繰り返される終わりなき絶望。
そんな昏い絶望の淵に立っていたオレを救ってくれたのは小さな…けれどとても暖かい光だった。
初めて見た時、同年代の少年よりも小さく脆弱に見えた。
この頼りない瞳をした少年にマフィアになること、その細い肩にボンゴレの名を継ぐことなんて到底無謀だと思った。
だけどオレはそんな少年に救われた。
「…さん………ランチアさん!」
バッと起き上がると酷い寝汗をかいていた。心臓も気持ち悪いぐらい大きく聞こえる。
すぐ横にボンゴレ10代目候補沢田綱吉──オレの命の恩人──が泣きそうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「…すまない。またお前の眠りを妨げたな」
「いえ、オレのことは良いんです。どうせ学校でも寝てるだけですし…。それより今日も、あの夢を見たんですか…?」
「あぁ…いつもと同じ夢だ…」
忘れたくても忘れられない忌まわしい過去。
文字通り家族に等しいファミリーを
操られていたとはいえ己の手で殺してしまった罪は骸の支配から解放された今なお消える事はない。
復讐者に連れて行かれた後、オレも骸の被害者の一人であるということで罪は不問とされた。
しかし一度流れた噂は罪と同じく消せはしない。
『ファミリー殺しのランチア』
そんなオレを雇おうとするマフィアなんているわけがない。だが今更マフィア以外の何になれと言うのだ。
そんなおり、沢田綱吉が突然イタリアのオレの前に現れた。
「遅くなりましたけど…迎えに来ましたよ、ランチアさん」
そう微笑んでオレを日本の自宅へと迎えいれてくれた。
後にオレの処遇について沢田綱吉が尽力してくれていたことを知った。
マフィアを殺していた人間を殺すべきだと声高に言う者が大半だった中、沢田綱吉は必死に庇ってくれていたらしい。
そしてその姿に弟分を援護するのが兄貴分の役目だとキャバッローネのボスである跳ね馬ディーノが、
ランチアが罪人なら自分も罪人だとランキング小僧フゥ太が、
イタリアで屈指の権力を持つ父を持ち、本人達も有名になりつつある獄寺とビアンキが味方になってくれた。
そして最後に沢田綱吉の家庭教師のアルコバレーノがついたのが決定打となった。
アルコバレーノの監視下でなら…という事で許されたのである。
それから日本に来て、毎日が嘘みたいに平和に過ぎていった。
沢田綱吉の母はオレを他の居候の子供たちと同じように扱い、時に厳しく時に優しく本当の母のように接してくれた。
ランボとイーピンには最初怯えられていたが
アルコバレーノに返り討ちにされ泣いているランボを肩車してやってから懐かれるようになった。
そして沢田綱吉。戦いの最中でオレの本心に気付き、オレの為に泣いてくれた少年。
その眼差しは全てを優しく包み込んでくれる。オレは彼の傍らで些細な日常を過ごし幸せを噛み締めていた。
だがそれでもオレの罪は消えない。
「やはりオレには幸せになる資格なんてないんだな…」
「そんなことはないです、絶対に!」
「だが…幸せを感じれば感じるほど、夢の中でみんなに言われるんだ!
『お前だけ幸せになる気か!』『絶対に許さない』と…だからオレには…!」
頭を抱え呻くように想いを吐きだすと、ソッと頭を抱き締められた。
「ランチアさんの、ファミリーの話をしてくれませんか…?」
ピクリと動く体。
「…ごめんなさい、嫌な事を思い出させて…」
離れようとする体を今度はランチアから抱き寄せる。
「いや、聞いてくれ…違うな、聞いて欲しいんだこのままで…」
「…わかりました」
もう一度ランチアを優しく抱き締め頭を撫でる。
「…ファミリーのボス…みんなには親父って呼ばれてたんだが、親父はマフィアにしては情に流されやすい人だったんだ。
もっと冷酷になれていたらファミリーももっとでかくなって有名になれてたと思う」
「優しい方だったんですね…」
「あぁ…。けど親父は別にファミリーをでかくするのを目的にしてたわけじゃなかったんだ。
親父がファミリーを作った理由は何だと思う?」
「…何だったんですか?」
「酔った時に『本当は子供が欲しかったんだが、機会に恵まれなくてな。
それならオレみたいなはぐれ者を立派に育てて「ファミリー」を作ろうと思ったんだ』とな。
信じられるか?マフィアとしてそこそこ名が知られてるファミリーのボスの言葉とは思えなかった。
けど、次の日に親父に聞いたら顔を真っ赤にして他の奴には黙ってろって言われたから、全部本当の話だったんだろう…」
思い出して小さく笑うと、抱き締めてくれているツナも微笑んでいるのが暗闇の中でも感じられた。
「他のファミリーも親父の口から直接聞いた事はなくてもわかっていたんだろうな。
本当の家族みたいに暖かいファミリーだったよ…けど、それをオレが…っ!」
「…ファミリーのみなさんは優しかったんですよね?」
その声に思わず顔を上げる。
「ファミリーのみなさんは、優しかったんですよね」
同じ質問を、しかし今度は確信を込めて聞いてきた。真意がわからなかったが、ツナの瞳は真摯な色を孕んでいたので答える。
「あぁ…厳しい時もあったが、それは相手を思いやっていたからこそだ。みんな…本当に優しく、良い人達だった…」
「それなら…ランチアさんを恨んでたりなんてしませんよ…」
「!」
「だって優しかったんでしょう?可愛がられていたんでしょう?
みんなランチアさんがどういう人がわかってたなら、ランチアさんが正気じゃないことにくらい気付いたはずですよ」
「だ、だが…オレの手で殺したんだぞ?!」
「じゃあ、ランチアさんが逆の立場だったら相手を恨みますか?自分の意思がない相手を」
「まさか!そんなわけ…」
「ですよね。だからランチアさんを恨んで死んだ人はいないし
ましてや幸せになることを望んでない人もいませんよ。
幸せになる資格なんて誰にでもあります…だからランチアさんもこれ以上自分を責めないでください…!
ランチアさんが辛そうにしているのを見る事をオレも…それにファミリーのみなさんも望んでなんていませんから」
静かに涙を零すツナの言葉を反芻する。
あの人達はオレを恨んでなんかなかったのか…?最期までオレを信じてくれていたのか…?
気がつけば視界がぶれて喉からは獣のような唸り声が漏れていた。
目の前の小さな少年にしがみついて、子供のように泣いた。
オレは何度この少年に救われたのだろう…。
眩しさに目を開けるとそこには天高く昇った太陽が見えた。
「おはようございますございます、ランチアさん」
「あぁ…目が真っ赤だぞ」
かく言うオレの声も随分ひび割れている。それがわかったのかツナはクスッと笑う。
「多分ランチアさんの方が真っ赤ですよ?」
言われてみるとさっきから瞼が異様に重たい。
「今、何時だ?」
「12時を回ったくらいです」
「こんなに眠ったのはあの日以来初めてだな…。おい、そういえばお前学校は良いのか?」
「オレも起きたのついさっきなんですよ。きっとリボーンが気を利かせてくれたんだと思いますけど」
「別にオレに構わず起こして行っても…」
「ランチアさん、今ランチアさんの手がどこにあるかわかります?」
「手?」
言われて意識してみるとツナの腰を離すまいと強く抱き締めていた。一気に顔に血が集まる。
「す、すまん…!」
「構いませんよ。それよりまだ寝てて良いですか…?何だか久しぶりに沢山泣いたら眠く、て…」
目を閉じるとすぐに寝息が聞こえてくる。
ランチアは腕の中のツナを強く抱き締める。
──親父…それにみんな。
ファミリーはあんた達が最初で最後だけど、オレはこれからマフィアの…ボンゴレの名を継ぐこの少年を
近くで命を懸けて護って生きていこうと思う。
あんた達に詫びるのは当分先になると思うけど、許してくれるよな。
そっちに逝くまでは幸せでいても…良いんだよな…?
親父達からの返事はもちろんなかったが、代わりに腕の中のツナが穏やかな表情でギュッと抱き付いてきた…。
反省
黒曜3人+ランチアには幸せになってもらいたいです…!