星のお姫さま アルス×ラムリア

冬の月7日、流星祭の夜、ラムリアの自室にて。
ラムリアはため息をついて本を閉じた。

『星のお姫さま』

それは今アルヴァーナの町の住民達の中で大人気の小説である。

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天の星の国に、とても美しいお姫さまがいました。
星の王様はお姫さまをとても大切に育て、お姫さまはほとんど城から出ることなく育ちました。
そんなある日、お姫さまはたまたま町に出た際に、とある騎士の青年に一目ぼれをしてしまいました。
彼もまたお姫さまを憎からず思っており、想いは通じ合ったかのように思えました。

しかし、星の国の王様は騎士とお姫さまの交際を決して認めようとはしませんでした。
なぜなら、彼は星の国と対立する月の国の王子さまだったからです。
怒った星の王様は、星の川を起こして天を二つに分け、月の国と星の国の間の行き来をできなくしてしまいました。
想い人と引き裂かれたお姫さまはとても悲しみ、お城の部屋に篭りきってしまいました。

ですが、月の王子さまは決して諦めませんでした。
星のかけらを集めて魔法をかけ、光の天馬を作り出したのです。
そして、流れ星の降る夜、王子さまは天馬に乗り、お姫さまを迎えに来るのでした。
その熱意に打たれた星の王様は二人の結婚を認め、二人は幸せな夫婦になることができたのです。
それ以来、冬の夜、空を駆ける流れ星は王子さまが天馬にのって天の川を渡る光なのだと伝えられているのです。

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ゼークス帝国のとある吟遊詩人の書いたこの小説は周辺諸国でもたちまち評判となった。
アルヴァーナにもユエによって持ち込まれ、町の乙女達の心をたちまち虜にした。
それはラムリアとて例外ではなく、もう何度も読み返してしまった。

自分のもとにもいつか素敵な王子さまが現れてくれたら

夢見る乙女であるラムリアはそう憧れずにはいられない。
そのため、今年の流星祭は今までよりも特に楽しみにしていた。
友達の子供達と一緒に星を見に行く約束もしていた。
していたのだが…

「はぁ…」

またため息が漏れた。
昨日、ラムリアは雪で滑って転び、足をくじいてしまったのだ。
病院で手当てしてもらったため大した傷ではなかったが、長距離を歩くのは困難だった。
そのため、両親に外出する事を止められてしまったのだ。
結果、皆と一緒に星を見に行く事も出来なくなってしまった。

「うぅ…」

今日をずっと楽しみにしていたのに…
どうしてわたしはこんなにドジなんでしょう…?
自分の間の悪さが恨めしくなる。

きっとみんなは今ごろ満天の星空を楽しんでいるのだろう…
そう思うとこうして自室で一人いる自分が情けなくなり、涙が出てきそうだった。

今日はもう寝てしまおう…
そう思って寝間着に着替えようとしたとき、どこかでコツンという音がした。

…?
気のせいだろうか?

そう思ったとき、今度は窓の方からコンコンという音がはっきりと聞こえた。

ここは二階なのに、どうして音が聞こえるのだろう?

慌ててカーテンを開けると、そこにはアルスの顔があった。
窓の直ぐ側の木の枝から身を乗り出して、ラムリアの部屋の窓をノックしている。

「ええっ!? アルス…さん…?」

驚いて思わず声をあげると、ガラス戸の向こうのアルスが口に指を当ててしーっとジェスチャーをした。
慌てて口を押さえ、窓を開ける。

「こんばんは、こんな時間にごめんね」
「あ…えっと…こんばんはです」

混乱しながらも挨拶を返すラムリア。
どうして今ここにアルスがいるんだろう?
皆と星を見に行ったはずでは…?

「ねぇ、今から僕と一緒に星を見に行かない?」

アルスの言葉はますますラムリアを戸惑わせた。

「でも…わたしは歩けないのでご迷惑をかけてしまいます…。それにお父さまにも外出はダメだと言われてしまいましたし…」

無念そうに言うラムリアだが、アルスはなおも引かない。

「大丈夫! 見つからないようにこっそり行くから! それに歩けなくても大丈夫だよ」

アルスは妙に自信満々に誘ってくる。
歩かずに星を見に行くことなんてできるわけがないのに…
両親の言いつけを破ったことなど今まで一度もないのに…

なのにどうしてだろう? アルスに言われると大丈夫なような気になってしまう。
行ってみたいという気持ちが抑えられなくなってくる。

「…行ってみたいです」

ラムリアは思わずそう答えてしまった。
後ろめたい気持ちはあるが、笑顔でうなずくアルスをみると妙な安心感と期待感に包まれる。
こっそりと玄関に靴を取りに行くラムリア。
両親に見つかったら…、そう思うと不安でドキドキが止まらないのに、なぜかそれが妙に心地よかった。

部屋に戻ってくると、アルスがラムリアの手を両手でしっかりと握った。
思わずドキッと動悸が打つ。

「それじゃ行くよ。手を離さないでね」

そういうアルスだが、ラムリアの耳には入っていなかった。
なぜだろう。アルスに手を握られるとなぜか心臓が高鳴ってしまう。
昨日、アルスの肩を借りた時もそうだった。
自分はどこかおかしくなってしまったのだろうか?

混乱するラムリアをよそに、アルスは呪文を唱え…

「エスケープ!」

瞬間、自分の足元から魔法陣が浮かび上がると、ふわりと重力の感覚が消えた。
視界が光に包まれ、次の瞬間には夜の闇の中にいた。
周りを見渡すと、そこはアルヴァーナ北広場のようだった。

「お待たせ!」

そう言って、アルスが飼育小屋からハンターウルフを連れて出てくる。

「僕の後ろに乗って」

正直怖いラムリアだったが、笑顔のアルスに促されて恐る恐るハンターウルフの背に乗る。

「それじゃしっかり掴まっててね。行くよブリッツ!」

アルスの掛け声と共に、ハンターウルフが駆け出した。
その瞬間、周囲が瞬時に加速した。

「きゃ…!!」

思わず悲鳴を上げるラムリア。

速い。とんでもなく速い。
ハンターウルフの速度はラムリアの予想より遥かに速かった。
景色が一瞬で後ろに流れていく。
慌ててアルスの背中にしっかりとしがみ付いた。

大きい、ラムリアはそう思った。
昨日肩を借りた時もそうだったが、アルスの背中はとても大きく感じた。
自分と身長はそんなに変わらないし、アルスは決して男の子の中でも大きいほうではないはずなのに。
アルスの背中の温かさが心地よい。
ラムリアは再び動悸がはやくなるのを感じた。
この速度が怖いはずなのに、なぜか安心感に包まれていた。

バドバ山脈を駆け抜け、洞窟の中を走る。

「さあ、着いたよ」

やがて、アルスの声とともにハンターウルフが停止した。

「わぁ……!」

ラムリアは思わず声をあげていた。
洞窟を抜けた先、そこには光の平原が広がっていた。

氷原は月の光を受けて輝き、夜とは思えないほどの明るさだ。
そして、風が吹くたびに舞う氷の結晶に星々の光が反射し、流れ星のように輝いている。
まるで地上から天に至るまで光の川が続いているようだった。
地上と天の両方で流れ星が乱舞する幻想的な光景にラムリアは目を奪われた。

「キレイだよね」
「はい…綺麗です…すごく…」

ラムリアが見入っていると、アルスが笑いながら言った。

「よかった! やっと元気になったね」
「え…?」

アルスの方に振り向くラムリアに、アルスは本当に嬉しそうににっこりと笑顔を浮かべた。

「今日、みんなで行けない、って時にすごく悲しそうな顔してたから。笑ってくれてよかった!」

その瞬間のことだった。
その笑顔を見た瞬間、全身を痺れるような甘い稲妻が突き抜けていった。
瞬時に心臓が早鐘を打ち始め、ドキドキと音を立てる。
頬が真っ赤に紅潮し、アルスの顔をまともに見れなくなる。
今のラムリアには、ずっと感じていたこの感情の正体がはっきりと分かった。

これが恋なんだ
わたしは、こんな優しいアルスさんのことが大好きなんだ

一度意識してしまうと、恥ずかしくなってますます動悸が早くなる。
頭の中がアルスのことだけで一杯になり、ほかに何も考えられなくなる。

結局、そこから先のことは、ラムリアはほとんど何も覚えていない。
ただ、幸せな気持ちだけが心を満たしていた。

王子さまはこんなにすぐ近くにいたんだ

帰りの道筋、ラムリアはアルスの背中に顔をうずめてそう思った。


部屋に送り届けられた後も、ずっとドキドキが止まらなかった。
気持ちが高ぶりすぎて眠れない。

強引に目を閉じてみる…アルスの笑顔が脳裏に浮かんで離れない。
枕に顔をうずめてみる…アルスの背中の広さを思い出した。
布団をぎゅっと抱きしめてみる…アルスの掌の温かさが浮かんだ。

…………

…ダメだ…ますます眠れない…

ベッドの上で可愛らしく悶絶するラムリアであった。


そうしていると、コンコンと部屋をノックする音が聞こえた。

「ラムリア、まだおきてるかしら?」

ラムリアは慌てて跳ね起きて、必死で気持ちを落ち着けようとする。
…深呼吸…深呼吸…
顔ももう紅くない…

「…はい、なんでしょうか? お母さま」

ひとしきり落ち着けると、扉の向こうの母親に返事をした。

「ホットミルクをいれたんだけど、のまないかしら?」

そう言いながら、ジュリアが部屋に入ってきた。
手に湯気のたつカップを二つ持っている。

「あ、はい。頂きます」

ラムリアは戸惑いながらもカップを受け取る。
すっかり冷えた身体に熱いミルクが染み渡り、心が落ち着く気がした。

「きょうはそとはすごくさむいわよねん」
「はい、すごく寒いです」
「おほしさまもすごくキレイだとおもわないかしら?」
「はい。とっても綺麗でした…」

…………

あれ…?
何か…違和感が…?

……!!

ハッと気付いて母親の顔をみると、ニヤニヤと笑っていた。

「アルスとのデートはたのしかったかしら?」
「っっ!?」

一瞬で顔が沸騰するラムリア。
なんでバレてるのだろうか?

「えっ…!? そんな…! あの…っ! どうして…っ!?」

焦ってどもりまくるラムリアに、ジュリアは苦笑しながらたしなめた。

「だってわたしのへやのとなりだもの。よばいはもっとしずかにしないとまるきこえよん?」

聞かれてた…!
アルスとの事が全部バレてたのに真っ赤になるラムリア。
だが同時に、無断外出がバレてることにも気付き、瞬時に青くなる。

「フフフ、だいじょうぶよん。おとうさまにはヒミツにしておいてあげるから」

紅くなったり青くなったり忙しい娘を、ジュリアは微笑ましげに見ていた。

「それにしても、ラムリアがいいつけをやぶるなんてねえ」
「あ! えっと…! ほ、本当にごめんなさい…!!」

慌てて頭を下げて謝るラムリアだったが、ジュリアはそんなラムリアをみて微笑んでいた。

「べつにおこってるわけじゃないのよん? ラムリアもそんなとしになったのね、とおもっただけよん」
「え…?」

てっきり怒られると覚悟したラムリアだったが、母親の反応は予想外だった。
戸惑いながら母親の顔を見ると、どこか嬉しそうに笑っている。

「あの…?」

疑問符を浮かべるラムリアに、ウフフフと微笑んでいるジュリア。
そんな穏やかな時間が流れる中、流星祭の夜は更けていくのだった。

(完)

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