「10代目、こちらにいらっしゃったのですか」

「あ…隼人。どうかしたの？」

「特に用事はなかったんですが、本邸の方に10代目の御姿が見えなかったものですから…」

「…はやと」舌ったらずな口調で頬をぷくっと膨らませ可愛く睨み付けてくる。

「あ…失礼しました、ナツ…さん」

「さんもつけなくて良いって言ってるのに…」

「申し訳ありません…ですが、これ以上は譲れません。オレは沢田家に仕える身です。
限られた場所でだけでとは言え、あまりに馴々しいと他の者に示しがつきません」

「ちぇー隼人は真面目すぎだよ。父様も母様も知ってるのに…」

「旦那様達に貴女とオレの事を認めていただけただけで、オレは満足ですよ」

そう言ってふわりと幸せそうに微笑む隼人を見て、ナツこと沢田綱吉は溜め息をつきながらも嬉しそうに微笑み返す。

「さぁ、今日は冷えますから部屋に戻りましょう。あまり御体が丈夫ではないんですから」

「はーい」

沢田家─この辺りで知らぬ者はいない公爵家で、現在の9代目当主である綱吉の父は国王からの信頼も厚い。
その沢田家の嫡男として知られる沢田綱吉は小さい頃から病弱であまり公の場に出てこない。
学校も行っておらず勉強はお抱えの家庭教師に全て教わっている。

公爵家の嫡男でありながら、公の場に滅多に姿を見せないツナは社交場では恰好の噂の的だった。
曰く少女のように儚い印象の人である。またある人は公の場に出られない程に醜悪な見目であると。
曰く出歩く時は恐ろしく屈強なガードマンを多数従えている。また別の者は異人の血を引く綺麗な少年が常に側にいる。
などなど、棒にも箸にもひっかからないような話から、真実的を得た話まで沢田家嫡男の噂話には事欠かない。

数年前まで社交場でたまに見掛ける程度ではあったが、近年ではさっぱりと姿を見せなくなっている。
病弱と言う理由もあるのだが、それ以上に思春期を迎えつつある年齢に差し掛かった綱吉に、男ならばあるはずのない胸の膨らみがあった。

そう沢田綱吉は男ではなく、女である。何故性別を偽っているかと言うと…。
9代目当主とその妻は誰が見ても仲睦まじい夫婦であったが、どうしてか子供にだけは恵まれなかった。
しかしやっと一人の子を授かり喜んでいたのだが…いざ出産となった時、高齢の出産であった為に母子共に危険な状態に陥ったのだ。
妻の為に泣く泣く子を諦めようとした夫に、妻がどうしても産みたいと強く言い何とか産まれてきたのが綱吉である。
しかし未熟児であった綱吉は、あまりにも弱弱しい存在で両親は不安に駆られた。

そこで目をつけたのが、昔からここいら一帯に古くから伝わる伝承であった。
生まれてきた子供が病弱な場合、生まれてきた性別とは逆の性別で成人まで育てると丈夫に育つというものだ。
二人は藁にもすがる思いでその通りにした。

そして今では更に女である事を偽る為の理由ができてしまった。
沢田家が治める領地を狙って、周辺の爵位を持つ者達が綱吉を自分の子供の伴侶に迎え領地の拡大。
そして沢田家の繋がりを持とうとしていたのだ。所謂政略結婚である。
普通なら病弱な跡取り息子など要らないと捨て置かれるはずだが、沢田家の跡取り息子となると話は違ってくる。
だが、それは断るだけで大した問題ではない。
しかし、女の身となると話は違ってくる。

この時代は男尊女卑の思想が根強く残っていた。流石に公爵の娘は他の娘に比べると優遇される。が、しょせんは女。
子を産むための道具にすぎない。そう思う者が大半であった。
そのため自分より上の爵位を持つ家の娘と無理やり関係し、既成事実を作るということが頻繁に起きていた。
そして娘の妊娠が発覚してから世間体や娘（未婚で妊娠する事は売女と同じとされ、名家の女として屈辱的な烙印を押される）を慮って、
急遽婚約発表をし結婚に至ると言う訳だ。

しかしこう言った経緯で結婚した娘が幸せになれるはずがない。
子供を産むまでは軟禁状態で自殺しないように監視され、子供が産まれたら用済みで疎まれる。
つまり女は自分の身分を上げるためのステータスで、子供は妻が逃げないための体のよい人質である。
そんな事が当然のようにまかり通っている御時世だから、女である事は時期がくるまでは絶対に隠し通すという事になっていた。

綱吉が女であることを知っているのは両親と隼人、
そして古くから沢田家に仕えている古参の使用人数名と、綱吉を取り上げた産婆のみである。
綱吉の身の回りの世話などは全て事情を知っている者達でしていた。
本宅から見えないような、ひっそりとした所にある離れに住んでいた。
多少窮屈な思いをさせることになってしまうが、人目に触れて噂が立たないようにとの配慮である。
病弱な綱吉が暴漢にでも襲われれば万が一にも逃げられる可能性はないのだから。

反省
そんなわけで前世ネタでパラレルです。みなさんついてこられているのでしょうか？？
不安で仕方ない反面、楽しくて仕方ない自分がいます（自己中目！）