■ 13.待ち合わせ、五分前
「あーもーっ、ディルムッド君は魔法外すのだけは得意だよねぇ」
戦闘が終わってすぐに仲魔への文句を言い出すアヤの頭をナオキが軽く叩く。
「こらっ、ディルムッドだって一生懸命なんだ、あまり酷いこと言っちゃ駄目だろ」
ぷくっと頬を膨らませることで納得がいかないことを分かり易くアピールした上で、
「ふーん、分かりましたよっ」
とアヤがそっぽを向く。
また2人で仲良く喧嘩しているのかと、戦利品を抱えて集まってきたトモハルたちは呆れ顔だ。
仲魔たちは、戦いの疲れを癒すためにパラノイア特有のごつごつとした岩場に腰を下ろして休んでいる。
まだ元気のある者たちは、勝利の喜びに浮かれ騒いでいる。
人間と悪魔を合わせて計15体近い集団の中で、ただ1人わなわなと全身を震わせている悪魔は幻魔ディルムッドのみだった。
「ナオキ殿!」
それまで地面に向けていた顔を弾かれたように上げてナオキを睨み、握っていた槍を指差す。
機嫌を損ねたアヤにさらに何か言おうとしていたナオキは反射的に"はっはい"と返事をして背筋を伸ばし、
すぐに何故自分が仲魔に対してそんな態度をとらなければならないのか疑問に思ったのか、首を傾げて楽な姿勢に戻った。
ディルムッドはとにかく必死な様子に見えた。
「魔法が当たらないのはこの槍の命中率が悪いからです」
「……はぁ……?」
気の無い返事をする主人を追いつめるように、ディルムッドは1歩1歩じりじりと近付く。
魅力的だと一部の女性悪魔たちからたいへん評判のよろしい黒子付きの顔が目の前に迫り、
ナオキは"黒子が無ければただの幻魔クーフーリンじゃないか"と全く関係の無いことを考えながら後退する。
「優れた槍……、そう、ゲイボルグのような槍を持てば、魔法を外すことなど絶対にありえません!」
実際に魔法の命中率は武器の命中率にも依存しているので、ディルムッドの主張は間違ってはいない。
そうであっても、優し気な顔に似合わず力強い声で断言するディルムッドの迫力にナオキはついていけず、困り果てている。
代わりに休憩中の悪魔が、幻魔の考えを嘲った。
「どんなに優れた槍を持とうとも、扱う者がその程度では魔法を外すことに変わり無いだろうな」
声に反応してすぐにディルムッドが勢い良く振り返り、
戦闘には邪魔だから切った方が良いと勧めたくなる長い髪の毛が、その反動でバサッと至近距離にあったナオキの顔に叩き付けられる。
「誰だっ」
休憩中の仲魔たちへ向かって槍先を突きつけ、ディルムッドは問い詰める。
岩場で休んでいた悪魔たちは"何故あの悪魔はあんなに熱血なの?"と小馬鹿にしたような目を向けるばかりで、幻魔の問いに答える気配は全く無い。
"誰だ"とその場の空気を読むこともなくディルムッドはもう1度叫び、ついに1体の悪魔が渋々手を挙げた。
「くっ、クーフーリン殿」
尊敬と先程の発言による怒りがドロドロに混ざり合った複雑な感情をそのまま表した声で、ディルムッドは手を挙げている幻魔の名前を呼ぶ。
クーフーリンは煩そうに両手で耳を塞ぐふりをする。
ディルムッドにとってクーフーリンは祖国における伝説の英雄だった。
同じ時代に生きることは無くとも、勇敢な戦いぶりや偉業の数々は語り継がれ、フィアナ騎士団に所属していたディルムッドも英雄の名を知っていた。
よく分からない場所に呼び出され、自分には何の関係も無い理由で戦い続ける日々の中、クーフーリンの存在はディルムッドにとって不幸中の幸いだった。
「例えに出す槍の名前が悪かったのでしょうか? ゲイボルグではなくグングニルなら癪に障ることも無かったのでしょうか?」
真剣なディルムッドの問いに、クーフーリンは苦々しく笑う。
「いや、それはそれでオーディン殿が……ではなく、癪に障ったから言ったわけではない」
きっぱりと否定して、クーフーリンは傍に生えている枯れ木に立て掛けていたゲイボルグを握り、立ち上がった。
市販の槍とは明らかに違う強力な魔力を纏った槍に、ディルムッドの目が釘付けになる。
「例えこの槍を持ったところで、扱う者の技量が追い付いていなければ槍の力を引き出すことは不可能だと言ったまでだ」
畏怖の眼差しをゲイボルグから槍を持つ厳しい顔つきの幻魔へと移したディルムッドは息をのみ、遠慮ない言葉を自分なりに解釈する。
「つまり、クーフーリン殿も命中率が悩みの種だというのですね?」
"そうだ"と頷いてから、両腕をぶんぶん振って幾分焦ってクーフーリンは訂正する。
「私ではなく貴殿の命中率の問題だ、何故そういう解釈になる?」
訊ねられ、それまで真剣そのものだった表情を照れ笑いで崩し、当然でしょうといった口調でディルムッドは理由を語る。
「えっ、だって戦闘中ずっとクーフーリン殿が魔法を放つところを見ていましたが、低かったですよ、敵に当たる確率」
そう言うと、クーフーリンには全く見当の付かない理由で恥ずかしそうに目を伏せ、鼻の頭を指で擦った。
予測するに、戦闘中にずっと見ていたと告白したことが相当恥ずかしかったらしい。
「なっ……! そうだったのか」
驚きはしたものの、自分でも思い当たる節があったのだろう。
否定せずに評価を受け止め、クーフーリンは自分のことを棚にあげて非難したことを詫びるために深く頭を下げる。
英雄が自分に向かって頭を下げたことは、ディルムッドを激しく恐縮させた。
傍に駆け寄り頭を上げるよう言ったり、逆に自分が頭を下げたりしながら、何とかフォローしようと口を動かす。
そのなかのひと言が効果をもたらしたようだ。
「貴殿と私の命中率に差はありません、多少の差はありますがそれは槍の性能による差でしょう」
クーフーリンの眉間に皺が寄っていく。
離れた位置から見れば自分と見分けのつかない幻魔との会話の中で、少しずつ心に引っかかってもやもやしていた"何か"が、はっきりと姿を現す。
取り敢えず、クーフーリンは自分の感情を落ち着ける目的も含め、咳払いをしてみせた。
慌しく動いていたディルムッドが、ビクッと身体を硬直させて怯えたような視線を向ける。
「何か?」
「命中率に差がないというのは嘘だろう?」
温和な、それでいて有無を言わせまいとする強固な意志を感じさせる態度で、難しい言葉を噛み砕いて言い聞かせる時のスピードでクーフーリンが訊ねる。
何故か背中に冷や汗が流れるような威圧感に気圧されながらも、ディルムッドは首を横に振る。
「そんなことはありません、同じです」
もう1度クーフーリンは不自然な咳払いをした。
「失礼、聞こえなかった」
ディルムッドは騎士団に入団するための試験を受けたときと同じくらいの緊張を感じた。
それは、緊張というより身の危険に近かったが、耐えられないほどのものでは無かった。
「私と貴殿の魔法の命中率は同じですと申し上げたのです」
はっきりと丁寧に、母国の英雄に失礼の無いよう、ディルムッドは自分にとっての真理を相手に突きつける。
クーフーリンはすぐにディルムッドに背を向けて深く息を吐き出した。
明らかに格も経験も少ない顔だけが取り柄の相手にある一点において同格だと思われていること、それは屈辱であり腹立たしいことでもあった。
"なにか失礼なことを言ってしまったのだろうか……"
と、背後から聞こえてくる小声が、より一層クーフーリンの自尊心を刺激する。
ディルムッドに背を向けたまま、クーフーリンは暗く重く濁ってしまった自分の誇りを救い出す方法を考えた。
背後に立つ小物に自分との格の違いを理解させるための最も的確で効率的で衝撃を与える方法を。
それは、そんなに深く考え込むことなくクーフーリンの頭に閃いた。
不敵な笑みを平常心を装った表情の裏に隠しながら、やっと振り向いた英雄様に安堵の微笑を見せるディルムッドに提案をする。
「受けてたちましょう」
快く引き受けた爽やかな青年を見ながら、クーフーリンは"黒子が無ければ私そっくりではないか"と今更ながら気付いて自己嫌悪に陥った。
数分後、ディルムッド、クーフーリン、アヤの3人は集団から離れて、比較的荒れていない広い場所に移動していた。
草は一本も生えていないものの、一定の間隔で枯れ木が白っぽい枝を伸ばしており、その枝の先に傷薬が糸で吊るされている。
生暖かい風が吹くたびに吊るされた傷薬は揺れ、それを確認したクーフーリンは満足気に頷いた。
「標的としては申し分ない、協力に感謝いたしますアヤ殿」
礼に対する返事は無く、クーフーリンが不審そうに枯れ木から目を離してアヤの姿を探すと、目的の人物はディルムッドと共にいた。
「アヤ殿は便利な道具をお持ちですね」
ディルムッドがアヤの手首に巻かれた腕時計を興味深そうに覗き込む。
「パラノイアに来て狂っちゃったかと思ったけど、ちゃんと動いてアヤ安心したよ」
主に銃撃を担当し、魔法や攻撃を直接受けることが少なかったおかげか、幾多もの激戦を経験してなお、腕時計は正常に人間たちの時を刻んでいる。
「アヤたちが吊るした傷薬全てに魔法を当てて、戻ってくるまでの時間を計ればいいんだよね」
時計の針を見つめながら最終確認をするアヤに、2人の幻魔が同じタイミングで頷く。
「勝負なんて必要ないとアヤ思うんだけどなぁ……」
説得されて仕方なく審判役を引き受けたものの、あまりこの勝負に乗り気ではないのか、アヤがため息混じりに呟く。
少女の気が変わらないうちに決着を付けてしまおうと思ったのか、その呟きを遮るようにクーフーリンが、
「それでは提案した私から始めさせてもらおう、アヤ殿、頼みます」
とゲイボルグを構えてスタート地点に立った。
ディルムッドとアヤが、緊張した顔つきで白い鎧姿を見守る。
「それじゃあ、いくよ!」
"スタート"というアヤの声を合図に、クーフーリンの足が地を蹴る。
1本目の枯れ木に吊るされた傷薬に難なく魔法を当て、すぐに2本目の木に移る。
眩い魔法の光はクーフーリンが奥に進むにつれて小さくなり、すぐに点となって見えなくなった。
クーフーリンの姿が完全に見えなくなってからも、ディルムッドは真剣な表情で靄がかかった奥を見つめている。
その顔をちらっと盗み見、次いで赤紫色に淀んだ空を見上げてから、アヤは再び自分の腕時計を確認する。
定期的に地鳴りが起こり、荒地を囲む険しい山々の天辺に何筋も雷の光が走って不気味な音を立てる。
しかしどんな変化が起ころうとディルムッドは動じず、クーフーリンが再び姿を現す瞬間を待ち続けていた。
腕時計の針がスタート時から4分50秒を経過した頃、靄の中に薄っすらと人影のようなものが見え、それはすぐに槍を握った幻魔の姿となった。
「ねぇディルムッド、クーフーリンは全部の傷薬に魔法を当ててきたと思う?」
アヤの質問にディルムッドが答える前に、クーフーリンはゴールした。
「クーフーリンの記録は、全部の傷薬に魔法を命中させて丁度5分だったよ」
3人揃って傷薬の確認と新たな標的取り付け作業を行い、スタート地点に戻ってきたところでアヤが成績を発表した。
その記録を塗り変えるべく槍を構えて遥か遠方にある折り返し地点を睨むディルムッドに、クーフーリンがゲイボルグを差し出す。
「ゲイボルグでなかったから命中精度が下がったと勝負後に難癖を付けられても困るからな」
槍を受け取ったディルムッドは、その感触を確かめるように全体に触れ、握り心地を確かめながら構えの姿勢をとった。
「本当に使って良いのですか?」
信じられないといった表情で訊ねるディルムッドに、
「戻ってくるまで手放すな」
と念を押すように、クーフーリンは自分そっくりな幻魔の肩を叩く。
ディルムッドは"何があっても手放さない"という決意の程を表すように、深く頷いた。
「それじゃあ、位置について……」
アヤの指示に従い、ディルムッドはスタート地点に立ち深呼吸をする。
深緑の後姿を、今度はアヤとクーフーリンが見守る。
「スタート!」
声と共にディルムッドは駆け出す。
手の中の槍は今まで握ってきたどんな槍よりも存在感があり、持ち主として認められた者以外を拒むような癖があった。
走りながら、1本目の枯れ木に吊るされた傷薬に向かって魔法を発動させる。
命中。
続いて2本目の枯れ木に魔法を放つ。
これも見事に命中。魔法が当たったときの衝撃で落ちた傷薬が燃える匂いを後に、ディルムッドは更に走る速度を上げる。
雷鳴も地鳴りも、標的に魔法を命中させることのみに集中力を傾けている幻魔の耳には入ってこない。
周囲の景色もただの模様と化し、その中で吊るされた傷薬だけが鮮明に映る。
クーフーリンの記録を越えることは、ディルムッドにとって夢であったが絶対的な目標ではなかった。
自分にとっての英雄に可能な限り近付くこと、それのみを考えてひたすら幻魔は荒野を走り抜ける。
クーフーリンが自分の後姿をどんな顔で見ていたのか、スタート直前まで気になっていたことも最早どうでも良いことだった。
槍の癖も気にならなくなり、折り返し地点に近付いた頃には、むしろ今まで使ったどんな槍よりも扱い易いとさえ感じるようになっていた。
しかし、折り返し地点にたどり着いた幻魔を出迎えたものは、吊るされた傷薬ではなく、堕天使の群れだった。
群れは機動力を生かしてすぐにディルムッドの周囲を取り囲み、逃げられないように牽制する。
行く手を阻まれた幻魔は立ち止まり、呼吸を落ち着かせながら素早く堕天使の数と力の程を推測した。
「なにが目当てだ?」
耳まで裂けた口で不気味に笑う堕天使たちを鋭く睨みつけながらディルムッドは訊ねる。
じりじりと輪を狭めてくる堕天使たちのどこを突破口にしようか慎重に計算しながら、槍を握る指に力を込める。
幻魔から堕天使への攻撃相性は悪く、本来与えられるはずのダメージの半分しか与えることができない。
それを知ってか否か、余裕たっぷりの声でリーダーと思える堕天使が応じる。
「いい槍を持ってるじゃねぇか、そいつを寄こせば悪いようにはしねぇよ」
ディルムッドは意志の強い声でその欲求を一蹴する。
「この槍はお前たちが触れてよいような物ではない、諦めろ邪悪な者共よ!」
堕天使たちの笑みが深くなり、ディルムッドを取り巻く殺気が濃さを増した。
長い舌を口のまわりに這わせ、堕天使たちは携帯していた剣を鞘から抜き放つ。
「ならばお前を殺して奪い取るのみ」
リーダの宣言を合図に、堕天使の群れはいっせいにディルムッドめがけて襲いかかった。
「ねぇクーフーリン、ディルムッド遅いね」
ずっと無言で時計の針を見ていたアヤが、15分経過したところで不安そうにクーフーリンの顔を見上げた。
クーフーリンも遅すぎると思っていたのか、不審そうに眉を寄せる。
「何か……あったのかな?」
嫌な予感が的中しないよう祈るように、アヤは目を閉じて胸の前で手を組む。
靄はクーフーリンがスタートした時よりずっと濃くなり、今や1本目の枯れ木がかろうじて見える程度の視野しか確保できない。
人間の目より遥かに良い視覚能力を持つクーフーリンでも、折り返し地点までの半分程度の距離しか見通すことができない。
自分がゴールするまでに要した時間をとっくに過ぎているのにまだその地点にディルムッドは姿を現していない。
「折り返し地点の付近で何かが起きたとしか考えられない」
確認しに行ったほうが良いとアヤに提案しようとしたその時、クーフーリンの視力は靄の奥に人影らしき物を捉えた。
「ディルムッドなの?」
身を乗り出すようにして目を凝らすクーフーリンの腕を揺すって情報を求めるアヤに、幻魔は珍しく焦りによる震えの混じった声で告げる。
「アヤ殿、回復魔法をすぐかけられるよう準備をお願いいたします」
不安が的中したのかと驚く少女を背負い、クーフーリンは長い髪を乱して走った。
ディルムッドは今にも倒れそうになる身体を槍で支えるようにして一歩ずつ前進していた。
堕天使たちの鋭い爪や剣の威力により鎧は所々裂かれ、太腿辺りを抉られたのか、血が足を伝って地面に染みを作っていく。
額にも切り傷があり、そこから流れる血が目に入って視界を悪くするのか、立ち止まる度に手の甲で目を拭っている。
戦いの末に堕天使たちを撃退することに成功したのか、ディルムッドの背後に悪魔たちの気配は無い。
その代わりに背中の中心からわき腹にかけて剣が刺さったままになっていて、ぼたぼたと血が流れ落ちている。
ただでさえ白い顔色は出血多量により更に白くなり、喘ぐような呼吸も不規則で危険極まりない。
「ゲイボルグを……守ら……なければ」
苦しい息の下からかすれた声を出し、歯を食いしばって足に力を入れようとする。
しかし彼の意思に反して身体からは徐々に力が失われ、槍を握る指の力も弱まっていく。
「んうっ……、槍だけは……」
咳き込みながら低く呻き、槍に縋りつくように身を寄せる。
指から力が失われ、気力で立っていたディルムッドはついに地面に膝をついた。
かろうじて指先に引っかかっていた槍が強風で傾き、槍自体の重みで倒れそうになる。
絶望の色がディルムッドの意識を覆いかけた瞬間、地面につくすれすれで駆けつけたクーフーリンの手がしっかりと槍をキャッチした。
「手放すなと言っただろう」
もう片方の手で自分の顔を見るなり安心したように崩れ落ちるディルムッドを支え、クーフーリンは言葉に反して労わるような口調で告げる。
背中に刺さっていた剣をクーフーリンが抜いてすぐにアヤが回復魔法を発動させ、淡い光がディルムッドの傷口を覆う。
「魔法での回復はこの辺りが限度だよ、後はディルムッドに頑張ってもらうしかないよ」
一気に大量のMPを消費して疲れたのか、アヤはそう言うと地面に座り込んでしまった。
傷口が魔法に反応して癒されていることを確認し、クーフーリンは自分そっくりの顔に手を翳して呼吸を確認する。
「アヤ殿、ディルムッドは大丈夫ですよ、疲れて寝てしまったようです」
報告を受けてアヤは"良かったぁ"と心から嬉しそうに笑う。
少女につられてクーフーリンの顔にも穏やかな笑みが浮かび、そのままの表情をディルムッドに向ける。
「詳しいことは起きてから訊くことにしても、勝負が無効になってしまったな」
クーフーリンが指でディルムッドの頬についた血を拭うと、槍を守り抜いた幻魔は英雄の腕の中で心地よさそうに身動ぎする。
「自分が勝った夢でも見てるんじゃないかなぁ?」
寝顔を覗き込むアヤの予想に"そうかもしれませんね"と顔を顰めつつ、クーフーリンもディルムッドの寝顔を観賞する。
見守りながら、黒子が付いている以外は自分とそっくりの顔を見ても嫌悪感が全く無いことに気付き、
「この勝負は貴殿の勝だな」
と、多少不本意そうに、眠る幻魔の耳に囁いた。