!」

二人は大慌てでオーブンの火を消しにかかった。


幸運な事に(?)、オーブンの火は燃え広がる事はなく、中を焦がしただけで済んだ。
…だが、中のケーキはチョコレートとは違う意味で真っ黒になっていた。
見事な『失敗作』の完成である。

「あぁっ……」

ラムリアは思わずがっくりと膝をつく。

「あ、あちゃぁ〜〜……」

さすがのジュリアもフォローする言葉がなかった。


そして昼も回り、ラムリアはとぼとぼと学校への道を歩いていた。

…結局、ケーキはもうどうしようもなかった。
新しく作り直そうにも材料がなく、あいにく雑貨屋は祝日は休みである。
マナに直接頼みに行ってチョコレートを売ってもらおうとも考えたが、もうそこまでの時間もなかった。

やむを得ず、コーティング用に少量残してあったチョコレートを使ったものの、小さなチョコレートが数個できただけだった。

「ぅ…うぅっ…」

自分の情けなさに涙が出そうだった。
母親は気持ちがこもってれば大丈夫だと励ましてくれたが、やはりケーキをプレゼントしたかった。
準備万端に用意したはずだったのに…どうしてこうなってしまったのだろうか…
春の陽気に華やぐ町の中、ラムリアの周りだけはどよよーんと暗い空気がただよっていた。


「あ! こんにちは、ラムリア!」
「…アルスさん、お待たせしました…」

学校に着くと、アルスが待っていた。

「僕も今来たところだよ。それじゃ、一緒に花を見ようよ」
「はい…」

二人はセレッソの花の下のベンチに並んで座り、満開の花を見上げた。
この町の自慢の花たちは、カイルとマナが出会ったときから変わらない美しさで咲き誇っている。

「すごい、キレイだね!」
「そうですね…」

だが、やはりラムリアの心は晴れなかった。
アルスが隣にいてくれるのに… セレッソの花はこんなにも綺麗なのに…
本当なら、今自分は最高に幸せな時間を過ごしているはずだったのに…
気持ちを切り替えようと思えば思うほど、情けない現状を再確認させられて気分が沈んでいく。


「…どうしたの?」

ラムリアの様子がおかしいことに、アルスも気づいているようだった。

「今日、ずっと元気ないよね…? もしかして、僕が何か怒らせちゃった?」

アルスは本当に心配そうに問いかけてきた。

「あ……」

それを見て、ラムリアはますます自責の念を感じた。
失敗してケーキをプレゼントできないだけでなく、こうやって心配までかけさせてしまっている。
思わず、涙がこぼれてきた。

「ど、どうしたの!?」

突然泣き出したラムリアに驚きの声をあげるアルス。
ラムリアは涙を止めようとするが、一度堰が切れるともう止まらなかった。

「うぅ……ぐす…っ……」

泣き止まなきゃ、そう思っても嗚咽を止めることができない。

「ぐすっ…違うんです…アルスさんの…ぅっ…せいじゃ…ないんです…」

何とか、アルスが悪いわけじゃないという事だけでも伝える。

「泣かないで…、悲しい事があるんだったら、僕に話してくれない?」

優しく慰めてくれるアルスに、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
チョコレートの小箱を取り出し、アルスに差し出す。

「アルスさんに…ケーキを…プレゼントしたかったんですけど……わたし…失敗しちゃって…これだけしか…できなくて…っ!」

途切れ途切れにそこまで絞り出すと、ラムリアはとうとう声を上げて泣き出してしまった。
うつむき、肩を震わせる。
ケーキを失敗した事も、アルスに心配をかけさせた事も、デートをぶち壊しにした事も、何もかも自分が嫌だった。
アルスさんも、小箱を受け取ったきり、何も言わない。
きっと、こんなドジで泣き虫な自分に呆れて…

不意に、ラムリアの細い肩がふわりと暖かく包まれた。
ラムリアは、アルスに抱きしめられていた。

「え…っ…?」

思わず顔を上げると、そこには自分をじっと見つめるアルスの顔があった。

「泣かないで…?」

アルスはラムリアの瞳を真っ直ぐ見つめると、満面の笑顔を浮かべて言った。

「チョコレート、すごく美味しいよ。僕のために作ってきてくれて本当にありがとう。だから、泣かないで?」

「あ……」

そう、この笑顔だった。
かつて、病院に連れて行ってもらったときに、アルスが見せてくれたこの笑顔。
泣き虫の自分が落ち込んでいると、いつもアルスが見せてくれるこの笑顔。
自分が悲しい時に、つらい時に、それを全て吹き飛ばして安心させてくれる春の日差しのような笑顔だった。

きゅんっ

ラムリアはアルスの優しさが自分の胸を貫くのを感じた。
胸がドキドキして、頬が紅潮していくのが止まらない。
止めようとしても後から後から溢れて来た涙が、あっさりと引いていく。

「よかった、やっと笑ってくれたね!」

そう言って笑うアルスがとんでもなく眩しい。
ラムリアの心はたちまち安らぎと幸せに満ちていった。

「ねぇ、折角だから一緒に食べようよ」
「はい!」

そういってチョコレートを差し出してくるアルスに対して、ラムリアは精一杯の笑顔で応えた。
眼は真っ赤に腫れ、ちょっと背伸びしたお化粧も涙で流れてしまったが、それはその日一番の笑顔だった。

二人でチョコレートを食べながら、改めてセレッソの花を見上げる。
先ほどと同じ花なのに、今は全ての花たちが自分たちを祝福してくれるように感じる。

「アルスさん」
「ん、どうしたの…」

ラムリアは振り向こうとするアルスの頬に、そっと口付けた。

「わっ…!」

瞬時に真っ赤になるアルス。
ラムリアも真っ赤な顔のまま、アルスの反応にクスリと微笑んだ。

「アルスさん、大好きですよ」

(完)

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