卒業

「うーん…、やっぱり僕は残ろうか…?」
「もう、今さらなにいってるのよぉ! お父さんが行かないと意味ないでしょー!」

春の晴れた朝、さわやかな日差しの中。
しかしそれに相応しからぬ喧騒がひびく。

「お父さんが行かないとセシリーお姉ちゃんがっかりするよ? 行くって手紙出しちゃったんでしょ?」
「うーん、それはそうなんだけど…。でもお前を残していくのはやっぱり心配だし…畑の世話もあるし…」

困り顔の青年に、隣の女性が切り出す。

「ねえラグナ、ラグナはやっぱり行ったほうがいいと思うし、あたしが残るわよ」

だが、少女はそれを聞いてますます怒り出す。

「もぉー! お母さんまでそんなこと言うー! 畑の世話とかはちゃんとやれるから大丈夫だってばぁ!」
「「うーん…」」

顔を見合わせて悩む二人。
その時、後ろから声がかかった。

「大丈夫ですよ。コルネちゃんはあたしがちゃんと面倒みますから」

そう言いながら、ミストが歩いてきた。

「そうだよ! ミストおばちゃ…じゃなくてお姉ちゃんがいるから大丈夫だって!」

少女はミストの側に駆け寄り、大丈夫だという事をアピールする。

「お父さん達は新婚旅行にも行けなかったんでしょ? 折角の機会なんだから楽しんできてよ!」
「そうですよ。畑の管理はあたしたちがやっておきますから安心して行って来て下さい」

二人の言葉に、夫婦も決心したようだった。

「うーん、それじゃあ言葉に甘えようか?」
「そうねぇ」

夫婦はそう言って、旅行用の大きな荷物を担ぎ上げた。

「それじゃコルネ、行って来るね。ミストさん、コルネをよろしくお願いします」

ミスト達もにっこり笑って二人を送り出す。

「いってらっしゃい! セシリーお姉ちゃんによろしくね!」
「お気をつけて行って来て下さいね。ラグナさん、メロディさん」

そうして、笑顔で手を振るミストとコルネを後ろに、ラグナとメロディはラッセルの待つ図書館へと向かったのだった。

『セシリアが結婚』そのニュースがカルディアの町に届いたのは三日前のことだった。
いつまでも子供だと思っていたセシリアの突然のニュースに、町の人たちはみな驚いた。
本当は直ぐにでも飛んで行きたかったラッセルであったが、図書館を放り出していくわけにもいかず、結婚式に参加することはできなかった。
だが、折角のめでたい出来事を祝わないでどうする! ということで町の代表として何人かで祝いに行こうという話が持ち上がった。
相談の結果、父親であるラッセルと、セシリアが最も懐いていたラグナ夫婦が行くのが適任だろうという話になった。
図書館の管理はトルテが代理を申し出、ラグナの娘の世話はミストが引き受けることになり、話はトントン拍子にまとまったのであった。
こうして、ラッセル、ラグナ、メロディの三人はカルディアを発ち、アルヴァーナへの旅路についた。

「お父さん、来てくれてありがとう」
「結婚おめでとう、セシリー。結婚すると聞いたときは驚いたけど、幸せそうでなによりだよ」

二日後、アルヴァーナの町にて、セシリアはラグナ達と再会を果たしていた。
結婚式でなにやら一騒動あったと聞いたが、とても幸せそうなセシリアにラッセルは安心していた。
お互いの自己紹介も済ませ、ラッセルとカイルもすっかり打ち解けてにこやかに話している。
その日は親子で積もる話もあるだろうということで、ラッセルがカイルの家に泊まることになり、ラグナとメロディはそのまま宿に向かった。



翌日、ラグナ達はセレッソ広場にピクニックに来ていた。
この町の一番の名物、ということで、花を見ながらみんなで話をしようということになったのだ。
セレッソの花はカルディア地方では見られない花だということもあって、ラグナ達はその美しさに目を奪われた。
セシリアのお手製の弁当を皆でつまみながら、積もる話に盛り上がる。

やがて昼も回り、話も一段落ついた。
ラグナはベンチに腰掛けて、花を見上げていた。
カイルはラッセルを連れて町の案内をしに行き、メロディも自分の隣ですやすやと気持ちよさそうに眠っている。
手持ち無沙汰になって花を満喫していると、弁当の片づけを終えたセシリアが隣へやってきた。

「改めて結婚おめでとう、セシリー」
「ありがとうございます、ラグナさん」
「それにしても、ちょっと前まではあんなに小さな子供だったのに、もうこんなに大きくなったんだなあ」
「ふふ、もう八年ですよね。はじめてラグナさんと会った時から」

しばし、思い出話に花を咲かせる二人。
海開きで一緒に水遊びをしたこと、町でかくれんぼをしたこと、冬は雪合戦をしたこと…
積もる話は尽きず、盛り上がる二人。

「あの…ラグナさん」

話が一段落した時、不意にセシリアが切り出した。

「今だから言いますけど…実は私、ラグナさんが好きでした」
「え…?」

思いもかけない言葉に驚くラグナに、セシリアは続ける。

「カーマイト洞窟で私が迷子になった時のことを覚えていますか?」

それはセシリアが幼少時のこと、興味本位で洞窟に入り込んだセシリアは中で迷い、出られなくなってしまったのだ。
その際に、セシリアを探し出し、助け出したのはラグナだった。

「あの時、助けに来てくれたラグナさんがすごくステキにみえて…その時に気づいたんです。お兄ちゃんとして好きなんじゃなくて、男の

人として好きなんだって」

セシリアはそういうと、寂しげな表情になった。

「だから…ラグナさんがメロディさんと結婚したときは、すごく悲しかったです。幸せそうなラグナさんとメロディさんを見ると、すごく

胸が痛くなって、でも二人とも大好きで、どうしようって思って…」

そこまで言うと一度言葉を切り、懐かしげにクスリと笑った。

「ふふ、私がこの町にホームステイしようと思ったのも、それが理由の一つだったんですよ。一度町を離れて、自分の気持ちを整理してみようって思って…」

ラグナは黙ってセシリアの独白を聞いていた。
ずっと妹のように思っていたセシリアが抱いていた想いを知り、驚きに言葉がなかった。

「でも、この町に来たお陰で、私は誰よりも大切な人に出会う事が出来ました。これも、ラグナさんの導きだったのかもしれませんね」

セシリアはそういうと、顔を上げ、ラグナの顔を真っ直ぐ見た。

「だから、今だからはっきりと言えます。ラグナお兄ちゃん、素敵な想いをくれてありがとう」

ラグナはまだ驚きの中にいたが、今言うべき言葉だけははっきりと分かった。
セシリアの言葉を受け止めると、真っ直ぐに応えた。

「僕のほうこそ素敵な想い出をありがとう。セシリー、カイル君と誰よりも幸せになるんだよ」

セシリアはその言葉に満面の笑みを浮かべて答えた。

「はい、私誰よりも幸せになります!」

ひとしきり二人で微笑みあうと、セシリアは立ち上がった。

「私、お父さんとカイルさんを探してきますね!」

そう言って、広場の出口へと駆けていく。
後には、ラグナが残された。

ふう、と息をつき、再び花を見上げる。
まだ頭の中がぐちゃぐちゃで、整理が必要だった。
ぼーっと見上げながら、頭の中で今の会話を反芻する。

そうしていると、不意に横からにゅっと手が伸びてくると、ぎゅぅと頬を引っ張られた。

「いたたたたっ!?」

驚いて横を見ると、寝ていたはずのメロディが笑顔でラグナの頬をつねっている。

「ふっふーん♪ こんな可愛い妻の真横で浮気とは勇気あるわねぇ」
「起きてたの!? というか、今の話聞いてた…?」

焦るラグナに、メロディはますますつねる力を強くする。

「あら? ラグナは聞かれたらまずい話をしてたのかしらぁ?」

メロディは笑顔だが、よく見れば目が笑っていない。

「い、いや浮気なんてしてないって! それにセシリーにそう想われてたなんて今まで知らなかったんだよ!」

慌てて弁解するラグナ。
その言葉に、メロディは苦笑して手を離した。

「やっぱり気づいてなかったのねぇ。鈍いんだから」

その言葉に、ラグナは再び驚かされる。

「もしかして…メロディは知ってたの…?」
「当然じゃない。だって明らかにラグナを見る目が違ったもの」

そう言って、ため息をつくメロディ。

「というかね、ミストも、ロゼッタも、というか町の女の子たちはみんなラグナにぞっこんだったわよ?」
「……」

今度こそ完全に言葉を失うラグナ。
全く気づいてなかった。自分はそこまで鈍かったのか…
ショックに打ちのめされるラグナであったが、横で鈍いわねーとばかりに笑うメロディにちょっと悔しくなった。

「別に鈍くてもいいんだ。僕にはメロディしか目に入らなかったんだから」

直球ストレートで反撃してやると、メロディもたちまち赤くなる。

「…嬉しい事言ってくれるじゃない。それじゃ、ずっとあたしを大切にしてくれるわよね?」

ラグナは大きくうなずいて、返した。

「もちろんだよ。僕はメロディとコルネが何よりも大切なんだから」
「大好きよ、ラグナ。幸せにしてよね」

メロディはラグナにそっと口付けすると、その肩に身を預けた。

春風に乗って、セレッソの花の香りが広場を包み込んでいく。
それは、二組の夫婦の未来を祝福しているかのようだった。

(完)

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