森のほうが騒がしい。
眠りについていたヒバリが不機嫌そうな表情で目を覚ます。
また愚かな人間が森に侵入してきたのだろうか。まだ眠りについてからそんなに経ってないはずだが…懲りない生き物だ。
言葉を理解しない獣ですらヒバリを本能的に恐れると言うのに。
人間は一度恐怖を刻み付 けると暫くは近付かなくなるが、記憶が薄れてくるとまた同じような事をする輩が現れる。
くだらない事で起きなくてはならないのは嫌だったが、この静寂を邪魔されるのはもっと嫌だ。緩慢とした動きでヒバリは暗闇から体を起こす。
城を出ると入り口に控えていた大きな銀狼がヒバリに気付いてのそりと起き上がる。
本来、狼は吸血鬼に使役されることが多いがこの銀狼は狼の中でも特殊で
人語を理解できるほど賢かった為、吸血鬼に使役されることを快く思っていなかった。
だが、年々増えてくる人間に住処を追われてこの森に来たときに、
瀕死の重傷だった自分をヒバリが手厚いとは言い難い治療だったが助けてくれて静かにするならこの森に住んでも構わないと言ってくれた。
それ以来すっかりヒバリの使い魔としてこの森の管理をするようになっている。
「この騒ぎはなんなの?」
『ヴェルダン方面の森で人間共が何か騒いでるようですが…』
「やれやれ…くだらない理由だったらどうしてくれようかな」
『私が行きましょうか?』
「いや、いいよ。起こされたからには直接行ってくるよ」
『では、私の背中に乗ってください』
「あぁ、頼むよ」
ヒバリが乗ったのを確認すると一気に駆け出す。普段は静寂が支配する森だったが、今は人の怒鳴り声のようなものが聞こえて酷く耳障りだ。
暫くすると騒ぎの元へと着いた。
森の中から風のように現れて銀狼の背中から降りたヒバリを見ると人間…まだ17、8の少年らがギョッとした顔をする。
その中のリーダー格のようである男が恐る恐るといった様子で話しかけてくる。
「あ、あんたがヒバリか?」
『…口の聞き方には気をつけろ、人間』
「ひぃっ…!」
銀狼が低く唸り牙をむく。それをヒバリが軽く制す。
「確かに僕がヒバリだけど。何か僕に用でもあるの?この森には入ってこないよう伝えられていると思ったけど」
ゾクリとするほど綺麗に笑う。
リーダー格の男がガクガクと目に見えるほどに震えながらも懸命に言葉を紡ごうとしてくる。
「あ、あの、ここ数年俺達の街が旱魃(かんばつ)に見舞われていて!そ、それで街の長老達が、あ、あんた…いや、貴方がしてるんじゃないかって…」
「ふぅん、それは大変だね」
「そ、そんな!俺達の街は葡萄園でどうにか豊かにやっていけてるんです!ですから、どうかこれで願いを聞き届けていただけませんか」
「これは?」
人間が乗って来た荷馬車に乗っている大きな袋。かなりの大きさで人一人が入りそうな位はある。
「只でとは言いません。街で用意できるギリギリの金品と…人間です」
「へぇ、人間ってどういうこと?」
楽しそうな顔で問うヒバリ。
「貴方が吸血鬼なら…その、血が必要ですよね?」
「つまり、君達は自分達の幸せの為にその人間を生贄に出すってことかい?」
あぁ、本当に人間は愚かだ。いくら吸血鬼と言えども天候なんて操れる訳ない。
なのに、自分達でどうにかできない事を僕のせいにして、尚且つわが身可愛さに他人まで犠牲にして…何百年経っても醜い所は変わらない。
「ふぅ…興醒めしたよ。寝ているのを邪魔されてこんな結果だなんてね」
『どうします?こいつら全員殺しますか?』
大人しく傍観していた銀狼が牙をむき少年達の方へと向かって構える。
少年達は悲鳴を上げながらみな我先にと荷馬車へと駆ける。
荷馬車に乗っていた袋を乱暴に落として逃げて行く。
『追いますか?』
「いいよ放っておいて。あんなのに興味はないしねそれよりもどうするかな…この人間は」
ヒバリは袋の方へと歩いて行く。先程から声をあげないどころかピクリとも動かない。大方身動き取れないように縛られているのだろうが。
袋を開けて中を確認すると確かに人が一人入っていた。だが、予想に反して拘束されてはいない。
「へぇ、珍しい色だね」
袋から出てきた子は年の頃は先程の少年達と変わらないだろう。だが、その髪の色と瞳の色は全く違う色を放っていた。
薄い金に近い茶の髪に瞳。月明かりの下に居るせいか金色に近い。
「なるほど…その髪と瞳の色が原因か」
そう呟くと少年はビクリと震える。
この地方では産まれてくる者は全て黒髪黒目である。それ以外の色を持って産まれてくるという事は、ヒバリも本から得た知識でしか知らない。
ヒバリが旱魃(かんばつ)を起こしてると信じている人間なら、この誰とも違う色彩を持つ少年を異端として生贄にするくらいはしてもおかしくないだろう。
その少年はヒバリがジロジロと観察している間に目を瞑って祈るように黙っている。
「それで、君は逃げないの?」
その言葉に少年は驚いたように目を見開く。少年は思ってたよりも高い声で、しかししっかりとした声で喋る。
「逃げません…。オレは生贄ですから」
「でも、旱魃は僕がしてるわけじゃないから、君がここで死んでも無駄死にだよ」
「…それでも、逃げません」
「変な子だね。死んだら元も子もないだろうに」
「…オレに帰る場所はありませんから」
「家族は?」
「小さい頃に捨てられていたので、本当の親は知りません。育ててくれた人は居ますが、その人に…帰ってくるなと言われました」
辛そうな表情でポツポツと喋る。
「だから…オレには逃げるなんて選択肢はないんです…。血が必要なら、いくらでも差し上げます」
「…悪いけど僕は人間の血になんて興味はないよ。」
「そう、なんですか…。…それならオレを殺してください」
ふわりと場違いな笑みを浮かべる少年。
「何だって?」
「オレには帰る場所なんてもうありません。オレが無事に帰っても旱魃はどうにもなりませんし、
貴方が旱魃を起こしてる訳じゃないとオレが説明しても信じてくれる人は…きっと誰も居ないでしょう。貴方の不興を買ったと皆を不安にさせるぐらいならいっそ…」
ヒバリは自分でも覚えてないほどの永い時を生きている。だが、その間にこんな人間を見たことはなかった。
「街の人間が憎くないの?」
「憎んでなんていません!むしろ今まで育ててくれた事に感謝してるくらいです。
オレが生贄に選ばれたのは…髪と瞳の色のせいもありますけど、それ以上にオレが仕事も出来ない役立たずだからでもあるんで…仕方ない、事なんです」
「死ぬのは恐くないの?」
「死ぬのは、確かに恐いですけど…。オレが死ぬ事で貴方の気が済めばさっきの人達は助かりますよね?
こんなオレでも死ぬ事で誰かの為に役に立つと言うなら…嬉しいです」
ほんの少しの恐怖と微笑を浮かべながら穏やかに話す少年。
「…呆れた。こんな人間見たことないよ」
『本当ですね。私もこのような人間は初めて見ましたよ』
「あの…?」
盛大に溜息をつくヒバリに少年がおずおずと話しかける。
「悪いけど、殺す気もないよ」
「殺すにも値しないということですか…?」
「違うよ。気に入ったから暫く僕の話し相手になってもらうよ」
「え、でも」
「反論は許さないよ。君の命を僕にくれるんだろ?なら君は僕のモノだ」
「そ、それは…」
「さて、それじゃあ城に戻るか」
『了解した』
さっさと銀狼の背中に跨るヒバリに展開についていけないツナがまごついてるとヒバリがツナを抱えて銀狼の背中に跨る。
「あぁ、そういえば名前を聞いてなかったね」
「あ、えとツナヨシです…」
「ふーん、ツナヨシか」
こうして運命の出会いは果たされた。
これから二人の運命が少しずつ少しずつ
けれど確かに変わっていく事になる…。
反省
異色すぎて、反応が恐かったのですが、メール頂いたので調子に乗って続きをアップ!
だんだん書いてて楽しくなってきました(笑)
設定とかはかなり適当で申し訳ありません><
根っからのRPG好きなので、色んなゲームとかの要素が盛り込まれてます。