MOTHER
「ラグナさーん、>>160さんが百合百合ですって」
「お花ですか?」
そういえばこの辺百合の花を見かけませんよね、
とラグナは続けてそう言った。
最近、というかここに来た時からラグナは私の(エロ)ボケを見事な勢いでかわしてくる。
私のボケが例え強めのジャブだろうとストレートだろうと、デンプシーロール並のボケ返しで
そのままさらりと逃げてしまうのだ。天然というのは、本当に恐ろしい。
とはいえ、カウンターばかりやられているのも私の性に合わないし
これではいけない筈だ。一度クリーンヒットを顔面に叩きつけて
{無論(エロ)ボケで、だが}
誰が株主、もとい牧場主か思い知らせてやるべきである。
「百合の花があったら、お花摘みにでも行くんですけどねえ…」
畑に沢山の作物を撒いているせいで、畑仕事も大変らしく
水巻を朝っぱらからやっているようだ。
一度ダンジョンに言ってみてはどうかと助言してみたが、
モンスターと対等に渡り合えずそのまま返り討ちになっていた。
確か、半年ぐらい前に彼がこの地に来た時の事である。
その際ついでに追い討ちをかけてやろうと
「ラグナさんって女顔だから、アッー、な出来事になりませんでした?」
自室のベッドの上で寝込むラグナに言葉で
マウントプレスを叩きつけてやったのだが、
「とりあえず叫ぶような出来事にはなりませんでしたよ」
としか言わないのだ。
「でも、あんなかわいいリスが襲ってくるとは…油断してました」
ベッドの上でそう乙女みたいに泣くラグナを見て、
あまりにかわいそうだったので頭をそっと撫でてやった事もあったり。
つまり。
男なら誰しも分かる筈のエロボケの数々を
彼は天然で返す、というよりも…理解すらしていないのだ。
よくよく考えてみれば、技をかけるかけない以前に
彼は私と同じリングに上がってきてるのかすら危うい。
しかしもし上ってきていないのならリングから降りて戦えばいい事。
観客席にいようがWWEなら認められる筈。
そんなこんなで、さっきのお花摘み発言。
彼のこの発言で、ようやく隙が出来た。
ストレートはこの際当てれないだろう、だがジャブなら。
「お花摘みって。あはは、ラグナさんって女みたいですね」
そういった途端、彼の目が変わった。
肩をドキリと上げ、少し驚いている様子である。
よし。やはり弱めのジャブが一番いいか。
このまま返されないうちに、ガンガン責めてやらねば私の気が済まぬ!
「モンスターの時もリス追いかけてダンジョン入ったそうですし、
もしかしてラグナさんって女の人なんじゃないですか?」
入った。私のアッパーが、初めて彼に入った。
そう、初めから気づくべきだったのだ。
彼は元々女顔で、もし本気で勝ちを狙いに行くなら初めからそこを狙うべきだった、と。
て、あれ。
「…そ、その証拠はあるんですか?」
ラグナが怯えながら肩を抱え込んでいる。
まるで、女の子のように。
これは…まさか!
(発想を逆転させるのよ、ミスト!)
「そうですね…まず、そのポーズ、ですか。」
私は一連の出来事を整理して、証人・ラグナへと次々とゆさぶりをかける。
「男性は怯えたとして、ちょっとやそっとじゃそういう屈み込み方をしません。
次に、この地に来た時の出来事です。あなたは何の武器も持っていなかった。
旅に出てるにしろ、武器ナシじゃあ襲われる危険性だってある。
それであえて、そういう格好にしたんじゃあ、ないですか?」
ラグナさんが記憶がない、というのはこれは本当でしょう。
ですがもし、彼が『女』であるとするなら襲われる可能性は十分にある。
もし記憶喪失になったとして、村に居る場合だったら少しは記憶が戻っている筈です。
つまり、ラグナさんは道中で記憶を失くした、
あるいは記憶を消された後道中に置いていかれた可能性が高い!
だから彼は…いや、彼女は
男の服を着て、男として振舞う事で…
何処かから逃げようとした!
弁護人、ミストは証人ラグナを…
何処かから逃げる際、男装することで旅をしてきた、と。
そう、告発します。
「しょ、証拠は!証拠はあるんですか!」
じょうろも落とし、ズボンも濡れているというのに
只管堪えてうろたえるラグナ。
ここで終わらせないと、彼女の人生にもよくない。
「いいでしょう…では、証拠をお見せします。
ラグナさん。あなたの服装をよくみてみてください。」
「ぼ、ぼくの服装、ですか?」
「はい。」
このSSを見ていてくれている裁判員の方々にも証拠をお見せします。
公式サイトの、キャラクターページのラグナさんの服装、よく見て下さい。
ttp://www.bokumono.com/series/runefactory/img/chara/ragna.jpg
ここの、ラグナさんの下半身部分をよく御覧頂きたい。
「これ…『まるでスカート』、みたいですよね。」
「!そ、それが…それがどうした、って言うんですか!」
「ラグナさんはズボンも履いていらっしゃるのに、
何故…『スカートのようなモノ』を履いていらっしゃるのですか?
まるで…いや。元が女の子でなかったら、こんな装備など…」
必要ありませんッ!!
畑が、牧場が僅か三十分の間にリングへと姿を変え、
そしてそのまま裁判所のようになったかと思うと、
あっというまにボクは留置所にいれられた。
ああ、この人はボクより遥か上の人だったのか---
事実とはいえ男装を暴かれた時、
ボクは膝を突いてみじめに泣くことしか出来なかった。
このまま、真犯人として明日には裁かれるのか…
そう思うと、ボクの部屋も名残惜しい、て。
…て、違う違う!ここはボクの部屋だ!
正確にはミストさんからお借りした部屋なんだけれど。
ひとしきり涙を流した後、ミストさんはハーブティーを煎れてくれた。
まだ目尻に涙が残るボクの頭を、そっと撫でてくれる。
モンスターに襲われた時もそうだったけれど、
ミストさんはお母さんみたいな人だな、そう思った。
「お話、聞いていいですか?」
「はい。」
まずボクは、ミストさんの推理が殆ど当たっているという事を告げた。
そして、いくつか少し違う点があることもいい、改めて事実を話すことにした。
もう、嘘をついてまで生きていきたくない。
そう思ったからだ。
「ミストさん…せっかくだしタメ口でいいですか?」
「…萌えが減りますからダメです。」
…?萌えってなんだろ。まあいいか。
半年前、目を覚ました時ボクは道の上で眠っていました。
今思えばあれは山の中腹あたりだったんだと思います。
その時は緑色の十寸スパッツの上にスカートを着ていたのですが、
何故だか後ろの方で軍隊が去っていくのを見て、『ここに居ると危ない!』と考えたんです。
けれど軍隊についていこうにも、ふらついた足はすぐに土にすくわれて転んでしまい、
走ろうにも足が痛くて追いつけそうにありませんでした…。
それに、なんだか…その軍隊にはついていっちゃいけないような気がして。
声を出そうと思ったけど、そのまま思いとどまってしまいました。
足の怪我は幸い半日ぐらいで収まったのだけれど、
その間に当然ながら軍隊はもう見えなくなっていて。
それに、転んだ際にスカートが…
「二つに、破けてたんですね。」
「はい。…前のトコロに、まるで線が入ったように。」
その際、この辺に山賊がいるかも、って考えまして。
幸い、上着は中性的な服でしたから、これなら誤魔化せると。
スカートはポケットにたまたま裁縫道具があったので、
それで破れた部分をくっつけずに縫って前開きにして。
そうやって服装を変えた後、そのまま軍隊の居た方向とは逆の方向に進んで…
三日ぐらいですか。ボクも女ですから、ここを見つけるまで三日掛かったんです。
「そうだったんですか。…ラグナさん。」
突然ミストさんに、ぎゅっと抱きしめられた。
背中にまで手を伸ばして抱っこされたので、
初めは苦しかったけれど
体が、ゆっくりと温もりに包まれるのを感じると、
段々、涙腺がゆるくなってくるのも感じた。
「…ラグナさん、本当に大変だったんですね。」
上擦った声で、ミストさんがそういった。
嬉しかった。男として生きていこうとして、
畑仕事やダンジョン狩りに勤しむ事にして。
女みたいだな、と言われても動じないよう、必死に誤魔化してきて。
銭湯で男湯に入るたび真っ赤になったりとかもしたっけ。
でも、もう…そんなごまかしは必要ない。
この町の人たちは、皆信用出来る人ばかりだから。
ただ、きっかけが無くって。話すことも出来ずに。
「もう、大丈夫ですから。男装しなくても、無理しなくてもいいんですよ。
女であれ、男であれ…あなたがラグナさん、それだけでいいんです。」
頬からあごまで、ゆっくりと涙が流れていくのがわかった。
ボクが泣き止むのにはとても時間が掛かった。
日が暮れ、夕焼けになった頃に一緒に晩御飯を食べ、
お茶を入れてもらうまで、まだ少しぐずってた程だ。
「さて、ラグナさん。落ち着いたことだし、一緒に寝ますか。」
「はい…。ありがとうございます… て、ええ!?」
ちょ、ちょっと待ってください!
「これ、セミダブルベッドとはいえ…さ、流石に一緒に、なんて」
女の子同士とはいえ、そんなの初めてだし、恥ずかしすぎる…
そういっても彼女は聞こうともせず。
「つべこべ言わずに、さあさあさあ!早く寝ますよ!」
両手を天に高く上げそう叫ぶ彼女の姿は、
やはり、母親のようだった。
MOTHER おわり。
後日談
朝ご飯も食べ、シャワーを軽く浴びて、
髪を拭こうとした際、ミストさんに髪の毛をちょっといたずらされました。
女の子なんだから、もう少し伸ばしてもいいんじゃないですか?
っていうか髪の毛スルスルしてるんですねー。
トリートメント、いいヤツ使ってたりするんですか?
なんて色々言われたりとかしたけれど
この人なら、ついつい気を許してしまうのです。
服を着替え、じょうろを持ち、ドアを開け。
「さて、じゃあ畑仕事、行って来ます!」
そう宣言した時、頭の上を摘まれた。
「あいたたた!何するんですか!」
そう怒り振り返ってみると、
ミストさんが腕を組んでこういった。
いや、こう言ってくれたと言うべきか。
「あたしにも、仕事をさせなさい。」
「いやいやいや、唯でさえ家を貸して貰ってるのに、仕事なんか」
そりゃ、貴方が男だと思ってましたからね、そう彼女は宣言すると。
「けれど貴方が女の子だと分かれば話は別です。
昨日だって畑仕事ですらふらふらだったじゃないですか。
あれじゃあ、こっちもおちおち安心して見ていられませんよ!
それにですね。こういうのは。」
彼女はどこからともなくさっと、二つ目のじょうろを出して。
「皆でやれば、楽になるものなんですよ。」
そう、ボクに宣言してくれた。
「朝のうちにぱぱっと仕事終わらせて、
そんでもってお昼からは服を買いに行きましょう!」
いつまでも男装しているわけにもいかないでしょうし、
それに打ち明ければみんな受け入れてもらえると思いますよ。
「…はい!」
お父さん、お母さん。
ボクはあなたたちの顔を思い出せないけれど、
いつかきっと、記憶が戻ったら…
この素敵な友達と一緒に、あなたたちに会いに行きます。
それまで、待っててください。
かしこ。