それは梅雨が近付いてきた頃の出来事だった。
「はぁ〜毎日雨ばっかで気が滅入るなー…」
朝からどんよりとした天気だったのが、帰る頃には雨が降り始めていた。
湿気で身体がべとべとな上に、傘で防げなかった雨が服に染み込んで足取りまでも重たくさせる。
道に並行してる川も普段は底が見えるほどしかないのだが、連日の雨のせいでずいぶん水かさが増えている。
ふと前方に目をやると、女子高生数人が道端にしゃがみ込んでいた。
何の気なしに目をやるとどうやら捨て猫が居るようだ。
「かわいそー」とか口々に言っては抱き上げている。彼女達はどの猫を連れて帰るか相談してるらしい。
拾っていく人がいるなら心配することもないので家に向かう。
その時、突然悲鳴が聞こえた。
振り返るとツナの視線の真っ直ぐ先に黒い子猫がいた。
「なにーこの子猫!いきなりひっかいてきて…可愛くない!」
どうやら手の甲をひっかかれたようだ。
「子猫の頃からこんなに凶暴ならいらないよねー」
「しかも黒猫って不吉だって言わないっけ?」
先程までかわいそーだの言っていたのに、一気にその黒い子猫に対する視線が厳しいものになっている。
黒い子猫はそんな彼女らの視線を物ともせず、小さいながらも堂々と歩き始める。
まだ小さいのでそんなに早くはないが、立ち止まっていたツナを悠々と追い越して行った。
女子高生達はすでに可愛くない黒い子猫には興味がないようで、自分に懐いてくれる可愛い子猫達に夢中になっている。
ツナが黒い子猫に目をやると先程までまっすぐ歩いていたはずなのに、やけにフラフラした足取りになってきている。
しかも徐々に川の方へと向かって行っていた。
「あぶないぞー」
思わず抱き抱えて川とは逆の方に連れて行こうとしたら、全力で暴れてひっかかれた。
怯んで手を離すと見事に着地はできたもののそのままふらりと川へ落ちてしまった。
川面に黒い子猫が吸い込まれそうになるのを見て、頭で考えるよりも体が先に反応した。
ぼちゃーん
雨で増水しているとはいえ、さすがにツナが立てば足がつくし流れに押されるほどではなかったが、水はかなり汚い。
子猫は水面に叩き付けられる前に無事にキャッチできていた。
先程抱き抱えた時は暴れてたけど、さすがに今度は暴れたら川に落ちるのがわかっているのか大人しい。
梯子を使って道に上がってからはたと気付く。
「あー…傘流されたか」
川の随分下流にツナが差していた傘が流れていた。
「まぁ、どうせ濡れてたから良いか…。それよりもこの子猫、どうしよう…」
実家なら母親が何でも拾ってきては家族扱いするので問題はないが、今ツナは地元から遠い大学に通う為にマンションに一人暮らしをしている。
多分に漏れずペット禁止である。
でもこんな雨の中、子猫を置いていくなんてことは出来ず、とりあえず連れて帰ることにした。
「飼い主探してあげるまでなら大丈夫、だよな…?」
自分に言い聞かせるように呟くツナ。
マンションに着く前に子猫はカバンに入れておく。管理人が異様にうるさいおばさんなのだ。
ある女子高生が朝急いでる最中に管理人のおばさんに会ったのだが、
きちんと挨拶をしなかっただけでその日の内に『あそこのお嬢さんは挨拶の一つもできない子』と噂され、
挙句の果てには『親の躾がなってない』だの家族に対する誹謗中傷にまで発展してしまい、結局一家は引っ越してしまった。
鳴かずば雉も撃たれまい、だ。
一応、カバンの中に入れてるとは言え、鳴いたりしてばれるかもしれないからなるべく足早に部屋へと急ぐ。
エレベータに乗り一気に8階まで上がる。あとは突き当たりの角を曲がればすぐにツナの部屋だ。
「あら、沢田さん」
(げっ!)
「あ…こんにちは、管理人さん」
ツナの部屋の戸が見えていると言うのに、まさかツナの部屋の正面で出くわすとは…ついてない。
なるべく失礼にならない程度に会話を切り上げて部屋に入りたいのだが、管理人はツナを見て悲鳴のような声をあげる。
「まぁまぁ!びしょぬれじゃないの!!!あなた確か今朝傘を持って出て行ったのにどうしてそんなになるの!!!」
「ははは…ちょっと傘を盗まれてしまったみたいで…」
「盗まれた?!」
「あ、いや、盗まれたって言うか…間違えて誰かが持っていったんだと思うんですけど…」
「いーえ!最近の若い子なら平気で人の傘でも盗んでいくわよ!駄目よ、たかが傘一本なんて思ってたら。きちんと警察に被害届提出しなくちゃ!!!」
ツナの願いは虚しく部屋に入れないどころか、話がどんどん大きくなっていく。
このままでは警察に通報しかねない勢いだ。子猫の事もばれそうだし、傘くらいで警察の厄介になんてなりたくない。
どうしたものかと考えても、目の前で一人で張り切りだしたおばさんはちょっとやそっとじゃ止まりそうにもない。
何とか切り抜けないと…手を口に当てて考えてみるがやはり解決策は浮かんでこない。
その時…
くしゅん
「!」
「あらあら、そんな濡れた服着たままだったら風邪引いちゃうわね。早く着替えた方が良いわよ」
そう言うと何事も無かったかのように去っていってしまった。
話し相手が居なくて暇だったのだろうか。
何にせよ、こんな所で長居する理由も無いのでさっさと鍵を開けて部屋に入る。
「何が早く着替えた方が良いだよ。自分が呼び止めたくせに…。それにしても良いタイミングでくしゃみしてくれたな〜」
そう。先ほどのくしゃみの正体はツナではなくて、カバンの中に居た子猫なのである。
まずカバンから出してあげてタオルで力を入れすぎないよう気をつけて拭いてやる。
そしてお湯を沸かして、ついでに自分もシャワーを浴びながら子猫も洗ってやろうとリビングに戻ると
そこには黒い髪に黒い瞳の少年が立っていたのだった。
あとがき
そんなこんなでまたしても始めてしまったパラレル。すいませんね、懲りない人間で><
2006/4/9