■ 11.おままごとみたいな恋でも

ガラクタ集めのマネカタのコレクションから盗んできた物と思われるご飯茶碗に、両手を使ってやっと持ち上げた魔石を運ぶ。
主人が預けていった、売る予定の物が詰まった袋の中身はどれも重く、ピクシーは高度の安定しない飛行の末に、ようやく最後の魔石を乗せる。
「やった」
小さい体で大きくガッツポーズを取り、積んだばかりの輝く石の上に可愛らしいお尻を下ろした。
柔らかな色合いの羽を休ませ、少しぐらぐらする魔石の上で妖精は達成感から目を細めて嬉しそうに笑う。
「王様ーっ、見て!」
ピクシーが手を振ると、彼女に背を見せていた妖精の王が顔を半分だけ後ろに向ける。
視線はまず上空を確認し、次いで少しずつ下降して、ようやく茶碗の上に腰かけているピクシーの姿を発見した。
誇らしげな少女に、
「そうか、頑張ったな」
そう反応することで無駄な時間を使ってしまったという後悔の感情で表情を曇らせる。
ピクシーはツンと唇を尖らせた。
「それだけー?」
疲労より不満を解消する方が優先されるのか、オベロンの正面に回りこんで膨れっ面をして指を突きつける。
鼻の頭をぐいぐい押されて迷惑そうに横顔を向ける王の頬をぐりぐりと。
黙って耐えていたオベロンも、しつこい攻撃についに我慢できなくなったのか、手でピクシーを追い払う。
当たらないよう加減しているためその手の動きはゆっくりめで、邪険に扱う手から難なく逃れ、小さな妖精は王冠の上にちょこんと乗っかる。
「少しくらい付き合ってくれたっていいじゃない」
足で王冠につかまりぶら下がる格好で、完全に自分の存在を無視して聞こえないふりを決め込む王の耳へ直接
「いいじゃないっ!」
とキンキン騒ぎ立てる。
「静かにしてくれないか」
ピクシーの重みにずれ落ちそうになる王冠を押さえながら、感情を爆発させたオベロンは勢い良く立ち上がる。
そこへ丁度良いタイミングで戦利品であるメノラーを振り回しながら、マザーハーロットとの戦いに勝利した人修羅たちが帰ってきた。
全身に打撲傷を負いながらも、勝利の喜びからか少年悪魔は鼻歌でも歌いだしそうな表情をしている。
「うおっ、こっちに向けて振り回すんじゃねぇ」
疲れきった体でぶつかりそうになるメノラーを回避したキンキが怒鳴りつけるが、聞いてもいない。
上機嫌でピクシーたち待機していた仲魔のもとに到着すると、少年らしい笑みを浮かべて白い歯を見せた。
「お帰りマスター、あんまり遅いから負けちゃったかと思ったじゃない」
オベロンの王冠から主人の肩へと止り木を変えたピクシーが生意気な口調で出迎える。
「出番が無くて良かったなピクシー、君みたいなちびっ子は一口で呑まれてしまいそうな大物だったよ」
人差し指の腹で留守番をしていた妖精の頭を優しく撫でながら人修羅が意地悪く語る。
その様子を見てピクシー相手に怒っていたオベロンに優しさが戻り、束の間の平和を穏やかな眼差しで見守った。
オベロンの雰囲気だけでなく、人修羅が戻ってきたことにより留守番組の悪魔たちの緊張も解け、代々木公園が柔らかい空気に包み込まれたように感じられる。
強烈なカグツチの光さえも春の日差しに変えてしまう主人の力を妖精の王は実感し、好ましく思った。
「ねぇ、マスター見て見て、これ私が積んだんだよ」
ふふっと笑ってピクシーが先程積み上げていたご飯茶碗の魔石の上に下降する。
人間として生活していたときに毎朝のように見ていたものを現実離れしたボルテクス界で見たためか、人修羅の目が懐かしさに揺らぐ。
「綺麗だね、お飯事でもしていたのかい」
主人の問いにピクシーは首を傾げて、
「"おままごと"ってなぁに?」
と逆に訊ねる。"あぁそうか"と、ひびの入った茶碗を手にとって眺めながら少年は説明をした。
「大人たちの生活を子供が真似る遊びだよ、相手を夫に見立てて泥のご飯を作ってあげたり……」
例えばこんなふうに魔石を入れた茶碗をピクシーが僕に"ご飯ですよ"と差し出して生活の一部を再現したり、それもお飯事なんだ。
人修羅の説明にピクシーは"ふーん"と理解した様子を示したが、説明の途中でお飯事の話には興味を失ってしまったのか、それ以上の反応を示すことも無く他の仲魔たちの元へ飛んで行ってしまった。
代わりにオベロンが呆れ顔で、
「人間というものはよくつまらない遊びばかり思いつくものですね」
とコメントした。
妖精王から辛口の評価をもらっても人修羅は気にすることなく手に取っていた茶碗を差し出す。
「お飯事なんて、ティターニアみたいな美人な奥さんのいるオベロンには関係ないよな」
「そうですね」
受け取った器に盛られた魔石を元の袋に戻しながらオベロンは指摘された事実に対して素直に頷く。
笑った顔のまま、人修羅が何度か指の関節で目をこする。
「お飯事って気楽なんだ。子供の遊びだから、自分の思う通りに相手や物事が動かなければそこで終わらせられるだろ?」
笑顔に反して沈んだ声だった。
オベロンは少し考えてから頷いた。
「そうですね」
素っ気無い反応をされて気まずそうに自分の首から生えている角を撫で、本来はあるはずの無いものに触れた指先を見つめる。
そうした主人の行動に妖精王は自分の心がある種の感情で締め上げられていく錯覚を覚えた。
角に触れた指を奇妙な物を見る目つきで見ていた人修羅がぽつりともらしたひと言が、その感情の名前を自覚させる。
「今のこの現実もおままごとみたいだ」
オベロンの不安はすぐにやり場の無い怒りに変わった。
主人の弱音を許すことのできない自分の心の狭さを憎み、それでも込み上げてくる怒りを自制できず、オベロンの握った拳と声は震えた。
「そう……、ですね」
先程までと全く同じ返答。
そうであるはずなのに全く違う答えを返されたように感じて、人修羅は不思議そうな目をオベロンに向ける。
その視線から敢えて逃れることはせずに人修羅の従者は正面から受け止める。
「お飯事は気楽だと貴方は言いましたね」
急に真顔になったオベロンに警戒しながら、人修羅は肯定する。
返事を見届けてから自分の胸に手の平をあて、妖精の王は自分の感情を自分自身でも理解できないというふうに軽く首を横に振った。
「では何故、貴方がお飯事のようだと感じるこの世界で誰かを好きになることは、私にとってこんなにも苦しく辛いことなのですか?」
ため息混じりの声を、人修羅の羨むような声が追う。
「それは……、きっとオベロンが僕と違ってこの世界を幸せな場所だと感じているからだよ。ずっと好きになった娘と一緒にいたいと願っているからだよ」
断定されて、オベロンは視線を主人から逸らして斜め下に向けた。
怖くなるほど真剣な目から解放されて、人修羅は警戒を解いて励まそうとオベロンの肩に触れようとした。
「ならば私は自分が好きになった方にもほんの少しでもいいからこの世界が幸せな場所であると思って欲しい、お飯事の世界だなんて口が裂けても言って欲しくない。その方のお蔭で私はここで幸せを感じていられるのだから」
寂しそうな、それでも強い願いの込められた言葉に人修羅の手が妖精王の肩に触れる前に空中で停止する。
迷い空中を彷徨った手は、マザーハーロット戦後に自分を出迎えたピクシーにしたように頭を撫でようと王冠が覆っていない髪に触れた。
その行為は頭を撫でるというよりも、王冠が邪魔をして耳から顎までの頬の線を髪の上から撫でる形になってしまったが、表情を見る限りオベロンにとって幸福な瞬間であることには変わりなさそうだった。



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