暗く深い森を進みながら、ディーノは数日前に立ち寄った町で聞いた話を思い返す。
ここ数年ほど、森に迷い込んだ者がある日突然村に戻って来るが、居なくなっていた間の記憶がまるでないこと。
そして首筋には二つの痕が残っていたこと…。
ヴァンパイア
人の血を好み、闇を生きる者達。何時、何処でそんな生き物が生まれたかは誰も知らない。
だが、その数は徐々にだが増えていっている。
咬まれた者達の中にどういう理由かはまだわからないが、ヴァンパイアとなる者が居るからだ。
性格は大人しい者も極少数ではあるが居るらしい。だが大半は残虐な性格の者ばかりだ。
この町で聞いた話ではまだヴァンパイア化した者は出ていないらしいので、今のところ害はないようだが…。
ディーノはそんなヴァンパイアを狩る者…通称ハンターと呼ばれる者である。
普通の人では太刀打ちできないが、鍛錬を積んだハンターであればヴァンパイアと同等の力を得ることができる。
まだディーノが幼い頃、住んでいた村がヴァンパイア達に襲われた。たまたま近くの川まで魚を取りに行っていたディーノは難を逃れることができた。
いつもよりも沢山取れた魚を母にどう料理してもらおうかなどと考えながら村に着くと…
逃げ惑う人達
炎に包まれる家屋
家族や知人が無残に殺されていく様
それを楽しそうに笑ってみているヴァンパイア達
殺しに飽きた一人のヴァンパイアがディーノの存在に気付いて、ニヤニヤと楽しげな表情を浮かべて近寄ってきたその時。
何かがヒュッと空を切ってヴァンパイアの腕を断ち切った。悲鳴に気付いた他のヴァンパイア達が逆上して襲い掛かってくる。
だが数名のハンター達は、鞭や銃、刀などを使って見事な連係プレーでヴァンパイア達を滅していったのだ。
そしてディーノはその村でただ一人だけ生き残った。生涯忘れ得ぬ忌わしい記憶と復讐心を胸に刻んで…。
ディーノは最初に助けてくれた鞭を使うハンターに頼み込んで弟子入りをした。
本来ハンターになるには生まれつきの資質と小さい頃からハンターになるべく育てられていかなければ、なる事は難しかった。
まして、今まで普通の子供だったディーノがハンターになるのは並大抵の努力では無理だ。
最初は弟子になるのを断られたが、それでもヴァンパイア達を倒して自分と同じ境遇の人間が居なくなるようにと言うディーノの想いに負けて承諾してもらえた。
大の大人ですら挫折する特殊な対ヴァンパイア用の修行。ディーノ自身も死にそうになり挫折しかけた。
それでも村のみんなを笑いながら楽しそうに殺していたヴァンパイア達を倒したい…その一心で厳しい修行にも耐え抜いた。
そしてその結果、ハンターでも屈指のハンターへと成長した。
「しっかし、手掛かりが無い以上自力で探すしかないにしろ…さすがにこんなに広い森を探すとなると骨が折れるな…」
思わずぼやいてしまう。
目立つような所に住むヴァンパイアなんて聞いたこともないので、森の奥深くだろうと見当をつけてはみたものの些か森の広さを侮りすぎたようだ。
これはもう何日か森を彷徨うことになるかなと思い始めたその時。
ふわりと甘い香りが鼻を掠める。その匂いに導かれるように進んで行くと…突然足元に地面が無くなった。
「しまっ…!」
一瞬体が宙に浮く感じがしたあと、一気に転がり落ちる。
咄嗟に腰に装備していた鞭を近くの枝に絡ませる。
だが、勢いが随分ついてしまった上に不安定な体勢からでは無理があったようで少し衝撃を和らげるだけにしかならなかった。
「〜っ、いってー…ここは?」
転がり落ちたその先には一面の花、花、花。
季節感なんて無視して、色んな花が咲き誇っている。先ほどの甘い香りはこの花達だったようだ。
改めて自分が落ちてきた所を見上げるとかなりの傾斜になっていて上るのはとてもじゃないが無理そうだ。
「まぁ、骨が折れなかっただけマシか…」
「…誰かそこに居るの?」
「!!」
倒れこんでいたディーノは、俊敏に起き上がり鞭を構える。
声のした方を警戒しながら見てその姿を確かめようとする。
月明かりの中に見えるその姿は15歳前後のまだあどけなさが残るな少年。
少しやせ細っていて、病人のような白い肌。髪は月の明かりで薄っすらと白金のように見える。
こんな人が住めないような森深くに居るって事は間違いなくヴァンパイアだろう。
息を潜めて相手の様子を伺うディーノ。
ヴァンパイアの少年はディーノに気付きそのまま警戒もせずに近づいてくる。
「チッ!それ以上近寄るな!」
鞭で軽く牽制する。
ヴァンパイアの少年はその鞭を避けるでもなく、かと言って攻撃してくる様子もなくやはり近づいてくる。
鞭が何度か当たって少年の白い肌に裂傷をつくるが出血する間もなく傷はすぐに渇いていく。
間違いない、こいつはヴァンパイアだ!
確証を持って本格的に攻撃しようとしたディーノだが
「怪我の手当てするので動かないで下さい」
少年の一言で思わず動きを止めてしまった。
ヴァンパイアがハンターである自分の怪我の手当てをすると。
警戒心を少しだけ緩めてどうしたものかと考えあぐねていると少年はそんなディーノの態度に気付いたようで
「この薬草…擦り傷に効くのですり潰して塗って下さい。こっちは捻挫に効くので、直接張って少し大人しくしていれば痛みも和らぐはずです。
薬草はここに置いて行きますね。…この花畑より北には来ない方が良いですよ。オレ以外のヴァンパイア達が居るから」
やはりこの付近に彼らの根城があるようだ。しかも達という事は、結構な人数が居るのかもしれない。
けれど、そんなことよりも今は目の前の少年の方が気になる。
「おい!何故オレを殺そうとしない?」
「…何故殺さなければならないんです?」
「?!」
「確かにオレはヴァンパイアだし、貴方は…ハンター…ですよね?けど、だからと言って、オレに貴方を殺す理由なんてない」
俄かに信じがたいことだ。確かに大人しいヴァンパイアも居るとは聞いた事はあるが実際にそんなヴァンパイアに会ったことはない。
御伽噺よりも現実離れした話だと…誰かの淡い夢だろうとばかり思っていたが…
「だが、人を殺した事はあるんだろう?」
ヴァンパイアは血を好む。衝動的に人を殺すなんて事だってよくある。
今はただ血に飢えてないだけかもしれない。しかし、ディーノが予想していたような答えではなく驚くべき答えが返ってきた。
「いいえ。他の人達だって殺す理由なんてありませんから。オレは血が嫌いなんです」
血が嫌いなヴァンパイア?そんな話聞いたことがない。しかも人の血を吸って生きているヴァンパイアが吸わないでどうやって生きていくと言うのだ。
「けど、血を吸わないとお前らは生きてけないだろ?」
「血じゃなくても、大気に満ちてるマナを貰えば死にはしませんよ」
「マナ?」
「えぇ、エネルギーというか生命というか…直接見せた方が早いですね」
少年はそう言うと近くに咲いていた花を一輪摘んで唇にそっとあてる。すると見る見るうちに花が枯れていった。
「!!」
「…こういう事です。全ての生きとし生けるものにはマナが宿っていて、人には特に強く宿っているんですよ。
だから一部のヴァンパイアは人の血を好んで飲むんですよ」
「…じゃあ、お前は本当に人を殺した事も、血を吸った事もないんだな…?」
まだ心から信じられず確認するように聞く。
少年はディーノの目を見据えたまま頷く。その瞳に嘘は見えない。
「わかった…ならこの薬草は有難く使わせて貰うぜ」
「…はい!」
ディーノが薬草を手に取るとパァーっと明るい表情になって返事をする。
つくづく変わったヴァンパイアだ。こんな人間臭い表情をするなんて。
「そういや…あー、お前名前何ていうんだ?」
「え?あ、ツナ…です」
「そっか、オレはディーノ。よろしく…ってのはおかしいか。とりあえず薬草ありがとな、ツナ」
「!!」
名前を呼んだら、ビックリしたような顔でこっちを見ている。
大きな瞳が零れそうな程に開いてる。ほんの少し頬が赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか。
反省
ついにやってしまいましたよー!!パラレルで連載です!ってか、ぶっちゃけこの話書きたくてHP作ったかもしれないってくらい前から書きたかった話です!!
まだまだ設定とか大まかにしか考えてないのでこれから話が続くにつれ穴だらけの話になるとは思いますが、お付き合い願えれば嬉しいです。
ちなみに仕事中充電切れるまで携帯で打っていた小説だったりします(最悪)