■ 12.木漏れ日

煌天の影響から少しでも逃れようと、オオクニヌシはカグツチから身を隠せそうな場所へ避難していた。
避難場所は閉め切ってあるというのに、外で妖精たちがたてる浮かれた笑い声が壁をすり抜けて聞こえている。
その騒ぎ声には人修羅が自分を呼ぶ声も微かに混じっているが、呼び出しに応じて出て行ったら最後、何をされるか分からない。
「はやくこの騒ぎが終わらないものか」
小声でカグツチを呪い、代々木公園の空き部屋でオオクニヌシは息を潜めて次第に遠ざかっていく主人の足音を注意深く聞き取ろうとする。
「あれぇー、オオクニヌシどこ行ったんだろうなぁー? あははっはは! 帰ってきたらオシオキだぞーあははっはは!」
なにがそんなに面白いのか聞き耳を立てる鬼神には理解不能だが、人修羅はいつも溜めている鬱憤がカグツチの影響で別のものに変化しているのか絶好調らしい。
外と隔離された部屋に避難したのは良いが、煌天の影響を受けないことによりただ1人状況を冷静に分析している自分が孤立したように思え、鬼神は後悔し始めていた。
もし今の意識を保った状態のまま他の仲魔たちに見つかって外に引きずり出されたら、精神的に大変よろしくない状況になる。
想像して寒気がしたのか、オオクニヌシは足元から忍び寄る不安の影に呑み込まれないように吸い込んだ空気をゆっくりと吐き出して精神を落ち着かせた。

そうこうしているうちに、スキップを連想させる主人の軽い足音は遠のいていき、安全を保証されたオオクニヌシは胸をなでおろす。
仲魔たちや公園の妖精はまだ近くにいるようだが、一番の危険悪魔である人修羅の気配が消えたことは、鬼神にとって何よりの幸いだった。
「あとは煌天が終わるまで待つだけか」
全身の緊張を解き、壁に耳を押し付けたままずるずると床に座り込む。
いまだに平常の速さに戻らない心臓の鼓動を沈めながら、オオクニヌシは不愉快な時間が過ぎ去るときを蹲ってじっと待っていた。
しかし、物事が全て鬼神が望んだ方向に動くとは限らない。
「あーっ、オオクニヌシ見つけたー!」
少々高めの子供っぽい声に鬼神の表情がギクッと強張る。
身に迫る危険を察知した瞬間の顔を恐る恐る向けられ、発見者のセタンタは指をさして嬉しそうに"オオクニヌシだ"と連呼する。
考えるより身体の反応の方が早かったに違いない。
蹲った姿勢から一転、素早い身のこなしでバネのように跳ねて立ち上がり、オオクニヌシは猛ダッシュで妖精との距離を詰める。
自分の名前を大声で叫ぶ口をマフラーごと腕で押さえつけ、開きっぱなしの扉を足で蹴って閉めた。
ムームーと言葉にならない声で抗議をするセタンタを扉の反対側の窓が付いている壁へと引き摺っていく。
「いつ入ってきた、誰の許可を得て入ってきた、なぜ私が居ると分かった?」
矢継ぎ早に質問を浴びせられて、セタンタの目が点になる。
食べ物を頬張りすぎて飲み込めなくなった子供そのものの様子に気付いていないのか、オオクニヌシの興奮はなかなか醒めない。
腕できつく抑えつけられたマフラーはセタンタの鼻まで覆い、息苦しさに顔を真っ赤にして妖精はじたばたと手足を動かす。
その必死の抵抗にようやくオオクニヌシは自分がセタンタを窒息寸前まで追い込んでいたことに気付き、締め上げる腕の力を弱めた。
ぷはっと息を吐き、白い妖精はすぐに口と鼻の両方から大量の空気を吸い込もうと胸を膨らませる。
呼吸が落ち着くと丸みを帯びた頬のみが薄っすらと赤く、身に着けているものと同じくらい白い肌に温かみを与えていた。
「あぁ苦しかった、何するんですか突然」
予告なしの仕打ちに怒っているのだろう、眉をつり上げて食ってかかろうとする妖精のおでこにオオクニヌシのでこピンがヒットする。
イタッと小さな悲鳴をあげ、両手で弾かれて赤くなった所を押さえてセタンタはマフラーで隠れた口をへの字に曲げた。
上目遣いに睨む妖精の顔を、窓から注ぐカグツチの光が柔らかく照らす。
外に出れば強烈な煌天の光も、小さな窓から侵入するときには木漏れ日のような穏やかさに変化している。
妖精は暗い部屋の中では眩しく感じられる日差しを浴びて、きつい表情に驚きをのせて無防備な瞬きを繰り返した。
「いいか、私がここに居ると他の者に知られたくないんだ、協力してくれるな?」
立てた人差し指をセタンタの口もとにぴたりと押し当て、諭すような声でオオクニヌシが協力を求める。
それが返事なのか、口もとの指から手の甲、手首、腕、ひじ、と黒光りする固い鎧に覆われた上から順に触れたセタンタの指は、オオクニヌシの人差し指が自分に触れている箇所と同じ位置にそっと重ねられて止まった。

「今回黙っていたぶんの借り、いつか返してもらいますよ」
しゃがみ込んで窓から降り注ぐカグツチの光で暖かみのある模様のできた床を詰まらなそうに眺めていたセタンタがぽつりとこぼす。
「なんだそれは?」
心外だと言いたげな鬼神の返事を聞くやいなや妖精は大きく息を吸い込み、
「分かった分かった」
と、降参とばかりにオオクニヌシは首を振りながら両手を挙げる。
オオクニヌシが自分の言いなりになるという珍しい状況が嬉しくてたまらないのか、妖精は弾けそうな笑顔を見せている。
「どうやって返してもらうか、今言った方が良いですか?」
勿体つけて訊ねる声に、鬼神は不貞腐れて投げやりに首を横に振る。
「いや、後でゆっくり聞かせてもらうから今はもう休ませてくれないか、頭が痛くなってきた」
相手の了解も得ずに壁に丸めた背中を預けて閉じられたまぶたに、ふわりと柔らかな体温が重なる。
「セタンタ……」
厳しく咎める声に、
「何もしていませんよ?」
という、明らかに何かしたと分かる悪戯っぽい反応が返ってきて、オオクニヌシは目を閉じたまま疲労の色の濃いため息をもらした。



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